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40:テレビ局にて女子アナと
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有馬はソファに深く沈み込んだ。脚を組んで、微糖ブラックの缶コーヒーを飲む。
マスコミらしく華やかなピンク色に塗られたエレベーターホールは、大勢のスタッフが引っ切り無しに行き交っている。
壁にはドラマやバラエティ番組の宣伝ポスターが並び、番組名と視聴率が墨汁で書かれた半紙がべたべた貼られている。
10年もテレビ局で勤務していると、それなりに知人友人も多い。彼ら彼女らが通る度に、微笑を作って手を挙げたり挨拶をしたりと条件反射を繰り返していると、胸ポケットのスマホが震えた。
思いを馳せていたおかげか、当の航平からだった。
「お疲れ。忙しいとこ悪い。母さんが、12月のどっかで、クリスマスパーティをやらないかって。まだ先の話だし、返事は仕事のメドがついてからでいいから」
気遣いに満ちた言葉選び。
航平と母の美津子が話しているのを見るのが好きだ。鎌倉の家に行くと、自分が十波家の一員になったような気分になれる。
有馬は両親と仲が悪いわけではないが、何でも話し合える仲でもない。
同じ東京都内に住んでいるのに、両親と顔を合わせるのは年に1回か2回だ。
クリスマスパーティ。
嬉しいお誘いのはずなのに、ため息しかでない。
この前、航平がクリスマスと正月に触れたときも、曖昧な答えしか返せなかった。
クリスマス。年末年始。
特別取材班の仕事がひと段落つけば、勿論休暇が取れる。できることなら休みを合わせて、どこかのホテルに泊まって、一日中、いや、三日三晩くらいは裸で愛し合いたい。
どろどろに溶け合って、どちらがどちらの身体か分からなくなるくらいに。
けれど。それはもう叶わないかもしれない。
有馬の手の中で、缶がぱきりと音を立てた。
仕事に没頭することで逃げていた現実は、すぐ目の前にきている。向き合うのが怖い。
金曜日のTTVイヴニングニュース。
それを見た航平は、どんな顔をするのだろう。どんな言葉を自分にぶつけてくるだろうか。
僕は、航平を失うのだろうか。
今頃襲ってきた絶望に、有馬は唇をかんだ。
賑やかしい内装に囲まれたエレベーターを待っていると、後ろから軽やかなヒールの音が近づいてきた。
「有馬、お疲れ様」
アナウンサー部の葉梨カレンだ。細身の身体に、流行のレンガ色のワンピースをまとっている。
アナウンサーはテレビで見るよりも小さくて華奢な人が多い。
お疲れ様と返した有馬の顔を、葉梨はずいっと無遠慮に観察した。
「冴えない顔」
そういう葉梨は、毎朝4時起きの生活をしているのに、輝くような美しさを放っている。
滑らかな肌は内側から輝くような白さで、綺麗にウェーブを描く髪はつやめいている。毛の先、爪の先まで非の打ち所がない。
国立大学の国際関係学部を首席で卒業した才媛で、数か国語を操る。才色兼備を絵にかいたような女性だが、彼女のような女性はテレビ局では珍しくない。
有馬とて外見には人一倍気を遣っている。
テレビマンという職業柄もあるが、ゲイであることを卑屈に思わないための自己防衛のひとつだ。
同じ穴のムジナ。有馬と葉梨は、見栄や努力の方向性が似ているので、互いに素で話すことができる。
「そんなことないよ」
応える有馬の顔をもう一度見つめて、葉梨は言った。
「疲労っていうより、憔悴ね。お姉さんが飲み物おごってあげるわ」
「もう飲んだよ」
コーヒーの缶を挙げて見せるが、葉梨は気にも留めない。
「ブラックなんてすかしたもの飲んでないで、疲れた時は甘いものでしょ」
そう言って、ホットココアを2本買うと、1本を有馬に渡した。
ひと口飲むと、糖分に頭がしびれるようだ。
「美味しいでしょ」
「うん。美味い。サンキューな」
爪が傷つかないように用心しながらプルタブを引いて、葉梨が続けた。
「例のニュース、私が読むから」
先ほどの打ち合わせで、特別取材班の吉川班長から、金曜日のTTVニュースの枠が取れたと言われたばかりだ。TTVニュースのアナウンサーは曜日で異なり、金曜日の担当アナは葉梨だ。
だから、「例のニュース」だけで意味は通じた。
「そうか。現場からの中継は僕がやるから、よろしく」
「まだ詳しくは教えてもらってないけど、大スクープなんでしょ。おめでと」
「ありがとう」
「その割に冴えない顔なのはどうして?」
「僕、そんなひどい顔してるかな」
「してる。ハンサムが台無し」
葉梨は汚いものでも見るように眉をしかめて見せた。
海千山千が集うテレビ局において、葉梨は信頼できる同僚のひとりだ。
信念を持って仕事をしているので、仕事で嘘をつかない。ずるいことをしない。
正直で賢くて、努力家だ。有馬の性癖を自然に受け入れていて、女性アナウンサーとての自分の価値を正しく評価し、けれど、自分に興味がない男が山ほどいることを理解している。
だから、少し、本音を漏らした。
「今、自衛官と付き合ってるんだよ」
「新しい彼氏できてたんだ。じゃあ、それにもおめでと」
そう言ってから、葉梨は、あっと漏らした。やはり察しが良い。
「あなたのスクープ、自衛隊の不祥事なんでしょ。もしかして、有馬がそれを報道することで、彼氏サンが傷つくとか怒るとか心配してるの?」
コトはそこまで単純ではないのだが、事件の細部は取材班以外にはまだ話せない。だから言葉にはせずに、ただ頷いた。
食事を作りに来てくれた航平の快活な笑顔を思い出す。
やわらかく口の中でほどけた出汁巻きの味を思い出す。
室内は空調が効いていて暖かいはずなのに、葉梨は暖を取るように両手で缶を包みこんだ。そして、静かに語った。
「私たちの仕事は常に社会に直接関わっている。報道は人に喜びを与えることも、傷つけることもある。その「人」が、自分の家族や友人や大事な人であることだって、当然ある。だから、分かってほしいと思う相手には、言葉と誠意を尽くすしかないんじゃないかな」
「言葉と誠意を尽くす」
「そうよ。それでももし駄目になっちゃったら、その人とは元々駄目だったってことなんだよ」
マスコミらしく華やかなピンク色に塗られたエレベーターホールは、大勢のスタッフが引っ切り無しに行き交っている。
壁にはドラマやバラエティ番組の宣伝ポスターが並び、番組名と視聴率が墨汁で書かれた半紙がべたべた貼られている。
10年もテレビ局で勤務していると、それなりに知人友人も多い。彼ら彼女らが通る度に、微笑を作って手を挙げたり挨拶をしたりと条件反射を繰り返していると、胸ポケットのスマホが震えた。
思いを馳せていたおかげか、当の航平からだった。
「お疲れ。忙しいとこ悪い。母さんが、12月のどっかで、クリスマスパーティをやらないかって。まだ先の話だし、返事は仕事のメドがついてからでいいから」
気遣いに満ちた言葉選び。
航平と母の美津子が話しているのを見るのが好きだ。鎌倉の家に行くと、自分が十波家の一員になったような気分になれる。
有馬は両親と仲が悪いわけではないが、何でも話し合える仲でもない。
同じ東京都内に住んでいるのに、両親と顔を合わせるのは年に1回か2回だ。
クリスマスパーティ。
嬉しいお誘いのはずなのに、ため息しかでない。
この前、航平がクリスマスと正月に触れたときも、曖昧な答えしか返せなかった。
クリスマス。年末年始。
特別取材班の仕事がひと段落つけば、勿論休暇が取れる。できることなら休みを合わせて、どこかのホテルに泊まって、一日中、いや、三日三晩くらいは裸で愛し合いたい。
どろどろに溶け合って、どちらがどちらの身体か分からなくなるくらいに。
けれど。それはもう叶わないかもしれない。
有馬の手の中で、缶がぱきりと音を立てた。
仕事に没頭することで逃げていた現実は、すぐ目の前にきている。向き合うのが怖い。
金曜日のTTVイヴニングニュース。
それを見た航平は、どんな顔をするのだろう。どんな言葉を自分にぶつけてくるだろうか。
僕は、航平を失うのだろうか。
今頃襲ってきた絶望に、有馬は唇をかんだ。
賑やかしい内装に囲まれたエレベーターを待っていると、後ろから軽やかなヒールの音が近づいてきた。
「有馬、お疲れ様」
アナウンサー部の葉梨カレンだ。細身の身体に、流行のレンガ色のワンピースをまとっている。
アナウンサーはテレビで見るよりも小さくて華奢な人が多い。
お疲れ様と返した有馬の顔を、葉梨はずいっと無遠慮に観察した。
「冴えない顔」
そういう葉梨は、毎朝4時起きの生活をしているのに、輝くような美しさを放っている。
滑らかな肌は内側から輝くような白さで、綺麗にウェーブを描く髪はつやめいている。毛の先、爪の先まで非の打ち所がない。
国立大学の国際関係学部を首席で卒業した才媛で、数か国語を操る。才色兼備を絵にかいたような女性だが、彼女のような女性はテレビ局では珍しくない。
有馬とて外見には人一倍気を遣っている。
テレビマンという職業柄もあるが、ゲイであることを卑屈に思わないための自己防衛のひとつだ。
同じ穴のムジナ。有馬と葉梨は、見栄や努力の方向性が似ているので、互いに素で話すことができる。
「そんなことないよ」
応える有馬の顔をもう一度見つめて、葉梨は言った。
「疲労っていうより、憔悴ね。お姉さんが飲み物おごってあげるわ」
「もう飲んだよ」
コーヒーの缶を挙げて見せるが、葉梨は気にも留めない。
「ブラックなんてすかしたもの飲んでないで、疲れた時は甘いものでしょ」
そう言って、ホットココアを2本買うと、1本を有馬に渡した。
ひと口飲むと、糖分に頭がしびれるようだ。
「美味しいでしょ」
「うん。美味い。サンキューな」
爪が傷つかないように用心しながらプルタブを引いて、葉梨が続けた。
「例のニュース、私が読むから」
先ほどの打ち合わせで、特別取材班の吉川班長から、金曜日のTTVニュースの枠が取れたと言われたばかりだ。TTVニュースのアナウンサーは曜日で異なり、金曜日の担当アナは葉梨だ。
だから、「例のニュース」だけで意味は通じた。
「そうか。現場からの中継は僕がやるから、よろしく」
「まだ詳しくは教えてもらってないけど、大スクープなんでしょ。おめでと」
「ありがとう」
「その割に冴えない顔なのはどうして?」
「僕、そんなひどい顔してるかな」
「してる。ハンサムが台無し」
葉梨は汚いものでも見るように眉をしかめて見せた。
海千山千が集うテレビ局において、葉梨は信頼できる同僚のひとりだ。
信念を持って仕事をしているので、仕事で嘘をつかない。ずるいことをしない。
正直で賢くて、努力家だ。有馬の性癖を自然に受け入れていて、女性アナウンサーとての自分の価値を正しく評価し、けれど、自分に興味がない男が山ほどいることを理解している。
だから、少し、本音を漏らした。
「今、自衛官と付き合ってるんだよ」
「新しい彼氏できてたんだ。じゃあ、それにもおめでと」
そう言ってから、葉梨は、あっと漏らした。やはり察しが良い。
「あなたのスクープ、自衛隊の不祥事なんでしょ。もしかして、有馬がそれを報道することで、彼氏サンが傷つくとか怒るとか心配してるの?」
コトはそこまで単純ではないのだが、事件の細部は取材班以外にはまだ話せない。だから言葉にはせずに、ただ頷いた。
食事を作りに来てくれた航平の快活な笑顔を思い出す。
やわらかく口の中でほどけた出汁巻きの味を思い出す。
室内は空調が効いていて暖かいはずなのに、葉梨は暖を取るように両手で缶を包みこんだ。そして、静かに語った。
「私たちの仕事は常に社会に直接関わっている。報道は人に喜びを与えることも、傷つけることもある。その「人」が、自分の家族や友人や大事な人であることだって、当然ある。だから、分かってほしいと思う相手には、言葉と誠意を尽くすしかないんじゃないかな」
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