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17:同期とその彼女
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嫉妬。嫉妬か。
感じたことのない感情は扱いに困る。持て余す。
嫉妬するってことは、俺は有馬のことを、恋愛的な意味で好きなんだろうか。
自問すると、なんだか身体がかゆくなって、シートの上で身じろぎした。
「航平? なんだか顔が赤いけど、大丈夫?」
「何でもない」
誤魔化そうと、スマホをタップして音楽のボリュームを少し上げる。
有馬の音楽ライブラリは航平が知らない洋楽ばかり流していたが、高速に乗ったところで聞き覚えのあるメロディに変わった。
「あ、この曲」
エルトン・ジョンのドローバーズ・バラッド。
カカドゥ国立公園のツアーバスの中で流れていた曲だ。
「エルトン・ジョンってそこまで好きじゃなかったんだけど。航平と出会った思い出の曲だからね。ダウンロードして歌詞まで覚えちゃったよ」
有馬はスピードに乗りながら恥ずかしいことを喋っている。
穏やかだが力強いメロディに、航平はクルーズ船から見た風景を思い出した。
湿原は鏡のように世界を映しこみ、空は奇妙に黄みがかっていた。たなびく雲の間を、野鳥が羽ばたいていた。
「すげえ綺麗だったよな、イエローウォーター」
「うん。この世のものとは思えなかった」
「あんたは景色よりワニに夢中だっただろ」
「ひどいなあ」
くすくす笑って、有馬は付け加えた。
「いつか、二人で一緒に旅行したいな」
「今してるじゃん。鎌倉日帰り旅行」
「泊まりでって意味だよ」
有馬は運転席から意味深な流し目を送ってくる。
「有馬って、人畜無害の王子みたいなツラして中身エロ魔人だよな」
「男はみんなエロいものでしょ」
「有馬サマ有馬サマってはしゃいでる女子職員に聞かせてやりたい」
「お好きにどうぞ。女性にどう思われても全く気にしないから」
「筋金入りだな」
「お褒めに預かり光栄デス」
「褒めてねえよ」
応戦しながら、航平は、ああ良かったと思う。
待ち合わせの前は嫌な気持ちになったり緊張したりしてたけれど、今はこんなにも普通に話せている。
有馬の横は、楽しくて、居心地がいい。
有馬が鎌倉に来るのは数年ぶりだというので、実家に行く前に少しだけ散歩することにした。
鶴岡八幡宮でお参りをして、観光客でごった返す小町通りをぶらぶらと歩く。
夜の都心で飲み歩いている時にはそこまで気にならなかったが、少し地方に来ると、有馬の外見は人目を引く。
「あの人カッコよくない?」と女の子達がさざめいているのが嫌でも耳に入ってくる。
「男前も大変だな」
「そう? 芸能人みたいに写真を撮られるわけじゃないし、気にしなければいいだけだよ。航平、どこか入りたい店ある?」
「ええと、あ、そこの店見ていいか?」
「勿論。お香の店?」
「父親の仏壇用に線香買っていく」
香り袋や和ろうそくも売っている店なので、女性のお客さんが多かった。
航平は、幅広い価格帯の商品の中からスタンダードな白檀の線香を選ぶ。
線香には花の香りがするものもあるらしく、棚にはラベンダーや桜などの線香が綺麗なパッケージに入って並べられている。ふと思いついて、その中から珊瑚色の箱を手に取った。
「お待たせ。これ、良かったら、緋紗子さんに」
店内が狭いので外で待っていた有馬に紙袋のひとつを差し出すと、有馬は中を確認して、目元を緩ませた。
「白梅のお線香?」
「なんとなく、緋沙子さんのイメージかなって」
「ありがとう。とても、喜ぶと思う。桜より梅を好む人だったから」
選択が間違っていなくて良かった。
安心する航平に、有馬がもう一度言った。
「本当にありがとう」
あまり遅くなってもいけないので、マンゴープリンのお供にコーヒーだけ買って行くことにした。
有馬は線香のお返しだと言って、専門店のカウンターで値の張るコーヒー豆を選び、グラインドを頼んだ。
「有馬からの土産、多すぎじゃね?」
「好きな子の母親との初対面だよ。気に入られるために必死」
「うちの母親面食いだから。あんたが行くだけで小躍りして喜ぶよ」
「航平も顔だけで釣られてくれれば楽なのに」
「中身に自信ないってことか?」
「うわ、ひどい。あ、挽き終わったみたいだ。会計してくるから、ちょっと待ってて」
「おう」
店内の雑貨を眺めながら有馬を待っていると、「十波?」と声をかけられた。振り向くと、同期の北村昌人3佐だ。
「北村、すごい偶然だな」
「だな。つっても、おまえの実家は鎌倉だっけ」
「ああ、実家に帰る前にぶらぶらしてた。北村はデートか?」
北村の横には、長い黒髪の女性が寄り添っている。
先日、付き合い始めたと自慢していた彼女だろう。
ノスタルジックなワンピースに鮮やかなピンク色のバッグを持っている。清楚な感じの美人だが、目は知的に輝いている。
「うん。彼女のジャスミン。タイの留学生なんだ」
航平とジャスミンは互いに自己紹介とお辞儀をした。
「タイのどこ出身なの?」
「バンコクです」
「へえ。俺、出張で何回も行ったことあるよ。あとは、チェンマイとかパタヤも」
「いいなあ。私はどっちも行ったことなくて。タイにはもう随分帰っていないし」
ジャスミンは控えめに微笑んだ。癖の少ない流暢な日本語だった。
「そうなんだ。今度またバンコクに出張する予定があるんだ。現地のもので欲しいものがあったら買ってくるから、北村経由で教えてよ」
「ありがとうございます」
「北村、気難しいこともあるけど、すごくいい奴だから。よろしくな」
「はい。昌人、とても優しいし、日本のことも自衛隊のことも色々教えてくれます」
短い立ち話だけして、二人は店を出ていった。ジャスミンの横にいる北村は、始終でれでれしていて面白かった。
感じたことのない感情は扱いに困る。持て余す。
嫉妬するってことは、俺は有馬のことを、恋愛的な意味で好きなんだろうか。
自問すると、なんだか身体がかゆくなって、シートの上で身じろぎした。
「航平? なんだか顔が赤いけど、大丈夫?」
「何でもない」
誤魔化そうと、スマホをタップして音楽のボリュームを少し上げる。
有馬の音楽ライブラリは航平が知らない洋楽ばかり流していたが、高速に乗ったところで聞き覚えのあるメロディに変わった。
「あ、この曲」
エルトン・ジョンのドローバーズ・バラッド。
カカドゥ国立公園のツアーバスの中で流れていた曲だ。
「エルトン・ジョンってそこまで好きじゃなかったんだけど。航平と出会った思い出の曲だからね。ダウンロードして歌詞まで覚えちゃったよ」
有馬はスピードに乗りながら恥ずかしいことを喋っている。
穏やかだが力強いメロディに、航平はクルーズ船から見た風景を思い出した。
湿原は鏡のように世界を映しこみ、空は奇妙に黄みがかっていた。たなびく雲の間を、野鳥が羽ばたいていた。
「すげえ綺麗だったよな、イエローウォーター」
「うん。この世のものとは思えなかった」
「あんたは景色よりワニに夢中だっただろ」
「ひどいなあ」
くすくす笑って、有馬は付け加えた。
「いつか、二人で一緒に旅行したいな」
「今してるじゃん。鎌倉日帰り旅行」
「泊まりでって意味だよ」
有馬は運転席から意味深な流し目を送ってくる。
「有馬って、人畜無害の王子みたいなツラして中身エロ魔人だよな」
「男はみんなエロいものでしょ」
「有馬サマ有馬サマってはしゃいでる女子職員に聞かせてやりたい」
「お好きにどうぞ。女性にどう思われても全く気にしないから」
「筋金入りだな」
「お褒めに預かり光栄デス」
「褒めてねえよ」
応戦しながら、航平は、ああ良かったと思う。
待ち合わせの前は嫌な気持ちになったり緊張したりしてたけれど、今はこんなにも普通に話せている。
有馬の横は、楽しくて、居心地がいい。
有馬が鎌倉に来るのは数年ぶりだというので、実家に行く前に少しだけ散歩することにした。
鶴岡八幡宮でお参りをして、観光客でごった返す小町通りをぶらぶらと歩く。
夜の都心で飲み歩いている時にはそこまで気にならなかったが、少し地方に来ると、有馬の外見は人目を引く。
「あの人カッコよくない?」と女の子達がさざめいているのが嫌でも耳に入ってくる。
「男前も大変だな」
「そう? 芸能人みたいに写真を撮られるわけじゃないし、気にしなければいいだけだよ。航平、どこか入りたい店ある?」
「ええと、あ、そこの店見ていいか?」
「勿論。お香の店?」
「父親の仏壇用に線香買っていく」
香り袋や和ろうそくも売っている店なので、女性のお客さんが多かった。
航平は、幅広い価格帯の商品の中からスタンダードな白檀の線香を選ぶ。
線香には花の香りがするものもあるらしく、棚にはラベンダーや桜などの線香が綺麗なパッケージに入って並べられている。ふと思いついて、その中から珊瑚色の箱を手に取った。
「お待たせ。これ、良かったら、緋紗子さんに」
店内が狭いので外で待っていた有馬に紙袋のひとつを差し出すと、有馬は中を確認して、目元を緩ませた。
「白梅のお線香?」
「なんとなく、緋沙子さんのイメージかなって」
「ありがとう。とても、喜ぶと思う。桜より梅を好む人だったから」
選択が間違っていなくて良かった。
安心する航平に、有馬がもう一度言った。
「本当にありがとう」
あまり遅くなってもいけないので、マンゴープリンのお供にコーヒーだけ買って行くことにした。
有馬は線香のお返しだと言って、専門店のカウンターで値の張るコーヒー豆を選び、グラインドを頼んだ。
「有馬からの土産、多すぎじゃね?」
「好きな子の母親との初対面だよ。気に入られるために必死」
「うちの母親面食いだから。あんたが行くだけで小躍りして喜ぶよ」
「航平も顔だけで釣られてくれれば楽なのに」
「中身に自信ないってことか?」
「うわ、ひどい。あ、挽き終わったみたいだ。会計してくるから、ちょっと待ってて」
「おう」
店内の雑貨を眺めながら有馬を待っていると、「十波?」と声をかけられた。振り向くと、同期の北村昌人3佐だ。
「北村、すごい偶然だな」
「だな。つっても、おまえの実家は鎌倉だっけ」
「ああ、実家に帰る前にぶらぶらしてた。北村はデートか?」
北村の横には、長い黒髪の女性が寄り添っている。
先日、付き合い始めたと自慢していた彼女だろう。
ノスタルジックなワンピースに鮮やかなピンク色のバッグを持っている。清楚な感じの美人だが、目は知的に輝いている。
「うん。彼女のジャスミン。タイの留学生なんだ」
航平とジャスミンは互いに自己紹介とお辞儀をした。
「タイのどこ出身なの?」
「バンコクです」
「へえ。俺、出張で何回も行ったことあるよ。あとは、チェンマイとかパタヤも」
「いいなあ。私はどっちも行ったことなくて。タイにはもう随分帰っていないし」
ジャスミンは控えめに微笑んだ。癖の少ない流暢な日本語だった。
「そうなんだ。今度またバンコクに出張する予定があるんだ。現地のもので欲しいものがあったら買ってくるから、北村経由で教えてよ」
「ありがとうございます」
「北村、気難しいこともあるけど、すごくいい奴だから。よろしくな」
「はい。昌人、とても優しいし、日本のことも自衛隊のことも色々教えてくれます」
短い立ち話だけして、二人は店を出ていった。ジャスミンの横にいる北村は、始終でれでれしていて面白かった。
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