2 / 27
あの日
しおりを挟む
「あら……せっかく“上”に乗ってあげているのに、またそんな悲しげな目をするのね?」
薄明かりに浮かび上がるエマの肌は、淡い金粉を散らしたかのように輝いていた。
乱れた吐息をこぼしながら、彼女はわずかに腰を揺らし、熱に染まった頬のまま俺を見下ろしている。
その唇は熟れた果実さながらに赤く、妖艶な微笑を含んだまま、そっと俺の唇に触れた。
「俺……そんな目してたか?」
「ふふ……ええ。例の“幼馴染み”のことでも思い出していたんじゃない?」
エマの指先が、頬をなぞるように降りてきた。
どこか見透かした声音。だが責めるような色はなく、むしろ、夜の女なりの優しささえあった。
その問いに胸がわずかに疼き、俺は天井を見つめた。
◆
――数ヶ月前。
まだ故郷・コルネ村の土の匂いを胸いっぱいに吸い込んでいた頃。
俺には、一つ年上の幼馴染みがいた。
名はユリアナ。
俺が生まれて初めて「好きだ」と思った女の子で――
そして、彼女もまた、同じ想いを俺に向けてくれていた。
俺たちは、まるで影と本体のようにいつも一緒だった。
森で木の実を拾うときも、川で遊ぶときも、時には手をつないで大人に叱られるときでさえ、必ず隣にはユリアナがいた。
彼女が笑えば、世界も釣られて明るくなるように思えた。
彼女が泣けば、胸の奥がどうしようもなく痛んだ。
あの日――
ユリアナに、│権能《オリジン》が現れる、その日までは。
その日も、俺たちはいつものように村外れの小さな教会へと足を運んでいた。
風に揺れる古い鐘楼。ひんやりとした石床。
幼いころから変わらず、俺とユリアナはそこで女神に祈りを捧げてきた。
――だが、その静寂を裂いたのは、祈りではなかった。
ユリアナの身体が、突如としてまばゆい光を放ちはじめたのだ。
「あっ……あつい……!」
胸を押さえ、苦悶に耐えるように膝をつくユリアナ。
その表情は、俺がこれまで見たこともないほど歪んでいた。
光は一瞬ごとに強さを増し、教会の古びた壁までも白金に染め上げる。
「だ、誰かぁ──! 来てくれぇっ! ユリアナが……ユリアナが!」
声が裏返るほど叫んだ。祈りの静けさなど吹き飛び、俺の叫びは教会中に響き渡った。
「これは……│権能《オリジン》……!?」
「いや……ただの│権能《オリジン》ではない。この輝き……まさか、愛子……?」
駆けつけた神父とシスターは、目も開けられぬほどの光の中で、息を呑んだ。
長年数多の祈りを見守ってきた彼らでさえ、言葉を失うほどの光景だった。
「神父様! シスター! ぼーっとしてないで、ユリアナを助けてよ!」
俺は神父の衣を掴み、縋るように揺さぶった。
神父もシスターも動揺を隠しきれていなかったが、それでも必死に俺へ頷いてみせる。
「ロイド……すぐに村長を呼んできなさい。これは、村一つで抱えきれる事象ではない」
「ユリアナは今……女神様からの寵愛を受けているのよ」
“女神の寵愛”――。
人は百人に一人の割合で│権能《オリジン》を発現する。
火の精霊と心を通わせ、焔を操る者。
触れた草木を瞬く間に蘇らせる者。
それらは、いわば“個性”と呼ばれる小さな奇跡だ。
だが、ユリアナの光は違った。
それは、人が一生に一度目にするかどうかの奇跡――いや、“選別”だった。
《愛子》と呼ばれる存在がいる。
一般の│権能《オリジン》など遠く及ばぬ、女神が直接その魂に触れた者。
かつて勇者と称えられた者。
世界を癒やし、人々を導いた聖女。
剣聖や賢者と呼ばれた名だたる人物たち。
その全てが、例外なく“愛子”だった。
そして今、ユリアナがその光をまとっている。
俺はただ、立ち尽くすことしかできなかった。
薄明かりに浮かび上がるエマの肌は、淡い金粉を散らしたかのように輝いていた。
乱れた吐息をこぼしながら、彼女はわずかに腰を揺らし、熱に染まった頬のまま俺を見下ろしている。
その唇は熟れた果実さながらに赤く、妖艶な微笑を含んだまま、そっと俺の唇に触れた。
「俺……そんな目してたか?」
「ふふ……ええ。例の“幼馴染み”のことでも思い出していたんじゃない?」
エマの指先が、頬をなぞるように降りてきた。
どこか見透かした声音。だが責めるような色はなく、むしろ、夜の女なりの優しささえあった。
その問いに胸がわずかに疼き、俺は天井を見つめた。
◆
――数ヶ月前。
まだ故郷・コルネ村の土の匂いを胸いっぱいに吸い込んでいた頃。
俺には、一つ年上の幼馴染みがいた。
名はユリアナ。
俺が生まれて初めて「好きだ」と思った女の子で――
そして、彼女もまた、同じ想いを俺に向けてくれていた。
俺たちは、まるで影と本体のようにいつも一緒だった。
森で木の実を拾うときも、川で遊ぶときも、時には手をつないで大人に叱られるときでさえ、必ず隣にはユリアナがいた。
彼女が笑えば、世界も釣られて明るくなるように思えた。
彼女が泣けば、胸の奥がどうしようもなく痛んだ。
あの日――
ユリアナに、│権能《オリジン》が現れる、その日までは。
その日も、俺たちはいつものように村外れの小さな教会へと足を運んでいた。
風に揺れる古い鐘楼。ひんやりとした石床。
幼いころから変わらず、俺とユリアナはそこで女神に祈りを捧げてきた。
――だが、その静寂を裂いたのは、祈りではなかった。
ユリアナの身体が、突如としてまばゆい光を放ちはじめたのだ。
「あっ……あつい……!」
胸を押さえ、苦悶に耐えるように膝をつくユリアナ。
その表情は、俺がこれまで見たこともないほど歪んでいた。
光は一瞬ごとに強さを増し、教会の古びた壁までも白金に染め上げる。
「だ、誰かぁ──! 来てくれぇっ! ユリアナが……ユリアナが!」
声が裏返るほど叫んだ。祈りの静けさなど吹き飛び、俺の叫びは教会中に響き渡った。
「これは……│権能《オリジン》……!?」
「いや……ただの│権能《オリジン》ではない。この輝き……まさか、愛子……?」
駆けつけた神父とシスターは、目も開けられぬほどの光の中で、息を呑んだ。
長年数多の祈りを見守ってきた彼らでさえ、言葉を失うほどの光景だった。
「神父様! シスター! ぼーっとしてないで、ユリアナを助けてよ!」
俺は神父の衣を掴み、縋るように揺さぶった。
神父もシスターも動揺を隠しきれていなかったが、それでも必死に俺へ頷いてみせる。
「ロイド……すぐに村長を呼んできなさい。これは、村一つで抱えきれる事象ではない」
「ユリアナは今……女神様からの寵愛を受けているのよ」
“女神の寵愛”――。
人は百人に一人の割合で│権能《オリジン》を発現する。
火の精霊と心を通わせ、焔を操る者。
触れた草木を瞬く間に蘇らせる者。
それらは、いわば“個性”と呼ばれる小さな奇跡だ。
だが、ユリアナの光は違った。
それは、人が一生に一度目にするかどうかの奇跡――いや、“選別”だった。
《愛子》と呼ばれる存在がいる。
一般の│権能《オリジン》など遠く及ばぬ、女神が直接その魂に触れた者。
かつて勇者と称えられた者。
世界を癒やし、人々を導いた聖女。
剣聖や賢者と呼ばれた名だたる人物たち。
その全てが、例外なく“愛子”だった。
そして今、ユリアナがその光をまとっている。
俺はただ、立ち尽くすことしかできなかった。
10
あなたにおすすめの小説
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
魚夢ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
俺が死んでから始まる物語
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていたポーター(荷物運び)のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもないことは自分でも解っていた。
だが、それでもセレスはパーティに残りたかったので土下座までしてリヒトに情けなくもしがみついた。
余りにしつこいセレスに頭に来たリヒトはつい剣の柄でセレスを殴った…そして、セレスは亡くなった。
そこからこの話は始まる。
セレスには誰にも言った事が無い『秘密』があり、その秘密のせいで、死ぬことは怖く無かった…死から始まるファンタジー此処に開幕
最遅で最強のレベルアップ~経験値1000分の1の大器晩成型探索者は勤続10年目10度目のレベルアップで覚醒しました!~
ある中管理職
ファンタジー
勤続10年目10度目のレベルアップ。
人よりも貰える経験値が極端に少なく、年に1回程度しかレベルアップしない32歳の主人公宮下要は10年掛かりようやくレベル10に到達した。
すると、ハズレスキル【大器晩成】が覚醒。
なんと1回のレベルアップのステータス上昇が通常の1000倍に。
チートスキル【ステータス上昇1000】を得た宮下はこれをきっかけに、今まで出会う事すら想像してこなかったモンスターを討伐。
探索者としての知名度や地位を一気に上げ、勤めていた店は討伐したレアモンスターの肉と素材の販売で大繁盛。
万年Fランクの【永遠の新米おじさん】と言われた宮下の成り上がり劇が今幕を開ける。
二度目の勇者は救わない
銀猫
ファンタジー
異世界に呼び出された勇者星谷瞬は死闘の果てに世界を救い、召喚した王国に裏切られ殺された。
しかし、殺されたはずの殺されたはずの星谷瞬は、何故か元の世界の自室で目が覚める。
それから一年。人を信じられなくなり、クラスから浮いていた瞬はクラスメイトごと異世界に飛ばされる。飛ばされた先は、かつて瞬が救った200年後の世界だった。
復讐相手もいない世界で思わぬ二度目を得た瞬は、この世界で何を見て何を成すのか?
昔なろうで投稿していたものになります。
最難関ダンジョンをクリアした成功報酬は勇者パーティーの裏切りでした
新緑あらた
ファンタジー
最難関であるS級ダンジョン最深部の隠し部屋。金銀財宝を前に告げられた言葉は労いでも喜びでもなく、解雇通告だった。
「もうオマエはいらん」
勇者アレクサンダー、癒し手エリーゼ、赤魔道士フェルノに、自身の黒髪黒目を忌避しないことから期待していた俺は大きなショックを受ける。
ヤツらは俺の外見を受け入れていたわけじゃない。ただ仲間と思っていなかっただけ、眼中になかっただけなのだ。
転生者は曾祖父だけどチートは隔世遺伝した「俺」にも受け継がれています。
勇者達は大富豪スタートで貧民窟の住人がゴールです(笑)
異世界へ行って帰って来た
バルサック
ファンタジー
ダンジョンの出現した日本で、じいさんの形見となった指輪で異世界へ行ってしまった。
そして帰って来た。2つの世界を往来できる力で様々な体験をする神須勇だった。
俺の伯爵家大掃除
satomi
ファンタジー
伯爵夫人が亡くなり、後妻が連れ子を連れて伯爵家に来た。俺、コーは連れ子も可愛い弟として受け入れていた。しかし、伯爵が亡くなると後妻が大きい顔をするようになった。さらに俺も虐げられるようになったし、可愛がっていた連れ子すら大きな顔をするようになった。
弟は本当に俺と血がつながっているのだろうか?など、学園で同学年にいらっしゃる殿下に相談してみると…
というお話です。
魔法が使えない落ちこぼれ貴族の三男は、天才錬金術師のたまごでした
茜カナコ
ファンタジー
魔法使いよりも錬金術士の方が少ない世界。
貴族は生まれつき魔力を持っていることが多いが錬金術を使えるものは、ほとんどいない。
母も魔力が弱く、父から「できそこないの妻」と馬鹿にされ、こき使われている。
バレット男爵家の三男として生まれた僕は、魔力がなく、家でおちこぼれとしてぞんざいに扱われている。
しかし、僕には錬金術の才能があることに気づき、この家を出ると決めた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる