9 / 10
第9話
しおりを挟む
「名前は?」
「名前?」
「あなたの名前は? なんと呼んだらいいんですか?」
(そういえば、名前聞かれて倒れたんだっけ?)
セイランの言葉に頭を巡らせ、貧民街で倒れる前にしていた会話を思い出す。
「ノルって呼んでください。本名はノエルなんですけど、ノルって呼ばれる方が好きで……」
ポリポリと頬をかく。
これも本当のことだ。侯爵家に拾われる前に使っていた名前はノエルだった。母には、ノルと呼ばれていた。
「分かりました。ノルさんですね」
「はい……。あと、できれば敬語で話すのやめませんか?」
セイランは首をかしげ、少し考え込んだ。
「……友達だからですか?」
「はい……」
わずかに頬が火照る。身体がむずむずする。
「分かった。じゃあ、ノルも敬語やめてね」
「もちろん!」
敬語が取れたその言葉に、昔を思い出し、嬉しさが込み上げる。やっぱり彼には死んでほしくない。
「ノルは……」
セイランは続けて口を開こうとするが、言葉を止めた。口をパクパク開いたり閉じたりしている。
「……?」
「ノルは……、しばらく貧民街に来れないよね?」
「いや? 行くつもりだけど?」
「ダメだよ、安静にしてなきゃ」
「セイランは、俺に会いたくないの?」
俺は首をコテンと傾げ、セイランの顔をのぞき込む。少し可愛い子ぶってみる。今ここでセイランに会えなくなるのは困る。そもそも家に居たくもないし。
「そういうわけじゃなくて……」
「安静にしてたって死ぬときは死ぬよ。もうすぐ死ぬのに、やりたいこともできないなんて嫌だよ。だからね、お願い」
「うーん……」
こういう時は、クソ親父の元で生きてきた経験が役立つものだ。リリアンヌのように可愛くおねだりするのが、あの家での基本生存戦略だった。今は男の姿だし、相手も違うが、効果はあると思う。
セイランは、「はあぁ」と大きくため息をついた。
「ノルは、自分の魔力を他人に勝手に使われてもいい?」
肩がビクリの震える。魔力が勝手に使われるという言葉に、俺の魔力と身体を好き勝手食い散らかした魔族を思い出す。
「悪いことに使うわけじゃないんだけど……」
「いいよ」
セイランの言葉を遮って、力強く答える。
「いいよ、いっぱい使って」
二の腕をさすって、身体の震えを抑える。
今の状況は、あの時とは違う。俺の魔力はセイランの健康のために使われるし、身体的接触も手をつなぐ程度だろう。セイランが変なことをしてくるとは思えないし、嫌なら拒絶できる。彼と俺は対等な関係だ。
俺の反応にセイランは首を捻るが、話を続けた。
「じゃあ次に、貧民街に来るときは僕の家にも寄って行って」
「セイランの家に言ってもいいの!?」
「う、うん。ノルの病状を和らげる方法があるかもしれないんだ」
「分かった!」
当初の目標を達成できた喜びと、またセイランの家に行けるという喜びにテンションが上がった。窓の外を見れば、もう夜になろうとしている。
「じゃあ、今日はもう帰ろうかな」
「は……? 何言ってるの?」
外出の許可が下りているとはいえ、リリアンヌが一人夜遅くまで遊び歩くことは許されない。早く帰らなければとベッドから出ようとする。しかし、それをセイランが止める。
「今日はここに泊って」
「いやでも、帰らなきゃ……」
「何言ってるの? 倒れたんだよ? 死ぬかもしれないって言われたんだよ?」
「大丈夫だよ。大したことないって」
「大丈夫なわけがない!!!」
急に大きな声を出すのでびっくりした。
「このまままだと死んじゃうかもしれないのに、親は何してるの? 子供がこんな状態なのにほったらかしてるの? そんなところにノルを帰らせられないよ。病院が嫌なら僕の家に来よう?」
どうやら彼は、俺の家庭状況をなんとなく察したらしい。
そりゃあ、魔素疼痛症末期患者が毎日一人で外をふらつくなんて家庭の状況が健全であれば有り得ないだろう。
でも――。
「……俺の病気、治るかもしれないんだよね?」
セイランは話の流れに合わない返答に困惑する。
「う、うん……?」
「もうすぐ死ぬなら、それもいいかもしれない。でも、これからも生きていくなら、今いる家から反感を買うようなことはできないよ」
「で、でも……」
目の前で急に倒れたことが相当ショックだったんだな。会って数日の関係なのに、相当心配してくれている。俺を奴隷商と疑った罪悪感もあるのかもしれない。
「どんな方法を使うか分からないけど、俺はセイランが治してくれるって信じてる。なるべく毎日行くからさ。今日は帰らせて」
そこまで言うと、セイランは渋々頷いて、俺を帰らせてくれた。
***
王都中心から歩いて20分ほど。賑わう街中から少し距離を置いた王都の端にある住宅地。
小さな庭と温室を備えた、ひとりで住むには広すぎる二階建ての家にセイランは帰っていた。
「ただいま」
家には1人で住んでいるので、返事は返って来ないはずだったが――。
「お母様、おかえりなさい」
「……!?」
予想外の返事に、声がした方へ瞬時に振り向く。
「ルシアン!?」
そこには数日前、十数年ぶりに再会を果たした息子がいた。息子の名前は、ルシアン・ノア・フォルマリア。この国の第二王子だ。
「名前?」
「あなたの名前は? なんと呼んだらいいんですか?」
(そういえば、名前聞かれて倒れたんだっけ?)
セイランの言葉に頭を巡らせ、貧民街で倒れる前にしていた会話を思い出す。
「ノルって呼んでください。本名はノエルなんですけど、ノルって呼ばれる方が好きで……」
ポリポリと頬をかく。
これも本当のことだ。侯爵家に拾われる前に使っていた名前はノエルだった。母には、ノルと呼ばれていた。
「分かりました。ノルさんですね」
「はい……。あと、できれば敬語で話すのやめませんか?」
セイランは首をかしげ、少し考え込んだ。
「……友達だからですか?」
「はい……」
わずかに頬が火照る。身体がむずむずする。
「分かった。じゃあ、ノルも敬語やめてね」
「もちろん!」
敬語が取れたその言葉に、昔を思い出し、嬉しさが込み上げる。やっぱり彼には死んでほしくない。
「ノルは……」
セイランは続けて口を開こうとするが、言葉を止めた。口をパクパク開いたり閉じたりしている。
「……?」
「ノルは……、しばらく貧民街に来れないよね?」
「いや? 行くつもりだけど?」
「ダメだよ、安静にしてなきゃ」
「セイランは、俺に会いたくないの?」
俺は首をコテンと傾げ、セイランの顔をのぞき込む。少し可愛い子ぶってみる。今ここでセイランに会えなくなるのは困る。そもそも家に居たくもないし。
「そういうわけじゃなくて……」
「安静にしてたって死ぬときは死ぬよ。もうすぐ死ぬのに、やりたいこともできないなんて嫌だよ。だからね、お願い」
「うーん……」
こういう時は、クソ親父の元で生きてきた経験が役立つものだ。リリアンヌのように可愛くおねだりするのが、あの家での基本生存戦略だった。今は男の姿だし、相手も違うが、効果はあると思う。
セイランは、「はあぁ」と大きくため息をついた。
「ノルは、自分の魔力を他人に勝手に使われてもいい?」
肩がビクリの震える。魔力が勝手に使われるという言葉に、俺の魔力と身体を好き勝手食い散らかした魔族を思い出す。
「悪いことに使うわけじゃないんだけど……」
「いいよ」
セイランの言葉を遮って、力強く答える。
「いいよ、いっぱい使って」
二の腕をさすって、身体の震えを抑える。
今の状況は、あの時とは違う。俺の魔力はセイランの健康のために使われるし、身体的接触も手をつなぐ程度だろう。セイランが変なことをしてくるとは思えないし、嫌なら拒絶できる。彼と俺は対等な関係だ。
俺の反応にセイランは首を捻るが、話を続けた。
「じゃあ次に、貧民街に来るときは僕の家にも寄って行って」
「セイランの家に言ってもいいの!?」
「う、うん。ノルの病状を和らげる方法があるかもしれないんだ」
「分かった!」
当初の目標を達成できた喜びと、またセイランの家に行けるという喜びにテンションが上がった。窓の外を見れば、もう夜になろうとしている。
「じゃあ、今日はもう帰ろうかな」
「は……? 何言ってるの?」
外出の許可が下りているとはいえ、リリアンヌが一人夜遅くまで遊び歩くことは許されない。早く帰らなければとベッドから出ようとする。しかし、それをセイランが止める。
「今日はここに泊って」
「いやでも、帰らなきゃ……」
「何言ってるの? 倒れたんだよ? 死ぬかもしれないって言われたんだよ?」
「大丈夫だよ。大したことないって」
「大丈夫なわけがない!!!」
急に大きな声を出すのでびっくりした。
「このまままだと死んじゃうかもしれないのに、親は何してるの? 子供がこんな状態なのにほったらかしてるの? そんなところにノルを帰らせられないよ。病院が嫌なら僕の家に来よう?」
どうやら彼は、俺の家庭状況をなんとなく察したらしい。
そりゃあ、魔素疼痛症末期患者が毎日一人で外をふらつくなんて家庭の状況が健全であれば有り得ないだろう。
でも――。
「……俺の病気、治るかもしれないんだよね?」
セイランは話の流れに合わない返答に困惑する。
「う、うん……?」
「もうすぐ死ぬなら、それもいいかもしれない。でも、これからも生きていくなら、今いる家から反感を買うようなことはできないよ」
「で、でも……」
目の前で急に倒れたことが相当ショックだったんだな。会って数日の関係なのに、相当心配してくれている。俺を奴隷商と疑った罪悪感もあるのかもしれない。
「どんな方法を使うか分からないけど、俺はセイランが治してくれるって信じてる。なるべく毎日行くからさ。今日は帰らせて」
そこまで言うと、セイランは渋々頷いて、俺を帰らせてくれた。
***
王都中心から歩いて20分ほど。賑わう街中から少し距離を置いた王都の端にある住宅地。
小さな庭と温室を備えた、ひとりで住むには広すぎる二階建ての家にセイランは帰っていた。
「ただいま」
家には1人で住んでいるので、返事は返って来ないはずだったが――。
「お母様、おかえりなさい」
「……!?」
予想外の返事に、声がした方へ瞬時に振り向く。
「ルシアン!?」
そこには数日前、十数年ぶりに再会を果たした息子がいた。息子の名前は、ルシアン・ノア・フォルマリア。この国の第二王子だ。
63
あなたにおすすめの小説
運命の番は僕に振り向かない
ゆうに
BL
大好きだったアルファの恋人が旅先で運命の番と出会ってしまい、泣く泣く別れた経験があるオメガの千遥。
それ以来、ずっと自分の前にも運命の番があらわれることを切に願っていた。
オメガひとりの生活は苦しく、千遥は仕方なく身体を売って稼ぐことを決心する。
ネットで知り合った相手と待ち合わせ、雑踏の中を歩いている時、千遥は自分の運命の番を見つけた。
ところが視線が確かに合ったのに運命の番は千遥を避けるように去っていく。彼の隣には美しいオメガがいた。
ベータのような平凡な見た目のオメガが主人公です。
ふんわり現代、ふんわりオメガバース、設定がふんわりしてます。
【完結】最初で最後の恋をしましょう
関鷹親
BL
家族に搾取され続けたフェリチアーノはある日、搾取される事に疲れはて、ついに家族を捨てる決意をする。
そんな中訪れた夜会で、第四王子であるテオドールに出会い意気投合。
恋愛を知らない二人は、利害の一致から期間限定で恋人同士のふりをすることに。
交流をしていく中で、二人は本当の恋に落ちていく。
《ワンコ系王子×幸薄美人》
遊び人殿下に嫌われている僕は、幼馴染が羨ましい。
月湖
BL
「心配だから一緒に行く!」
幼馴染の侯爵子息アディニーが遊び人と噂のある大公殿下の家に呼ばれたと知った僕はそう言ったのだが、悪い噂のある一方でとても優秀で方々に伝手を持つ彼の方の下に侍れれば将来は安泰だとも言われている大公の屋敷に初めて行くのに、招待されていない者を連れて行くのは心象が悪いとド正論で断られてしまう。
「あのね、デュオニーソスは連れて行けないの」
何度目かの呼び出しの時、アディニーは僕にそう言った。
「殿下は、今はデュオニーソスに会いたくないって」
そんな・・・昔はあんなに優しかったのに・・・。
僕、殿下に嫌われちゃったの?
実は粘着系殿下×健気系貴族子息のファンタジーBLです。
囚われ王子の幸福な再婚
高菜あやめ
BL
【理知的美形王子×痛みを知らない異能王子】
触れた人の痛みは感じても、自分の痛みに気づけない──そんな異能を持つ王子カシュアは、政略結婚で嫁いだ異国で幽閉され、四年間忘れられていた。
彼が再び人前に姿を現したのは、クーデターの混乱のさなか。そして、存在を持て余された末、次期宰相である王子との再婚が決まる。
冷静で無口な王子が、なぜかカシュアにだけは優しいのは、かつて彼が妖精物語に恋をした少年だったから――不器用な王子とともに、愛をたしかめ合うストーリー。※2025/11/26第三部スタート
幼馴染がいじめるのは俺だ!
むすめっすめ
BL
幼馴染が俺の事いじめてたのは、好きな子いじめちゃうやつだと思ってたのに...
「好きな奴に言われたんだ...幼馴染いじめるのとかガキみてーだって...」
「はっ...ぁ??」
好きな奴って俺じゃないの___!?
ただのいじめっ子×勘違いいじめられっ子
ーーーーーー
主人公 いじめられっ子
小鳥遊洸人
タカナシ ヒロト
小学生の頃から幼馴染の神宮寺 千透星にいじめられている。
姉の助言(?)から千透星が自分のこといじめるのは小学生特有の“好きな子いじめちゃうヤツ“だと思い込むようになり、そんな千透星を、可愛いじゃん...?と思っていた。
高校で初めて千透星に好きな人が出来たことを知ったことから、
脳破壊。
千透星への恋心を自覚する。
幼馴染 いじめっ子
神宮寺 千透星
ジングウジ チトセ
小学生の頃から幼馴染の小鳥遊 洸人をいじめている。
美形であり、陰キャの洸人とは違い周りに人が集まりやすい。(洸人は千透星がわざと自分の周りに集まらないように牽制していると勘違いしている)
転校生の須藤千尋が初恋である
六年目の恋、もう一度手をつなぐ
高穂もか
BL
幼なじみで恋人のつむぎと渉は互いにオメガ・アルファの親公認のカップルだ。
順調な交際も六年目――最近の渉はデートもしないし、手もつながなくなった。
「もう、おればっかりが好きなんやろか?」
馴ればっかりの関係に、寂しさを覚えるつむぎ。
そのうえ、渉は二人の通う高校にやってきた美貌の転校生・沙也にかまってばかりで。他のオメガには、優しく甘く接する恋人にもやもやしてしまう。
嫉妬をしても、「友達なんやから面倒なこというなって」と笑われ、遂にはお泊りまでしたと聞き……
「そっちがその気なら、もういい!」
堪忍袋の緒が切れたつむぎは、別れを切り出す。すると、渉は意外な反応を……?
倦怠期を乗り越えて、もう一度恋をする。幼なじみオメガバースBLです♡
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる