鈴木さんちの家政夫

ユキヤナギ

文字の大きさ
23 / 27

そばにいたい

しおりを挟む
「鈴木さん、着いた早々お騒がせしてごめんなさいね。どうぞ上がって下さい。ほら智樹ともき、ちーちゃんと一緒に鈴木さんをリビングにお連れして。香澄かすみはお茶の用意を手伝ってちょうだい」

 智樹の母親にうながされ、一同は靴を脱いで家の中へと入った。
 香澄達が台所でお茶を入れている間に、智樹は千尋ちひろを連れて彩葉いろはをリビングに案内する。

 彩葉は、リビングの壁際にある大きな本棚を目にすると嬉しそうに駆け寄り、本の背表紙を眺めながら感嘆の声をあげた。

「すごいなぁ、いろんな本がある。上の方は哲学書とか難しそうな本ばっかりだね」

「真ん中あたりは小説だらけだ。あっ、ちゃんと作者名が五十音順に並んでる! なんか本屋さんみたい。探しやすくていいね。それにしてもバラエティーに富んだラインナップだなぁ。ここまでジャンルがごちゃ混ぜの本棚って、珍しい気がする」

「この辺は、実用書をまとめてあるのか……。雑学の本もいっぱいあるんだね。タイトル見てるだけでも面白いや」

「下の方は児童書がそろってる! どれもこれも読んだことあるやつだ! 懐かしいなぁ。でも、絵本は知らないタイトルが結構ある……あっそうか、きっと千尋ちゃんが読む用に、最近の絵本も新しく用意したんだね」

 彩葉は上の段から順番に感想を述べていき、一番下の段までくると、しゃがみ込んで一冊の絵本を指差した。

「これ知ってる! 俺が昔好きだった絵本だ! 千尋ちゃん、この絵本ちょっとだけ読ませてもらってもいい?」

 千尋はうなずくと、その絵本を本棚から抜き取って彩葉に手渡した。

「ありがとう」

 お礼を言って彩葉がページをめくると、千尋も隣に座って絵本を覗きこむ。

「一緒に読もうか」

 彩葉の声かけに、千尋が笑顔でこたえる。
 彩葉は、声に出して絵本を読み始めた。

 その絵本は、しろくまの子供がお母さんと一緒にホットケーキを作るというお話で、小さい頃に智樹も読んだ記憶がある。

 フライパンでホットケーキを焼くシーンは見開きになっており、焼き上がるまでの様子が、絵と音を表す言葉で描写されている。
 読み上げる彩葉の声に合わせて、千尋もかすかに口を動かす。
 絵本の中でホットケーキが焼き上がり、千尋は満面の笑みを浮かべた。

 ふと気配を感じて智樹が振り返ると、母と香澄が立っていた。
 二人はお茶とお菓子を載せたお盆を手に持ったまま、絵本を読む彩葉と千尋の姿を温かな眼差まなざしで見守っている。

 絵本を読み終えた彩葉と千尋が顔を上げ、母と香澄はカップや皿をテーブルに並べた。

「お茶が入りましたよ。お土産みやげにいただいたお菓子も早速さっそく開けさせていただいたんで、みんなで食べましょう」

 母の声かけを合図にみんなで座卓ざたくを囲み、しばらく雑談を交わす。

「そういえば父さんは? 今日は休みだって言ってなかった?」

 智樹が尋ねると、母親が苦笑しながら答える。

囲碁いごクラブの集まりに誘われて、出かけちゃったのよ。夕方には帰るって言ってたけど、どうかしらねぇ」

 香澄も呆れた声で口を挟む。

「どうせまた、お酒飲んで酔っ払って夜まで帰って来ないよ。囲碁クラブの人達と一緒だと、いつもそうじゃん。せっかくお兄ちゃんが友達を連れて帰って来たのに……うちのお父さんって、本当に自分勝手だよね」

「まぁでも、いない方がいいかもね。お父さん、話し始めると長いから」

「確かに。初対面の鈴木さんにも遠慮なく長話ながばなしして、迷惑かけそう」

「本当にねぇ。どうでもいいことを延々と話すのよね」

「そうそう、きっと雑学の本で仕入れた知識を披露したいんだろうね。たまにならいいんだけど、毎日続くとさすがにうんざりしちゃうよ」

 母と香澄は、ここぞとばかりに父についての愚痴をこぼしまくる。
 このままでは、彩葉の中で父のイメージが悪くなる一方だ。

「そう? 難しいことでも面白おもしろおかしく話してくれるし、知らなかったことをいろいろと教えてくれるから、父さんの話を聞くの、僕はわりと好きだけどな。それより、香澄は今日も仕事だったんじゃないのか?」

 智樹は父をフォローしつつ、話題を変えた。

「今日は夜勤だから、夕方から仕事に行くよ」

「小さい子がいても、夜勤に入らなくちゃいけないのか……」

「人手不足だから仕方ないよ。それにほら、うちはお父さんとお母さんが千尋を見ててくれるから……」

 そう言って、香澄は申し訳なさそうな顔を母親に向ける。

「いつも千尋のお世話を頼んじゃってごめんね」

「……さっき宮沢さんに言われたことなら、気にしなくて大丈夫よ。あんたが頑張ってることは、父さんも母さんもちゃんと分かってるから。それにね、どんな生き方してたって、誰かしらが何かしら言ってくるものよ。さらっと受け流して、もっと楽しいことを考えなさい」

 母の言葉に、香澄が表情をやわらげる。
 そこへ、彩葉も会話に入ってきた。

「夜勤のある仕事って大変ですよね。うちの兄はホテル勤務なんですけど、夜勤明けはいつもグッタリしてて……」

「あっ、私はホテルじゃなくて介護施設に勤めてるんですけど、夜勤明けはやっぱりキツいですね。鈴木さんのお兄さん、ホテルにお勤めなんですね。ちなみに鈴木さんは?」

「ライターやってます。いろんな媒体で記事を書いたり、本の代筆をしたり……」

 そこからは彩葉の仕事についての話や、香澄の職場での話などで盛り上がり、打ちけた雰囲気の中で心地よい時間が流れた。

 とはいえ、恋人の家族と長時間過ごすというのも気疲れするだろう。
 そう思い、智樹は頃合ころあいを見計みはからって席を立つことにした。

「ちょっと自分の部屋に行ってくるね。彩葉も一緒に行かない?」

「あ、うん。そうする」

 食べ終えた皿やカップをみんなで流しに運んだあと、智樹は彩葉を連れて自分の部屋に向かった。


 部屋の中には、使わなくなった千尋のベビーベッドや玩具などが運び込まれており、半分物置みたいになっていたが、智樹が使っていた学習机や棚などはそのままにしてある。

「ここが智樹の部屋かぁ。卒業アルバムとかないの?」

「あるよ。見る?」

「見たい!」

 智樹は棚から卒業アルバムを取り出すと、彩葉と並んで床に座り、アルバムをめくる。
 思い出話をしながら小・中・高と順番にアルバムを見ていくうちに、智樹は不思議な感覚に包まれた。

 もし過去に起こった出来事が、何か一つでも違っていたら。
 彩葉には出会えなかったのかもしれない。

 なぜか突然そんな考えが頭をよぎり、胸が締めつけられるような気持ちになる。

「彩葉、アルバムを見終わったら、予約した宿へ一緒に行こう。僕も、そっちに泊まる」

 智樹が言うと、彩葉は戸惑った表情になる。

「え? でも、俺の分しか予約してないよ」

「正月休みも終わったし、今なら部屋も空いてるだろうから、二人部屋に変更出来るか聞いてみるよ。予約先の電話番号を教えて」

「急にどうしたの?」

「彩葉と離れたくない。少しでも長く、そばにいたい」

「明日には家に帰るんだし、そのあとはずっと一緒にいられるじゃん」

「そうとは限らないだろ。“あたりまえの日常がずっと続いていく保証なんか、どこにも無い”って、彩葉も言ってたじゃないか」

「それはそうだけど……」

「迷惑だったら無理いはしないけど、もし嫌じゃなければ一緒にいさせて」

 智樹の言葉に、彩葉が照れたように笑う。

「俺も、一緒にいたいよ」

 二人は目を合わせ、どちらからともなく顔を近づけた。
 あとわずかで唇が触れ合うというところで、いきなり部屋のドアが開いた。

「お兄ちゃん、夕飯なんだけど——」

 話しながら部屋に入ってきた香澄の声が、そこで途切れる。

 智樹と彩葉は慌てて体を離したが、間に合わなかったようだ。
 香澄は棒立ちになって目を見開いている。

 智樹は頭の中が真っ白になったまま
「香澄、今のは……」
 と言いかけたが、香澄の声にかき消された。

「あ……えっと、お母さんから『鈴木さんもうちで夕飯を食べるかどうか聞いてきて』って頼まれて……。あの、さっきはノックもしないでいきなり入ってきちゃって、本当にごめん」

「いや、こっちこそ……」

「……夕飯、どうする?」

「ごめん……夕飯はいらない。急ぎの用事が入って、帰らなくちゃいけなくなったから……」

「……そうなんだ。じゃあ、お母さんにもそう伝えとくね」

 そう言って、香澄は逃げるように部屋から立ち去った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】俺はずっと、おまえのお嫁さんになりたかったんだ。

ペガサスサクラ
BL
※あらすじ、後半の内容にやや二章のネタバレを含みます。 幼なじみの悠也に、恋心を抱くことに罪悪感を持ち続ける楓。 逃げるように東京の大学に行き、田舎故郷に二度と帰るつもりもなかったが、大学三年の夏休みに母親からの電話をきっかけに帰省することになる。 見慣れた駅のホームには、悠也が待っていた。あの頃と変わらない無邪気な笑顔のままー。 何年もずっと連絡をとらずにいた自分を笑って許す悠也に、楓は戸惑いながらも、そばにいたい、という気持ちを抑えられず一緒に過ごすようになる。もう少し今だけ、この夏が終わったら今度こそ悠也のもとを去るのだと言い聞かせながら。 しかしある夜、悠也が、「ずっと親友だ」と自分に無邪気に伝えてくることに耐えきれなくなった楓は…。 お互いを大切に思いながらも、「すき」の色が違うこととうまく向き合えない、不器用な少年二人の物語。 主人公楓目線の、片思いBL。 プラトニックラブ。 いいね、感想大変励みになっています!読んでくださって本当にありがとうございます。 2024.11.27 無事本編完結しました。感謝。 最終章投稿後、第四章 3.5話を追記しています。 (この回は箸休めのようなものなので、読まなくても次の章に差し支えはないです。) 番外編は、2人の高校時代のお話。

運命の息吹

梅川 ノン
BL
ルシアは、国王とオメガの番の間に生まれるが、オメガのため王子とは認められず、密やかに育つ。 美しく育ったルシアは、父王亡きあと国王になった兄王の番になる。 兄王に溺愛されたルシアは、兄王の庇護のもと穏やかに暮らしていたが、運命のアルファと出会う。 ルシアの運命のアルファとは……。 西洋の中世を想定とした、オメガバースですが、かなりの独自視点、想定が入ります。あくまでも私独自の創作オメガバースと思ってください。楽しんでいただければ幸いです。

あの頃の僕らは、

のあ
BL
親友から逃げるように上京した健人は、幼馴染と親友が結婚したことを知り、大学時代の歪な関係に向き合う決意をするー。

春風の香

梅川 ノン
BL
 名門西園寺家の庶子として生まれた蒼は、病弱なオメガ。  母を早くに亡くし、父に顧みられない蒼は孤独だった。  そんな蒼に手を差し伸べたのが、北畠総合病院の医師北畠雪哉だった。  雪哉もオメガであり自力で医師になり、今は院長子息の夫になっていた。  自身の昔の姿を重ねて蒼を可愛がる雪哉は、自宅にも蒼を誘う。  雪哉の息子彰久は、蒼に一心に懐いた。蒼もそんな彰久を心から可愛がった。  3歳と15歳で出会う、受が12歳年上の歳の差オメガバースです。  オメガバースですが、独自の設定があります。ご了承ください。    番外編は二人の結婚直後と、4年後の甘い生活の二話です。それぞれ短いお話ですがお楽しみいただけると嬉しいです!

優等生αは不良Ωに恋をする

雪兎
BL
学年トップの優等生α・如月理央は、真面目で冷静、誰からも一目置かれる完璧な存在。 そんな彼が、ある日ふとしたきっかけで出会ったのは、喧嘩っ早くて素行不良、クラスでも浮いた存在のΩ・真柴隼人だった。 「うっせーよ。俺に構うな」 冷たくあしらわれても、理央の心はなぜか揺れ続ける。 自分とは正反対の不良Ω——その目の奥に潜む孤独と痛みに、気づいてしまったから。 番なんて信じない。誰かに縛られるつもりもない。 それでも、君が苦しんでいるなら、助けたいと思った。 王道オメガバース×すれ違い×甘酸っぱさ全開! 優等生αと不良Ωが織りなす、じれじれピュアな恋物語。

恵方巻を食べてオメガになるはずが、氷の騎士団長様に胃袋を掴まれ溺愛されています

水凪しおん
BL
「俺はベータだ。けれど、クラウス様の隣に立ちたい」 王城の厨房で働く地味な料理人ルエンは、近衛騎士団長のクラウスに叶わぬ恋をしていた。身分も属性も違う自分には、彼との未来などない。そう諦めかけていたある日、ルエンは「伝説の恵方巻を食べればオメガになれる」という噂を耳にする。 一縷の望みをかけ、ルエンは危険な食材探しの旅へ! しかし、なぜかその旅先にはいつもクラウスの姿があって……? 勘違いから始まる、ベータ料理人×氷の騎士団長の胃袋攻略ラブファンタジー!

【完結】恋人になりたかった

ivy
BL
初めてのキスは、 すべてが始まった合図だと思っていた。 優しい大地と過ごす時間は、 律にとって特別で、 手放したくないものになっていく。 けれど……

先輩のことが好きなのに、

未希かずは(Miki)
BL
生徒会長・鷹取要(たかとりかなめ)に憧れる上川陽汰(かみかわはるた)。密かに募る想いが通じて無事、恋人に。二人だけの秘密の恋は甘くて幸せ。だけど、少しずつ要との距離が開いていく。 何で? 先輩は僕のこと嫌いになったの?   切なさと純粋さが交錯する、青春の恋物語。 《美形✕平凡》のすれ違いの恋になります。 要(高3)生徒会長。スパダリだけど……。 陽汰(高2)書記。泣き虫だけど一生懸命。 夏目秋良(高2)副会長。陽汰の幼馴染。 5/30日に少しだけ順番を変えたりしました。内容は変わっていませんが、読み途中の方にはご迷惑をおかけしました。

処理中です...