異世界配信中。幼馴染みに捨てられた俺に、神々(視聴者)がコメントしてくるんだが。

葉月

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決意 ユリアナ視点

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 私には、好きな人がいる。
 コルネ村で共に育った、一つ年下の男の子――ロイド。
 何をするにも、どこへ行くにも、幼い日の景色の端には、いつも彼の横顔があった。

 この先も、きっとそれは変わらない。
 たとえ季節が巡り、人々の営みが姿を変えようとも、私たちは肩を並べて歩いていくものだと――疑いもせず信じていた。

 あの日、運命が私たちを引き裂くまでは。

 その朝の空は、まるで洗い立てのシーツのように澄み渡り、風は穏やかに麦の背を撫でていた。
 ロイドに手を引かれ、私たちは通い慣れた畦道を進む。
 先には古びた小さな教会――木の香りと蝋燭の煙がやわらかく混ざり合い、何度訪れても心を落ち着かせてくれる場所。

 女神エリスに祈りを捧げること。
 それは幼い頃から自然と身に染みついた習わしであり、人々が魔に抗う力――
 │権能《オリジン》を授かるための、唯一にして絶対の道でもあった。

 エリス教はこう教える。
「すべての者の胸には、女神が灯した小さな光が宿っている」と。
 祈りとは、その光を揺らして女神へ合図を送り、自らの魂を示す行為なのだと。

 その揺らぎが強く、清らかで、迷いがなければ――
 女神はときに魂を見出し、
 “より大きな光=│権能《オリジン》”を託すことがあるという。

 中でも、とりわけ強い祝福を受けた者は“女神の愛子”と呼ばれ、世界中から敬われる。

 もし叶うのなら、私もいつか│権能《オリジン》を授かりたい――
 水を生む奇跡、植物を育てる恩寵。
 どれも土地に生きる者からすれば、喉から手が出るほど欲しい力であり、憧れを抱かぬ者はいない。

 そんな小さな望みを胸の片隅に置きつつ、私はいつものように膝をつき、祈りの姿勢をとった。

「……っ」

 胸の奥が、ほんのりと温かい。
 最初は、それだけのはずだった。

 だが、そのぬくもりは瞬く間に膨れ上がり――
 まるで心臓を素手で掴まれ、火の中へ投げ込まれたような、暴力的な熱となって全身を駆け巡った。

「ユリアナ!? ユリアナ、しっかり!」

 ロイドの声が、厚い霧の向こうから響くように遠くなる。
 世界は白く淡く溶け始め、祭壇も木壁も、ロイドの顔でさえ輪郭を失ってゆく。

 ――ああ。

 伸ばした指先の、そのさらに向こうで、ロイドの背中が離れていく。
 必死に腕を伸ばしても、あの温もりには触れられない。
 指先が虚空を掴むたび、胸のどこかが、きしり……と音を立てて割れていくようだった。


 ◆



 まぶたを持ち上げると、柔らかな寝台の温もりが背を支えていた。
 視界の端、枕元には父と母。その少し後ろで、神父様とシスターが静かに立ち並んでいる。

 けれど――
 目が覚めた瞬間、私がいちばん見たかった人の姿だけは、どこにも見当たらなかった。

 きっと今頃、村の細い道を落ち着きなく行ったり来たりしているのだろう。
 私の無事を案じ、何度も空を仰ぎ、ため息を洩らして――そんなロイドの姿が、容易に思い浮かんだ。

 胸の奥がふわりと温かくなり、弱い笑みが自然とこぼれる。

「ユリアナ……神父様から、大切なお話がある。よく聞くんだよ」

 父の声はどこか震えていた。深い皺が刻まれたその表情から、ただならぬ気配が伝わる。
 胸の内側で、小さな不安がざわりと身を起こした。

「わ、私が……愛子?」

 冗談に違いない――本気でそう思った。
 けれど、父母の硬く張りつめた表情を目にした瞬間、喉がひゅ、と細くなった。

 冷たい水が、じわじわと心の隅々へ染みこんでいく。

 │権能《オリジン》は、確かに欲しかった。
 祈り続けた日々は嘘ではない。
 だけど――“愛子”の二文字が背負わせる重さは、あまりにも大きかった。
 私が望んだ“特別”は、こんな形ではなかったのだ。

「ユリアナ――君はこれから使徒となり、国と、人類のために尽くさねばならない。……分かるね?」

 神父様の声は、静かに、ゆっくりと沈んでくるようだった。
 理解など到底できない。理解したくもない。

 私の未来は決まっているはずだった。
 この村で育ち、ロイドが十八になったら結婚し、子どもは三人――女神様にそう祈った日だってある。

 なのに、魔王討伐? 使徒?
 できるわけがない。
 私はただの村娘。ずっと、そう思って生きてきた。

 気づけば涙があふれていた。
 みっともなく、子どものように泣きじゃくっていた。

「お願い……このこと、村だけの秘密にして……誰にも……」

 すがるように訴える私に、神父様が深く首を振る。

「馬鹿なことを言ってはならない。それは女神様への冒涜だよ。
 それに……もう王都へ使いを走らせている。一月もすれば迎えが来る」
「いやよ! いや! 王都なんて行きたくない!」

 声を張り上げても、返ってくるのは沈黙だけだった。
 大人たちは困惑したように視線を伏せ、それでも誰一人として肯定してはくれない。

「ユリアナは、この村が好き?」

 その時、それまでずっと黙っていたシスターが、静かに問いかけてきた。

「だいすきよ……当たり前じゃない……!」

 父も母も、ロイドもいる。
 この小さくて、どこか不格好な村こそ、私にとって何ものにも代えがたい“世界”だ。

 だからこそ――
 シスターの次の言葉は、鋭い刃となって胸の奥を抉った。

「この村から愛子が誕生したとなれば、数年は村の税が免除されます」
「……え?」
「それだけではありません。あなたを育てたご両親には国から報奨金が出ます。
 ……ご実家の家計が苦しいことは、あなたも知っているはずです」

 心臓がきゅっと縮み、呼吸が浅くなる。

 ――知っていた。
 幼い頃から痛いほど、思い知らされてきた。

 流れ者の両親は土地を持てず、日雇いで働き、冬になれば二日に一度しか食事ができない日も珍しくなかった。

 私は泣き腫らした目で父と母を見る。
 二人は気まずげに目をそらした。
 だが――責める気持ちは不思議と湧いてこなかった。

 この人たちは、どれほど貧しくても私を抱きしめ、守り、育ててくれたのだ。

 恩返し――
 その言葉が、小さな灯火のように胸の奥で揺れた。

「……王都に行っても、ロイドには……会えますか?」

 縋るような問いに、神父様は優しい笑みを浮かべ、深く頷いた。

「……ああ」

 その仕草を見た瞬間、私の中で何かが静かに形を成した。

 ――私は、この日、王都へ向かうことを決意した。
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