ペンと羅針盤

ナムラケイ

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30:甲板にて後輩と。

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 横須賀を母港とするイージス搭載護衛艦「とわ」は、インドネシアを出航して、ベトナムに向かっていた。太平洋をぐるりと回る長期航行はもう終盤で、ベトナム出航後はフィリピンと沖縄を経由して横須賀に帰港するルートだ。
 午後の仕事を終わらせた航平は甲板へ出て大きく伸びをした。

 今日は天候も海象も安定していて、順調な航海だ。凪ぐ海に大きな波を起こしながら、巨大な護衛艦は北に針路を取る。
 360度。見渡す限りの水平線。その遥か向こうに太陽が沈もうとしている。
 赤道直下の夕焼けは燃えるように激しい。真っ赤に熟れた太陽が最後の輝きを放ちながら、南シナ海を染め上げている。
 隣に有馬がいたら最高の気分だろうな、なんて感傷に浸ってしまう。
 オレンジ色の海面からトビウオが一斉に跳ねたので、航平はスマホのシャッターを切った。
 残念ながら、クジラもイルカもまだ出会えていない。

「有馬」

 名前を呟いてみる。
 出会ってから、1ヶ月も顔を合わせないのは初めてだ。
 出発の日、有馬は羽田空港まで送ってくれた。ターミナル前に停めた車の中で交わした密やかなキスを思い出す。

「航平。行ってらっしゃい。気を付けて」

 手を振る有馬の笑顔と優しい声を思い出す。
 あんなふうに父を送り出せればよかったのに。
 ぼんやりと夕陽を眺めていると、後ろから体当たりされた。

「十波3佐っ!」
「木原。おまえ、上官にぶつかってくるな」
「さーせん。なんか背中が寂しそうだったんで。なに黄昏てんすか」

 護衛艦「とわ」の水雷士を務める木原2尉は、以前に同じ艦で勤務したことがあり旧知の仲だ。
 性格は、とにかく元気。艦艇勤務という閉鎖空間の中では、人間関係の潤滑油となる木原のような性格は重宝される。

「うわー、今日はこれまたすっげえ夕日っすね」

 木原は航平の横に並ぶと、派手な歓声を上げた。

「木原、仕事は?」
「当直明けなんで、今は非番っす」
「そうか。お疲れ」
「写真ですか?」

 木原が航平の手元のスマホを指さした。

「ああ。トビウオがいたから」
「トビウオなんか、別に珍しくもないっす」
「まあな」
「あ、あれっすか、おかに置いてきた彼女さんにですか」

 ふざけているように見えて、勘が働く奴だ。おまけによく喋る。

「電波入ったらマメに連絡した方がいいっすよ。艦艇勤務中に彼女に浮気されるとか、笑い話にもならないくらいベタ中のベタっすからね」
「連絡はちゃんとしてるし、余計なお世話だ」
「あ、やっぱ彼女さんだったんすね」

 言質を取ったとばかりに、木原は親指を立てて見せた。

「おまえなあ」
「へへっ。次の寄港地ベトナムだし、人肌寂しいなら一緒にお店行きましょうよ。十波3佐、ちょっとジャニ系入ってるから、東南アジアでもモテますよ」

 長い航海だ。リフレッシュのために、乗員は寄港先で外出することができる。
 乗員は若くて健康な男共だ。規律維持が原則だが、実際のところ、どこで何をしているのか分かったものではない。
 航平は木原の額を小突いた。

「行かねえよ、馬鹿。大体、おまえは結婚してるだろ」
「してるっすけど。まあ、お店遊びは別じゃないっすか」
「私生活に口は出さないが、ハメをはずすなよ。寄港先で問題を起こされたら、艦長の首が飛ぶ」
「心得ております、3佐殿」

 本気で注意をすると、木原は姿勢を正して敬礼をした。かと思えば、すぐに相好を崩して、航平のわき腹を突っついてきた。
 こいつ、階級の差を分かってないな。

「で、十波3佐のイイ人はどんな人なんすか? 美人系? 可愛い系?」
「どんなって」

「教えるか馬鹿」と逃げることもできたが、なんだか有馬のことを話したくなった。
 どうして、好きな人のことは誰かに話したくなるのだろう。

「すげえ優しくて、結構甘えてくる。顔は、とにかくイイな」
「うへえ。超のろけっすね」
「あと、仕事熱心。あいつが集中して仕事してる時、なんか変なオーラが出てて近づけない」
「わお、キャリアウーマンなんすね。なんの仕事してるんすか?」
「それは内緒。ああ、でも料理は壊滅的。目玉焼きすら作らない」
「あー、まあ、メシなんか自分で作ればいいし、モウマンタイっすね。うちも、嫁より俺の方が料理上手いし」

 フォローのつもりもないのだろうが、嬉しいコメントをくれるものだ。

「それから、旅行好きで、生き物が好き」
「ああ。それで魚の写真撮ってたんすね」
「まあな」
「付き合ってどんくらいなんすか?」
「2か月とちょっとかな」
「えええ! それ、今一番楽しい時じゃないですか。こんな時に航海とか、それは寂しいっすね…」

 航平は柵に両腕を乗せる。夕日はもうほとんど海に沈んでしまい、薪の終わりのような残滓が海の淵でくすぶっている。

「寂しいわけじゃないけど、こんな綺麗な夕焼けとか、一緒に見られたらなって思うよな」

 そう言うと、木原は不意に大人びた表情になった。

「十波3佐。それ、寂しいって言うんですよ」

 木原がいなくなった甲板で、航平はひとり呟く。

「会いてえ」
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