52 / 125
南の国の戦
不安
しおりを挟む
先に城に着いたのは、ギルベルト達だ。ヴェンデルガルトが魔法をかけた水は傷みにくく、城に戻るまで数度の休憩で何とか時間を取られず辿り着いた。
回復魔法による疲労が強くまだ自力で立てないランドルフを抱えて、ギルベルトはジークハルトを呼ぶ様に騎士たちを急がせた。
「ランドルフ、無事だったか!」
ジークハルトとカールとイザークも慌てて来た。しかし、ビルギットが一人でいる事に目ざとく気が付いたのは、イザークだ。
「ヴェーは? ヴェーはどうしたの?」
「ヴェンデル達と落ち合った際、バーチュ王国のアロイス様に誘拐されました。どうやらわが皇国に来られた時に、ヴェンデルの存在を知り、後をつけて奪いに来たようです」
ギルベルトは、沈痛な面持ちだが悔し気にそう報告した。
「交渉の仲介に来たアロイスの歓迎の宴の席で、ラムブレヒト卿が『我が国には聖女がいるんです』と話していた気がする」
ぐったりとしたランドルフが、それでも力を振り絞りそう付け加えた。ランドルフとギルベルトは、ラムブレヒト公爵家のヴェンデルガルトへの嫌がらせの事を知らない。イザークは、「謀られたか」と舌打ちした。
「――申し訳ありません。ランドルフの怪我に、ヴェンデルの誘拐……何も出来ず、私は……」
ギルベルトは、顔色が青を越して白くなっている。騎士団長の位を剥奪されても仕方ない程の失態だ。それに、愛おしい女性が、目の前で奪われた――悔しくて堪らない。己の命で彼女を取り戻せるなら、ギルベルトはそれを望んだだろう。
「状況が悪かった。お前のせいではない――急ぎ皇帝に報告をして、ヴェンデルガルト嬢の奪還に向かう!」
カールがギルベルトの反対側に回り、ランドルフを抱えた。そうして急いで謁見室に向かう彼らの背に、ビルギットが頭を下げた。
「お願いします! ヴェンデルガルト様を……! ヴェンデルガルト様を、助けて下さい!」
涙声で懇願する彼女に、カールが笑いかけた。安心させるように、優しく返事をする。
「大丈夫、絶対に取り戻すよ! 君と同じくらい、俺達も彼女が大好きで大切なんだ!」
帰還を知ったカリーナとロルフも、この場にやって来た。泣きはらした赤い目のビルギットの身体をカリーナが抱き締めて、ロルフも心配そうに傍にいる。
「ビルギットを、休ませてやってくれ。慣れない旅で、疲れただろう。ヴェンデルガルト嬢は、必ず我が国に戻る」
ジークハルトがそう言うと、騎士団長四人を連れて急いで出て行った。
「ヴェンデルガルト様に何かあれば――私は、私は……」
ビルギットはそこまで言うと、気を失ったようにカリーナに凭れるように倒れた。
「早くベッドへ!」
カリーナからビルギットの身体を受け取ると、彼女を抱き上げてロルフは彼女たちの部屋に向かった。
「全面戦争になるね」
イザークは、足早に謁見室に向かいながらそうポツリと呟いた。鉱物利益の戦に、ヴェンデルガルト奪還。二つの戦を、五つの国が行う。
「せめて、東とは――争いたくないな」
カールの言葉は、騎士団長全員の思いだった。
この争いで、一番関係ないのはバルシュミーデ皇国と東のレーヴェニヒ王国であり、軍事力も南の三国以上だ。レーヴェニヒ王国は鉱物が取れるヘンライン王国の支援の為、この戦に参戦している。目的が違う為、争いは避けたい。
「そうならない為にも、使者を送ろう。しかしまずは、皇帝の許可を貰わなければならない」
普段は表情が揺らぐことのないジークハルトの顔が、少し強張っていた。皇帝は我が国に利益がなければ、ヴェンデルガルトを助ける許可を出すとは思えない。レーヴェニヒ公国の様に、ヘンライン公国と直接やり取りで鉱物を安く仕入れる事が出来る為、と述べるべきか? 先を歩きながら、ジークハルトはどう皇帝に報告をするか悩んでいた。しかし、ヴェンデルガルトの笑顔が浮かび、思考がまとまらない。
二百年後の世界で、ビルギットもおらずたった一人で知らない南の国に奪われた。どんなに不安で、心細いだろう――もし彼女に何かすれば、絶対に許さない。
薔薇騎士団長が、それぞれの思いを抱きながら、謁見室で皇帝が入ってくるのを待った。それは、どんなに長い時間に感じただろう。
「アンドレアス皇帝、入室されます」
皇帝の先に来た赤薔薇団の騎士がそう告げると、五人は片膝を着き頭を下げた。
「話は聞いた。ヴェンデルガルト嬢は、この国の宝だ。我とこうして話している時間があるなら、奪い返す策を考えろ――報告は、事後になっても構わん。ジークハルトに、全て任せる」
思ってもいない皇帝の言葉に、ジークハルトを始め薔薇騎士番長たちは驚いた顔になった。
回復魔法による疲労が強くまだ自力で立てないランドルフを抱えて、ギルベルトはジークハルトを呼ぶ様に騎士たちを急がせた。
「ランドルフ、無事だったか!」
ジークハルトとカールとイザークも慌てて来た。しかし、ビルギットが一人でいる事に目ざとく気が付いたのは、イザークだ。
「ヴェーは? ヴェーはどうしたの?」
「ヴェンデル達と落ち合った際、バーチュ王国のアロイス様に誘拐されました。どうやらわが皇国に来られた時に、ヴェンデルの存在を知り、後をつけて奪いに来たようです」
ギルベルトは、沈痛な面持ちだが悔し気にそう報告した。
「交渉の仲介に来たアロイスの歓迎の宴の席で、ラムブレヒト卿が『我が国には聖女がいるんです』と話していた気がする」
ぐったりとしたランドルフが、それでも力を振り絞りそう付け加えた。ランドルフとギルベルトは、ラムブレヒト公爵家のヴェンデルガルトへの嫌がらせの事を知らない。イザークは、「謀られたか」と舌打ちした。
「――申し訳ありません。ランドルフの怪我に、ヴェンデルの誘拐……何も出来ず、私は……」
ギルベルトは、顔色が青を越して白くなっている。騎士団長の位を剥奪されても仕方ない程の失態だ。それに、愛おしい女性が、目の前で奪われた――悔しくて堪らない。己の命で彼女を取り戻せるなら、ギルベルトはそれを望んだだろう。
「状況が悪かった。お前のせいではない――急ぎ皇帝に報告をして、ヴェンデルガルト嬢の奪還に向かう!」
カールがギルベルトの反対側に回り、ランドルフを抱えた。そうして急いで謁見室に向かう彼らの背に、ビルギットが頭を下げた。
「お願いします! ヴェンデルガルト様を……! ヴェンデルガルト様を、助けて下さい!」
涙声で懇願する彼女に、カールが笑いかけた。安心させるように、優しく返事をする。
「大丈夫、絶対に取り戻すよ! 君と同じくらい、俺達も彼女が大好きで大切なんだ!」
帰還を知ったカリーナとロルフも、この場にやって来た。泣きはらした赤い目のビルギットの身体をカリーナが抱き締めて、ロルフも心配そうに傍にいる。
「ビルギットを、休ませてやってくれ。慣れない旅で、疲れただろう。ヴェンデルガルト嬢は、必ず我が国に戻る」
ジークハルトがそう言うと、騎士団長四人を連れて急いで出て行った。
「ヴェンデルガルト様に何かあれば――私は、私は……」
ビルギットはそこまで言うと、気を失ったようにカリーナに凭れるように倒れた。
「早くベッドへ!」
カリーナからビルギットの身体を受け取ると、彼女を抱き上げてロルフは彼女たちの部屋に向かった。
「全面戦争になるね」
イザークは、足早に謁見室に向かいながらそうポツリと呟いた。鉱物利益の戦に、ヴェンデルガルト奪還。二つの戦を、五つの国が行う。
「せめて、東とは――争いたくないな」
カールの言葉は、騎士団長全員の思いだった。
この争いで、一番関係ないのはバルシュミーデ皇国と東のレーヴェニヒ王国であり、軍事力も南の三国以上だ。レーヴェニヒ王国は鉱物が取れるヘンライン王国の支援の為、この戦に参戦している。目的が違う為、争いは避けたい。
「そうならない為にも、使者を送ろう。しかしまずは、皇帝の許可を貰わなければならない」
普段は表情が揺らぐことのないジークハルトの顔が、少し強張っていた。皇帝は我が国に利益がなければ、ヴェンデルガルトを助ける許可を出すとは思えない。レーヴェニヒ公国の様に、ヘンライン公国と直接やり取りで鉱物を安く仕入れる事が出来る為、と述べるべきか? 先を歩きながら、ジークハルトはどう皇帝に報告をするか悩んでいた。しかし、ヴェンデルガルトの笑顔が浮かび、思考がまとまらない。
二百年後の世界で、ビルギットもおらずたった一人で知らない南の国に奪われた。どんなに不安で、心細いだろう――もし彼女に何かすれば、絶対に許さない。
薔薇騎士団長が、それぞれの思いを抱きながら、謁見室で皇帝が入ってくるのを待った。それは、どんなに長い時間に感じただろう。
「アンドレアス皇帝、入室されます」
皇帝の先に来た赤薔薇団の騎士がそう告げると、五人は片膝を着き頭を下げた。
「話は聞いた。ヴェンデルガルト嬢は、この国の宝だ。我とこうして話している時間があるなら、奪い返す策を考えろ――報告は、事後になっても構わん。ジークハルトに、全て任せる」
思ってもいない皇帝の言葉に、ジークハルトを始め薔薇騎士番長たちは驚いた顔になった。
3
あなたにおすすめの小説
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです
きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」
5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。
その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?
旦那様、離婚しましょう ~私は冒険者になるのでご心配なくっ~
榎夜
恋愛
私と旦那様は白い結婚だ。体の関係どころか手を繋ぐ事もしたことがない。
ある日突然、旦那の子供を身籠ったという女性に離婚を要求された。
別に構いませんが......じゃあ、冒険者にでもなろうかしら?
ー全50話ー
捨てられた聖女、自棄になって誘拐されてみたら、なぜか皇太子に溺愛されています
h.h
恋愛
「偽物の聖女であるお前に用はない!」婚約者である王子は、隣に新しい聖女だという女を侍らせてリゼットを睨みつけた。呆然として何も言えず、着の身着のまま放り出されたリゼットは、その夜、謎の男に誘拐される。
自棄なって自ら誘拐犯の青年についていくことを決めたリゼットだったが。連れて行かれたのは、隣国の帝国だった。
しかもなぜか誘拐犯はやけに慕われていて、そのまま皇帝の元へ連れて行かれ━━?
「おかえりなさいませ、皇太子殿下」
「は? 皇太子? 誰が?」
「俺と婚約してほしいんだが」
「はい?」
なぜか皇太子に溺愛されることなったリゼットの運命は……。
私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。
小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。
「マリアが熱を出したらしい」
駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。
「また裏切られた……」
いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。
「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」
離婚する気持ちが固まっていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる