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【第一章】おなかいっぱい食べたいな
5. 働きましょう
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翌日、早速アッフェン男爵が来た。アゴあたりまであるトマトみたいな赤い髪がファッサーと揺れている。目の覚めるような鮮やかな青のシャツに、これまたトマトみたいなズボン。
「目がチカチカする」
「とれたてトマトって感じ」
「貴族ってすごい服着るね」
「いや、あんな服着た貴族、見たことない」
孤児院にたまに貴族は来るけど、もっとこうなんというか、上品な服装だったような気がする。アッフェン男爵は、とっても派手でにぎやかだ。
ホールに集められて、孤児たちが好き勝手言ってる。みんな、気をつけて、この人これでも貴族なんだよ。注意しようかと思ったら、アッフェン男爵が咳払いして、ホールは静かになった。
「やあ、孤児院の少年少女たちよ。新しい孤児院長が任命されるまで、仮で院長になったアッフェン男爵だ。オレのことは、そうだな、えーっと、孤児院長って呼ばれるのはウソだから。どうすっかな」
挨拶のしょっぱなからいきなり詰まった。みんながザワザワする。
「仮院長はどうですかー」
調子乗りの男子が手を上げて言う。
「先生?」
「閣下?」
他の子も案を出す。
「どれも呼びにくいな。先生と閣下はマジでやめて。体がかゆくなるから。ガラじゃないんで。そうね、ピエールさんって呼んでちょうだい」
軽いな。この人、前の院長と大違い。その場にいる全員がきっと、同じことを思った。
でも、嫌いじゃない、こういうの。なんとなくほんわかした空気が流れる。前の院長がお説教するときは、真冬の吹雪みたいだったのに。
「えーっと、次、なんだっけ。ああ、そうそう。あのね、前の院長が色々悪いことしてた件なんだけども。パイソン公爵と記者のジョーが調べてるから、発表を待ってください。オレも何も聞いてないんで」
すっごいぶっちゃけるな、この人。なんだかおもしろくなってきた。
「あとね、君たちのことをね、変な欲望の目で見る大人がいたりするんだけど。そういうの、オレは絶対に許さないんで。なんかあったら、全力で立ち向かってもらうんで。あ、オレはなんの力もないんだけどね。パイソン公爵に泣きつくんだけど。とにかく、なにか怖いな、危ないな、気持ち悪いなって感じることがあったら、すぐにオレに言ってください。オレはすぐに馬車に乗ってパイソン公爵のところに告げ口しにいくから」
「ピエールさん、ぶっちゃけすぎ」
誰かの言葉が、割と響いた。ピエールさんはトマト髪をかきあげる。
「それなんだけど。オレさ、この前のチャリティーパーティー以来、心の声がダダ漏れになるような生態になっちゃったんです。なんで、許してください」
ギクッ。あの薬、そんなに長く効くの? ワインと混ぜたから? まずいかも。
「おかたい話はここまで。はい、なにか聞きたいことはありますか? 挙手」
「どうして青と赤のふくをきてるんですか?」
小さい子が無邪気に言った。それ聞いちゃダメなやつー。頭を抱えたくなったけど、チラッと見たらピエールさんはニコニコしてた。
「これはね、オレの戦闘服。冷静と情熱のあいだみたいで、いいだろう。オレは落ち着き、周りは落ち着かない。だから、勝てる」
「うーんと、よくわかんない」
「赤と青が好きなの。それだけ。はい、次」
もう誰も手を上げない。
「それでは、孤児院をよくするために、何かしてほしいことはありますか? 挙手」
「はい。フワフワパンが食べたいです」
ボビーが真っ先に言った。ピエールさんは手帳に書きとめる。
「フワフワパンね。はい、わかりました。いや、フワフワパンってなに? 普通のパンとなにが違うんだい?」
聞かれてボビーは困っている。だって、ボビーも食べたことがないんだもん。
「ピピピピ、ピエールさん」
後ろに立ってる料理長が震えながら手を上げる。
「多分、普通のパンと同じで大丈夫です。ここではパン屋が捨てる古いパンを食べているので、固いんです」
「古い固いパン? パンって焼いた日に食べると思ってた。誰か、古いパン持ってきてくれるかな」
料理長がものすごい速さで消え、パンをいくつか持って戻って来た。料理長から古いパンを受け取り、ピエールさんが半分に割ろうとする。
「かった。オレの爪が先に逝ってしまいそうな固さじゃん。え、これを君たちが食べてるの? いたいけな少年少女たちが?」
ピエールさんに聞かれて、みんなが頷く。ピエールさんは涙目になりながらパンを引きちぎった。口に入れ、いつまでもかんでいる。いつまでも、いつまでも、いつまでも。
「ピエールさん、水をどうぞ」
「お、もが、あああがとう」
ピエールさんは水を飲み、顔を真っ赤にした。料理長がピエールさんの背中を強く叩く。ピエールさんがせき込み、パンのかたまりを吐き出した。ピエールさんは手の中にあるパンを見て、鼻をすする。ホールは静かになった。大人が、貴族が、泣いてる。固いパンのせいで。
え、アタシたちの食べてるパンって、大人が泣くぐらいひどいの? どうする、やばくね。ささやきが広がる。
ピエールさんはうつむいたまま手の平で目を拭って、顔を上げた。
「君たちの置かれている状況は、よくわかりました。辛かったね。固いパンはよくない。アゴが鍛えられ、忍耐力がつくけど、窒息の危険が隣り合わせ。うん、予算のことはよくわからないけど、なんとかしよう。えーっと、パイソン公爵に泣きついてみる」
「やったー」
男子が万歳するのを、ピエールさんが止める。
「それはまだ早い。実際に目の前にフワフワパンが現れるまで、待ちなさい。もしオレが予算をどうにもできなかったら、ぬか喜びになって、固いパンへの憎悪が無能のオレに向くだろう。それは困る。実に困る」
「正直すぎる」
「でも嫌いじゃない」
「ほんそれ」
そんな感じで、ぶっちゃけすぎなピエールさんは、孤児院に温かく迎えられた。
ピエールさんは、孤児院の運営に不慣れみたいで、なんでもかんでもみんなに相談してくる。
「少年少女たち、集合ー」
庭でも食堂でもホールでも、気軽にやってきて、集合と叫ぶ。みんなおもしろがって、わらわらと集まる。
「聞いて。やばいよ。パイソン公爵閣下が会ってくれない。忙しいんだって。屋敷の人に泣きついたら、案をいくつか自力で考えてから相談にくるようにとのことです、だって。やばくない?」
「やばいですね」
「予算がね、まだちゃんとなってないんだよ。オレの私財を投入したいけど、オレも金欠だから。フワフワパン、みんなの分を一日分ぐらいなら買えるけど、毎日は無理」
「働きましょう」
思わず言ってしまった。みんなに見られて、恥ずかしくなる。でも、言わなきゃ。
「アタシたちにできる仕事をして、お金を稼ぎましょう」
「君たちにできる仕事? そんなのあるかな、はて」
ピエールさんが困った顔をする。アタシは夢で見たことを必死で思い出した。
「あります。誰もしたがらない仕事で、アタシたちでもできる仕事。それは──」
「それは?」
ピエールさんが一歩近づく。
「王宮のゴミ処理です」
「王宮のゴミ処理ー? なるほど、確かにやりたがる人はいなさそうな」
「ピエールさん。パイソン公爵に手紙を書いてください。フワフワパン代を稼ぐために、王宮のゴミ処理の仕事を孤児たちにさせてくださいって。アタシたち、タダ乗り族じゃないもん」
「偉い、偉いなあ、君たちは。よし、今すぐ手紙を書いて、渡してくる。みんな、それでいいかい? 働ける?」
「働ける。スリになってブタ箱にぶち込まれるより、ちゃんとした仕事してお金稼ぎたい」
ボビーがきっぱり言うと、他の子たちもゆっくり頷いた。
「よし。じゃあ、オレの本気の泣きを見せてくるからーー」
ピエールさんはトマト髪をたなびかせながら駈けて行った。
貴族って本気出すとすごいんだなって、思った。だって、その日のうちに、パイソン公爵から返事が来た。
『幼い子どもたちが働く必要はないという意見。自立に向けての歩みを止めるべきではないという意見。農家や職人の子は、幼い頃から働いているという現実。それらを鑑み、孤児院の子どもたちが王宮でゴミ処理の仕事をすることを許可する。ゴミ処理に必要なものは、言いなさい。必要経費として税金でまかなう』
ピエールさんが手紙を読み上げてくれた。喜ぶ子と、浮かない顔をする子と、色々だ。
「オレはやる。でもちっさい子たちはまだやめとけ。まずオレたち年長組が行って、どんな感じか見て来るから。いいな」
ボビーが言うと、ちっさい子たちはホッとした顔をしている。やっぱり、王宮に行くなんて、怖いんだと思う。でも、アタシはこの子たちより大きいから、できる。やる。
「アタシは行くよ」
「私も行く」
「おうよ」
アタシとエラが言うと、ボビーがニッと笑う。
フワフワパンを食べ隊の次に、ゴミ処理お試し隊ができた。
「目がチカチカする」
「とれたてトマトって感じ」
「貴族ってすごい服着るね」
「いや、あんな服着た貴族、見たことない」
孤児院にたまに貴族は来るけど、もっとこうなんというか、上品な服装だったような気がする。アッフェン男爵は、とっても派手でにぎやかだ。
ホールに集められて、孤児たちが好き勝手言ってる。みんな、気をつけて、この人これでも貴族なんだよ。注意しようかと思ったら、アッフェン男爵が咳払いして、ホールは静かになった。
「やあ、孤児院の少年少女たちよ。新しい孤児院長が任命されるまで、仮で院長になったアッフェン男爵だ。オレのことは、そうだな、えーっと、孤児院長って呼ばれるのはウソだから。どうすっかな」
挨拶のしょっぱなからいきなり詰まった。みんながザワザワする。
「仮院長はどうですかー」
調子乗りの男子が手を上げて言う。
「先生?」
「閣下?」
他の子も案を出す。
「どれも呼びにくいな。先生と閣下はマジでやめて。体がかゆくなるから。ガラじゃないんで。そうね、ピエールさんって呼んでちょうだい」
軽いな。この人、前の院長と大違い。その場にいる全員がきっと、同じことを思った。
でも、嫌いじゃない、こういうの。なんとなくほんわかした空気が流れる。前の院長がお説教するときは、真冬の吹雪みたいだったのに。
「えーっと、次、なんだっけ。ああ、そうそう。あのね、前の院長が色々悪いことしてた件なんだけども。パイソン公爵と記者のジョーが調べてるから、発表を待ってください。オレも何も聞いてないんで」
すっごいぶっちゃけるな、この人。なんだかおもしろくなってきた。
「あとね、君たちのことをね、変な欲望の目で見る大人がいたりするんだけど。そういうの、オレは絶対に許さないんで。なんかあったら、全力で立ち向かってもらうんで。あ、オレはなんの力もないんだけどね。パイソン公爵に泣きつくんだけど。とにかく、なにか怖いな、危ないな、気持ち悪いなって感じることがあったら、すぐにオレに言ってください。オレはすぐに馬車に乗ってパイソン公爵のところに告げ口しにいくから」
「ピエールさん、ぶっちゃけすぎ」
誰かの言葉が、割と響いた。ピエールさんはトマト髪をかきあげる。
「それなんだけど。オレさ、この前のチャリティーパーティー以来、心の声がダダ漏れになるような生態になっちゃったんです。なんで、許してください」
ギクッ。あの薬、そんなに長く効くの? ワインと混ぜたから? まずいかも。
「おかたい話はここまで。はい、なにか聞きたいことはありますか? 挙手」
「どうして青と赤のふくをきてるんですか?」
小さい子が無邪気に言った。それ聞いちゃダメなやつー。頭を抱えたくなったけど、チラッと見たらピエールさんはニコニコしてた。
「これはね、オレの戦闘服。冷静と情熱のあいだみたいで、いいだろう。オレは落ち着き、周りは落ち着かない。だから、勝てる」
「うーんと、よくわかんない」
「赤と青が好きなの。それだけ。はい、次」
もう誰も手を上げない。
「それでは、孤児院をよくするために、何かしてほしいことはありますか? 挙手」
「はい。フワフワパンが食べたいです」
ボビーが真っ先に言った。ピエールさんは手帳に書きとめる。
「フワフワパンね。はい、わかりました。いや、フワフワパンってなに? 普通のパンとなにが違うんだい?」
聞かれてボビーは困っている。だって、ボビーも食べたことがないんだもん。
「ピピピピ、ピエールさん」
後ろに立ってる料理長が震えながら手を上げる。
「多分、普通のパンと同じで大丈夫です。ここではパン屋が捨てる古いパンを食べているので、固いんです」
「古い固いパン? パンって焼いた日に食べると思ってた。誰か、古いパン持ってきてくれるかな」
料理長がものすごい速さで消え、パンをいくつか持って戻って来た。料理長から古いパンを受け取り、ピエールさんが半分に割ろうとする。
「かった。オレの爪が先に逝ってしまいそうな固さじゃん。え、これを君たちが食べてるの? いたいけな少年少女たちが?」
ピエールさんに聞かれて、みんなが頷く。ピエールさんは涙目になりながらパンを引きちぎった。口に入れ、いつまでもかんでいる。いつまでも、いつまでも、いつまでも。
「ピエールさん、水をどうぞ」
「お、もが、あああがとう」
ピエールさんは水を飲み、顔を真っ赤にした。料理長がピエールさんの背中を強く叩く。ピエールさんがせき込み、パンのかたまりを吐き出した。ピエールさんは手の中にあるパンを見て、鼻をすする。ホールは静かになった。大人が、貴族が、泣いてる。固いパンのせいで。
え、アタシたちの食べてるパンって、大人が泣くぐらいひどいの? どうする、やばくね。ささやきが広がる。
ピエールさんはうつむいたまま手の平で目を拭って、顔を上げた。
「君たちの置かれている状況は、よくわかりました。辛かったね。固いパンはよくない。アゴが鍛えられ、忍耐力がつくけど、窒息の危険が隣り合わせ。うん、予算のことはよくわからないけど、なんとかしよう。えーっと、パイソン公爵に泣きついてみる」
「やったー」
男子が万歳するのを、ピエールさんが止める。
「それはまだ早い。実際に目の前にフワフワパンが現れるまで、待ちなさい。もしオレが予算をどうにもできなかったら、ぬか喜びになって、固いパンへの憎悪が無能のオレに向くだろう。それは困る。実に困る」
「正直すぎる」
「でも嫌いじゃない」
「ほんそれ」
そんな感じで、ぶっちゃけすぎなピエールさんは、孤児院に温かく迎えられた。
ピエールさんは、孤児院の運営に不慣れみたいで、なんでもかんでもみんなに相談してくる。
「少年少女たち、集合ー」
庭でも食堂でもホールでも、気軽にやってきて、集合と叫ぶ。みんなおもしろがって、わらわらと集まる。
「聞いて。やばいよ。パイソン公爵閣下が会ってくれない。忙しいんだって。屋敷の人に泣きついたら、案をいくつか自力で考えてから相談にくるようにとのことです、だって。やばくない?」
「やばいですね」
「予算がね、まだちゃんとなってないんだよ。オレの私財を投入したいけど、オレも金欠だから。フワフワパン、みんなの分を一日分ぐらいなら買えるけど、毎日は無理」
「働きましょう」
思わず言ってしまった。みんなに見られて、恥ずかしくなる。でも、言わなきゃ。
「アタシたちにできる仕事をして、お金を稼ぎましょう」
「君たちにできる仕事? そんなのあるかな、はて」
ピエールさんが困った顔をする。アタシは夢で見たことを必死で思い出した。
「あります。誰もしたがらない仕事で、アタシたちでもできる仕事。それは──」
「それは?」
ピエールさんが一歩近づく。
「王宮のゴミ処理です」
「王宮のゴミ処理ー? なるほど、確かにやりたがる人はいなさそうな」
「ピエールさん。パイソン公爵に手紙を書いてください。フワフワパン代を稼ぐために、王宮のゴミ処理の仕事を孤児たちにさせてくださいって。アタシたち、タダ乗り族じゃないもん」
「偉い、偉いなあ、君たちは。よし、今すぐ手紙を書いて、渡してくる。みんな、それでいいかい? 働ける?」
「働ける。スリになってブタ箱にぶち込まれるより、ちゃんとした仕事してお金稼ぎたい」
ボビーがきっぱり言うと、他の子たちもゆっくり頷いた。
「よし。じゃあ、オレの本気の泣きを見せてくるからーー」
ピエールさんはトマト髪をたなびかせながら駈けて行った。
貴族って本気出すとすごいんだなって、思った。だって、その日のうちに、パイソン公爵から返事が来た。
『幼い子どもたちが働く必要はないという意見。自立に向けての歩みを止めるべきではないという意見。農家や職人の子は、幼い頃から働いているという現実。それらを鑑み、孤児院の子どもたちが王宮でゴミ処理の仕事をすることを許可する。ゴミ処理に必要なものは、言いなさい。必要経費として税金でまかなう』
ピエールさんが手紙を読み上げてくれた。喜ぶ子と、浮かない顔をする子と、色々だ。
「オレはやる。でもちっさい子たちはまだやめとけ。まずオレたち年長組が行って、どんな感じか見て来るから。いいな」
ボビーが言うと、ちっさい子たちはホッとした顔をしている。やっぱり、王宮に行くなんて、怖いんだと思う。でも、アタシはこの子たちより大きいから、できる。やる。
「アタシは行くよ」
「私も行く」
「おうよ」
アタシとエラが言うと、ボビーがニッと笑う。
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