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ピクニック
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初デートから二週間ほど経った秋晴れの日に、智樹は彩葉を誘ってピクニックへ出かけた。
目的地の新宿御苑に到着すると、広大な敷地内に生い茂る植物を見渡しながら、彩葉が感嘆の声を上げる。
「すげぇ、都内にあるとは思えない場所だな」
「あっちに芝生の広場があるから、そこで先にお弁当を食べよう」
そう言って歩き出す智樹の後ろを、彩葉もついてくる。
「もう食べるの? 着いたばっかりじゃん」
「保冷剤をあまり入れてこなかったから、早めに食べようよ」
十月とはいえ、その日は例年よりも気温が高かったので、傷まないうちに弁当を食べてしまいたかったのだ。
広場へ移動して芝生の上にレジャーシートを敷き、持参した弁当を広げる。
彩葉からリクエストのあったハムサンドの他に、卵サンドとツナサンド、それからジャムとクリームチーズを挟んだサンドイッチも用意した。
本当はミートパイかチーズタルトも焼くつもりだったのだが、どちらがいいか彩葉に尋ねたところ
「俺はハムサンドがあれば十分だから、そんなに気合い入れなくていいよ」
と断られてしまった。
市販の冷凍パイシートやタルト生地を使えば手間はかからないと説明したが、無理しなくていいと言われたので、サンドイッチの具材でバリエーションをつけることにしたのだ。
彩葉は
「うまそうじゃん、いただきます」
と言って次々とサンドイッチを頬張りながら
「ハムとチーズの組み合わせは鉄板だな」
「ツナマヨと卵サンドもあるの? 最高じゃん」
「ジャムとクリームチーズって合うんだね。俺これ凄い好きかも。また作ってよ」
などと、智樹が嬉しくなるような感想を連発してくれる。
食べ終えると、彩葉はレジャーシートの上で横になり、大きく伸びをした。
「天気は良いし、弁当は美味しいし、俺は今、めちゃくちゃ幸せな気分だよ」
そう言って笑う彩葉を見ながら、智樹の心も幸福な気持ちで満たされていく。
しばらく黙って空を見上げていた彩葉が、昔を懐かしむような目で話し出した。
「子供の頃に読んだ『赤毛のアン』っていう本の中で、ピクニックに行くエピソードがあってさ……あの話を読んだ時に、ピクニックって楽しそうだなぁと思ったんだよね」
「そういえば、そんなエピソードがあったね。僕もなんとなく覚えてる」
智樹が言うと、彩葉は嬉しそうな顔をして体を起こし、身を乗り出してくる。
「智樹も読んだことあるの? 俺、あの本が大好きでさ。今でもたまに読み返すよ」
「あの本、面白いよね。あと、『オズの魔法使い』とかも好きだったな」
「分かる、俺も好き。智樹って意外と本を読む子供だったんだね」
「そうだね、割と読む方だったと思う。実家のリビングに大きい本棚があって、そこに“世界の名作”みたいな子供向けの本がたくさん並んでたから、小さい頃は妹と一緒に片っ端から読んでた記憶がある」
「その中で、どの本が一番好きだった?」
「やっぱり『オズの魔法使い』かなぁ。“靴の踵を三回打ち鳴らせば故郷に帰れる”って知った時の場面が、特に好きなんだよね。その靴は物語の初めの頃からずっと履いていたものだったのに、使い方を知らなかったから凄く回り道をすることになっちゃって……。でも、遠回りをしたおかげで大切な仲間達に出会えたわけだし、いろんな経験をしたからこそ大事なことにも気付くことが出来たんだろうなって思うから、きっと現実の世界でも同じように、無駄な苦労なんてないのかもしれないなっていう気がして……」
話しているうちに、智樹は自分ばかりが喋っていたことに気が付いて、急に恥ずかしくなる。
「ごめん、つまらない話を長々としちゃったね。そろそろ移動しようか。向こうに大きな温室があるから、見に行ってみようよ」
智樹がサンドイッチの容器を片付け始める横で、彩葉はおもむろに口を開いた。
「俺にとっては、全然つまらない話なんかじゃなかったよ」
そう言って立ち上がると、彩葉はゴミをまとめてレジャーシートを畳んだ。
ガラス張りの温室の中には、熱帯の珍しい植物がたくさん栽培されていて、食虫植物などもあった。
ゆっくりと見てまわりながら、午後のひと時を過ごす。
温室を出た後は、のんびりと紅葉を眺めながら歩いてまわり、ぐるりと一周したところで家路についた。
お昼を食べた後の彩葉は口数が減り、話しかけても心ここにあらずといった反応で、帰宅した後はすぐに自分の部屋へ行ってしまった。
いつもとは明らかに様子が違う。
夕食の時間になり、仕事から帰ってきた和葉と三人で食卓を囲んだが、やはり彩葉は普段よりも無口で、何か考え事をしているように見えた。
食事を終えた後、智樹は洗い物をしながら悩んでいた。
何がいけなかったのだろう。
最初の方は彩葉も楽しそうだったし、サンドイッチも喜んで食べてくれていた。
本の話になった時は一人で喋り過ぎてしまったけれど、不快にさせるようなことを言った覚えはない。
もしかして、植物を見てまわるだけのデートが面白くなかったのだろうか。
もう二度とデートしたくないと思われていたらどうしよう。
どんどんマイナスの方向へと思考が傾いていく。
智樹が大きなため息をついていると、風呂上がりの彩葉がリビングに入ってきた。
手に持った二冊の本をキッチンカウンターの上に並べ、思い詰めたような表情で智樹の目を見つめる。
「時間のある時に、この本を読んで感想を聞かせてくれない?」
彩葉に言われて、智樹は本の表紙に目を落とす。
それぞれ違う作家の作品で、どちらも読んだことのない本だ。
「いいけど……急にどうしたの?」
「今日、智樹が『オズの魔法使い』を読んだ時の感想を教えてくれただろ? あれを聞いて、智樹ならこの二冊を読んだ後にどんなことを感じるのかなって知りたくなったんだ。無理はしなくていいけど、もし気が向いたら読んでもらえると嬉しい」
「わかった。本を読むのは嫌いじゃないから、手の空いた時にでも読ませてもらうよ」
洗い物を終えた智樹は、濡れた手を拭いて二冊の本を手に取る。
「それじゃ、読み終わったら教えて」
そう言って、彩葉は自分の部屋に戻って行った。
目的地の新宿御苑に到着すると、広大な敷地内に生い茂る植物を見渡しながら、彩葉が感嘆の声を上げる。
「すげぇ、都内にあるとは思えない場所だな」
「あっちに芝生の広場があるから、そこで先にお弁当を食べよう」
そう言って歩き出す智樹の後ろを、彩葉もついてくる。
「もう食べるの? 着いたばっかりじゃん」
「保冷剤をあまり入れてこなかったから、早めに食べようよ」
十月とはいえ、その日は例年よりも気温が高かったので、傷まないうちに弁当を食べてしまいたかったのだ。
広場へ移動して芝生の上にレジャーシートを敷き、持参した弁当を広げる。
彩葉からリクエストのあったハムサンドの他に、卵サンドとツナサンド、それからジャムとクリームチーズを挟んだサンドイッチも用意した。
本当はミートパイかチーズタルトも焼くつもりだったのだが、どちらがいいか彩葉に尋ねたところ
「俺はハムサンドがあれば十分だから、そんなに気合い入れなくていいよ」
と断られてしまった。
市販の冷凍パイシートやタルト生地を使えば手間はかからないと説明したが、無理しなくていいと言われたので、サンドイッチの具材でバリエーションをつけることにしたのだ。
彩葉は
「うまそうじゃん、いただきます」
と言って次々とサンドイッチを頬張りながら
「ハムとチーズの組み合わせは鉄板だな」
「ツナマヨと卵サンドもあるの? 最高じゃん」
「ジャムとクリームチーズって合うんだね。俺これ凄い好きかも。また作ってよ」
などと、智樹が嬉しくなるような感想を連発してくれる。
食べ終えると、彩葉はレジャーシートの上で横になり、大きく伸びをした。
「天気は良いし、弁当は美味しいし、俺は今、めちゃくちゃ幸せな気分だよ」
そう言って笑う彩葉を見ながら、智樹の心も幸福な気持ちで満たされていく。
しばらく黙って空を見上げていた彩葉が、昔を懐かしむような目で話し出した。
「子供の頃に読んだ『赤毛のアン』っていう本の中で、ピクニックに行くエピソードがあってさ……あの話を読んだ時に、ピクニックって楽しそうだなぁと思ったんだよね」
「そういえば、そんなエピソードがあったね。僕もなんとなく覚えてる」
智樹が言うと、彩葉は嬉しそうな顔をして体を起こし、身を乗り出してくる。
「智樹も読んだことあるの? 俺、あの本が大好きでさ。今でもたまに読み返すよ」
「あの本、面白いよね。あと、『オズの魔法使い』とかも好きだったな」
「分かる、俺も好き。智樹って意外と本を読む子供だったんだね」
「そうだね、割と読む方だったと思う。実家のリビングに大きい本棚があって、そこに“世界の名作”みたいな子供向けの本がたくさん並んでたから、小さい頃は妹と一緒に片っ端から読んでた記憶がある」
「その中で、どの本が一番好きだった?」
「やっぱり『オズの魔法使い』かなぁ。“靴の踵を三回打ち鳴らせば故郷に帰れる”って知った時の場面が、特に好きなんだよね。その靴は物語の初めの頃からずっと履いていたものだったのに、使い方を知らなかったから凄く回り道をすることになっちゃって……。でも、遠回りをしたおかげで大切な仲間達に出会えたわけだし、いろんな経験をしたからこそ大事なことにも気付くことが出来たんだろうなって思うから、きっと現実の世界でも同じように、無駄な苦労なんてないのかもしれないなっていう気がして……」
話しているうちに、智樹は自分ばかりが喋っていたことに気が付いて、急に恥ずかしくなる。
「ごめん、つまらない話を長々としちゃったね。そろそろ移動しようか。向こうに大きな温室があるから、見に行ってみようよ」
智樹がサンドイッチの容器を片付け始める横で、彩葉はおもむろに口を開いた。
「俺にとっては、全然つまらない話なんかじゃなかったよ」
そう言って立ち上がると、彩葉はゴミをまとめてレジャーシートを畳んだ。
ガラス張りの温室の中には、熱帯の珍しい植物がたくさん栽培されていて、食虫植物などもあった。
ゆっくりと見てまわりながら、午後のひと時を過ごす。
温室を出た後は、のんびりと紅葉を眺めながら歩いてまわり、ぐるりと一周したところで家路についた。
お昼を食べた後の彩葉は口数が減り、話しかけても心ここにあらずといった反応で、帰宅した後はすぐに自分の部屋へ行ってしまった。
いつもとは明らかに様子が違う。
夕食の時間になり、仕事から帰ってきた和葉と三人で食卓を囲んだが、やはり彩葉は普段よりも無口で、何か考え事をしているように見えた。
食事を終えた後、智樹は洗い物をしながら悩んでいた。
何がいけなかったのだろう。
最初の方は彩葉も楽しそうだったし、サンドイッチも喜んで食べてくれていた。
本の話になった時は一人で喋り過ぎてしまったけれど、不快にさせるようなことを言った覚えはない。
もしかして、植物を見てまわるだけのデートが面白くなかったのだろうか。
もう二度とデートしたくないと思われていたらどうしよう。
どんどんマイナスの方向へと思考が傾いていく。
智樹が大きなため息をついていると、風呂上がりの彩葉がリビングに入ってきた。
手に持った二冊の本をキッチンカウンターの上に並べ、思い詰めたような表情で智樹の目を見つめる。
「時間のある時に、この本を読んで感想を聞かせてくれない?」
彩葉に言われて、智樹は本の表紙に目を落とす。
それぞれ違う作家の作品で、どちらも読んだことのない本だ。
「いいけど……急にどうしたの?」
「今日、智樹が『オズの魔法使い』を読んだ時の感想を教えてくれただろ? あれを聞いて、智樹ならこの二冊を読んだ後にどんなことを感じるのかなって知りたくなったんだ。無理はしなくていいけど、もし気が向いたら読んでもらえると嬉しい」
「わかった。本を読むのは嫌いじゃないから、手の空いた時にでも読ませてもらうよ」
洗い物を終えた智樹は、濡れた手を拭いて二冊の本を手に取る。
「それじゃ、読み終わったら教えて」
そう言って、彩葉は自分の部屋に戻って行った。
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