48 / 53
48:罪の先には
しおりを挟む
悪いことをしたことは、本人が一番分かっている。
航平がどんな言葉を投げつけたところで、それはすでに北村自身が自問自答しているはずだ。
「反省してるし、死ぬほど後悔してる。今ほど時間が戻せるならと思ったことなんてない。本当に、後悔してるんだ。申し訳ないことをした。一緒に働いてるお前らにも、任務に出てる仲間にも、俺らが守るべき人たちにも。
俺が流した情報が悪用されて、もしそれが原因で誰かが死ぬことになったら、どうしようって、毎日、怖かった」
怖かった。
そうだ、軍事情報とはそういうものだ。使い方によって善にも悪にもなる、目に見えない恐ろしい武器。
北村は艦船の整備に精通している。その情報を入手すれば、海上自衛隊の能力を知ることができる。
北村が胸の内を話してくれたのなら、航平も話しておくべきだ。
航平も正座になって、背筋を伸ばした。
「鎌倉で会った時、俺にも連れがいたんだ。帝都テレビの有馬記者だ」
北村は驚いたように眉を上げた。北村にとって有馬は、自らを世間の好機の目に晒した張本人だ。
あの中継の後、この実家にも多くの取材陣が押し寄せたことだろう。
「有馬さんと知り合いだったのか?」
「ああ。「はぴモニ」の取材を受けたのがきっかけで、友達になった」
「そうだったのか。全然知らなかった」
「有馬はいい奴で、熱心すぎるくらい仕事熱心だ」
そう切り出してから、自分の中でずっともやもやと燻っていたものを整理するように、言葉を選んだ。
「だけど、おまえのことを、あんなスクープみたいな方法で、世間に知らしめる必要なんてなかったと思う。有馬の報道がなければ、雑誌や週刊誌がおまえのことを面白おかしく書きたてることもなかった。警務隊が捜査していたなら、事件は送検から起訴まで静かに処理されただろう。おまえも家族も報道陣に追いかけられることなんてなかった」
北村は航平の吐露を黙って聞いていたが、やがて静かに首を振った。
「それは違うよ、十波」
「え?」
「有馬さんの報道があってもなくても、裁判になれば、どうしたって世間の知るところになっていた。同じことだ。それに、俺は有馬さんにすっぱ抜いて貰って、良かったと思ってるんだ」
そう語る北村は、本当に吹っ切れているようなさっぱりした顔をしている。
「どういうことだ?」
「さっき、怖かったって言っただろ。俺はこんな思い、もう他の誰にもしてほしくない。だから、組織にはしっかりを対策を取ってほしいし、一人ひとりに気を付けてもらいたい。そのためには、なるべく沢山の人に事件の真実を知ってもらう必要がある。それができるのは、テレビや新聞だけだろ。そりゃあさ、見出しだけで不快になるような低俗な記事も沢山あった。でも、有馬さんの記事にはそれを凌駕するだけの価値があったと俺は思っている」
「有馬の記事?」
「読んでないのか?」
「読んでない。読みたく、なくて」
白状する航平に、北村はそろそろ足を崩そうぜと言ってから、手を伸ばしてスマホを取った。
すぐに航平のスマホにURLが送られてくる。
「帝都テレビのニュースサイトだよ。おまえも色々思うとこがあるんだろうけど、記事くらい読めよ。俺は、自分のやらかしたことの後悔で頭がいっぱいだったのに、有馬さんはその先の先のことまで記事にしてくれてた。中国政府にどう抗議すべきだとか、俺ら自衛官だけじゃなくて、民間企業や一般の人ももっと気を付けるべきだとか知らなきゃいけないとか、もう二度と俺みたいな奴を出さないためにはどうするべきだとか。記事の中で色んな提言をしてて。敵わないなって思ったよ」
「そう、なのか」
「そうだよ。有馬さん、あり得ないくらい真面目で誠実だよな。あの人、取材中もその後も、十波と知り合いだってことなんか一言も言わなかったぞ。おまえに迷惑かからないように気い遣ってたんじゃないの」
「取材中もその後もって、北村、有馬に何回も会ってるのか?」
有馬は本当にそんなことは、素振りさえも見せなかった。
「そりゃあ、取材対象者だからな。俺が警察署に拘留されてる間、有馬さんは何度も警察に来てくれたよ。面会できるわけないのに、差し入れを持ってさ。保釈されてから、一番最初にこの家に来てくれたのも有馬さんだった。変わった人だよな。もう俺の仕事は終わったからって、事件のことなんか何にも聞かずに世間話だけしていくんだから」
北村はよく話した。同期の口から有馬のことを聞くのは変な感じだ。
俺が自分のことばかり考えてうじうじ悩んで苛ついていた間、有馬は自分がするべきことをしていた。
呆然とする航平の手元を指して、北村が微笑んだ。
「それも、有馬さんの手土産だよ。そんな洒落た菓子、うちの奴らは知りもしないだろ」
俺は、何も知らなくて見ていなくて、知ろうとも見ようともしていなかった。北村のことも、有馬のことも。
ミルフィーユを齧ると、生地は甘くてキャラメルは苦くて、口に含み切れなかった欠片がほろりと膝に落ちた。
航平がどんな言葉を投げつけたところで、それはすでに北村自身が自問自答しているはずだ。
「反省してるし、死ぬほど後悔してる。今ほど時間が戻せるならと思ったことなんてない。本当に、後悔してるんだ。申し訳ないことをした。一緒に働いてるお前らにも、任務に出てる仲間にも、俺らが守るべき人たちにも。
俺が流した情報が悪用されて、もしそれが原因で誰かが死ぬことになったら、どうしようって、毎日、怖かった」
怖かった。
そうだ、軍事情報とはそういうものだ。使い方によって善にも悪にもなる、目に見えない恐ろしい武器。
北村は艦船の整備に精通している。その情報を入手すれば、海上自衛隊の能力を知ることができる。
北村が胸の内を話してくれたのなら、航平も話しておくべきだ。
航平も正座になって、背筋を伸ばした。
「鎌倉で会った時、俺にも連れがいたんだ。帝都テレビの有馬記者だ」
北村は驚いたように眉を上げた。北村にとって有馬は、自らを世間の好機の目に晒した張本人だ。
あの中継の後、この実家にも多くの取材陣が押し寄せたことだろう。
「有馬さんと知り合いだったのか?」
「ああ。「はぴモニ」の取材を受けたのがきっかけで、友達になった」
「そうだったのか。全然知らなかった」
「有馬はいい奴で、熱心すぎるくらい仕事熱心だ」
そう切り出してから、自分の中でずっともやもやと燻っていたものを整理するように、言葉を選んだ。
「だけど、おまえのことを、あんなスクープみたいな方法で、世間に知らしめる必要なんてなかったと思う。有馬の報道がなければ、雑誌や週刊誌がおまえのことを面白おかしく書きたてることもなかった。警務隊が捜査していたなら、事件は送検から起訴まで静かに処理されただろう。おまえも家族も報道陣に追いかけられることなんてなかった」
北村は航平の吐露を黙って聞いていたが、やがて静かに首を振った。
「それは違うよ、十波」
「え?」
「有馬さんの報道があってもなくても、裁判になれば、どうしたって世間の知るところになっていた。同じことだ。それに、俺は有馬さんにすっぱ抜いて貰って、良かったと思ってるんだ」
そう語る北村は、本当に吹っ切れているようなさっぱりした顔をしている。
「どういうことだ?」
「さっき、怖かったって言っただろ。俺はこんな思い、もう他の誰にもしてほしくない。だから、組織にはしっかりを対策を取ってほしいし、一人ひとりに気を付けてもらいたい。そのためには、なるべく沢山の人に事件の真実を知ってもらう必要がある。それができるのは、テレビや新聞だけだろ。そりゃあさ、見出しだけで不快になるような低俗な記事も沢山あった。でも、有馬さんの記事にはそれを凌駕するだけの価値があったと俺は思っている」
「有馬の記事?」
「読んでないのか?」
「読んでない。読みたく、なくて」
白状する航平に、北村はそろそろ足を崩そうぜと言ってから、手を伸ばしてスマホを取った。
すぐに航平のスマホにURLが送られてくる。
「帝都テレビのニュースサイトだよ。おまえも色々思うとこがあるんだろうけど、記事くらい読めよ。俺は、自分のやらかしたことの後悔で頭がいっぱいだったのに、有馬さんはその先の先のことまで記事にしてくれてた。中国政府にどう抗議すべきだとか、俺ら自衛官だけじゃなくて、民間企業や一般の人ももっと気を付けるべきだとか知らなきゃいけないとか、もう二度と俺みたいな奴を出さないためにはどうするべきだとか。記事の中で色んな提言をしてて。敵わないなって思ったよ」
「そう、なのか」
「そうだよ。有馬さん、あり得ないくらい真面目で誠実だよな。あの人、取材中もその後も、十波と知り合いだってことなんか一言も言わなかったぞ。おまえに迷惑かからないように気い遣ってたんじゃないの」
「取材中もその後もって、北村、有馬に何回も会ってるのか?」
有馬は本当にそんなことは、素振りさえも見せなかった。
「そりゃあ、取材対象者だからな。俺が警察署に拘留されてる間、有馬さんは何度も警察に来てくれたよ。面会できるわけないのに、差し入れを持ってさ。保釈されてから、一番最初にこの家に来てくれたのも有馬さんだった。変わった人だよな。もう俺の仕事は終わったからって、事件のことなんか何にも聞かずに世間話だけしていくんだから」
北村はよく話した。同期の口から有馬のことを聞くのは変な感じだ。
俺が自分のことばかり考えてうじうじ悩んで苛ついていた間、有馬は自分がするべきことをしていた。
呆然とする航平の手元を指して、北村が微笑んだ。
「それも、有馬さんの手土産だよ。そんな洒落た菓子、うちの奴らは知りもしないだろ」
俺は、何も知らなくて見ていなくて、知ろうとも見ようともしていなかった。北村のことも、有馬のことも。
ミルフィーユを齧ると、生地は甘くてキャラメルは苦くて、口に含み切れなかった欠片がほろりと膝に落ちた。
3
あなたにおすすめの小説
虚ろな檻と翡翠の魔石
篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」
不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。
待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。
しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。
「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」
記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。
-----------------------------------------
0時,6時,12時,18時に2話ずつ更新
陰キャな俺、人気者の幼馴染に溺愛されてます。
陽七 葵
BL
主人公である佐倉 晴翔(さくら はると)は、顔がコンプレックスで、何をやらせてもダメダメな高校二年生。前髪で顔を隠し、目立たず平穏な高校ライフを望んでいる。
しかし、そんな晴翔の平穏な生活を脅かすのはこの男。幼馴染の葉山 蓮(はやま れん)。
蓮は、イケメンな上に人当たりも良く、勉強、スポーツ何でも出来る学校一の人気者。蓮と一緒にいれば、自ずと目立つ。
だから、晴翔は学校では極力蓮に近付きたくないのだが、避けているはずの蓮が晴翔にベッタリ構ってくる。
そして、ひょんなことから『恋人のフリ』を始める二人。
そこから物語は始まるのだが——。
実はこの二人、最初から両想いだったのにそれを拗らせまくり。蓮に新たな恋敵も現れ、蓮の執着心は過剰なモノへと変わっていく。
素直になれない主人公と人気者な幼馴染の恋の物語。どうぞお楽しみ下さい♪
自己肯定感低めの不幸な義弟が完璧な義兄と大揉めに揉める話
あと
BL
「こんな僕をお兄ちゃんは嫌ってるだろうな」
トップ俳優な完璧超人の義理の兄×不幸な自己肯定感低めのネガティブ義理の弟です。
お金ない受けが追い詰められて変なアルバイトしようとしたら、攻めと再会して……?みたいな話です。
攻めがヤンデレ気味で、受けがマジで卑屈なので苦手な人はブラウザバックで。
兄弟は親が離婚してるため、苗字が違います。
攻め:水瀬真広
受け:神崎彼方
⚠️作者は芸能界にもお葬式ににもエアプなので、気にしないでください。
途中でモブおじが出てきます。
義理とはいえ兄弟なので、地雷の人はブラウザバックで。
初投稿です。
初投稿がちょっと人を選ぶ作品なので不安です。
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
内容も時々サイレント修正するかもです。
定期的にタグ整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
【完結】抱っこからはじまる恋
* ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。
ふたりの動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵もあがります。
YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。
プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら!
完結しました!
おまけのお話を時々更新しています。
BLoveさまのコンテストに応募しているお話を倍以上の字数増量でお送りする、アルファポリスさま限定版です!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる