鈴木さんちの家政夫

ユキヤナギ

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二冊の本

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 寝る前に、彩葉いろはから渡された本を何気なにげなく手に取った智樹ともきは、その内容に衝撃を受けた。

 一冊目はドラッグに溺れる青年の話で、冒頭から荒々しい描写が続き、一気に物語の世界へと引きずり込まれていく。
 決して読みやすい文章ではないのに、なんとも言えない凄みと迫力があり、文字を通してき出しの感情が襲いかかってくるような錯覚さっかくおちいる。
 息苦しさを覚え、途中で本を閉じたくなる衝動に駆られたが、それでもページをめくる手は止まらない。

 気が付くと一冊、読み終えていた。
 放心状態になりながらも、智樹はもう一冊の本へと手を伸ばす。

 二冊目の本は、秘められた恋の行方ゆくえ切々せつせつつづられた恋愛もので、先ほどの作品とは全く異なる、静謐せいひつな世界が広がっていた。
 繊細ではかない。それでいて燃えたぎるような情熱をも感じさせる。そんな印象を抱きながら夢中で読み進め、残りあと数ページというところで手を止めた。
 早く結末を知りたいという気持ちと、読み終えてしまうのが惜しいという感情がせめぎ合う。

 ふと顔を上げると、カーテンの隙間から明け方の光が差し込んでいた。時計の針は、午前五時を過ぎている。
 いつもの起床時間までは、あと一時間くらいだ。今さら眠るわけにもいかない。それならば、最後まで読んでしまおう。
 そう考えた智樹は、再び物語の世界へと没入した。




 起床時間になり、智樹は朝食の支度をして洗濯を済ませ、和葉かずはを仕事へと送り出す。
 その頃になって、ようやく彩葉も起き出してきた。

「おはよう。二冊とも読み終わったよ」

 昨夜借りた本をダイニングテーブルの上に置くと、彩葉は驚いた目で智樹を見る。

「もう読んだの?」

「うん。読み始めたら止まらなくなっちゃって」

 智樹は、朝食のトーストをかじっている彩葉の向かいに座り、本を読んだ時に感じたことをそのまま伝えた。
 感想を聞き終えた彩葉が、智樹に尋ねる。

「どっちの方が良い作品だと思った?」

 智樹は、すぐに返事ができなかった。
 どちらも、良いとか悪いとか、そういう基準で語れる作品ではないような気がしたのだ。
 智樹はあごに手をあててしばらく考えたあと、こう答えた。

「“どっちが良い作品か”って聞かれると選ぶのが難しいけど、“どっちの作品が好きか”っていう質問なら、すぐに答えられるよ」

「じゃあ、それでもいいよ。どっちが好き?」

「それなら、断然こっち」

 そう言って智樹は、後から読んだ恋愛小説の方を指差した。
 すると彩葉が、かすれ声で智樹に問いかける。

「……どうして?」

「うーん、なんだろう。上手く伝わるかどうか分からないんだけど……この本を読み終えた時、砂浜に立って朝日が昇るのを見ているような気分になったんだよね」

 智樹の答えに、彩葉はきょとんとした表情を浮かべる。

「どういうこと?」

「いや、だから……読んでいる時は、砂浜にくっきりと足跡が残されていく感じがするんだけど、読み終わったあとは波に洗われて、また綺麗な砂浜に戻るっていうか……」

「……あとには何にも残らないってこと?」

「そういうマイナスなイメージじゃなくて、もっとこう……プラスな感じ。物語の中で起こる出来事に、心がえぐられるような気持ちにもなるんだけど、読み進めるうちに少しずつ傷がいやされて、最後には希望が見えてくるっていうか……」

 話せば話すほど上手く伝わらない気がしてもどかしかったが、彩葉は真剣な眼差まなざしで智樹の言葉に耳を傾けている。

「なんか……文章を通して、書いた人の優しさとか、温かい気持ちが流れ込んでくるような気がしたんだよね。だから……もしかすると僕は、“この物語が好き”っていうよりは、“この物語を書いた作者のことが好き”ってことなのかもしれない」

 智樹は話を締めくくると、大きく息をついた。
 また一人で喋り過ぎてしまった気がして、思わず下を向く。

 すると彩葉から
「ありがとう」
 とお礼を言われた。

 顔を上げると、彩葉が微笑んでいた。

「次のデートは、一緒に映画を観ようか」

 彩葉の誘いに、智樹は胸を躍らせる。

「またデートしてくれるの?」

「もちろん。智樹が嫌じゃなければ」

「嫌じゃない。嫌なわけないだろ、めちゃくちゃ嬉しいよ。そっちこそ、無理してない?」

「無理なんてしてないよ。そんなふうに見える?」

「昨日、彩葉の様子が変だったから……僕とデートするのが嫌になっちゃったんじゃないかなって不安だったんだ」

「そっか……不安にさせてごめん。昨日はちょっと考え事をしていただけで、智樹と一緒にいるのは凄く楽しいよ」

「考え事って?」

「……今度また、ゆっくり話すよ」
 彩葉はそう言って立ち上がり
「今日からしばらく部屋にこもって仕事をするから、落ち着いたらまた声をかけるね。それまでに、観たい映画を考えておいて」
 と智樹に笑いかけ、食べ終えた食器を流しに運んでから自室へと戻って行った。

 何か隠し事をされているように感じて、少しだけ胸の奥がモヤモヤしたが、次のデートに誘ってもらえたことは素直に嬉しい。

 次のデートでは、どの映画を観よう。
 智樹はテーブルを拭きながら、口元をほころばせた。
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