二百年の眠り姫は、五人の薔薇騎士と龍に溺愛される

七海美桜

文字の大きさ
64 / 125
南の国の戦

兄弟の確執

しおりを挟む
「頭のいい兄貴と出来のいい弟とは、俺は違うんでねぇ。以後気を付けますよ」
 バルドゥルが話すと、酒の匂いが辺りに漂った。その強い匂いだけで、ヴェンデルガルトは酔いそうだった。ベルトを抱えたまま、無意識に下がる。
「何やら、稀有な魔法を使う美人がいるって噂を聞きましてね――いるなら兄貴の所かと思い、遊びに来たんですよ」
 そう言って、バルドゥルはヴェンデルガルトを舐めるように眺めた。涎を垂らさんばかりの視線に、ヴェンデルガルトは凍り付いたように動けなくなった。アロイスやツェーザルとどこか似た顔をしているが、品のなさや欲にまみれたこの男には警戒しか抱けない。
「よければ仕事ばっかりの兄貴の所より、俺の所で酒でも飲んで遊びませんか? 酒に飽きたら、もっと良い事を――」
 そう言ってヴェンデルガルトに手を伸ばそうとしたバルドゥルだったが、いつの間にかツェーザルが二人の間に入って抜き身のナイフを彼に向けていた。
「下がりなさい。彼女はバルシュミーデ皇国からの客人で、アロイスの婚約者候補よ。変な気を起こさないで」
 弟相手に抜き身のナイフを向ける――ツェーザルは、本気だった。バルドゥルがヴェンデルガルトに触れるつもりなら、迷わず斬りつける。その殺意は、バルドゥルにもヴェンデルガルトにも分かった。
「はは、冗談ですよ。兄貴もマジになるなんて、心配し過ぎだ――まぁ、お顔を拝められたので今日はこれで退散します。もしその気になったら、俺の部屋に来てください。朝までじっくり、遊びましょうよ」
 ヴェンデルガルトに伸ばそうとしたその手を上げて、ひらひらと振って部屋をゆっくり出て行った。ドアを閉めるまで、ツェーザルはその姿を見つめていた。
「ごめんなさい。あの子に目を付けられちゃったわね」
 ツェーザルはナイフをおろすと、鞘に戻して背中のズボンに刺した。そうして、強い酒の残り香を消すように部屋の窓を開ける。
「いいえ、大丈夫です――ベルト、もう大丈夫よ?」
 ベルトは強く眼を瞑って、まだヴェンデルガルトに引っ付いていた。安心させる様に背中を撫でた。その言葉に安心した様に、ベルトはヴェンデルガルトから離れて俯いていた。
「お茶にしましょう、息抜きに」
 ツェーザルは困った様に微笑んでから、机の上のベルを鳴らした。使用人の女が、すぐに姿を見せた。
「お茶をお願い、三人分」
「かしこまりました」
 女が頭を下げて部屋を出る。すると、そう待たずにチャッツが用意された。三人はそれを飲むと、それぞれホッとした息を零した。
「小さな頃はねぇ……あんな子じゃなかったのよ。あたしの後ばかり付いて来て、何時も泣いていたわ」
 昔を思い出すように、ツェーザルは小さく呟いた。その声に、ヴェンデルガルトは彼に視線を向けた。
「アロイスが生まれてから、あの子は段々と病んでいったわ。坂を転げ落ちる様に、誰の声も聞かず……可哀想な子」
 独り言のように、ツェーザルは話している。ヴェンデルガルトは何も言わず、チャッツを飲んだ。

 『お前さえいなければ』と、傷付けられた龍を知っている。古龍の王になるはずだったのに、生涯の伴侶を探すためにそれを退けたコンスタンティン。彼は龍の中でも能力が高く、王になるように望まれていた。だから彼の代わりに王になった龍たちは、コンスタンティンと比べられて逃げ出していった。コンスタンティンに、呪いの言葉を吐いて。

「ツェーザル様は、弟君たちの事を本当に大切に思われているのですね」
 ヴェンデルガルトも、兄妹たちの事を思い出す。皆大切で、大好きだった――もう、会う事は叶わないが。
「そうね、馬鹿でも賢くても……可愛い弟たちね。でも、あたしは切り捨てないといけないの。甘やかすばかりが、愛情ではないから」
 どこの国も、問題を抱えているものなのだろう。国を護るのは、ヴェンデルガルトが思うよりずっと難しい。
「ツェーザル様、少しよろしいでしょうか?」
 ヴェンデルガルトは立ち上がると、机の前に座っているツェーザルの傍らに座った。
「なぁに? ヴェンデルガルトちゃん」
 ヴェンデルガルトは手を伸ばすとツェーザルの手を取り、瞳を閉じた。

癒しハイルング

 ヴェンデルガルトが術を唱えると、ヴェンデルガルトから光が生まれてツェーザルの身体を包み込んだ。温かく優しく、どこか懐かしい光だった。ヴェンデルガルトの甘い香りが強くなり、ツェーザルの身体は何処か軽くなっている気がした。

「少しでも、お疲れを癒せたならいいのですが」
 手を放して、ヴェンデルガルトはツェーザルの顔を見上げた。少し涙目になりながら、ツェーザルは笑顔を浮かべた。
「ええ……元気になったわ。ありがとう、ヴェンデルガルトちゃん」
しおりを挟む
感想 17

あなたにおすすめの小説

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

召喚とか聖女とか、どうでもいいけど人の都合考えたことある?

浅海 景
恋愛
水谷 瑛莉桂(みずたに えりか)の目標は堅実な人生を送ること。その一歩となる社会人生活を踏み出した途端に異世界に召喚されてしまう。召喚成功に湧く周囲をよそに瑛莉桂は思った。 「聖女とか絶対ブラックだろう!断固拒否させてもらうから!」 ナルシストな王太子や欲深い神官長、腹黒騎士などを相手に主人公が幸せを勝ち取るため奮闘する物語です。

旦那様、離婚しましょう ~私は冒険者になるのでご心配なくっ~

榎夜
恋愛
私と旦那様は白い結婚だ。体の関係どころか手を繋ぐ事もしたことがない。 ある日突然、旦那の子供を身籠ったという女性に離婚を要求された。 別に構いませんが......じゃあ、冒険者にでもなろうかしら? ー全50話ー

まさか私が王族の一員であることを知らずに、侮辱していた訳ではありませんよね?

木山楽斗
恋愛
王城の使用人であるメルフィナには、ある秘密があった。 彼女は国王の隠し子なのである。 その事実は、半ば公然の秘密となっていた。公にされたことは一度もないが、嗅覚に優れた者達はそれを察知していたのだ。 しかし中には、そうではない者達もいた。 その者達は、メルフィナを一介の使用人として考えて、彼らなりの扱い方をした。 それは許されるものではなかった。知らぬうちに王家に牙を向けた者達は、その行為の報いを受けることになったのだ。

処理中です...