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第8話
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遠くで、誰かの声が聞こえる。けれど、まぶたは鉛のように重く、声を出すこともできない。
「魔素、疼痛症……?」
聞きなれた単語が聞こえ、声が鮮明に聞こえ始める。それは、セイランの声だった。
彼は、医者と話しているようだ。
「はい、体内魔力濃度が規定値を大幅に超えています。魔法使いにとって体内魔力濃度は高ければ高いほど良いと言われていますが、なにごとにも行き過はよくありません。この患者さんは、かなり病状が進行しているので、このままでは許容量を超えた魔力が暴走をし、お亡くなりになってしまいます」
「そんな……」
「ですが、治りますのでご安心ください。体内の魔力を使用すれば自然と回復するので、まずは簡単な魔法を使ってみてください。魔法を何度も使っていけば、症状も落ち着くはずです。もともと魔素疼痛症に罹患する方は、魔法に高い適正があるので、将来は高名な魔法使いになるかもしれませんね」
医師は、セイランを安心させるように穏やかな声で話していた。そのあとは、使う魔法はなんでもよく、魔素疼痛症患者用の処方魔法もあると案内を受けたり、なるべく安静にさせるようにと指示を受けたりしていた。
その言葉を、セイランは真剣に聞いている。
ぼんやりとした意識の中で、有難さと申し訳なさを感じる。
「わかりました。できる限り、安静にさせます」
その言葉を聞いた後、俺はもう一度眠りについた。
再び意識が戻り、今度はまぶたをしっかりと持ち上げた。まず初めに、白い天井が見えた。次に、薬草と消毒液が混ざった独特の匂いが鼻を刺す。
周りを見渡せば、寝台の隣に、椅子に腰かけたセイランの姿があった。そして、彼は俺の手を握っている。
「セイラン……?」
掠れた声で名前を呼ぶと、彼が顔を上げた。心配そうにこちらをのぞき込んだあと、慌ててパッと手を離した。
「お、起きましたか? 体調はいかがでしょうか?」
身体に意識を向けてみると、痛みが和らいでいた。
「医者が魔素疼痛症と言っていました。全身が痛いんですよね?」
「あ……、えっと、はい」
実は計画に、セイランとある程度仲良くなったら、彼の目の前で倒れるというものがあった。セイランに自分の状況を伝えるのに、それが一番てっとり早いからだ。
しかし、まだそれほど関係値を築いてもいない状況で、しかも本当に倒れるとは……。
(ど、どうしよう……?)
「とりあえず魔法を使ってみてください。先生が魔素疼痛症の治療法は、魔法を使うことだと言っていました」
「……魔法、ですか? 僕に魔法なんて使えませんよ」
「自信持ってください。魔素疼痛症の方は、豊富な魔力が身体に宿っているそうなので、絶対に使えるはずです」
「そ、そうではなくて……」
「先生も、体内の魔力が減れば痛みも減ると言ってました。とりあえず何も言わずにやってみてください」
セイランは俺の言葉を謙遜と受け取ったようで、強引に話を進めていく。とにかく治療を進めたいようだ。
俺は彼に、一枚の紙を渡された。そこには、《Lūmina in palmā》と書かれていた。
「体内の魔力は感知できますよね?」
「……はい」
「では、右手にある魔力に集中してください。」
俺は無駄だと思いながらも、回帰してから一度も魔法を使おうとしたことがないなと思い出し、言われた通りにやってみることにした。
(もしかしたら、本当に使えるかもしれない……)
「では、ルミナ・イン・パルマと詠唱してください。それが、その紙にかかれた言葉の読み方です」
教えられずとも読める。マギア語は回帰前に随分勉強した。
しかし、そんなことは言えるはずもないので、軽く頷いてから言われた通りにゆっくりと詠唱をはじめる。
『Lūmina in palmā』
唱え終えた、その瞬間。
「うっ、はあっ……!」
手のひらをナイフの切っ先でぐちゃぐちゃにかき回すような感覚に襲われる。
「ど、どうしましたか!?」
「う……あっ……」
「痛いんですか!? 大丈夫ですか!?」
痛みに喘ぎながら手を観察してみるが、何も起きない。しばらく激痛が続いた後、呼吸を整えてから、心配そうにこちらを見つめるセイランに向き直る。
「やっぱり僕には魔法が使えないみたいです」
「……」
「セイランさん?」
「……すみません」
「なんで謝るんですか?」
頭を下げた彼を見て困惑する。
「私が魔法を使えなんて言ったから……」
どうやら自分のせいで、俺が辛い思いをしたと思っているようだ。
(俺の自業自得なのに……)
そもそも、この結果が分かっていたのにやってみようと決めたのは俺だ。
「セイランさんは、俺を治そうと思っただけじゃないですか」
彼の方に手をポンと置く。
「実は僕、自分が魔法を使えないことを知ってました。魔素疼痛症のことも……。すぐに言わずに申し訳ありません」
「いや、えっと……、そうなんですか?」
「はい、だから、魔法を使おうとするとこうなることは知っていたんです」
「え……、じゃあなんで……」
「でも、魔法が使えたら、治るじゃないですか」
俺の段階をすっ飛ばした言葉に、セイランは首をかしげる。
「魔法が使えない僕は、どうせこのまま死ぬ運命なんです」
このままセイランが見捨てれば、俺は死ぬ。
「だからちょっと痛くても、友達が僕のためにしてくれることを、無視したくないじゃないですか」
セイランは息を飲む。
これも俺の本心だ。セイランは回帰前からの俺の友達だし、彼がしてくれることなら喜んで受け入れたい。
「それに、挑戦してみたら、案外使えるようになっているかもしれませんし……。それに、これくらいの痛みには慣れてるので、やってみるだけお得じゃないですか」
「……そうですか」
しょんぼりしたような声が返ってくる。そして、何かを考えてるように、彼はしばらく沈黙した。
(何を考えているのだろうか? もしかして、急に死ぬだの友達だの言って、引かれただろうか?)
急に不安になってくる。
そもそも回帰前の記憶がある俺と、記憶がないセイランでは、お互いへの気持ちの大きさに違いがあって当然なのだ。彼からしたら俺は、会って数日の他人だ。しかも、奴隷商の疑いさえある。
そのように自分の至らなさを反芻していると、彼が再び口を開いた。
「魔素、疼痛症……?」
聞きなれた単語が聞こえ、声が鮮明に聞こえ始める。それは、セイランの声だった。
彼は、医者と話しているようだ。
「はい、体内魔力濃度が規定値を大幅に超えています。魔法使いにとって体内魔力濃度は高ければ高いほど良いと言われていますが、なにごとにも行き過はよくありません。この患者さんは、かなり病状が進行しているので、このままでは許容量を超えた魔力が暴走をし、お亡くなりになってしまいます」
「そんな……」
「ですが、治りますのでご安心ください。体内の魔力を使用すれば自然と回復するので、まずは簡単な魔法を使ってみてください。魔法を何度も使っていけば、症状も落ち着くはずです。もともと魔素疼痛症に罹患する方は、魔法に高い適正があるので、将来は高名な魔法使いになるかもしれませんね」
医師は、セイランを安心させるように穏やかな声で話していた。そのあとは、使う魔法はなんでもよく、魔素疼痛症患者用の処方魔法もあると案内を受けたり、なるべく安静にさせるようにと指示を受けたりしていた。
その言葉を、セイランは真剣に聞いている。
ぼんやりとした意識の中で、有難さと申し訳なさを感じる。
「わかりました。できる限り、安静にさせます」
その言葉を聞いた後、俺はもう一度眠りについた。
再び意識が戻り、今度はまぶたをしっかりと持ち上げた。まず初めに、白い天井が見えた。次に、薬草と消毒液が混ざった独特の匂いが鼻を刺す。
周りを見渡せば、寝台の隣に、椅子に腰かけたセイランの姿があった。そして、彼は俺の手を握っている。
「セイラン……?」
掠れた声で名前を呼ぶと、彼が顔を上げた。心配そうにこちらをのぞき込んだあと、慌ててパッと手を離した。
「お、起きましたか? 体調はいかがでしょうか?」
身体に意識を向けてみると、痛みが和らいでいた。
「医者が魔素疼痛症と言っていました。全身が痛いんですよね?」
「あ……、えっと、はい」
実は計画に、セイランとある程度仲良くなったら、彼の目の前で倒れるというものがあった。セイランに自分の状況を伝えるのに、それが一番てっとり早いからだ。
しかし、まだそれほど関係値を築いてもいない状況で、しかも本当に倒れるとは……。
(ど、どうしよう……?)
「とりあえず魔法を使ってみてください。先生が魔素疼痛症の治療法は、魔法を使うことだと言っていました」
「……魔法、ですか? 僕に魔法なんて使えませんよ」
「自信持ってください。魔素疼痛症の方は、豊富な魔力が身体に宿っているそうなので、絶対に使えるはずです」
「そ、そうではなくて……」
「先生も、体内の魔力が減れば痛みも減ると言ってました。とりあえず何も言わずにやってみてください」
セイランは俺の言葉を謙遜と受け取ったようで、強引に話を進めていく。とにかく治療を進めたいようだ。
俺は彼に、一枚の紙を渡された。そこには、《Lūmina in palmā》と書かれていた。
「体内の魔力は感知できますよね?」
「……はい」
「では、右手にある魔力に集中してください。」
俺は無駄だと思いながらも、回帰してから一度も魔法を使おうとしたことがないなと思い出し、言われた通りにやってみることにした。
(もしかしたら、本当に使えるかもしれない……)
「では、ルミナ・イン・パルマと詠唱してください。それが、その紙にかかれた言葉の読み方です」
教えられずとも読める。マギア語は回帰前に随分勉強した。
しかし、そんなことは言えるはずもないので、軽く頷いてから言われた通りにゆっくりと詠唱をはじめる。
『Lūmina in palmā』
唱え終えた、その瞬間。
「うっ、はあっ……!」
手のひらをナイフの切っ先でぐちゃぐちゃにかき回すような感覚に襲われる。
「ど、どうしましたか!?」
「う……あっ……」
「痛いんですか!? 大丈夫ですか!?」
痛みに喘ぎながら手を観察してみるが、何も起きない。しばらく激痛が続いた後、呼吸を整えてから、心配そうにこちらを見つめるセイランに向き直る。
「やっぱり僕には魔法が使えないみたいです」
「……」
「セイランさん?」
「……すみません」
「なんで謝るんですか?」
頭を下げた彼を見て困惑する。
「私が魔法を使えなんて言ったから……」
どうやら自分のせいで、俺が辛い思いをしたと思っているようだ。
(俺の自業自得なのに……)
そもそも、この結果が分かっていたのにやってみようと決めたのは俺だ。
「セイランさんは、俺を治そうと思っただけじゃないですか」
彼の方に手をポンと置く。
「実は僕、自分が魔法を使えないことを知ってました。魔素疼痛症のことも……。すぐに言わずに申し訳ありません」
「いや、えっと……、そうなんですか?」
「はい、だから、魔法を使おうとするとこうなることは知っていたんです」
「え……、じゃあなんで……」
「でも、魔法が使えたら、治るじゃないですか」
俺の段階をすっ飛ばした言葉に、セイランは首をかしげる。
「魔法が使えない僕は、どうせこのまま死ぬ運命なんです」
このままセイランが見捨てれば、俺は死ぬ。
「だからちょっと痛くても、友達が僕のためにしてくれることを、無視したくないじゃないですか」
セイランは息を飲む。
これも俺の本心だ。セイランは回帰前からの俺の友達だし、彼がしてくれることなら喜んで受け入れたい。
「それに、挑戦してみたら、案外使えるようになっているかもしれませんし……。それに、これくらいの痛みには慣れてるので、やってみるだけお得じゃないですか」
「……そうですか」
しょんぼりしたような声が返ってくる。そして、何かを考えてるように、彼はしばらく沈黙した。
(何を考えているのだろうか? もしかして、急に死ぬだの友達だの言って、引かれただろうか?)
急に不安になってくる。
そもそも回帰前の記憶がある俺と、記憶がないセイランでは、お互いへの気持ちの大きさに違いがあって当然なのだ。彼からしたら俺は、会って数日の他人だ。しかも、奴隷商の疑いさえある。
そのように自分の至らなさを反芻していると、彼が再び口を開いた。
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