2 / 53
02:イエローウォーター
しおりを挟む
極彩色の鳥が飛び交う熱帯雨林を散策し、数万年前のアボリジニの壁画を見学し、断崖の頂から湿地が広がる絶景を見晴らし、遅めの昼食となった。
歩き回ったので腹ペコだ。食事はビュッフェ形式で、誰もが皿を山盛りにしている。
航平は有馬と向かい合って席につくと、帽子とサングラスを取った。
同じように素顔を見せて食事を始めた有馬の顔を思わず二度見する。
薄暗いバスの中やサングラス越しでも見目の良い男だとは思っていたが、晒された素顔は相当な美形だった。
女子が好きそうな王子様系の甘いマスクで、なんだかきらきらしている。
フライドチキンにかぶりついていても絵になる。
眺めていると、妙な既視感にとらわれた。
あれ、どっかで会ったような。
いや、こんな目立つ男、一度会ったら忘れないだろう。会ったというより、見たことあるような。
「何? そんなに見つめられると食べづらいんだけど」
「悪い。あのさ、あんた、芸能人だったりする?」
尋ねると、有馬は苦笑して首を振った。
「僕は会社員だよ。今は、早めの夏休みを取って一人旅中」
「そっか。なんか見たことある気がしたんだけど、気のせいかな」
それには答えずに、有馬は「航平も夏休み中?」と訊いてきた。
「あー、ええと」
やましいところがあるので、航平は言い淀む。
「言いたくないならいいよ。プライバシーだしね」
有馬はさして気にする様子もなく、ビュッフェの2ラウンド目を取りに行ってしまう。
半日の付き合いだが有馬は気のいい男だし、帰国すればもう会うこともないだろう。
戻ってきてコブサラダとパスタをつつく有馬に切り出した。
「実は出張中にサボってる」
「え?」
「いや、完全なサボりじゃなくて。予定されてた会議が1日早く終わったから、今日はフリーになったんだ。そういう場合、普通はホテルで出張報告書いたりテレワークするんだけど、折角だから観光しようと思ってさ」
早口で打ち明けると、有馬は笑った。
「なんだ。深刻な顔してるから、国外逃亡者か何かかと思った」
「国外逃亡者はツアーになんか参加しないだろ」
「それもそうだね。出張中の観光なんて、結構みんなやってるんじゃないかな。観光して、その国の文化や歴史を学ぶのって大事だし」
常々思っていることを有馬が代弁してくれたので、航平は深く頷いた。
「だよな! 有名なスポット巡ったり、名物を食べたりしておけば、オージーと仕事する時にアイスブレイクのネタにあるし。外国人と仕事する時は、相手の国のことを知るのってすげえ大事だと思うんだよ。けど、うちの組織、そういうの厳しいから、今ここにいることがバレたら絶対まずい」
「へえ。じゃあ、内緒にしておいてあげよう。どこの会社?」
有馬はいたずらっぽい視線を送ってくる。
思わず答えそうになったが、なんとか踏みとどまった。
「キョーハクされたら困るから教えない」
「それは残念。一杯奢ってもらおうと思ったのに」
「一杯くらい、脅さなくても奢ってやるよ」
会話を楽しんでいるうちにランチタイムはあっという間に終わってしまった。
午後はツアーのハイライト、イエローウォータークルーズだ。
イエローウォーターは、カカドゥ国立公園の中央部に広がる大湿原だ。雨季が終わると川の水量が減り、川底がところどころ陸地となって姿を現し、湿原となる。
ガイドの案内の下に全員が乗り込むと、ボートはたゆたう水の中を滑るように動き出した。
たっぷりの水には水草が浮き、敷き詰めたような蓮は濃いピンク色の花を咲かせている。
その間に、ごつごつとした黒い甲羅のようなものが現れた。
「有馬、あれ」
航平が指さすと、有馬も水面を覗き込んだ。
「ワニだね。可愛いな」
「可愛いか?」
よく見ると、ボートの周りには結構な数のワニが泳いでいる。
「可愛いよ。僕、動物は何でも好きなんだよね」
「ボートが転覆したらアウトだろ」
航平たちの会話の内容を雰囲気で察したのか、ガイドが口を挟んだ。
「このワニは人を食うぞ」
「これまで食べられた人はいるんですか?」
有馬が尋ねた。
有馬の英語は完璧なキングス・イングリッシュだ。英国に留学経験があるのかもしれない。
ガイドはシリアスな顔になって、目元を押さえた。
「先週も観光客が食われたばかりだ」
ガイドの発言に有馬はぎょっとする。写真を撮ろうとボートの外に延ばしていた腕を慌ててひっこめた。
「マジで…。その人、大丈夫だったのか」
「ワニに食われて大丈夫なわけないだろう。骨の1本も上がらなかった」
「……」
言葉が見つからず黙り込む航平の背を、有馬がぽんと叩いた。
「人を食べるのは本当だけど、観光客が食われたっていうのは多分ガイドさんの冗談だよ」
「冗談?」
有馬の言うとおり、びびる航平を見て、ガイドはにやにやしている。先ほどの深刻な雰囲気は演技だったらしい。
他のツアー客も航平たちのやりとりに笑っている。
「子供向けの鉄板ジョークなんだが、乗ってくれてサンキューな」
ガイドが親指を立ててくる。
くっそ、子ども扱いするなって。あんな暗い声で言われたら信じちまうだろ。
有馬はくすくすと笑っている。
「航平は素直だねえ」
「うっせ」
歩き回ったので腹ペコだ。食事はビュッフェ形式で、誰もが皿を山盛りにしている。
航平は有馬と向かい合って席につくと、帽子とサングラスを取った。
同じように素顔を見せて食事を始めた有馬の顔を思わず二度見する。
薄暗いバスの中やサングラス越しでも見目の良い男だとは思っていたが、晒された素顔は相当な美形だった。
女子が好きそうな王子様系の甘いマスクで、なんだかきらきらしている。
フライドチキンにかぶりついていても絵になる。
眺めていると、妙な既視感にとらわれた。
あれ、どっかで会ったような。
いや、こんな目立つ男、一度会ったら忘れないだろう。会ったというより、見たことあるような。
「何? そんなに見つめられると食べづらいんだけど」
「悪い。あのさ、あんた、芸能人だったりする?」
尋ねると、有馬は苦笑して首を振った。
「僕は会社員だよ。今は、早めの夏休みを取って一人旅中」
「そっか。なんか見たことある気がしたんだけど、気のせいかな」
それには答えずに、有馬は「航平も夏休み中?」と訊いてきた。
「あー、ええと」
やましいところがあるので、航平は言い淀む。
「言いたくないならいいよ。プライバシーだしね」
有馬はさして気にする様子もなく、ビュッフェの2ラウンド目を取りに行ってしまう。
半日の付き合いだが有馬は気のいい男だし、帰国すればもう会うこともないだろう。
戻ってきてコブサラダとパスタをつつく有馬に切り出した。
「実は出張中にサボってる」
「え?」
「いや、完全なサボりじゃなくて。予定されてた会議が1日早く終わったから、今日はフリーになったんだ。そういう場合、普通はホテルで出張報告書いたりテレワークするんだけど、折角だから観光しようと思ってさ」
早口で打ち明けると、有馬は笑った。
「なんだ。深刻な顔してるから、国外逃亡者か何かかと思った」
「国外逃亡者はツアーになんか参加しないだろ」
「それもそうだね。出張中の観光なんて、結構みんなやってるんじゃないかな。観光して、その国の文化や歴史を学ぶのって大事だし」
常々思っていることを有馬が代弁してくれたので、航平は深く頷いた。
「だよな! 有名なスポット巡ったり、名物を食べたりしておけば、オージーと仕事する時にアイスブレイクのネタにあるし。外国人と仕事する時は、相手の国のことを知るのってすげえ大事だと思うんだよ。けど、うちの組織、そういうの厳しいから、今ここにいることがバレたら絶対まずい」
「へえ。じゃあ、内緒にしておいてあげよう。どこの会社?」
有馬はいたずらっぽい視線を送ってくる。
思わず答えそうになったが、なんとか踏みとどまった。
「キョーハクされたら困るから教えない」
「それは残念。一杯奢ってもらおうと思ったのに」
「一杯くらい、脅さなくても奢ってやるよ」
会話を楽しんでいるうちにランチタイムはあっという間に終わってしまった。
午後はツアーのハイライト、イエローウォータークルーズだ。
イエローウォーターは、カカドゥ国立公園の中央部に広がる大湿原だ。雨季が終わると川の水量が減り、川底がところどころ陸地となって姿を現し、湿原となる。
ガイドの案内の下に全員が乗り込むと、ボートはたゆたう水の中を滑るように動き出した。
たっぷりの水には水草が浮き、敷き詰めたような蓮は濃いピンク色の花を咲かせている。
その間に、ごつごつとした黒い甲羅のようなものが現れた。
「有馬、あれ」
航平が指さすと、有馬も水面を覗き込んだ。
「ワニだね。可愛いな」
「可愛いか?」
よく見ると、ボートの周りには結構な数のワニが泳いでいる。
「可愛いよ。僕、動物は何でも好きなんだよね」
「ボートが転覆したらアウトだろ」
航平たちの会話の内容を雰囲気で察したのか、ガイドが口を挟んだ。
「このワニは人を食うぞ」
「これまで食べられた人はいるんですか?」
有馬が尋ねた。
有馬の英語は完璧なキングス・イングリッシュだ。英国に留学経験があるのかもしれない。
ガイドはシリアスな顔になって、目元を押さえた。
「先週も観光客が食われたばかりだ」
ガイドの発言に有馬はぎょっとする。写真を撮ろうとボートの外に延ばしていた腕を慌ててひっこめた。
「マジで…。その人、大丈夫だったのか」
「ワニに食われて大丈夫なわけないだろう。骨の1本も上がらなかった」
「……」
言葉が見つからず黙り込む航平の背を、有馬がぽんと叩いた。
「人を食べるのは本当だけど、観光客が食われたっていうのは多分ガイドさんの冗談だよ」
「冗談?」
有馬の言うとおり、びびる航平を見て、ガイドはにやにやしている。先ほどの深刻な雰囲気は演技だったらしい。
他のツアー客も航平たちのやりとりに笑っている。
「子供向けの鉄板ジョークなんだが、乗ってくれてサンキューな」
ガイドが親指を立ててくる。
くっそ、子ども扱いするなって。あんな暗い声で言われたら信じちまうだろ。
有馬はくすくすと笑っている。
「航平は素直だねえ」
「うっせ」
4
あなたにおすすめの小説
あなたと過ごせた日々は幸せでした
蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】
古森きり
BL
【書籍化決定しました!】
詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります!
たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました!
アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。
政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。
男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。
自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。
行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。
冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。
カクヨムに書き溜め。
小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。
【完結】抱っこからはじまる恋
* ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。
ふたりの動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵もあがります。
YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。
プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら!
完結しました!
おまけのお話を時々更新しています。
BLoveさまのコンテストに応募しているお話を倍以上の字数増量でお送りする、アルファポリスさま限定版です!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる