ヤンキーDKの献身

ナムラケイ

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Sorano: 俺、嫉妬されんのかな。

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「帰ってくるから。そしたら、付き合おう」

 昼間、線香と仏花を提げた行人と恵比寿駅で別れてから、空乃はそればかり反芻している。
 行人のことを恋愛対象として好きだと自覚して、駆け引きなんて知らないからストレートに口説き続けてはや数か月。
 高校生のガキだって、相手と思いが通じあっているかは分かる。
 送られるの視線の甘さや触れる指の優しさや何気ない会話の軽やかさで。

「付き合うって」
 マジで嬉しい。
 小躍りはしないが、無意識に口元が緩んでしまう。
 クッキングセンターの休憩室で、空乃は飲みかけのスプライトのボトルを眺めた。しゅわしゅわと気泡がのぼってゆく。
 嬉しいけど。けど。どうすんだ。今夜、ユキが帰ってきて。
 付き合うって。
 それはつまり、キス以上してもいいってことなんだろうか。
 ユキちゃん、俺とエッチしたいって思ってくれてんのかな。
 てか、仮にそういうことだったとして、そもそもちゃんと出来んのか、俺。
 やり方は分かる。検索履歴が漏洩したら恥辱で爆死するくらいにネットで調べたり、なんならみのりからBLマンガまで借りてしまったほどだ。
「ユキ、ケーケン多いんだろうし」
 思考が泥沼だ。
 空乃はぱちんと両頬を叩いた。
 ちげえだろ。ヤるとかヤんねえとか上手くできるかとかじゃなくて、まずちゃんと話せねえと。

 悶々としていると、ぴしりと首筋に手刀を落とされた。
 背筋をまっすぐに走った衝撃に空乃は唸った。こんな正確な攻撃を繰り出せる奴は1人しか知らない。
「弥彦、てめえ挨拶代わりなら手加減しろよ」
「はは、ソーリーソーリー。なんか三沢っちが悶えてるから、喝入れてあげたんだよ」
 夏休みモードの弥彦は、そのテンションの高さを象徴するようなピンクのピタTに黄色のオーバーオール姿だ。空乃からするとあり得ないセンスだが、似合っているのが怖い。
「三沢っち、なんでこんな早いの?」
 教室の開始まではあと30分ある。弥彦は自販機でいちごミルクを買って椅子の背もたれを跨いで座った。
 面白そうだし綺麗なお姉さんいそうだし料理の出来る男はポイント高いから、と空乃と一緒に料理教室に申し込んだ弥彦である。
 参加者はほとんど二十代から三十代の女性なので、弥彦が対人スキルを全開にしてくれるおかげで、空乃も浮いた思いをしなくて助かっている。
「隣と一緒に家出て来たから。それより弥彦、おまえ、今日の夏期講習さぼっただろ」
「昨日彼女と遊びすぎて、朝起きれなかった。てへぺろ」
「可愛くねえし。お盛んで結構だな」
 弥彦は4つ上の女子大生の彼女と付き合っている。冷かすと弥彦はあっけらかんと笑った。
「昨日はエッチはしてないよー。夜通しゲームの共闘してた」
「どんなだよ」
「したかったんだけど、ゴム切らしてたから。コンビニ行ってまでって雰囲気じゃなかったし」
 そこまで詳細な事情は求めていないので、空乃は聞き流した。
 そうだ、ゴム買わねえと。ずっと前に彼女がいた時に買ったのが残ってた気もするが。ちゃんと新しいのを買いたい。それに、ローションとかいるんだよな、やっぱ。
 あれって、ゴムみたいにマツキヨとかに売ってんのか?
 いや、そうじゃなくて。
「三沢っち!」
 弥彦の指が素早く伸びてきて、デコピンを食らう。
「っ痛! 何すんだよ」
「ニヤニヤしながら考え事すんのやめなよねー、キモいから」
「キモいって」
「お隣の清楚系リーマンと上手く行ったとか?」
「なんで分かんだよ」
「三沢っちが顔面だらしなくなるの、リーマンの話するときだけじゃん」
「俺、そんな顔に出てる?」
「出てるよーん」
 弥彦は飲み終わった紙パックをつぶし、後ろ手に放り投げた。パックは背後にあるゴミ箱に吸い込まれていく。
「ナイッシュー」
「どーも。三沢っち、おめでと。これから、もっと楽しいね」
 弥彦が応援するようにピースサインを送ってくる。空乃はさんきゅと返してそのピースに拳を打ち付けた。


 ***
  いつもより数段の気合を入れて講師の指導通り忠実かつ丁寧に作ったほうれん草のカレーとサモサを片手にコーポアマノに戻ると、行人はまだ帰っていなかった。
 洗濯物を取り入れて掃除機をかける。夏休みの課題に手をつけたが、頭に入ってこないのでテキストを閉じた。
 部屋で待つのも妙にそわそわしてしまうので、外に出ることにする。
 日は暮れているが、昼間の熱の残滓がアスファルトにくすぶっていて、街は蒸すように暑い。

 恵比寿駅のアトレにある書店を冷かしていると、スマホが震えた。
「もうすぐ帰る」
 行人のアイコンは中ジョッキの写真で、見る度にどんだけ酒好きなんだよと笑ってしまう。
 もうすぐ帰る。家族みたいなメッセージが嬉しい。
「今どこ?」
「恵比寿駅」
「俺、有隣堂にいるから、改札で待ってて」
 既読がついたのを確認して、空乃は速足で西口に向かう。
 夜の恵比寿駅は混雑しているが、空乃の目はレーダーのように行人を一瞬で感知した。喪服ではないが、白シャツに黒のパンツというシンプルな服装だ。
「ユキちゃん!」
 大きめの声で呼ぶと、周りの通行人に視線を向けられたが、構うことはない。
 行人の方も気にした様子はなく、片手を挙げて応じた。
「おかえり」
 近づくと、行人は匂いを嗅ぐようにすんと鼻を鳴らした。
「わり、俺、汗くさい?」
 尋ねると、行人は笑って頭を振った。前後に並んで、長いエスカレーターを下る。
「汗くさくないけどカレーくさい。サグカレー?」
「正解、よく分かるな。ユキは、ちょっと線香と煙の匂い」
「迎え火焚いてきたから」
 行人は静かに言った。
「迷わずに戻ってきてるといいな」
 空乃は無神論者で幽霊も魂も信じていない。
 亡くなった人がお盆に戻ってくるなんて迷信だと思っているが、それを信じ迎え火や送り火を焚く人の心は美しいと思う。
 だからそう言った。
「うん、ありがとう」
「あ、でも。コーポアマノに来ちゃったら、俺、嫉妬されんのかな」
 冗談めかして言うと、行人は、
「ありうるな。あの人、嫉妬深かったから。おまえ、呪い殺されるかもよ」
 と乗ってくる。
「マジか。お祓い行こうかな」
「はは、嘘だよ。そうだな、あいつが今の俺たちを見たら」
「見たら?」
 行人はその先は教えてくれず、ただ懐かしい記憶に思いを馳せるように、表情を和らげた。
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