神造のヨシツネ

ワナリ

文字の大きさ
95 / 97
第12話:決戦ダンノウラ

Act-17 神造の光となりて【イラスト有り】

しおりを挟む

「ウシワカ、どこ⁉︎ どこなの⁉︎」

 ダンノウラの海中に、ツクモ神ベンケイの叫びが響き渡る。

 サウザンドソードを打ち、すべての魔導力を使い果たした直後、キュウベイによる魔導弓の不意打ちを食らい、海に落とされたウシワカ。
 姉ヨリトモによる粛清を予感しながら、それをみすみす討たれてしまった悔しさを胸に、ベンケイは波の下をさまよっていた。

 落下地点から予測した、おおよその範囲はすべて捜し尽くした。
 それなのにウシワカの姿は、どこにも見当たらない。

 ダンノウラは潮の流れが激しい。その急流で遥か彼方まで流されたのなら、捜索はもはや絶望的であった。

「助けて……誰か、ウシワカを助けて!」

 万策尽きたベンケイが、慟哭と共に絶叫する。
 次の瞬間、それに応える様に、海中に鈍い光が灯った。

「――――⁉︎」

 その光が近付いてくる。ベンケイが目を凝らすと、それは紫色の美しい紐であった。

「……ヨシトモなの⁉︎」

 それがウシワカの髪に結われた、父の遺品である事に気付いたベンケイが声を上げる。
 すると、ヨシトモの残留思念が宿った『紫の髪結い紐』は、いっそう強い光を放ちながら、ベンケイを導く様に反転を始めた。

「いるのね、ウシワカが!」

 ヨシトモの意思を読み取ったベンケイが、その後に続いていく。

 青き海を深海へと進む中――ベンケイは様々なものを見た。

 粉砕され沈んでいく戦艦。主を失いただの鉄塊と化した機甲武者。
 そして命果てる時を迎え、大地の霊脈に還るべく、光の砂になっていく源平の人間たち。
 その中には、平氏棟梁ムネモリを道連れに入水した、たいらのトキコの姿もあった。

 まさに諸行無常。その思いを噛み締めるベンケイの目がついに、捜し求めていた少女の姿を捉えた。

「ウシワカ!」

 叫びながら手を伸ばし、その体を抱きしめる。


 だが、もはやそこに生気はなく、息もしていなかった。

「そんな……そんな……」

 絶望がベンケイの五体を駆け巡る。そのまま二人は、海の底まで沈んでいった。

「ウシワカ……」

 青き大地で、ウシワカの体を抱きしめたままベンケイは思う。

(この子は誰よりも純粋だっただけ)

 戦陣の中、重ねてきた数々の非道。
 それに多くの者が眉をひそめても、ベンケイにはウシワカの心が分かっていた。

 ――戦争は綺麗事ではない。それなら最小の犠牲でもって、最大の結果を出す。

 ただ純粋にそれだけだっだ。

 その先に平和を――『皆が笑顔で暮らせる世の中』を夢見る心は、ウシワカも同じだったのだ。

(なのに……その報いが、こんな結末だなんて!)

 やりきれない怒りと共に、ベンケイは決意する。

(この子は、絶対に死なせない――私の命にかえても!)

 重ねた頬を離すと、ベンケイはウシワカの頭を抱え、今度はその唇を重ね合わせた。

 ツクモ神から、人間に流れ込んでいく神気。
 それにより、死して大地の霊脈へと還るため、砂状に崩れ始めようとしていたウシワカの体は、その進行がピタリと止まった。

 だがそれは、神が人の世界に介入してはならないという、『人の時代』の禁を著しく破る行為。
 いつの間にか傍らには、惑星ヒノモトの地神シズカゴゼンが、その光景を複雑な目で見つめていた。

 自身が神器の鍵として生み出した、ツクモ神が禁を犯している。それを処断するべきか、シズカは思い悩んでいた。

 ――タマモノマエを討つため示唆した、果たすべき『人間の決着』。

 結局それはツクモ神たちが、神器を神造兵器として用いた事により、この結末となってしまった。

 だがシズカは思う。これも人間の意思ではないのかと。
 三人のツクモ神は、不器用ながらも懸命に生きるシズカの子供たち――人間の思いに、これもまた懸命に寄り添っただけではないのかと。

 シズカがそう思い定めた瞬間、ウシワカとベンケイの横たわる海底が、薄緑の光を放った。
 それに呼び起こされる様に、目を覚ますウシワカ。

「ベン……ケイ」

「ウシワカ……!」

 おぼろげな意識で自分の名を呼ぶウシワカに、ベンケイは重ねた唇を離し、涙に濡れたぐしゃぐしゃの笑顔でそれに答えた。

 その光景を見つめるシズカが呟く。

「ヨシツネ……あなたも、この子を助けたいのね」

 一千年前の天使大乱で『神の時代』を終わらせ、妻であるシズカと共に惑星ヒノモトの霊脈として眠る、太祖の天使ヨシツネ。

 その意思が、ウシワカとベンケイを包み込む。
 そして球体となった薄緑の光は、二人をその中に抱えたまま、ダンノウラの海底から一気に上空まで飛び出した。

「な、なんだあれは⁉︎」

 戦場にいる生き残った将兵たちが、一斉に声を上げる。
 天空に伸びた一条の光は、その動きを止めた時、薄緑の輝きを放つ機甲武者となっていた。

「シャナオウ……? いや、あれはオリジナル⁉︎ まさか――太祖の天使ヨシツネ⁉︎」

 皆が呆然とする中、その正体に気付いた大江おおえのヒロモトが、息を呑みながら呟く。

 確かに全長八メートルのフォルムは機甲武者と同じであったが、外装に機械的な要素は一切ないその姿は、今や太古の遺物となった天使の魔導鎧そのままであった。

「ウシワカ!」

「ベンケイさん!」

 続いて、サブローとカイソンが空に向かって声を放つ。それは通じ合う心が呼び起こした、魂の叫びであった。

「あの中に……そんな事が……」

「あれは……神造のヨシツネ」

 梶原カゲトキの呻きに合わせ、ヒロモトは兵器を超越したその存在の核心に言及する。

 そしてヨシツネを形取った神造の光は、その背に伸びた天使の翼を羽ばたかせると、東の空に向かって高速で飛び去っていった。

 
 同時刻、惑星ヒノモトの大陸北方でも、この異変に気付いた者がいた。

「母上、星詠みの観測官が――」

「分かっておる、ヤスヒラ。西方に……神像の光が出現したのであろう」

 居室に駆け込んできた少女の言葉を遮り、老獪な笑みを浮かべた淑女がそう言った。

 女の名は――藤原ふじわらのヒデヒラ。この先、滅亡した平氏に代わり、ヒノモトの覇権をめぐる第三勢力として跋扈する、オウシュウ藤原氏の女棟梁であった。

「ようやく我らの出番が来たか。タマモづれなんぞが皇帝とは片腹痛い」

 妖しい目でそう言い放つヒデヒラの気迫に、実直な性格のヤスヒラは思わずたじろいでしまう。
 それに構わず、いやむしろ、それをなぶる様な口調で、

「このオウシュウ、黄金の都ヒライズミこそが新たなる朝廷! そして我らは新たなる帝と共に――打って出るぞ!」

 と、ヒデヒラが決起を宣言した瞬間――大陸北方の山岳地帯オウシュウに隠されていた、魔導結界に覆われた一大都市は、天空に向けまばゆい金色こんじきの光を放った。

 
 そして首都キョウト、ヘイアン宮皇帝御座所でも、ゴトバ帝ことタマモノマエが、源平決着後に起きた、この『神造の光』の出現に戸惑いを見せていた。

「おのれシズカゴゼン……いやヨシツネ! 霊脈に成り果てながらも、わらわを討たんと欲しおるか!」

 共倒れの様相となった源平を嘲笑した、その顔が今は憤怒に歪んでいる。

 東へ進路を取った薄緑の光が、自分を目指している事は明白だった。
 天使の飛行能力。しかも天使騒乱を制したヨシツネの速さなら、その到達は間もなくであろう。

「だが妾には、このヘイアン宮の魔導結界がある。まだ完全に力を取り戻せておらぬ妾でも、霊脈ごときなら弾き返してくれるわ!」

 天使直系の子孫である皇帝の御所ヘイアン宮は、対魔導兵器への防御結界を十重二十重に張り巡らしている。
 その内側から、天使であるタマモが神通力を駆使すれば、もはやその防御は完璧といえた。

 狐の耳と九本の尾から妖気を放ち、万全の構えを取るタマモ。

 ――万事休すか。

 摂政として玉座の傍らに控えるシンゼイも、このタマモにとって有利すぎる状況に、思わず目を伏せるが、

「――――!」

 その玉座の真上に起こった変化に気付くと、顔を上げ歓喜の表情を浮かべた。

「――⁉︎ な、なぜ魔導結界が消えていくのだ⁉︎」

 続けてタマモも、自身の身に降りかかる変事に声を上げる。
 天使の神通力を得て鉄壁と化すはずの、魔導結界がその力を失っていたのだ。

「もしや……トキワ、貴様かーっ!」

 ようやくタマモも、その原因に気付く。
 それは、玉座の上に彫像の如く埋め込まれた先帝ゴシラカワ――すなわちタマモの娘であり、ウシワカの母である、トキワの魔導力が起こした反撃の一手であった。

 かつてタマモは封印された身ながら、ヘイアン宮の魔導結界を停止させ、木曽軍を御所に乱入させるという奇策でゴシラカワを危機に陥れた。
 だがまさか今、封印した娘に同じ手で窮地に追い込まれようとは、タマモでさえ予想だにしていなかった。

 そして、ついに迫り来る『神像の光』。

「ヨシツネーっ! いや……ウシワカとツクモ神かーっ⁉︎」

 光の中に、手を取り合う二人の姿を見たタマモが絶叫する。

(ウシワカ、ベンケイ!)

「母さん!」

「トキワ!」

 タマモノマエの体を光が貫いた瞬間――トキワ、そしてウシワカとベンケイは短い言葉を交わした。

 ヘイアン宮を駆け抜けた、薄緑の光。
 それは再び天空まで駆け上がると、そのまま北の大地を目指し彼方へと消えていった。



Act-17 神造の光となりて END

NEXT  エピローグ&プロローグ:祇園精舎の鐘の声
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

アガルタ・クライシス ―接点―

来栖とむ
SF
神話や物語で語られる異世界は、空想上の世界ではなかった。 九州で発見され盗難された古代の石板には、異世界につながる何かが記されていた。 同時に発見された古い指輪に偶然触れた瞬間、平凡な高校生・結衣は不思議な力に目覚める。 不審な動きをする他国の艦船と怪しい組織。そんな中、異世界からの来訪者が現れる。政府の秘密組織も行動を開始する。 古代から権力者たちによって秘密にされてきた異世界との関係。地球とアガルタ、二つの世界を巻き込む陰謀の渦中で、古代の謎が解き明かされていく。

サイレント・サブマリン ―虚構の海―

来栖とむ
SF
彼女が追った真実は、国家が仕組んだ最大の嘘だった。 科学技術雑誌の記者・前田香里奈は、謎の科学者失踪事件を追っていた。 電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。 小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。 「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」 しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。 謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か—— そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。 記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える—— これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。 【全17話完結】

偽夫婦お家騒動始末記

紫紺
歴史・時代
【第10回歴史時代大賞、奨励賞受賞しました!】 故郷を捨て、江戸で寺子屋の先生を生業として暮らす篠宮隼(しのみやはやて)は、ある夜、茶屋から足抜けしてきた陰間と出会う。 紫音(しおん)という若い男との奇妙な共同生活が始まるのだが。 隼には胸に秘めた決意があり、紫音との生活はそれを遂げるための策の一つだ。だが、紫音の方にも実は裏があって……。 江戸を舞台に様々な陰謀が駆け巡る。敢えて裏街道を走る隼に、念願を叶える日はくるのだろうか。 そして、拾った陰間、紫音の正体は。 活劇と謎解き、そして恋心の長編エンタメ時代小説です。

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

SSSレア・スライムに転生した魚屋さん ~戦うつもりはないけど、どんどん強くなる~

草笛あたる(乱暴)
ファンタジー
転生したらスライムの突然変異だった。 レアらしくて、成長が異常に早いよ。 せっかくだから、自分の特技を活かして、日本の魚屋技術を異世界に広めたいな。 出刃包丁がない世界だったので、スライムの体内で作ったら、名刀に仕上がっちゃった。

まだ見ぬ未来へ駆け抜けて!

小林汐希
ライト文芸
2年5組の生徒:松本花菜(17歳 高校2年生) 2年5組の担任:長谷川啓太(23歳 教師歴1年目) 幼い頃から、様々な悩みを抱えながら過ごしてきた花菜。 それは幼い頃に父との離別を経験した家庭環境だったり、小学校の最後に作ってしまった体の古傷であったり。 学校外の時間を一人で過ごすことになった彼女の唯一、かつ絶対的な味方でいてくれたのが、近所に住む啓太お兄ちゃんだった。 しかし年の離れた二人の関係では仕方ないとはいえ、啓太の大学進学や環境変化とともに、その時間は終わりを迎えてしまう。 ふさぎ込む花菜を前に、啓太は最後に「必ず迎えに来る」という言葉を残して街を離れた。 言葉を受け取った花菜は、自分を泣かせないための慰めだったという諦めも入りつつ、一方で微かな希望として心の中で温め続けていた。 数年の時を経て二人が再び顔を合わせたものの、もはや運命の意地悪とでもいうべき「担任教師と生徒」という関係。 最初は様子伺いだったけれど、往時の気持ちが変わっていないことを再確認してからは、「一人じゃない」と嬉しいこと・辛いことも乗り越えていく二人には少しずつ背中を押してくれる味方も増えていく。 再会した当初は「おとなしい終末的運命キャラ」になっていた花菜も次第に自信を取り戻し、新米教師の啓太も花菜のサポートを裏で受けつつ堂々と教壇に立ち続けた。 そんな互いを支えあった二人の前に開けた世界は……。 たった一つだけの約束を胸に、嬉しいときは一緒に喜び、悲しいときは支えあって走り抜けた二人の物語です。

処理中です...