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エピローグ&プロローグ
祇園精舎の鐘の声
しおりを挟むダンノウラの源平決戦から三年――惑星ヒノモトの政局も、それから大きな変容を見せていた。
「ゴトバ帝に、目立った動きはないか」
「今のところは」
大陸東方カマクラに王府を構え、東王として君臨する源ヨリトモ。
彼女は、その軍事部門のトップである大将軍となった梶原カゲトキから、首都キョウトの動静について報告を受けているところだった。
神造のヨシツネと化したウシワカに、その身を貫かれたゴトバ帝ことタマモノマエ。
摂政シンゼイの密告によれば、それによりタマモは八本の尾を切り落とされたのだという。
「おのれ、シズカめ……妾を人間と同格にして、その上で決着をつけろと言う事か!」
神格をほぼ失いながら、かろうじて残った狐の耳と一本の尾に手をかざし、
「よかろう! たとえ神通力を失おうとも、このタマモノマエ――残された力だけで、ヒノモトを食らい尽くしてくれるわ!」
タマモは消えぬ野心をみなぎらせ、あらためて惑星ヒノモトの制覇を宣言したという。
それからゴトバ帝としてタマモは、その卓越した政治力、戦術、戦略を縦横に駆使し、人間としての力だけで、今日までに首都キョウトおよび、その西方を完全に支配し、ヨリトモと東西二強の様相を作り上げていたのだった。
この三年の間、両勢力に目立った軍事衝突はないが、タマモが源氏軍の討滅を狙っている事は明らかであり、そのため東方は常に臨戦態勢を敷いていた。
「引き続き、ロクハラに厳しく監視を続けさせてくれ」
「御意。それと、これもシンゼイ殿からの注進ですが――最近、西海に赤い空母と、黒い飛行物体が出現したとの由」
カゲトキの言葉に、ヨリトモの目がギラリと光った。
「ヨリトモ……」
傍らに浮くツクモ神マサコも、それに神妙な面持ちとなる。
赤――それは源氏の白に対する、平氏のシンボルカラー。そして黒い飛行物体。
だが思い浮かぶそれを、あえて口にせず、
「分かった。下がってよい」
ヨリトモは話をそこまでにして、続いて王府の宰相となった大江ヒロモトの報告に耳を傾けた。
「オウシュウの藤原ヒデヒラ……間もなく我らに宣戦布告してくる事、間違いないと思われます」
密偵からの報告を十分に分析した、怜悧な官僚らしい簡潔な私見をヒロモトが述べる。
オウシュウ藤原氏――三年前、突如北方の山岳地帯に、黄金の都ヒライズミと共に出現したこの謎の軍閥は、これまで貫いてきた沈黙を打ち破り、この数ヶ月、軍事的アピールを活発に行っていた。
「空戦型機甲武者の……量産化に成功したという事か」
「おそらくは……。伊勢サブローと共に逃亡した、常陸坊カイソンの手によるものと思われます」
ヒロモトの言葉に、近衛軍の隊長となりヨリトモに近侍する、那須ヨイチの肩が小さく震えた。
ダンノウラに出現し、ヘイアン宮を駆け抜けた神造の光。
その中にウシワカとベンケイの姿を見た、サブローとカイソンは、光が北方に出現した黄金郷に降り立ったという情報を得ると、それから間もなく源氏軍から姿を消した。
――さよなら。大好きだよ。
短く残された、サブローの置き手紙。
主命に従い武者の道を貫いたヨイチと、そんな思い人の胸中を理解した上で、親友との絆を選んだサブローとの恋は、そうして儚く終わりを迎えた。それは戦争という悲劇がもたらした、小さな爪痕のひとつだった。
そして愛弟子とも思っていたカイソンが、懸念していた機甲武者の軍事バランスを崩す担い手となった事実に、ヒロモトも思わず嘆息せざるを得なかった。
すべてはヨリトモが選んだ、ウシワカ粛清という決断がもたらした余波。
だが、もうヨリトモに迷いはない。それを示す様に、
「誰が相手であろうと、私の決意は揺るがない。私はこのヒノモトに、必ず平安をもたらしてみせる。皆、これからも私に力を貸してくれ」
そう言って一同の顔を見渡した。
「ははっ!」
それに返ってくるヒロモト、ヨイチをはじめとする文武官の声。
平和のために、皆がそれぞれの葛藤を乗り越えた、東王ヨリトモを頂点とする源氏――涙の上に築かれた、その結束はまさに盤石であった。
それから夕暮れ時――
王府内をマサコと共に歩くヨリトモは、とある寺院から聴こえてくる琵琶の音に引き寄せられ、その中に進んでいった。
「これは……ヨリトモ様ですか」
目を瞑ったまま、そう呼びかけてくる琵琶を抱えた僧形の青年。彼は盲目であった。
「お加減はいかがですか――シゲヒラ殿」
ヨリトモが声をかけた青年の正体。それは、イチノタニの戦いでウシワカに捕縛された平氏の御曹司、平シゲヒラその人であった。
「あなたの温情により、こうして俗世を捨てて生きているせいでしょうか。日々、健やかに過ごさせていただいております」
「それは良かった」
ウシワカの苛烈な攻撃により瀕死の重傷を負ったシゲヒラは、その後カマクラに移送され傷を癒していたが、後遺症により失明して以後、モンガクより受戒を受け僧籍に入っていた。
「ダンノウラにて平氏が滅びて三年……。私も魔導力を失った『ただの人間』となって、ようやく自分が民を、同じ目線で見ていなかった過ちに気付きました」
「シゲヒラ殿……」
ヨリトモは、光を失ったシゲヒラの心の目が、自身の選んだ道を理解してくれている事に救われる思いがした。
そしてシゲヒラは、ヨリトモが自身の琵琶の音に引き寄せられたのは、昨今の不穏な情勢に対する不安が原因であると見抜き、それを励ますべく――言葉ではなく、琵琶と共に語る『平曲』を贈った。
祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり。
沙羅双樹の花の色 盛者必衰の理をあらはす。
おごれる人も久しからず ただ春の夜の夢のごとし。
たけき者も遂にはほろびぬ ひとへに風の前の塵に同じ。
「諸行無常……」
「作用です。変わらぬものはありません。あなたも、そしてあなたの妹御も」
呆然とするヨリトモに、語りを終えたシゲヒラは、そう言って優しく微笑んだ。
「…………」
それにしばらく沈思黙考した後、
「ありがとう、シゲヒラ殿。また寄らせていただきます」
何かが吹っ切れたヨリトモは、一礼して寺院を後にした。
王宮に戻る道すがら、突然立ち止まり北の方角を見つめるヨリトモ。
「マサコ……悪は滅びたのだろうか」
彼女は、不意にそう呟いた。
「そうね。きっとアタシたちは、これからその答えを……後の世に問うのでしょうね」
それに神の眷属たるツクモ神も、今はそう答える事しかできなかった。
そして――
カマクラの遥か北方オウシュウでは、黄金都市ヒライズミの背後にそびえる山岳に建設された要塞基地が、今まさに出撃の時を迎えようとしていた。
「空戦リフターに霊力の充填、急いで!」
山を丸ごとくり抜いた滑走路で声を上げるのは、オウシュウ軍の機甲武者開発の責任者となった――常陸坊カイソン。
オウシュウに逃亡後三年。十八歳になった彼女はヒライズミの有り余る資産を背景に、ついに量産型空戦機甲武者『エミシ』の開発に成功していた。今回はその初陣であった。
「ウシワカ! 遊んでないで、早く準備して!」
そのカイソンが、カタパルトの脇で幼子と戯れる長身の女を――ウシワカと呼んだ。
「はいはい。カイソンのお姉ちゃんは、怖いでちゅねー」
人を食った物言いで、幼子をその母の胸に返す女は――ダンノウラの時よりも背が伸び、大人びた容姿になった、十八歳の源ウシワカであった。
「カイソンも、エミシの初陣だから張り切ってるんだよ」
そう言いながら幼子を受け取る女は――同じく十八歳になり、かつ母親となった伊勢サブロー。
キョウト北方クラマの地で決起した三人の少女は、今またこのヒライズミの地に揃い、新たなる戦乱に向け一つとなっていた。
「フフッ、我らが帝よ。これよりこのオウシュウは、キョウト、そしてカマクラに宣戦布告するぞ」
そこにこのオウシュウ軍の女棟梁である、藤原ヒデヒラがウシワカを『帝』と呼んでおきながら、それに相反する居丈高な口調で、そう言いながら歩み寄ってくる。
「その呼び方は、やめてって言ってるじゃん! 行こう、ベンケイ」
ウシワカはヒデヒラを一瞥すると、これまでと変わらず傍らに浮くツクモ神ベンケイの手を取り、足早にその場から離れていった。
「フン……」
残されたヒデヒラも別段それを不愉快がる事もなく、不敵な笑みを浮かべると、エミシに乗り込もうとするウシワカの背に向け一人呟く。
「さて……新たなる戦乱の鐘が鳴る……か」
オウシュウ軍は、皇女であるウシワカを新帝として奉戴する腹でいる。
かつてゴシラカワ帝も、危急の際にはオウシュウに向かう様、指示を出していたこの地は――タマモノマエという異星の天使により朝廷が崩壊した際を見越した、シラカワ帝が密かに用意していた、いわば『第二朝廷』ともいえる存在だった。
だがウシワカにとって、そんな事はどうでも良かった。
タマモノマエに痛撃を与えてから、このヒライズミに飛来してきて三年。
彼女には『新たな目的』ができていた。
シャナオウは破壊され、その機体は源氏軍に回収されたとの事らしいが、ウシワカにはベンケイという存在がいる。
命の半分の神気を注ぎ込み、自分を蘇生させてくれた、その真に一心同体となったツクモ神がいるだけで、ウシワカは何者にも負ける気はしなかった。
そのツクモ神は、薄緑にカラーリングされたエミシの複座型のコクピットで、シャナオウの時と変わらず、ウシワカを後ろから抱きしめている。
「さあ、いくわよ。ウシワカ!」
荒ぶる起動音の中、己を鼓舞してくれるベンケイの言葉に、ウシワカもその『新たな目的』を高らかに宣言する。
「ああ、ベンケイ。お姉ちゃんを……源ヨリトモを殺しに行こう!」
祇園精舎の鐘が鳴る。
そして『滅びの物語』は――『復讐の物語』へ!
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