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南の国の戦

アロイス

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 背後から回された腕は、袖のない服の為筋肉質でがっしりして見えた。聞きたい事が沢山あるのだが、背後の男は話す事を許さない雰囲気だ。仕方なく、ヴェンデルガルトは黙って前の風景を見ていた。だが、砂埃が酷い。ショールでこっそりと口元を覆うと、小さく咳き込んだ。出発した時より、砂の質が砂漠の砂のように細かく変わっていた。

「――ああ、そうか。お前は姫様だったな」
 咳き込むヴェンデルガルトに気が付いたのか、背後でアロイスがそう呟いて駱駝を止めた。彼の部下達も、それに従い停まった。
「俺達も少し休もう――あいつらは帰ったか?」
 少し離れてアロイスの傍に走ってきた男に訊ねた。
「はい、馬車も荷馬車も一目散に北に向かいました」
「よし、水休憩だ」
 皆がその言葉に従い、腰に掛けていた革の水筒に川の水を入れに走った。アロイスは先に駱駝を降りると、ヴェンデルガルトに手を差し伸べた。
「どうぞ、姫君」
「あ、有難うございます」
 何の躊躇いもなく、薔薇騎士団に斬りかかった男だ。ヴェンデルガルトは少し怯えながら、差し出された手を取って駱駝から降りた。
 随分と背が高い――赤い目の事もあり、コンスタンティンを思い出してヴェンデルガルトは少し胸が苦しくなった。その姿を怯えていると勘違いしたのか、アロイスは溜息を零した。
「お前に危害を加えない。何の為に、危険を冒しながら攫いに来たと思ってんだ。そう怖がるな……結構、傷付くんだが」
 そう言って頭をポンと撫で、その場に座り込んだ。ヴェンデルガルトはどうしたらいいのか、少し悩む。
「座れ――後しばらくは駱駝に乗って国まで帰るから、尻が痛くなるぞ」
 ここまで来るのに、馬車の荷台でも相当腰が痛くなった。駱駝に跨って移動するとなると、ヴェンデルガルトは自分の身体が耐えられるのか、少し不安になった。身体を休める様に、大人しくアロイスの前に座った。
「すまないが、チャッツはない。水で我慢してくれ」
「チャッツ?」
「羊の乳で作るお茶だ。俺達の国では、もてなす時やお茶の時間にそれを飲む」
 ヴェンデルガルトは説明に頷くと、部下の男が渡してくれたカップに入った水を飲んだ。勿論飲む前に、魔法をかけておく。
「それは、魔法か? ああ、お姫様は綺麗な水しか飲まないよな。腹壊されても、困るし――ってか、ショールを取って髪を見せてくれないか?」
 目が金である事は、彼にも分かっていた。しかし、髪も同じ金なのか、気になっていたらしい。ヴェンデルガルトは特別逆らいもせず、髪を隠していたショールを解いた。

「おお、本当に金色だ」
「すごいな、初めて見たぜ」
 アロイスの部下たちは、編みこんでいるものの間違いのない金色の髪に、驚いた顔をする。アロイスは、ジッとその髪を見ていた。
「お前が使えるのは、治癒魔法だけか?」
「はい。治癒魔法と、治癒に関するものだけです」
 嘘をついても仕方ないので、ヴェンデルガルトは正直に答えた。
「そうか。しかし、さっき見た魔法はすごかった。一瞬で治ったな」
 アロイスの言葉に、部下たちはそれぞれ「すごかったな」などそれに頷いていた。
「名乗りが遅くなった。俺は、バーチュ王国の第三王子、アロイス・ペヒ・ヴァイゼだ。『ペヒ』が、王族って意味になる」
 南の国の事は全くと言っていい程知らないので、ヴェンデルガルトは覚える様に口の中で繰り返してから、頷いた」
「私は、ヴェンデルガルト・クリスタ・ブリュンヒルト・ケーニヒスペルガーです。今は――国がなくなったので、バルシュミーデ皇国で公爵の爵位を頂きました」
「長いな――ヴェンデルでいいか?」
 ギルベルトが名前を叫んだのを、覚えていたのだろう。アロイスがそう言うと、ヴェンデルガルトは「はい」と頷いた。

「お前の国は亡くなって――王女様が公爵、か。けど、今日からお前はバーチュ王国の姫になって貰う。お前は、俺の嫁だ」
「え!?」
 思ってもいない言葉に、ヴェンデルガルトは思わず大きな声を上げた。
「お前は、古龍の生贄だったそうだな。俺の先祖に、龍と子を生した者がいる。俺は先祖返りなのか、赤い目で産まれた。お前とは、龍との縁で――他人のように思えない。俺達の国なら、お前を姫として扱う。俺に嫁はいないから、お前を嫁にすれば問題ないだろう」
 アロイスの言葉には淀みがなく、そうであるのが正しいという様にヴェンデルガルトに説明をした。

「よし、日が落ちる前にもう少し戻ろう。行くぞ」
 それぞれに休んでいた部下たちが、その言葉に立ち上がった。アロイスは腕を伸ばしてヴェンデルガルトのショールを再び髪に乗せた。
「日がきついから、焼けないように巻いておけ。髪も目立つからな」
 アロイスの言葉に頷いて、ヴェンデルガルトはショールを巻いて再び駱駝の背に乗った。
一度北の方に視線を向いたヴェンデルガルトの身体を、アロイスはかせの様に塞ぎ駱駝の手綱を握る。

 どうなるのだろう。

 心細いヴェンデルガルトは、ビルギットが傍にいない事が悲しくて、泣きそうな顔を伏せた。
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