ペンと羅針盤

ナムラケイ

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48:罪の先には

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 悪いことをしたことは、本人が一番分かっている。
 航平がどんな言葉を投げつけたところで、それはすでに北村自身が自問自答しているはずだ。

「反省してるし、死ぬほど後悔してる。今ほど時間が戻せるならと思ったことなんてない。本当に、後悔してるんだ。申し訳ないことをした。一緒に働いてるお前らにも、任務に出てる仲間にも、俺らが守るべき人たちにも。
 俺が流した情報が悪用されて、もしそれが原因で誰かが死ぬことになったら、どうしようって、毎日、怖かった」

 怖かった。
 そうだ、軍事情報とはそういうものだ。使い方によって善にも悪にもなる、目に見えない恐ろしい武器。
 北村は艦船の整備に精通している。その情報を入手すれば、海上自衛隊の能力を知ることができる。

 北村が胸の内を話してくれたのなら、航平も話しておくべきだ。
 航平も正座になって、背筋を伸ばした。

「鎌倉で会った時、俺にも連れがいたんだ。帝都テレビの有馬記者だ」

 北村は驚いたように眉を上げた。北村にとって有馬は、自らを世間の好機の目に晒した張本人だ。
 あの中継の後、この実家にも多くの取材陣が押し寄せたことだろう。

「有馬さんと知り合いだったのか?」
「ああ。「はぴモニ」の取材を受けたのがきっかけで、友達になった」
「そうだったのか。全然知らなかった」
「有馬はいい奴で、熱心すぎるくらい仕事熱心だ」

 そう切り出してから、自分の中でずっともやもやと燻っていたものを整理するように、言葉を選んだ。

「だけど、おまえのことを、あんなスクープみたいな方法で、世間に知らしめる必要なんてなかったと思う。有馬の報道がなければ、雑誌や週刊誌がおまえのことを面白おかしく書きたてることもなかった。警務隊が捜査していたなら、事件は送検から起訴まで静かに処理されただろう。おまえも家族も報道陣に追いかけられることなんてなかった」

 北村は航平の吐露を黙って聞いていたが、やがて静かに首を振った。

「それは違うよ、十波」
「え?」
「有馬さんの報道があってもなくても、裁判になれば、どうしたって世間の知るところになっていた。同じことだ。それに、俺は有馬さんにすっぱ抜いて貰って、良かったと思ってるんだ」

 そう語る北村は、本当に吹っ切れているようなさっぱりした顔をしている。

「どういうことだ?」
「さっき、怖かったって言っただろ。俺はこんな思い、もう他の誰にもしてほしくない。だから、組織にはしっかりを対策を取ってほしいし、一人ひとりに気を付けてもらいたい。そのためには、なるべく沢山の人に事件の真実を知ってもらう必要がある。それができるのは、テレビや新聞だけだろ。そりゃあさ、見出しだけで不快になるような低俗な記事も沢山あった。でも、有馬さんの記事にはそれを凌駕するだけの価値があったと俺は思っている」
「有馬の記事?」
「読んでないのか?」
「読んでない。読みたく、なくて」

 白状する航平に、北村はそろそろ足を崩そうぜと言ってから、手を伸ばしてスマホを取った。
 すぐに航平のスマホにURLが送られてくる。

「帝都テレビのニュースサイトだよ。おまえも色々思うとこがあるんだろうけど、記事くらい読めよ。俺は、自分のやらかしたことの後悔で頭がいっぱいだったのに、有馬さんはその先の先のことまで記事にしてくれてた。中国政府にどう抗議すべきだとか、俺ら自衛官だけじゃなくて、民間企業や一般の人ももっと気を付けるべきだとか知らなきゃいけないとか、もう二度と俺みたいな奴を出さないためにはどうするべきだとか。記事の中で色んな提言をしてて。敵わないなって思ったよ」
「そう、なのか」
「そうだよ。有馬さん、あり得ないくらい真面目で誠実だよな。あの人、取材中もその後も、十波と知り合いだってことなんか一言も言わなかったぞ。おまえに迷惑かからないように気い遣ってたんじゃないの」
「取材中もその後もって、北村、有馬に何回も会ってるのか?」

 有馬は本当にそんなことは、素振りさえも見せなかった。

「そりゃあ、取材対象者だからな。俺が警察署に拘留されてる間、有馬さんは何度も警察に来てくれたよ。面会できるわけないのに、差し入れを持ってさ。保釈されてから、一番最初にこの家に来てくれたのも有馬さんだった。変わった人だよな。もう俺の仕事は終わったからって、事件のことなんか何にも聞かずに世間話だけしていくんだから」

 北村はよく話した。同期の口から有馬のことを聞くのは変な感じだ。
 俺が自分のことばかり考えてうじうじ悩んで苛ついていた間、有馬は自分がするべきことをしていた。
 呆然とする航平の手元を指して、北村が微笑んだ。

「それも、有馬さんの手土産だよ。そんな洒落た菓子、うちの奴らは知りもしないだろ」

 俺は、何も知らなくて見ていなくて、知ろうとも見ようともしていなかった。北村のことも、有馬のことも。
 ミルフィーユを齧ると、生地は甘くてキャラメルは苦くて、口に含み切れなかった欠片がほろりと膝に落ちた。
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