鈴木さんちの家政夫

ユキヤナギ

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嵐のあと

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 彩葉いろはが取材で家を空け、和葉かずはも仕事で留守にしている時間に、梨花りかが一人で訪ねてきた。

「こんにちは。今日、智樹ともきくんが家に一人だって聞いたから遊びに来たよ」

 そう言って、梨花はケーキの箱を智樹に差し出す。

「はい、これお土産みやげ

「え、あ……どうもありがとうございます」

 突然のことに困惑する智樹を尻目に、梨花はさっさと靴を脱いで家に上がりこむ。

 智樹は慌てて後を追い、事情を尋ねる。

「すみません、あの……僕、和葉さんから何も聞いてないんですけど、今日ここに来るっていう話になってたんですか?」

「和葉には言ってない。私が勝手に来ただけ。今日はシフトが休みで暇だったし、彩葉もいないって聞いたから、この隙に智樹くんと親睦しんぼくを深めておこうかなと思って」

 梨花は慣れた様子で廊下を進み、リビングに入るとソファへ腰掛けた。

「ケーキ食べながら、お茶しようよ。私、紅茶よりコーヒーがいいな」

 すっかり梨花のペースに飲まれてしまった智樹は、戸惑いながらも言われたとおりにコーヒーを用意する。

 お土産にもらったケーキを皿に載せ、コーヒーと一緒にダイニングテーブルへと運ぶ。

「お茶の用意ができましたよ」

 声をかけると、梨花は
「ありがとう」
 とお礼を言ってテーブルについた。

「ここのケーキ、スポンジがふわふわで美味しいんだよ。クリームも甘さ控えめで食べやすいし。ほら、智樹くんも早く座って」

 梨花にうながされて、智樹も椅子に座る。

「いただきます」

 ケーキを口に入れると、ふわりとした優しい甘さが口の中に広がった。

「あっ、本当だ。すごく美味しい」

 智樹の感想に、梨花が笑みをこぼす。
 笑うと頬にえくぼが浮かんで、やわらかい雰囲気になる。

「和葉がね、『智樹くんが来てくれて凄く助かってる』って喜んでたよ。料理も上手なんだってね。今度、私にも教えてよ」

「そんな、上手ってほどじゃ……。簡単なものしか作れないしレパートリーも少ないんで、人に教えられるような腕前じゃないです」

 そう返事をしてから、智樹は躊躇ためらいがちに尋ねた。

「それで、あの……用件は何ですか?」

「だから、親睦を深めに来たって言ったじゃない」

「でも、わざわざ僕が一人の時に来るくらいだから、和葉さんと彩葉には知られたくない用件があるのかなと思って」

 智樹の言葉に、梨花はふっと目を細めた。

「凄いね、その通りだよ。今日は智樹くんに聞きたいことがあって来たの」

 そう言うと、梨花は少し間を置いてから口を開いた。

「あのさ、和葉と彩葉の関係って……智樹くんの目から見て、どう思う?」

「どうって……普通に仲の良い兄弟だなって思いますけど」

「それだけ?」

「どういう意味ですか?」

「なんか……彩葉って、和葉に対して兄弟以上の気持ちをいだいてるんじゃないかなって……そんなふうに思う時があるんだよね」

「まさか……さすがにそれは、ありえないですよ」

 答えながら、智樹の目が泳ぐ。
 それを見て、梨花は笑い出した。

「智樹くんって、嘘をつくのがヘタだね」

 動揺して赤面する智樹に、梨花が頼み込む。

「何か知ってることがあるなら教えて。またケーキ買ってきてあげるから」

「……何も知りません」

「ふーん、まぁいいや。彩葉に和葉を渡すつもりは無いし、もし結婚の邪魔をしてきたら返り討ちにしてやる」

 和葉から愛されている自信があるのだろう。梨花は力強く宣言した。
 そんな彼女が羨ましくて、少し意地悪を言いたくなる。

「いいですね、愛されてる人は余裕があって」

 智樹の発言に、梨花は心外しんがいだという顔をする。

「余裕なんかないよ。『もし彩葉が和葉に想いを告げたら、私たちの結婚はダメになっちゃうかもしれない』って思うと、不安でたまらない」

「でも二人は兄弟だし、男同士じゃないですか。心配するようなことは、何も無いと思いますけど」

 梨花は、信じられないという目で智樹を見る。

「何それ、私達のことバカにしてんの? 兄弟だろうが男同士だろうが、好きだっていう真剣な気持ちを、そんなふうに簡単に切り捨てないでよ。もし和葉が彩葉から告白されたら、きっと本気で受け止めるだろうし、真面目に考えて答えを出すはずだよ。私との婚約を解消して、彩葉を選ぶ可能性だってある。あの二人が長年つちかってきたきずなは、相当強いと思うもん」

 梨花のぐな視線に射抜かれて、智樹は自分の軽率な発言を心から恥じた。

「……ごめんなさい」

 素直に謝ると、梨花は表情をゆるめた。

「私も少し言い過ぎちゃった。ごめんね」

 梨花の声を聞きながら、智樹は和葉の言葉を思い返していた。


 “梨花は誤解されやすいけど、正直で裏表の無い、優しい人だよ”


 その通りだな、と思った。

 梨花から放たれる言葉には、時折ときおり鋭いとげがある。でも、その言葉の奥底には、優しさとぬくもりがひそんでいる。


 ケーキを食べ終えてコーヒーのおわりを用意していると、玄関の鍵を開ける音がした。

「ただいま」
 という声と共に、彩葉がリビングに顔を出す。
 そして梨花の顔を見た瞬間、眉間みけんしわを寄せた。

「お前、そこで何してんの?」

 彩葉の不機嫌な声に、梨花は笑顔で言葉を返す。

「お茶しながら、智樹くんと親睦を深めてるの。彩葉も混ざる?」

「はあ? なんで智樹がお前なんかと親睦を深めなきゃいけないんだよ。智樹は俺の家政夫だぞ! 二度と近寄るな!」

「俺の? 何その言い方。智樹くんは物じゃないんですけど」

「いいから帰れよ!」

「はいはい、分かったわよ。帰ればいいんでしょ。またね、智樹くん」

 梨花はゆっくりとした動作で立ち上がると、智樹に手を振って玄関に向かった。

「あっ、梨花さん!」

 慌てて追いかけようとしたが、彩葉に腕をつかまれて足止めされる。

「なんであいつを家に上げたんだよ!」

「和葉さんの婚約者なんだから、追い返すわけにはいかないだろ」

「だけど、わざわざ和葉も俺もいない時に一人で来るなんて、おかしいじゃないか!」

「そんなこと僕に言ったってしょうがないだろ!」

「……二人で何を話してたんだよ」

「別に……たいした話じゃない」

「俺に言えないようなこと?」

「違うよ」

「あいつ、和葉と婚約してるくせに……智樹にも手を出すつもりなんじゃないのか?」

 梨花をおとしめるような彩葉の発言に、智樹は怒りをあらわにした。

「いいかげんにしろよ! 梨花さんはそんなことする人じゃない。あの人を悪く言うのはやめろ」

「なんだよそれ……智樹まで梨花の味方すんのかよ!」

 そう吐き捨てると、彩葉は荒々しく足音を響かせながらリビングを出て行った。
 それから大きな音を立てて玄関のドアを閉め、どこかへ出かけて行ってしまった。

 嵐のあとのように静まり返った部屋の中で、智樹は深い深いため息をついた。
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