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南の国の戦
ツェーザルと兄弟
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朝起きると部屋の前で話をする知らない男性の声が聞こえた。ツェーザルが約束通りに、兵を置いてくれたようだ。
「おはようございます、ヴェンデルガルト様」
兵士と話をしていたのは、ベルトの様だった。今日も籠を持って、ヴェンデルガルトの部屋に来た。
「お顔を洗って来てください、食事の用意をします」
「アロイス様は、もう行かれたのかしら?」
「はい。アロイス王子は夜が明けきらない内に、国を出たようです」
きちんと見送りをしたかったが、仕方がない。彼がヘンライン王国に向かったのは、国内でも一応秘密との事だった。
顔を洗ってさっぱりして戻ると、朝から沢山の料理が並べられている。もじもじとしているベルトに、ヴェンデルガルトは誘いの言葉をかけた。
「ベルト、一緒に食べましょう」
「……はい!」
ベルトは、随分ヴェンデルガルトに懐いたようだ。甲斐甲斐しく世話をする時もあれば、姉に甘えるような幼い顔も見せる。最初に会った時の無表情さは、あまり見せなくなった。それが、ヴェンデルガルトには嬉しかった。
「急に呼んじゃって、ごめんなさいね」
朝食が終わるとツェーザルの使用人が来て、ベルトと共に彼の執務室に向かった。彼の部屋で、アヤーをして欲しいと言われたのだ。ベルトは、自分がいていいのか不安そうだったが、ツェーザルは「ようこそ」と彼女の頭を撫でた。
「兵が少し忙しくて、それならあたしの部屋にいればいいんじゃないかって思ったの。好きに遊んでいてくれるかしら?」
ツェーザルは紙の束が乗った机に戻ると、筆を持った。ヴェンデルガルトとベルトは顔を見合わせたが、敷かれた豪華な絨毯の上に座って何時ものように二人でアヤーを編み出した。
「ヴェンデルガルトちゃん、あなたアロイスの事をどう思う?」
しばらくそれぞれの作業をしていたが、白い紙を前に筆を置くとツェーザルは不意にそう聞いてきた。
「あの子が恋してヴェンデルガルトちゃんを連れて来たって聞いたけど、あなたはそれでいいの?」
その言葉は、眠りから覚めて五人の薔薇騎士団と交流してアロイスとも出会い、ずっと悩んできた思いだった。
「あの――私が古龍と生活して来た事はご存知でしたよね? その龍に、『生涯の伴侶だ』と言われた事も、知ってますか?」
ヴェンデルガルトの言葉に、ツェーザルは少し驚いた顔をした。
「そうだったのね、それは知らなかったわ。でもその龍は死んでしまったのよね?」
「はい。自分が生まれ代わってまた私と出逢える様に、私と私のメイドを眠らせたんです。でも、古龍が見つける前にバルシュミーデ皇国によって封印が解かれました。私……古龍に『伴侶だ』と言われてそれを受け入れていました。今、バルシュミーデ皇国の騎士の方々やアロイス様に求婚されて――どうしていいのか分からないんです。私は流されてばかりで、どうすればいいのか分からないのです」
ヴェンデルガルトの、心からの言葉だった。誰かを選べ、と言われても分からない。眠る前に嫌な婚約者から逃れる為に修道女になろうとしたし、古龍の生贄になる事さえ選んだ。だが、それぞれにヴェンデルガルトを大事に思ってくれている誰かを自分が選ぶなんて、そんな事を自分がしていいのか分からない。
「あらあら……贅沢な悩みね」
ツェーザルは小さく笑うと、灰色の瞳を細めた。ギルベルトと同じその瞳の色が、少し懐かしかった。
「一応、あたしは次の王位継承者。王が決めた婚約者がいるわ。でも、お互い愛はないの。それが国を背負う事だから。だからね、あたしはアロイスには好きな人と結ばれて欲しいの。あの子は『龍の目』を持っているから、期待されて育ったのよ。あたしの責任の半分を、あの子にも背負わせてしまったわ。だから、償いを込めて」
ツェーザルの言葉には、様々な感情が込められていた。自分が諦めてしまったものを、弟には諦めて欲しくない、とも。
「バルシュミーデ皇国に、手紙を送ろうとしていたの。あなたを連れ去ったお詫びと――あなたを、正式にアロイスの婚約者にさせて欲しいと」
その言葉に、ヴェンデルガルトは驚いた。隣にいたベルトは、ヴェンデルガルトに抱き着いた。
「ヴェンデルガルト様、アロイス王子と結婚してこの国にいて下さい!」
ベルトの、初めての我儘だった。
「今回は、謝罪とあなたをこの国にしばらく滞在させて欲しいと書くわ。あなたはアロイスを見て、それから国に帰るかアロイスと結婚するか選んで頂戴。あたしは、あなたにも我慢して欲しくないわ。あなたが好きな人を、諦めちゃ駄目よ」
「私は――」
困った顔をするヴェンデルガルトだったが、不意に部屋のドアが開かれた。入って来たのは、銀髪に青い瞳の知らない男性だ。ベルトが、ぎゅっとヴェンデルガルトに抱き着いた。怖がっているようだ。
「何の用? ノックもしないで不作法よ、バルドゥル」
問題の、第二王子だった。
「おはようございます、ヴェンデルガルト様」
兵士と話をしていたのは、ベルトの様だった。今日も籠を持って、ヴェンデルガルトの部屋に来た。
「お顔を洗って来てください、食事の用意をします」
「アロイス様は、もう行かれたのかしら?」
「はい。アロイス王子は夜が明けきらない内に、国を出たようです」
きちんと見送りをしたかったが、仕方がない。彼がヘンライン王国に向かったのは、国内でも一応秘密との事だった。
顔を洗ってさっぱりして戻ると、朝から沢山の料理が並べられている。もじもじとしているベルトに、ヴェンデルガルトは誘いの言葉をかけた。
「ベルト、一緒に食べましょう」
「……はい!」
ベルトは、随分ヴェンデルガルトに懐いたようだ。甲斐甲斐しく世話をする時もあれば、姉に甘えるような幼い顔も見せる。最初に会った時の無表情さは、あまり見せなくなった。それが、ヴェンデルガルトには嬉しかった。
「急に呼んじゃって、ごめんなさいね」
朝食が終わるとツェーザルの使用人が来て、ベルトと共に彼の執務室に向かった。彼の部屋で、アヤーをして欲しいと言われたのだ。ベルトは、自分がいていいのか不安そうだったが、ツェーザルは「ようこそ」と彼女の頭を撫でた。
「兵が少し忙しくて、それならあたしの部屋にいればいいんじゃないかって思ったの。好きに遊んでいてくれるかしら?」
ツェーザルは紙の束が乗った机に戻ると、筆を持った。ヴェンデルガルトとベルトは顔を見合わせたが、敷かれた豪華な絨毯の上に座って何時ものように二人でアヤーを編み出した。
「ヴェンデルガルトちゃん、あなたアロイスの事をどう思う?」
しばらくそれぞれの作業をしていたが、白い紙を前に筆を置くとツェーザルは不意にそう聞いてきた。
「あの子が恋してヴェンデルガルトちゃんを連れて来たって聞いたけど、あなたはそれでいいの?」
その言葉は、眠りから覚めて五人の薔薇騎士団と交流してアロイスとも出会い、ずっと悩んできた思いだった。
「あの――私が古龍と生活して来た事はご存知でしたよね? その龍に、『生涯の伴侶だ』と言われた事も、知ってますか?」
ヴェンデルガルトの言葉に、ツェーザルは少し驚いた顔をした。
「そうだったのね、それは知らなかったわ。でもその龍は死んでしまったのよね?」
「はい。自分が生まれ代わってまた私と出逢える様に、私と私のメイドを眠らせたんです。でも、古龍が見つける前にバルシュミーデ皇国によって封印が解かれました。私……古龍に『伴侶だ』と言われてそれを受け入れていました。今、バルシュミーデ皇国の騎士の方々やアロイス様に求婚されて――どうしていいのか分からないんです。私は流されてばかりで、どうすればいいのか分からないのです」
ヴェンデルガルトの、心からの言葉だった。誰かを選べ、と言われても分からない。眠る前に嫌な婚約者から逃れる為に修道女になろうとしたし、古龍の生贄になる事さえ選んだ。だが、それぞれにヴェンデルガルトを大事に思ってくれている誰かを自分が選ぶなんて、そんな事を自分がしていいのか分からない。
「あらあら……贅沢な悩みね」
ツェーザルは小さく笑うと、灰色の瞳を細めた。ギルベルトと同じその瞳の色が、少し懐かしかった。
「一応、あたしは次の王位継承者。王が決めた婚約者がいるわ。でも、お互い愛はないの。それが国を背負う事だから。だからね、あたしはアロイスには好きな人と結ばれて欲しいの。あの子は『龍の目』を持っているから、期待されて育ったのよ。あたしの責任の半分を、あの子にも背負わせてしまったわ。だから、償いを込めて」
ツェーザルの言葉には、様々な感情が込められていた。自分が諦めてしまったものを、弟には諦めて欲しくない、とも。
「バルシュミーデ皇国に、手紙を送ろうとしていたの。あなたを連れ去ったお詫びと――あなたを、正式にアロイスの婚約者にさせて欲しいと」
その言葉に、ヴェンデルガルトは驚いた。隣にいたベルトは、ヴェンデルガルトに抱き着いた。
「ヴェンデルガルト様、アロイス王子と結婚してこの国にいて下さい!」
ベルトの、初めての我儘だった。
「今回は、謝罪とあなたをこの国にしばらく滞在させて欲しいと書くわ。あなたはアロイスを見て、それから国に帰るかアロイスと結婚するか選んで頂戴。あたしは、あなたにも我慢して欲しくないわ。あなたが好きな人を、諦めちゃ駄目よ」
「私は――」
困った顔をするヴェンデルガルトだったが、不意に部屋のドアが開かれた。入って来たのは、銀髪に青い瞳の知らない男性だ。ベルトが、ぎゅっとヴェンデルガルトに抱き着いた。怖がっているようだ。
「何の用? ノックもしないで不作法よ、バルドゥル」
問題の、第二王子だった。
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