異世界配信中。幼馴染みに捨てられた俺に、神々(視聴者)がコメントしてくるんだが。

葉月

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初体験

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 それからのことは、朧げだ。
 怒りも絶望も、胸の中で渦を巻きすぎて、記憶の縁を削り落としてしまったのだろう。
 ただ、気づいた時には――王都の街路はすでに夜の闇に沈み、灯籠の光だけが石畳に淡い影を落としていた。

「ねえ、そこの君。暇なら、お姉さんと遊んでいかない?」

 気怠げに伸びてきた声に顔を向けると、そこにはプラチナブロンドの女が立っていた。
 ユリアナと同じ色だが、それだけだ。
 彼女の髪には貴族のような気品も、神殿の清らかさもない。
 夜を生きる者の、少し濁った輝き。それが妙に現実味を帯びて眩しかった。

「……」
「おーい、聞こえてる? あれ、無視? 嘘でしょ。こんな美人を無視とか……君、もしかしてホモだったり?」

 すれ違おうとした瞬間、女の手が俺の腕をつかんだ。逃がす気はない――そんな指の力だった。

「……」
「……」

 短い静寂。
 女はふっと微笑み、俺の頭を子供をあやすみたいに、しかし妙に乱暴にくしゃくしゃと撫でた。

「安くしてあげるからさ。お姉さんと遊んでいこうよ?」
「……ほっといてくれ」
「ほっとけるわけないでしょ? 今の君、もう死にかけみたいな顔してる。お姉さんがそんな薄情に見える?」
「別に……俺が死んでも、あんたには関係ないだろ」
「まあ、そうだね。でも、どうせ死ぬなら美人と一発やってから死んだら? ねぇ、君、まだ経験ないでしょ?」

 死ぬつもりなんて、端からない。
 だが――ユリアナの腰に手を回すハヴィスの姿が、脳裏にこびりついて離れなかった。

 あいつらは、どういう関係なんだ?
 俺が思っているような関係なんだろうか。
 三ヶ月で? 俺たちは十六年一緒にいて、何もなかったのに。

 俺もユリアナも、どこまでも奥手だった。
 ――ハヴィスは?
 年上で、余裕があって、きっと経験もあるだろう。

 ひょっとして今頃……。

 胸がぎゅっと縮み、気分が悪くなる。胃の底からこみ上げる酸っぱいものを、必死に押し戻す。

「大丈夫? やっぱり顔色、最悪なんだけど」
「……」
「で、どうする? あたしのこと、買ってくれる?」
「……なんで俺なんだよ」
「あたしさ、この街での“最初の客”は美少年って決めてるの」

 俺が、美少年?
 思わず、その理由を問い返していた。

「どうして?」
「最初に抱かれた男がカッコよかったらね――この街でどんな嫌なことがあっても、ちょっとはマシになるかなって思うの。
 “思い出の第一印象”って言うのかな。ほら、人ってそういうの大事じゃん?」
「……だとしたら、俺にとってこの街は最悪だ」
「うん、そう見える。だから――書き換えちゃおうよ。
 汚くて嫌な思い出を、甘露のように甘い“一夜”に上書きするの」

 そんなもので書き換えられるとは思えなかった。
 それでも、気がつけば――俺の手は封筒を女の胸元へ押し当てていた。

「わぁ……君、見た目によらず大金持ちじゃん。お姉さんびっくりだよ」

 女は封筒の中身をざっと確認し、その中から三万ギルだけを抜き取ると、残りを俺へ差し戻した。

 彼女の指先は冷たく、それでいて妙に優しかった。

「こんな金、全部あんたにくれてやるのに」

 吐き捨てるように言うと、女は片眉を上げ、悪戯っぽく口元を吊り上げた。その笑みは、静かな夜の灯に照らされ、どこか妖しげな艶を帯びていた。

「じゃあ――そのお金が尽きるまで、毎日あたしを買い続けるってのはどう?」

 軽い調子で投げられた言葉だったが、胸に刺さる何かは意外に鋭かった。
 だが、俺は返せなかった。明日には村へ戻る。こんな街の娼館に通う生活など、そもそも初めから叶いようもない。

 だから、ただ黙った。

「ふふ、答えないってことは……まぁ、いいわ。どうせすぐにあたしの虜にしてあげるから」

 そんなことは絶対にない――そう反論したかった。だが、喉は妙に乾き、声が出なかった。
 指先ひとつで導くようにして、エマと名乗る女は俺の腕を引き、赤い灯に彩られた娼館の奥へと連れていく。
 その足取りは軽く、俺の足取りは重かった。


 ◆


「で――初体験の感想は?」

 ベッドに腰を下ろした女は、夜明け前の焔のように艶やかに笑い、毛布を片肩から滑らせながらこちらを見る。

 このサキュバスめいた女の名は、エマ。
 先ほどまで俺の全てを弄び、そして優しく包み込んでいた女だ。

「き、気持ち……良かった、です」
「正直でよろしい!」

 子どもをあやすように頭をくしゃくしゃにされ、そのまま胸元に抱き寄せられる。
 柔らかい。温かい。甘い匂いが、喉の奥まで満ちてくるようだった。

 ――女の人って、みんなこんなに柔らかいのか。
 ――ユリアナも、こんな匂いがしたのだろうか。

「じぃ~~」

 熱を孕んだ視線に気づいて顔を上げると、エマが唇を尖らせていた。

「……なに?」
「今、別の女のこと考えてたでしょ?」
「え、いや、そんな――」
「君は嘘をつく才能が壊滅的に無いねぇ。で? 何があったのかな?
 さっき死にそうな顔してた理由、お姉さんに話してごらん?」

 手のひらが、優しく頭を撫でる。
 その仕草は、どこか懐かしい温度を宿していて、胸の奥の硬い部分がふっと緩むのを感じた。

 ゆっくりと顔を上げると、エマの柔らかな微笑が目と鼻の先にあった。

「……少し、長くなるかも」
「夜はね、そのために長いのよ」

 促されるままに、俺は語った。
 ユリアナのこと。
 彼女を追いかけこの街へ来たこと。
 今日の地獄のような再会のこと、そしてハヴィスの腕が彼女の腰に触れていたことさえも。

 言葉は、とめどなく溢れた。
 気づけば窓の外は薄青く染まり、朝日が静かに差し込み始めていた。

 長い夜は、ようやく終わろうとしていた。
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