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君を求めて
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ユリアナが│権能《オリジン》に覚醒してから、一月と経たぬ頃だった。
王都より、大司教と呼ばれる老人が一行を率いて村へ現れた。
白金の法衣をまとい、威厳だけを取り繕ったようなその爺さんは、村人の祈りの声さえ踏みつけるかのような足取りで教会へ入っていく。そして、ものの数分もしないうちに、ユリアナをまるで“聖具”でも扱うように馬車へ押し込めた。
引き裂かれるような光景だった。
「ユリアナ!」
「ロイド──!」
俺は必死に手を伸ばした。
ユリアナもまた、涙に濡れた瞳で俺の名を叫び、震える指先をこちらへ伸ばしていた。
けれど、そのほんの数寸の距離は、千里にも等しかった。
馬車の扉が無情に閉まり、鉄の音が響いた瞬間、俺たちの指先は永遠に触れられぬものとなった。
馬車の車輪が土を蹴り、村を離れてゆく。俺は追い縋ることすらできず、その背をただ呆然と見送るしかなかった。
親父も母さんも、ユリアナの両親でさえも言った。
「すぐ戻ってくるさ。大司教様が言うとおり、少しの修行だろう」
だが、俺には分かっていた。
胸の奥底で、冷たい岩のような直感が固まっていた。
――ユリアナは、もう戻ってこないんじゃないか。
彼女が覚醒してからの一月、俺は不安に突き動かされるように神父やシスターに質問し、夜はランタンの明かりで古い文献を探し、王国史の書を読み漁った。
知れば知るほど、背筋がひやりと冷えていった。
“愛子”。
それは、ただ強力な│権能《オリジン》を持つ者というだけではない。
女神に祝福されし者であり、その魂は世界の均衡を担う者。
選ばれた者には、例外なく“使命”が与えられる。
――魔王討伐。
世界が滅びへ傾きかけるとき、愛子は必ず生まれ、その命を削る戦いへと身を投じねばならない。
そのために、彼らは王都へ連れ去られ、特別な修練を施されるのだ。
案の定――それから一月が過ぎても、ユリアナが村へ戻ることはなかった。
王都から早馬を飛ばせば十日ほどで帰れる距離だというのに、である。
彼女が王都へ連れ去られてからというもの、俺はまともに飯も喉を通らず、夜になれば眠りの浅瀬をさまようばかりだった。目の下には深い影が落ち、鏡に映る自分が他人のように思えた。
さらに三月が過ぎた頃、ようやく村へ二通の手紙が届いた。
一通はユリアナの両親へ、そしてもう一通は、震える指先で受け取った俺へのものだった。
手紙の文面は簡素で、しかし残酷だった。
――役目を果たすまで、村へは帰れない。
――そして、好きな人ができた。俺と別れてほしい。
ただ、それだけのこと。
読み進めるうちに、胸の底で何度も怒りが噴き上がり、紙を引き裂いて叫び狂いそうになるのを必死に押しとどめた。
ユリアナのような〈愛子〉は、同じく愛子の者か、あるいは王侯貴族とのみ婚姻が許されるのだという。
平民の、しかも農夫の息子など、最初から相手に値しないのだと、そう言外に告げていた。
「――ふざけるなッ!」
あれほど想い合い、未来さえ語り合ったというのに。
特別な力に目覚めた途端、俺を切り捨てるのか?
別れを告げる文を、彼女は本当に自らの意思で書いたのか?
そのすべてが信じがたかった。
……いや、きっと何かの間違いだ。
居ても立ってもいられず、俺はただ一人で王都へ向かう決意を固めた。
振られるにしても、せめて直接、彼女の口から聞きたかった。
もしかすると、この手紙とて、半ば強要されて書かされたのかもしれない。
なにせ、相手は王族であり、貴族である。
己の都合のためなら、平然と卑劣な真似をする連中だ――そんな噂を、俺は幾度となく耳にしていたのだから。
しかし――現実は無情だった。
俺が信じて疑わなかった希望は、すべて、ただの願望にすぎなかったのだ。
王都レルシェイドの巨大な門をくぐり抜けた俺は、ほとんど息を継ぐ間もなく王城へ向かった。
門前では何度も兵士に頭を下げ、コルネ村から来たロイドという者がユリアナに会いたがっていると伝えてほしいと懇願した。
だが、兵士たちは聞く耳を持たなかった。
平民の若造など、彼らにとっては転がる石ころにも劣るのだろう。
それでも諦めきれず、俺は七日間、朝から晩まで城門前に座り込み続けた。風が吹こうと、雨が降ろうと、ただ信じるものを抱えたまま。
だが七日目の朝、兵士から冷たく告げられた。
――これ以上居座るなら拘束する、と。
途方に暮れ、すべてが霧に溶けてしまいそうなその時だった。
ひとりの青年が、豪奢な馬車から降り立ち、俺のもとへと歩み寄ってきた。
青年の髪は燃えさかる焔のように鮮烈な赤で、光を受けるたび金色の火花を散らすように輝いた。
歳は俺より二、三は上か。立ち振舞ひとつにも気品があり、誰の目にも貴族とわかる人物だ。
「……何をしているんだい?」
取り押さえる兵士と、その下敷きのようになった俺を見比べながら、青年は小首を傾げた。
「ハヴィス様!? それが、この者が――」
兵士が俺を不審者扱いし始めた瞬間、俺は必死にその声を遮った。
「俺はコルネ村から来ました! この城に、俺の幼馴染みのユリアナが連れて来られているはずなんです! どうしても……彼女に会って、話がしたいんです!」
叫び終えると、青年がふと目を細めた。その眼差しには、何かを見定めるような色が宿っていた。
「……ひょっとして、ロイドかい?」
「え……そうですけど。どうして俺の名前を……?」
「ユリアナから、君の話を聞かせてもらっているよ」
「ほ、本当ですか!」
「本当さ。それで――君は、わざわざ彼女に会いに来たというわけだね?」
「て、手紙が届いて……その……」
そこまで口にしたところで、青年は「ああ」と低く呟いた。
その声音には、事情をすべて知っている者特有の、わずかな同情と……それ以上に、どこか愉悦めいた響きが混じっていた。
口元がわずかに吊り上がったのを、俺は見逃さなかった。
「彼を離してあげてくれ。……ロイド、君はユリアナと直接話をすれば、村へ帰るつもりなんだね?」
「……はい」
「よろしい。では僕が責任をもって、彼女を連れてきてあげるよ」
軽やかにそう告げると、青年は踵を返し、王城の奥へと歩み去った。
その背中を見つめながら、胸の奥で淡い期待と、説明できない不吉な予感が同時に膨らんでいくのを、俺はどうすることもできなかった。
王都より、大司教と呼ばれる老人が一行を率いて村へ現れた。
白金の法衣をまとい、威厳だけを取り繕ったようなその爺さんは、村人の祈りの声さえ踏みつけるかのような足取りで教会へ入っていく。そして、ものの数分もしないうちに、ユリアナをまるで“聖具”でも扱うように馬車へ押し込めた。
引き裂かれるような光景だった。
「ユリアナ!」
「ロイド──!」
俺は必死に手を伸ばした。
ユリアナもまた、涙に濡れた瞳で俺の名を叫び、震える指先をこちらへ伸ばしていた。
けれど、そのほんの数寸の距離は、千里にも等しかった。
馬車の扉が無情に閉まり、鉄の音が響いた瞬間、俺たちの指先は永遠に触れられぬものとなった。
馬車の車輪が土を蹴り、村を離れてゆく。俺は追い縋ることすらできず、その背をただ呆然と見送るしかなかった。
親父も母さんも、ユリアナの両親でさえも言った。
「すぐ戻ってくるさ。大司教様が言うとおり、少しの修行だろう」
だが、俺には分かっていた。
胸の奥底で、冷たい岩のような直感が固まっていた。
――ユリアナは、もう戻ってこないんじゃないか。
彼女が覚醒してからの一月、俺は不安に突き動かされるように神父やシスターに質問し、夜はランタンの明かりで古い文献を探し、王国史の書を読み漁った。
知れば知るほど、背筋がひやりと冷えていった。
“愛子”。
それは、ただ強力な│権能《オリジン》を持つ者というだけではない。
女神に祝福されし者であり、その魂は世界の均衡を担う者。
選ばれた者には、例外なく“使命”が与えられる。
――魔王討伐。
世界が滅びへ傾きかけるとき、愛子は必ず生まれ、その命を削る戦いへと身を投じねばならない。
そのために、彼らは王都へ連れ去られ、特別な修練を施されるのだ。
案の定――それから一月が過ぎても、ユリアナが村へ戻ることはなかった。
王都から早馬を飛ばせば十日ほどで帰れる距離だというのに、である。
彼女が王都へ連れ去られてからというもの、俺はまともに飯も喉を通らず、夜になれば眠りの浅瀬をさまようばかりだった。目の下には深い影が落ち、鏡に映る自分が他人のように思えた。
さらに三月が過ぎた頃、ようやく村へ二通の手紙が届いた。
一通はユリアナの両親へ、そしてもう一通は、震える指先で受け取った俺へのものだった。
手紙の文面は簡素で、しかし残酷だった。
――役目を果たすまで、村へは帰れない。
――そして、好きな人ができた。俺と別れてほしい。
ただ、それだけのこと。
読み進めるうちに、胸の底で何度も怒りが噴き上がり、紙を引き裂いて叫び狂いそうになるのを必死に押しとどめた。
ユリアナのような〈愛子〉は、同じく愛子の者か、あるいは王侯貴族とのみ婚姻が許されるのだという。
平民の、しかも農夫の息子など、最初から相手に値しないのだと、そう言外に告げていた。
「――ふざけるなッ!」
あれほど想い合い、未来さえ語り合ったというのに。
特別な力に目覚めた途端、俺を切り捨てるのか?
別れを告げる文を、彼女は本当に自らの意思で書いたのか?
そのすべてが信じがたかった。
……いや、きっと何かの間違いだ。
居ても立ってもいられず、俺はただ一人で王都へ向かう決意を固めた。
振られるにしても、せめて直接、彼女の口から聞きたかった。
もしかすると、この手紙とて、半ば強要されて書かされたのかもしれない。
なにせ、相手は王族であり、貴族である。
己の都合のためなら、平然と卑劣な真似をする連中だ――そんな噂を、俺は幾度となく耳にしていたのだから。
しかし――現実は無情だった。
俺が信じて疑わなかった希望は、すべて、ただの願望にすぎなかったのだ。
王都レルシェイドの巨大な門をくぐり抜けた俺は、ほとんど息を継ぐ間もなく王城へ向かった。
門前では何度も兵士に頭を下げ、コルネ村から来たロイドという者がユリアナに会いたがっていると伝えてほしいと懇願した。
だが、兵士たちは聞く耳を持たなかった。
平民の若造など、彼らにとっては転がる石ころにも劣るのだろう。
それでも諦めきれず、俺は七日間、朝から晩まで城門前に座り込み続けた。風が吹こうと、雨が降ろうと、ただ信じるものを抱えたまま。
だが七日目の朝、兵士から冷たく告げられた。
――これ以上居座るなら拘束する、と。
途方に暮れ、すべてが霧に溶けてしまいそうなその時だった。
ひとりの青年が、豪奢な馬車から降り立ち、俺のもとへと歩み寄ってきた。
青年の髪は燃えさかる焔のように鮮烈な赤で、光を受けるたび金色の火花を散らすように輝いた。
歳は俺より二、三は上か。立ち振舞ひとつにも気品があり、誰の目にも貴族とわかる人物だ。
「……何をしているんだい?」
取り押さえる兵士と、その下敷きのようになった俺を見比べながら、青年は小首を傾げた。
「ハヴィス様!? それが、この者が――」
兵士が俺を不審者扱いし始めた瞬間、俺は必死にその声を遮った。
「俺はコルネ村から来ました! この城に、俺の幼馴染みのユリアナが連れて来られているはずなんです! どうしても……彼女に会って、話がしたいんです!」
叫び終えると、青年がふと目を細めた。その眼差しには、何かを見定めるような色が宿っていた。
「……ひょっとして、ロイドかい?」
「え……そうですけど。どうして俺の名前を……?」
「ユリアナから、君の話を聞かせてもらっているよ」
「ほ、本当ですか!」
「本当さ。それで――君は、わざわざ彼女に会いに来たというわけだね?」
「て、手紙が届いて……その……」
そこまで口にしたところで、青年は「ああ」と低く呟いた。
その声音には、事情をすべて知っている者特有の、わずかな同情と……それ以上に、どこか愉悦めいた響きが混じっていた。
口元がわずかに吊り上がったのを、俺は見逃さなかった。
「彼を離してあげてくれ。……ロイド、君はユリアナと直接話をすれば、村へ帰るつもりなんだね?」
「……はい」
「よろしい。では僕が責任をもって、彼女を連れてきてあげるよ」
軽やかにそう告げると、青年は踵を返し、王城の奥へと歩み去った。
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