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18:母のおもてなし
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「航平。今の二人、知り合い?」
「うわ! いきなり後ろから声かけんなよな。会計、長かったな」
「レジのお姉さんの世間話が長くて」
「また逆ナンされてたのかよ」
否定しない有馬と並んで店を出た。駐車場について車に乗り込んでから、有馬がもう一度訊いた。
「で、あの二人、知り合いだったの?」
「男の方は同期の北村。今は海幕の艦船武器課所属。女の子の方はその彼女。タイ人だってさ」
「タイ人? そう言ってた?」
「ああ。バンコク出身のジャスミンちゃんだって」
それを聞くと、有馬は何か考え込むように眉を寄せた。
「航平、北村さんとはよく遊ぶ仲なの?」
「いや? すっげえたまに飲みに行くくらいかな」
「そっか」
有馬は安心したように息を吐いた。
「なに。なんか、様子おかしくね?」
「何にもないよ。さ、そろそろ行こうか。予定より遅くなっちゃったし、お母さん、待ち草臥れてるんじゃない?」
日差しが強いわけでもないのに、有馬はサングラスをかけてハンドルを握った。
後から思えば、この時の有馬の不自然な態度を、突き詰めておくべきだったのだ。
突き詰めたとしても、何も教えてはくれなかっただろうけど。
航平の母、十波美津子は、鎌倉の海を望むマンションの一室に住んでいる。
昔は一軒家に住んでいたが、航平が防衛大学校に進学して寮生活を始めたのを契機に、一軒家は管理が大変だし思い出が詰まる家に一人暮らしは辛いと言って、手放した。
今は父の遺産と航平の仕送りで、悠々自適の一人暮らしを満喫している。
美津子は有馬を見るなり、
「サンデー・プライム・ニュースの有馬さん!」と叫んで、洗面所へ飛び込んだあと、メイクを濃くして戻ってきた。
「ちょっと航平! お友達が有馬静加さんなんて聞いてないわよ!」
「言ってないからな。別に誰でも一緒だろ」
「一緒じゃないわよ。分かってたら、もっとオシャレして、お料理だって奮発したのに」
「息子の友達相手に興奮すんなよ」
「だって、サンデー・プライム・ニュースの有馬さんよ!」
「はいはい」
予想通りの母親の反応に、航平は苦笑する。
小声でやり合う親子に、有馬が割って入った。
「そのサマーニット、十分素敵ですよ。今日は、親子水入らずのところに混ぜていただいて、ありがとうございます。こちら、気持ちだけなんですが、良かったらどうぞ」
完璧なスマイルと丁重なお辞儀。土産の数々に、美津子は相好を崩した。
「あら、これ、サボンの入浴剤ね! ありがとうございます。さすが、女性が喜ぶものよく知ってらっしゃるわ。航平も見習わないと、いつまでたっても彼女なんか出来ないわよ」
それを選んだのは、こいつじゃなくて葉梨アナです。
彼女はいませんが、俺はこいつとあんなことやこんなことしてる仲です。
心の中で念仏を唱える航平である。
その夜の食卓は稀にみる豪華さだった。
カボチャに人参、オレンジズッキーニ、赤オクラに白ナスと色鮮やかな天ぷら。いなり寿司に、高野豆腐と海老の煮物に、ハマグリの酒蒸し。
「いただいたワイン、開けてもいいかしら? それとも、最初はビールがいい?」
台所から、母が声をかけてくる。
ダイニングテーブルに食器を並べながら、有馬が答えた。
「ワインはどうぞ開けちゃってください。僕は車なので、お二人でどうぞ」
「あら、車だったのね。泊まって行ってと言いたいんだけれど、お客様をお泊めできるような準備がなくて…」
「いえ。こちらこそ、お付き合いできなくてすみません。電車にしようかとも思ったんですけど、週末くらいは運転しないと腕も車も鈍るので」
「有馬。帰りは俺が運転するから、飲めよ」
航平が言っても、有馬は頑なに固辞する。
「いいよ。航平が飲みなよ。折角の帰省なんだし」
「いいって」
「いいから」
遠慮し合っていると、有馬が耳もとで素早く囁いた。
「降りないと、ここでキスするよ」
「どんな脅し方だよ」
諦めた航平は、母と自分のグラスにワインを注ぎ、有馬には炭酸水を出した。
「折角だから航平とドライブがしたい。電車だと二人きりになれない」と邪な主張をしたのは有馬だが、なんだか申し訳ない。
「あ、美味しい」
乾杯をして、カボチャの天ぷらを口にするなり、有馬が言った。思わず漏れてしまった、という風な自然な感想に、美津子が微笑む。
「良かった。たくさん食べてね」
「はい。鎌倉野菜ってすごく味が濃くて甘いんですね。普段食べてる野菜と全然違います」
有馬は美味しいを繰り返しながら、旺盛な食欲を見せている。
「ほら、航平もたくさん食べて」
「うん、いただきます」
揚げたての天ぷらを食べるのは航平も久しぶりで、箸が進む。
美津子は、息子達の食欲を肴に白ワインをするすると胃に収めている。
「このワイン、美味しいわね。天ぷらにすごく合うわ」
「友人にソムリエがいて、選んでもらったんです。僕はワインはさっぱりなので」
言いながら、有馬は航平に片目をつぶってみせた。
はいはい、誤解して悪かったって。
「あらそうなの。ワインに詳しそうに見えるのに」
「見掛け倒しなんですよ。ちなみに、家事もさっぱりで。僕、料理が全く出来ないので、こういう手料理ってすごく嬉しいです。このいなり寿司も好きな味です」
「良かった。おいなりさんなんて普段作らないから、味に自信がなかったんだけど。航平が作ってくれっていうもんだから。航平、おいなりさん好きだったのね。家にいる時そんなに食べさせた記憶ないけど」
有馬が好物だと言っていたから、あらかじめ母にリクエストしておいたのだった。
「うわ! いきなり後ろから声かけんなよな。会計、長かったな」
「レジのお姉さんの世間話が長くて」
「また逆ナンされてたのかよ」
否定しない有馬と並んで店を出た。駐車場について車に乗り込んでから、有馬がもう一度訊いた。
「で、あの二人、知り合いだったの?」
「男の方は同期の北村。今は海幕の艦船武器課所属。女の子の方はその彼女。タイ人だってさ」
「タイ人? そう言ってた?」
「ああ。バンコク出身のジャスミンちゃんだって」
それを聞くと、有馬は何か考え込むように眉を寄せた。
「航平、北村さんとはよく遊ぶ仲なの?」
「いや? すっげえたまに飲みに行くくらいかな」
「そっか」
有馬は安心したように息を吐いた。
「なに。なんか、様子おかしくね?」
「何にもないよ。さ、そろそろ行こうか。予定より遅くなっちゃったし、お母さん、待ち草臥れてるんじゃない?」
日差しが強いわけでもないのに、有馬はサングラスをかけてハンドルを握った。
後から思えば、この時の有馬の不自然な態度を、突き詰めておくべきだったのだ。
突き詰めたとしても、何も教えてはくれなかっただろうけど。
航平の母、十波美津子は、鎌倉の海を望むマンションの一室に住んでいる。
昔は一軒家に住んでいたが、航平が防衛大学校に進学して寮生活を始めたのを契機に、一軒家は管理が大変だし思い出が詰まる家に一人暮らしは辛いと言って、手放した。
今は父の遺産と航平の仕送りで、悠々自適の一人暮らしを満喫している。
美津子は有馬を見るなり、
「サンデー・プライム・ニュースの有馬さん!」と叫んで、洗面所へ飛び込んだあと、メイクを濃くして戻ってきた。
「ちょっと航平! お友達が有馬静加さんなんて聞いてないわよ!」
「言ってないからな。別に誰でも一緒だろ」
「一緒じゃないわよ。分かってたら、もっとオシャレして、お料理だって奮発したのに」
「息子の友達相手に興奮すんなよ」
「だって、サンデー・プライム・ニュースの有馬さんよ!」
「はいはい」
予想通りの母親の反応に、航平は苦笑する。
小声でやり合う親子に、有馬が割って入った。
「そのサマーニット、十分素敵ですよ。今日は、親子水入らずのところに混ぜていただいて、ありがとうございます。こちら、気持ちだけなんですが、良かったらどうぞ」
完璧なスマイルと丁重なお辞儀。土産の数々に、美津子は相好を崩した。
「あら、これ、サボンの入浴剤ね! ありがとうございます。さすが、女性が喜ぶものよく知ってらっしゃるわ。航平も見習わないと、いつまでたっても彼女なんか出来ないわよ」
それを選んだのは、こいつじゃなくて葉梨アナです。
彼女はいませんが、俺はこいつとあんなことやこんなことしてる仲です。
心の中で念仏を唱える航平である。
その夜の食卓は稀にみる豪華さだった。
カボチャに人参、オレンジズッキーニ、赤オクラに白ナスと色鮮やかな天ぷら。いなり寿司に、高野豆腐と海老の煮物に、ハマグリの酒蒸し。
「いただいたワイン、開けてもいいかしら? それとも、最初はビールがいい?」
台所から、母が声をかけてくる。
ダイニングテーブルに食器を並べながら、有馬が答えた。
「ワインはどうぞ開けちゃってください。僕は車なので、お二人でどうぞ」
「あら、車だったのね。泊まって行ってと言いたいんだけれど、お客様をお泊めできるような準備がなくて…」
「いえ。こちらこそ、お付き合いできなくてすみません。電車にしようかとも思ったんですけど、週末くらいは運転しないと腕も車も鈍るので」
「有馬。帰りは俺が運転するから、飲めよ」
航平が言っても、有馬は頑なに固辞する。
「いいよ。航平が飲みなよ。折角の帰省なんだし」
「いいって」
「いいから」
遠慮し合っていると、有馬が耳もとで素早く囁いた。
「降りないと、ここでキスするよ」
「どんな脅し方だよ」
諦めた航平は、母と自分のグラスにワインを注ぎ、有馬には炭酸水を出した。
「折角だから航平とドライブがしたい。電車だと二人きりになれない」と邪な主張をしたのは有馬だが、なんだか申し訳ない。
「あ、美味しい」
乾杯をして、カボチャの天ぷらを口にするなり、有馬が言った。思わず漏れてしまった、という風な自然な感想に、美津子が微笑む。
「良かった。たくさん食べてね」
「はい。鎌倉野菜ってすごく味が濃くて甘いんですね。普段食べてる野菜と全然違います」
有馬は美味しいを繰り返しながら、旺盛な食欲を見せている。
「ほら、航平もたくさん食べて」
「うん、いただきます」
揚げたての天ぷらを食べるのは航平も久しぶりで、箸が進む。
美津子は、息子達の食欲を肴に白ワインをするすると胃に収めている。
「このワイン、美味しいわね。天ぷらにすごく合うわ」
「友人にソムリエがいて、選んでもらったんです。僕はワインはさっぱりなので」
言いながら、有馬は航平に片目をつぶってみせた。
はいはい、誤解して悪かったって。
「あらそうなの。ワインに詳しそうに見えるのに」
「見掛け倒しなんですよ。ちなみに、家事もさっぱりで。僕、料理が全く出来ないので、こういう手料理ってすごく嬉しいです。このいなり寿司も好きな味です」
「良かった。おいなりさんなんて普段作らないから、味に自信がなかったんだけど。航平が作ってくれっていうもんだから。航平、おいなりさん好きだったのね。家にいる時そんなに食べさせた記憶ないけど」
有馬が好物だと言っていたから、あらかじめ母にリクエストしておいたのだった。
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