ペンと羅針盤

ナムラケイ

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31:ダナン入港

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 数日後、護衛艦「とわ」は予定時刻定刻にベトナム中部のダナンに入港した。
 ベトナム海軍とダナン市長による歓迎セレモニーが終了すると、乗組員達はシップエージェントと協力して、艦の清掃やゴミの処理、生鮮食品の積み替えに精を出す。
 明日は、ベトナム海軍との共同訓練、意見交換会、交流サッカー試合に、在留邦人の子供たちによる艦艇見学と、予定が目白押しだ。
 航平は久しぶりの陸地に感慨を覚える暇もなく、岸壁の事務スペースでベトナム海軍の担当者と明日の予定について打ち合わせを行った。
 打ち合わせが終われば、明日の朝までは自由時間だ。サービスされたハスのお茶を飲みながらベトナムの海軍士官達と雑談していると、港湾事務所の方から警備の腕章を巻いた下士官が走ってきた。

「十波3佐はいらっしゃいますか?」
「ああ、俺だ」

 名乗り出ると、下士官は背筋を伸ばして敬礼した。航平が敬礼を返し、手を下し終えるのを確認してから、報告する。

「お疲れ様です。港湾ターミナルに十波3佐宛の面会の方がいらっしゃっています」
「ああ、日本大使館の人かな。時間があったら艦を見に来るって言っていたから」
「大使館の人ではないと思います。プレスカードを下げていましたので」
「取材の人? だったら艦の広報担当官に連絡した方がいいんじゃないか」
「ですが、十波3佐をご指名でしたので」

 話しながら、下士官の案内でターミナルに向かう。
 共産国の軍港ターミナルは装飾に欠いて武骨な建物だ。
 下士官を警備に戻し、襟元を整えてから待合室に入ると、ベトナム人に混じって、有馬が座っていた。

「有馬?」

 驚きのあまり硬直する航平と裏腹に、有馬は落ち着き払っている。航平に歩み寄ると、にっこりと笑いかけた。

「航平。久しぶり」

 頭がぐるぐるして言葉が出てこない。
 黙り込む航平の顔を覗き込み、有馬は顔を曇らせた。

「元気そうだね、って言おうと思ってたけど。なんか元気ないね。すこし痩せた?」

 それには答えず、航平は声を絞り出した。

「なんで」
「ん?」
「なんであんたがここにいるんだよ!」
「驚いた?」
「驚くに決まってるだろ。突然なんなんだよ」
「航平。ニュース見てないの?」
「艦艇でテレビが映るか」
「あ、そっか。昨日まで、ダナンでADMM+をやってたんだよ」

 ADMM+。東南アジア諸国連合拡大国防担当大臣会合。要するに、ASEANと主要国の防衛大臣が一同に介して、安全保障問題について議論し合う一大イベントである。

「国光防衛大臣も参加しているから、僕たち番記者も同行取材に来てるんだ。3泊4日のベトナムツアー」

 確かに、今年のASEAN議長国はベトナムで、「とわ」入港中にそんな行事があると補足情報として報告があった気がする。
 国際会議が開かれる市内と「とわ」が入港する港湾部は地理的にも距離があるし、双方のスケジュールは全くリンクしていないので、気に留めていなかった。

「ベトナムのテレビ局の知り合いから、今日「とわ」がダナンに入港するっていう情報ゲットしたから、港に行ったら航平と会えるかなと思って」
「ベトナムに出張する予定があったなら、ラインでそう言えよ」

 溜め息を着くと、有馬はいたずらっぽく笑った。

「こっちも防衛大臣の予定が見えてなかったから、自由時間が取れるか分からなかったし。それに、有馬に会いたいなーって思ってる時にサプライズで現れた方が感動するでしょ?」
「誰が会いたいとか…」
「あれ、思ってくれてなかった?」
「思ってた、けど!」

 ひと月ぶりに会う有馬は相変わらずきらきらしている。
 南国スタイルなのか、エレガントな麻の白スーツを着て、パナマ帽まで持っているので、古い映画に出てくる俳優みたいだ。
 くっそ、カッコいいなと心の中で悪態をつく。
 なんだか地団駄を踏みたい気持ちの航平に、有馬は優雅に手を差し出した。

「とりあえず、ここを出ようか。なんだか注目浴びちゃってるし」

 眼中になかったが、待合室はベトナム人のおじさんでいっぱいだ。
 白スーツの有馬に、海上自衛官の夏服の航平。言い合う白服の男二人に、おじさん達は興味深々だ。
 騒がせてすみませんの意味を込め、航平は脱帽してぺこりと頭を下げる。楽しそうな有馬の手を引いて、逃げるように待合室を出た。



 ダナンはビーチリゾートが人気の観光地だ。
「とわ」が入港した港湾地帯を南下すると、左手には白い砂浜のビーチが南北に延びている。
 ビーチがある小島と旧市街がある本土の間には、ハン側と呼ばれる大きな川が流れており、いくつもの橋が対岸を繋いでいる。
 航平と有馬を乗せた黄色いタクシーは、ビーチ沿いの道路を滑るように走っていく。
 均等に並ぶヤシの木が次々に飛び去っていくのを、航平は目の端で眺めた。

「有馬。仕事は?」
「もう終わった。大臣は昼の便で帰国したし、夕方のニュースの原稿ももう送ったから。帰りは明日の昼便だから、それまではフリーだよ」
「俺は、明日は朝7時に岸壁集合。外泊届も出してきたから、それまでなら大丈夫」
「外泊届」

 耳慣れない言葉だったのか、有馬は面白そうに復唱した。

「自衛官だからな。部隊は何でも届け出制なんだよ」
「外泊届」
「繰り返すなよ」
「なんだかいかがわしい単語だよね」
「いかがわしいのはあんたの発想だろ」

 タクシーはビーチを離れ、金色の龍が絡みつく派手なデザインの橋を渡り、旧市街に入っていく。アジアらしくどこかさびれた街並みの中にピンク色の可愛い教会があり、観光スポットなのか人が集まって写真を撮っている。

「航平、ダナンは初めて?」
「ああ。ベトナムはハノイしか行ったことない」
「じゃあ、夕飯まで、どこか観光しようか」

 色褪せた座席シートの上、運転手に見えない位置で、有馬の指先にそっと触れた。

「観光は、いらない」
「え?」

 有馬がこちらを見る。恥ずかしくて、思わず顔を背けた。

「観光とかいいから、二人になりたい」
「航平。それって」

 小声で問い返す有馬に、小声で答えた。

「いかがわしいこと、するんだろ」
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