【完】100枚目の離婚届~僕のことを愛していないはずの夫が、何故か異常に優しい~

人生2929回血迷った人

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第2話

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 身体が熱い気がする……。
 そう思った時にはもう遅かった。

 この世には男女という性別に加えて、アルファ、ベータ、オメガというバース性が存在する。
 その三つの性別の内、オメガにだけ、発情期という体質がある。人によって違うが、平均して、三ヶ月に一度。五日間。身体を発情させ、アルファを強く引きつけるフェロモンを出す。
 そして、僕はオメガで、慎二はアルファだった。



 僕は職場の天井を見ていた。

「えっ……?」

 後頭部に激しい痛みが走る。慎二に押し倒され、床に頭を打ち付けたようだった。

 しかし、僕には、それからの記憶がほとんどなかった。
 頭の痛みと、急激に上がった身体の熱。腹の奥の方から迫り上がる疼き。
 色んなものが、意識を混濁させたんだと思う。

 次に、僕が目を覚ましたのは自室のベッドだった。
 僕は混乱していた。何故あんなことになってしまったのか。

 自身の発情期はきっちり記憶していたはずだった。発情周期が狂うことは今までほとんどなかったし、狂ったとしても一週間程度。一ヶ月も前倒しになるなんて経験がなかった。

 それなのに――何故?

 そして次に、項のジクジクとした痛みに気づいた。手を当てればザラザラとした質感のモノが貼られていた。
 剥せば、赤い血で汚れたガーゼだった。

 発情期中のオメガの項をアルファが噛めば、番になる。

 つまり、そういうことだった。

 番になればオメガのフェロモンは、相手のアルファにしか効かなくなる。そして、オメガは番以外からの性的な意味での接触に拒絶反応を示すようになる。

 オメガにとって大きな意味を持つそれは、オメガへの不当な扱いが騒がれている昨今、アルファにとっても大きな意味を持つ。

 番になった二人は結婚するのが普通。という世論が出来つつある頃だったからだ。

 
 結果、僕らは結婚した。


 結婚して二年。僕らの関係は良好だった。慎二は気さくで優しく、親切で、同居生活に苦労はなかった。そんな生活の中、僕は気づけば慎二を好きになっていた。


 ――息が詰まりそうだった。


 慎二はあくまで、僕と番ってしまったから。その責任を取って結婚してくれているだけだ。僕のことを好きなわけじゃない。

 慎二への好意を自覚した途端、その事実があまりにも重く、僕の身体にのしかかってきた。

『僕は、慎二が好きじゃない。僕は慎二がとても嫌いだ。そもそも好きで番ったわけでもないんだから』

 なんて、呪文のように自分に言い聞かせたりもした。しかし、効果はなかった。

 それからは、自分の感情をコントロールするのに必死になった。
 なかでも一番大変だったのが――

 職場には、僕らが結婚していることを話していない。だから、慎二を独身だと思っている女やオメガがほとんど。彼らは、遠慮なしに慎二にアプローチしてくるんだ。

 僕はその全てをボコボコに殴りつけたかった。慎二に近寄るなと、叫び散らしたかった。
 しかし、そんなこと、していいはずがなかった。無理矢理、慎二と番ってしまった僕に、そんな権利はない。
 職場では、なるべく慎二を視界に入れない。そうすることで、自制してきた。
 
 自分でも自分が重いとことは分かっていた。

 まあ、僕たちの関係は、重い軽い以前の話だけど……。

 僕はそれから、慎二に甘えるのを辞めた。

 今まで全て慎二が出してくれていた家賃を折半するよう半ば強引に納得させ、家事も慎二の仕事を奪う勢いでやっている。

 だって、慎二のそれは、親切心だ。決して、愛情じゃない。
 僕の項を噛んでしまったから。ただそれだけで、責任を取ってくれている。

 でも、僕にはその優しさが辛かった。
 優しくされる度、胸が苦しくなるんだ。

 好きな人が、自分と同じ気持ちでいてくれないことが、こんなにも辛いことなんだと初めて知った。

 もういっそ、別れてしまった方が楽なのかもしれない。
 慎二に近づく人達に、我を忘れて手を出してしまう。そんな嫌な奴になる前に、別れてしまおう。
 
 それが、慎二の為にもなる。

 なんて、考えたのは一度や二度じゃない。

 何度も決意を固めたつもりになって、その決意は何よりも軽かった。

 固めてはボロボロに崩れて、その繰り返し。

 明日こそは……明日こそは……。

 ――僕は、とても意思が弱い人間でした。

 それでも、今日のこの決意は違う。
  

 
 別れをずっと先延ばししてしまったが為に、今日はやらかしてしまった。

 ほんと自業自得。
 僕は、どうしようもない人間だ。
 いつかこうなることは分かっていたのに……。

 いつも元気で明るく、可愛くて評判がいい営業事務の佐々木さん。彼女は、営業部に所属する慎二とお似合いだといつも噂されている。
 そんな彼女と慎二が話しているのを見るのが、本当はいつもすごい嫌だった。
 いつも歯を食いしばってなんとか耐えていた。
 慎二に迷惑かけたくない――その一心で。

 それでも今日、ついに限界が来てしまったから。

 だから僕は、その軽い決意を実行しなければならなかった。
 身体が押しつぶされそうな程に、重石を乗っけてでも。
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