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32:二度目の五年目 フィンスター家の凋落
しおりを挟む結婚生活が五年目に入り、プリシラは二十歳になった。
結婚したばかりの頃は少女らしいあどけなさがあったが、今はもう立派な淑女だ。
時戻し前の人生では、今の時期は完全に心が折れて部屋に籠ってばかりだった。扉の外から聞こえてくる足音に怯え、誰も来ないでと小声で願う。昼夜を問わず本を読み、優しく暖かい物語に没頭して現実から目を背け……。
そんな生活と心労が祟ってか体調を崩して寝込む事も多く、己を惨めと考える余裕すら無かったように思える。
だが今は違う。
心が折れるどころかプリシラの気持ちは晴れる一方だ。さすがに実行はしないが、毎日歌って暮らしたいぐらいに晴れ晴れとしている。
なぜ晴れ晴れとしているのか?
フィンスター家が苦境に立たされているからだ。
なぜ苦境に立たされているのか?
フィンスター家の散財とアトキンス商会との癒着が公に晒されたからだ。
誰がそんな事をした?
もちろん、プリシラである。
「今まで人格者と謳われていたのに、実際は賭けごと狂いで家を傾けさせて、商会から援助して貰ってようやく成り立たせていた。それもさも国や領地のための名目で……。なんて、ダレンの評価は一気に地に落ちたわね」
「以前まではしょっちゅう他家の方がいらっしゃっていたのに、噂が広がるやぱったりと誰も来なくなりました。この調子では来客用のティーカップに蜘蛛の巣が張ってしまうかもしれません」
「まぁ、イヴったら辛辣ね」
プリシラがイヴの発言を言及すれば、彼女は悪びれることなくコロコロと笑った。
楽しそうな表情に自然とプリシラの表情も和らいでしまう。
仮にここに他の者が居れば「笑っている場合か」とプリシラを咎めただろう。もしくはこんな時に笑っているプリシラを怪訝に見るか。
だが今このプリシラの自室にはプリシラとイヴ、そしてオリバーしか居ない。フィンスター家の窮地を当然と考える者達だ。
「ですがまさかここまで話が一気に広がるとは思いませんでした。皆がこの話題に食いついて、真偽を調べて、ダレン様やセリーヌ様を糾弾して……。まるで魔法を使ったみたいですね」
「私が魔法を?」
覚えのある単語にプリシラが驚いて聞き返せば、イヴが更に笑みを強めた。
「冗談ですよ」と笑う。
「それほどフィンスター家が落ちぶれるのがあっという間だったという事です。プリシラ様がちょっと魔法の杖を振るったら、瞬く間に魔法が広がって、フィンスター家の評判が落ちていく……。フィンスター家からしたら良い魔法使いではありませんけど」
冗談めかしてイヴが話す。
もちろんイヴは本当にプリシラが魔法を使ったと考えているわけではない。イヴは魔法を信じていないし、魔女が実在するとも思っていない。過剰に話すことでそれほど上手くいったと伝えたいのだろう。
それが分かって、プリシラも「そうね」と笑って返した。
「でもこの場合、魔法でフィンスター家の評判が落ちたというよりは、魔法が解けてフィンスター家の本性が晒されたって言った方が正しいかもしれないわね。癒着と賄賂と欺瞞という魔法ね」
「確かにプリシラ様の言うとおりですね。ふふ、プリシラ様だって辛辣じゃないですか」
「あら、これぐらい可愛いものよ」
二人顔を見合わせてクスクスと笑い合う。
次いでプリシラはオリバーへと視線をやった。彼はこの冗談に乗じこそしないが、穏やかな表情で話を聞いている。
「上手くいったのはオリバーのおかげでもあるわ」
「いえ。プリシラ様の考えがあっての成功です。俺は言われるままに調べて、指示された方々に話をしたに過ぎません」
己の働きを謙遜するオリバーに、プリシラはそれでもと感謝の言葉を告げた。
イヴが魔法をたとえに出すほど、フィンスター家の実態は一気に社交界に広がった。
最初はただの噂から始まり、それが疑惑に変わり、あっという間に社交界中に蔓延していく。まるで水面に小石を落として波紋を広げるように、一度広がりだせばもう止まらない。
途中からはプリシラが把握している証拠以外も集まり始め、挙げ句に、関与していたが凋落に巻き込まれては堪らないと進んで証拠を出す家まで出始めていた。
この噂の広がりは確かに魔法のようである。
瞬きの間に歴史ある家の化けの皮を剥がし、一組の男女を地獄に突き落とす。恐ろしい魔法……。
だがこれは実際には魔法ではない。噂を広めるのに魔女クローディアは関与していないし、もちろん他の魔女の助力でもない。当然、プリシラも魔法を使っていない。そもそも使えないのだが。
「魔法なんて使わなくてもフィンスター家の正体を晒すことは出来るわ。魔法の杖だって必要ない。ただ公表するタイミングを慎重に窺って、話す相手を厳選するだけで良いの」
他の噂話、いわゆるゴシップと言える情報や派手な祝い事や祭事が無い時期。
社交界の誰もが平穏に生活し、その平穏に飽き飽きしている頃合い。下世話で薄汚い話に飛びついて茶会が盛り上がってしまう、そんなタイミングを狙ったのだ。
最初に話を流す相手も選び抜いた。単に口が軽い者では信憑性が損なわれる恐れがあるし、かといって口が堅すぎても拡散力に欠ける。
むやみやたらと話してまわるほど下世話ではなく、それでいて話を拡散させる力を持つ人物。そんな人物が話す『よっぽどの話』だからこそ信憑性と共に広がっていくのだ。
そんな考えから、目をつけたのはとある子爵家の夫人。もちろんフィンスター家とは縁が薄く、アトキンス商会とはまったく無関係の家だ。
夫人は人望に厚く、老若男女問わず信頼を寄せられている。顔が広くパーティーや茶会に招待され、自ら交流の場を開くことも多い。発信力の高さも十分、それでいて簡単には噂話に飛びつかない慎重さも持ち合わせており、これ以上の人物は無いと言えるだろう。
彼女が最適だと考え、オリバーに話を持っていってもらった。
といっても直接ではない。子爵家の御者や給仕達にそれとなく、それでいて、夫人に届くよう信憑性のある話として伝えたのだ。
もちろん又聞きを装って。おかげでダレンとセリーヌが噂の出所を躍起になって探っているらしいが、いまだオリバーにもプリシラにも辿り着いていない。
「オリバー、ありがとう。貴方の協力があっての成功だわ」
「俺はただ伯爵家の周囲で噂話をしただけで、指示を出されたのはプリシラ様です」
「そんな謙遜しないで。実際に噂を広げに行くのはリスクのある役割よ。それを買って出てくれて、凄く有難かったわ」
プリシラが心からの感謝を示す。
イヴやレッグ医師の協力に対する感謝とは違う、もっと深く、『感謝』という言葉では言い表せぬ感情。
オリバーが協力してくれた。自分の判断と行動を肯定してくれた。
彼と共にフィンスター家を陥れた。
彼が共にフィンスター家を陥れる道を選んでくれた。
その事実がプリシラの胸を高鳴らせる。
もちろんそんな事を口に出すことはしない。彼に対して特別な感情は示さない、そう決めたのだ。
だからこそここは簡素に感謝の言葉だけを伝えておいた。
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