58 / 125
南の国の戦
戦い
しおりを挟む
「アロイス王子は銀の髪に赤い瞳。ヴェンデルガルト様の金色で作ると、色のバランスがよろしいかと」
歪んでしまった三個目を解き、それを毛糸の束に巻き直してベルトは金糸が混じった黄色の毛糸を取り出した。どうやら、今までのは練習だったらしい。
「金糸が入ると少し難しくなりますが、ゆっくり編みましょう。ヴェンデルガルト様なら、きっと編めます」
チャッツを飲むヴェンデルガルトに、ベルトはそう声をかける。相変わらず表情が乏しい子だが、編み物をしていると少し雰囲気が軟らかくなる。
ベルトの身の上話を聞きたかったが、使用人の場合デリケートな問題がある事が多いので聞くのを我慢した。彼女が自分から話してくれるのを、待つことにした。
「あ、これも美味しいわ」
ラルラが練り込まれた蒸しパンを一口食べて、ヴェンデルガルトは笑顔になる。
「それはよかったです。外の国の方は、羊の乳の癖が苦手な方が多いと聞きました。ヴェンデルガルト様は、やはりバーチュ王国に合うのかもしれませんね」
チャッツのお替りを注ぎ、蒸しケーキを頬張るヴェンデルガルトを眺めたベルトは、少し嬉しそうにそう言った。
「ヴェンデルガルト様は、他の方たちみたいに鞭で打たないので。ヴェンデルガルト様の傍に、私居たいです」
ベルトの口から、思ってもいない言葉が出てヴェンデルガルトは驚いてお菓子を食べる手を止めた。
「鞭で打つの? 王家の人は」
「はい、昔からのしきたりです。でも、第一王子様とアロイス王子は、『使用人を鞭で打つ習慣は廃止する』と言って下さっています。でも、中々なくなりません。ヴェンデルガルト様が来られるまで、第二王子のハーレムで私は働いていました。ハーレムの方は、イライラしている方が多くてすぐ打つんです。ヴェンデルガルト様は、魔法が使える蛮族だとハーレムの方たちは笑っていました。でも――天使です。ヴェンデルガルト様は、優しいです」
あまりの事に、ヴェンデルガルトは言葉がなかった。こんな、十二の子供を鞭で打つなんてひどい事が出来るなんて――悲しくなる。
「ベルト。痛い所や、痣とか傷跡はない?」
優しくベルトに話しかけると、彼女は左のズボンの裾をめくった。そこには、紫色になってしまった、打ち身らしい痕があった。あとは、右の耳の付け根付近に引っ掻かれてその傷が残ったままの跡があった。
「どちらも、鞭の痕です。足のは、ヴェンデルガルト様が来られる前の日に、お茶を運ぶのが遅くなってしまい打たれました。」
「こっちに来て、ベルト」
言われるままヴェンデルガルトの傍に行くと、ヴェンデルガルトは彼女を抱き寄せた。胸元に抱き締めて、ポンポンと背を撫でる。
「治療」
途端、ベルトの目にはヴェンデルガルトが光り輝いたように見えた――母に教えて貰った女神様、そのものの姿だ。
「ほら、ベルト。もう打ち身も耳の傷も治って無くなったわ。あ、鏡はどこかしら?」
言われて足を見ると、紫色の打ち身は綺麗に無くなっていた。ヴェンデルガルトの腕から離れて、「ヴェンデルガルト様の鏡をお借りしてよろしいでしょうか?」と尋ねる。自分の鏡があると知らないヴェンデルガルトは不思議そうな顔をしたが、頷く。ベルトはそれを確認すると、ベッドの近くの飾り棚から手鏡を取り出した。
「――本当に、消えてます。あれは私が十の時の傷跡なのに……すごい、神様です」
その時、初めてベルトはヴェンデルガルトに笑顔を見せた。子供らしい、素直で可愛らしい笑顔だった。
「なら、次は蒸しケーキとチャッツを一緒に飲みましょう。私一人でお茶をしても、楽しくないもの」
「え、それは流石に出来ません。ヴェンデルガルト様は、高貴な方です。私と一緒にお茶なんて……」
「あのね、ベルト。私は今この国にいる。この国では、私は貴族じゃないの。だから、あなたと友人にだってなれるわ」
「でも、アロイス王子の妃候補だと伺っています」
真面目なベルトは、ヴェンデルガルトを敬愛しているのでなかなか素直に頷かない。
「じゃあ、お願い! 私一人で寂しいから、お茶を飲むのをベルトも手伝って!」
そう言われると、ベルトは黙ってしまった。鏡を元の位置に戻すと、ゆっくりヴェンデルガルトの傍に戻って来た。
「分かりました、では一緒に……頂きます」
ようやく少し心を開いてくれたベルトに、ヴェンデルガルトは安心した笑顔を見せた。
丁度その頃、火の付いた馬車がバーチュ王国も門に突っ込んできた。馬や牛、駱駝が引いているのではなく、先頭に尖った丸太をくくり付けた馬車を、アンゲラー王国の兵士が押して衛士ごと門を破壊したのだ。
バーチュ王国とアンゲラー王国の戦いが始まった。
歪んでしまった三個目を解き、それを毛糸の束に巻き直してベルトは金糸が混じった黄色の毛糸を取り出した。どうやら、今までのは練習だったらしい。
「金糸が入ると少し難しくなりますが、ゆっくり編みましょう。ヴェンデルガルト様なら、きっと編めます」
チャッツを飲むヴェンデルガルトに、ベルトはそう声をかける。相変わらず表情が乏しい子だが、編み物をしていると少し雰囲気が軟らかくなる。
ベルトの身の上話を聞きたかったが、使用人の場合デリケートな問題がある事が多いので聞くのを我慢した。彼女が自分から話してくれるのを、待つことにした。
「あ、これも美味しいわ」
ラルラが練り込まれた蒸しパンを一口食べて、ヴェンデルガルトは笑顔になる。
「それはよかったです。外の国の方は、羊の乳の癖が苦手な方が多いと聞きました。ヴェンデルガルト様は、やはりバーチュ王国に合うのかもしれませんね」
チャッツのお替りを注ぎ、蒸しケーキを頬張るヴェンデルガルトを眺めたベルトは、少し嬉しそうにそう言った。
「ヴェンデルガルト様は、他の方たちみたいに鞭で打たないので。ヴェンデルガルト様の傍に、私居たいです」
ベルトの口から、思ってもいない言葉が出てヴェンデルガルトは驚いてお菓子を食べる手を止めた。
「鞭で打つの? 王家の人は」
「はい、昔からのしきたりです。でも、第一王子様とアロイス王子は、『使用人を鞭で打つ習慣は廃止する』と言って下さっています。でも、中々なくなりません。ヴェンデルガルト様が来られるまで、第二王子のハーレムで私は働いていました。ハーレムの方は、イライラしている方が多くてすぐ打つんです。ヴェンデルガルト様は、魔法が使える蛮族だとハーレムの方たちは笑っていました。でも――天使です。ヴェンデルガルト様は、優しいです」
あまりの事に、ヴェンデルガルトは言葉がなかった。こんな、十二の子供を鞭で打つなんてひどい事が出来るなんて――悲しくなる。
「ベルト。痛い所や、痣とか傷跡はない?」
優しくベルトに話しかけると、彼女は左のズボンの裾をめくった。そこには、紫色になってしまった、打ち身らしい痕があった。あとは、右の耳の付け根付近に引っ掻かれてその傷が残ったままの跡があった。
「どちらも、鞭の痕です。足のは、ヴェンデルガルト様が来られる前の日に、お茶を運ぶのが遅くなってしまい打たれました。」
「こっちに来て、ベルト」
言われるままヴェンデルガルトの傍に行くと、ヴェンデルガルトは彼女を抱き寄せた。胸元に抱き締めて、ポンポンと背を撫でる。
「治療」
途端、ベルトの目にはヴェンデルガルトが光り輝いたように見えた――母に教えて貰った女神様、そのものの姿だ。
「ほら、ベルト。もう打ち身も耳の傷も治って無くなったわ。あ、鏡はどこかしら?」
言われて足を見ると、紫色の打ち身は綺麗に無くなっていた。ヴェンデルガルトの腕から離れて、「ヴェンデルガルト様の鏡をお借りしてよろしいでしょうか?」と尋ねる。自分の鏡があると知らないヴェンデルガルトは不思議そうな顔をしたが、頷く。ベルトはそれを確認すると、ベッドの近くの飾り棚から手鏡を取り出した。
「――本当に、消えてます。あれは私が十の時の傷跡なのに……すごい、神様です」
その時、初めてベルトはヴェンデルガルトに笑顔を見せた。子供らしい、素直で可愛らしい笑顔だった。
「なら、次は蒸しケーキとチャッツを一緒に飲みましょう。私一人でお茶をしても、楽しくないもの」
「え、それは流石に出来ません。ヴェンデルガルト様は、高貴な方です。私と一緒にお茶なんて……」
「あのね、ベルト。私は今この国にいる。この国では、私は貴族じゃないの。だから、あなたと友人にだってなれるわ」
「でも、アロイス王子の妃候補だと伺っています」
真面目なベルトは、ヴェンデルガルトを敬愛しているのでなかなか素直に頷かない。
「じゃあ、お願い! 私一人で寂しいから、お茶を飲むのをベルトも手伝って!」
そう言われると、ベルトは黙ってしまった。鏡を元の位置に戻すと、ゆっくりヴェンデルガルトの傍に戻って来た。
「分かりました、では一緒に……頂きます」
ようやく少し心を開いてくれたベルトに、ヴェンデルガルトは安心した笑顔を見せた。
丁度その頃、火の付いた馬車がバーチュ王国も門に突っ込んできた。馬や牛、駱駝が引いているのではなく、先頭に尖った丸太をくくり付けた馬車を、アンゲラー王国の兵士が押して衛士ごと門を破壊したのだ。
バーチュ王国とアンゲラー王国の戦いが始まった。
1
あなたにおすすめの小説
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
旦那様、離婚しましょう ~私は冒険者になるのでご心配なくっ~
榎夜
恋愛
私と旦那様は白い結婚だ。体の関係どころか手を繋ぐ事もしたことがない。
ある日突然、旦那の子供を身籠ったという女性に離婚を要求された。
別に構いませんが......じゃあ、冒険者にでもなろうかしら?
ー全50話ー
【完結】離縁王妃アデリアは故郷で聖姫と崇められています ~冤罪で捨てられた王妃、地元に戻ったら領民に愛され「聖姫」と呼ばれていました~
猫燕
恋愛
「――そなたとの婚姻を破棄する。即刻、王宮を去れ」
王妃としての5年間、私はただ国を支えていただけだった。
王妃アデリアは、側妃ラウラの嘘と王の独断により、「毒を盛った」という冤罪で突然の離縁を言い渡された。「ただちに城を去れ」と宣告されたアデリアは静かに王宮を去り、生まれ故郷・ターヴァへと向かう。
しかし、領地の国境を越えた彼女を待っていたのは、驚くべき光景だった。
迎えに来たのは何百もの領民、兄、彼女の帰還に歓喜する侍女たち。
かつて王宮で軽んじられ続けたアデリアの政策は、故郷では“奇跡”として受け継がれ、領地を繁栄へ導いていたのだ。実際は薬学・医療・農政・内政の天才で、治癒魔法まで操る超有能王妃だった。
故郷の温かさに癒やされ、彼女の有能さが改めて証明されると、その評判は瞬く間に近隣諸国へ広がり──
“冷徹の皇帝”と恐れられる隣国の若き皇帝・カリオンが現れる。
皇帝は彼女の才覚と優しさに心を奪われ、「私はあなたを守りたい」と静かに誓う。
冷徹と恐れられる彼が、なぜかターヴァ領に何度も通うようになり――「君の価値を、誰よりも私が知っている」「アデリア・ターヴァ。君の全てを、私のものにしたい」
一方その頃――アデリアを失った王国は急速に荒れ、疫病、飢饉、魔物被害が連鎖し、内政は崩壊。国王はようやく“失ったものの価値”を理解し始めるが、もう遅い。
追放された王妃は、故郷で神と崇められ、最強の溺愛皇帝に娶られる!「あなたが望むなら、帝国も全部君のものだ」――これは、誰からも理解されなかった“本物の聖女”が、
ようやく正当に愛され、報われる物語。
※「小説家になろう」にも投稿しています
私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。
小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。
「マリアが熱を出したらしい」
駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。
「また裏切られた……」
いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。
「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」
離婚する気持ちが固まっていく。
夫に顧みられない王妃は、人間をやめることにしました~もふもふ自由なセカンドライフを謳歌するつもりだったのに、何故かペットにされています!~
狭山ひびき
恋愛
もう耐えられない!
隣国から嫁いで五年。一度も国王である夫から関心を示されず白い結婚を続けていた王妃フィリエルはついに決断した。
わたし、もう王妃やめる!
政略結婚だから、ある程度の覚悟はしていた。けれども幼い日に淡い恋心を抱いて以来、ずっと片思いをしていた相手から冷たくされる日々に、フィリエルの心はもう限界に達していた。政略結婚である以上、王妃の意思で離婚はできない。しかしもうこれ以上、好きな人に無視される日々は送りたくないのだ。
離婚できないなら人間をやめるわ!
王妃で、そして隣国の王女であるフィリエルは、この先生きていてもきっと幸せにはなれないだろう。生まれた時から政治の駒。それがフィリエルの人生だ。ならばそんな「人生」を捨てて、人間以外として生きたほうがましだと、フィリエルは思った。
これからは自由気ままな「猫生」を送るのよ!
フィリエルは少し前に知り合いになった、「廃墟の塔の魔女」に頼み込み、猫の姿に変えてもらう。
よし!楽しいセカンドラウフのはじまりよ!――のはずが、何故か夫(国王)に拾われ、ペットにされてしまって……。
「ふふ、君はふわふわで可愛いなぁ」
やめてえ!そんなところ撫でないで~!
夫(人間)妻(猫)の奇妙な共同生活がはじまる――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる