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【第一章】おなかいっぱい食べたいな
4. ガサ入れ
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庭に出ると、ちょうど本館からボビーたちも出てきた。
「どうだった?」
同時に聞く。ボビーがシャツをまくりあげる。ズボンとお腹の間に、分厚い紙の束。
「見つけたのね?」
「おお、やったぜ。やってやったぜ」
「よ、よかったー。さすがボビー。すごいすごい」
「まあな。でも、ドンくさいサブリナが、あのときちゃんとカギの型取りしてくれたからだぜ」
「ほんっとうに緊張したんだよ。手が震えるし、吐きそうだった」
「よくやったよ、マジで。サブリナにスリは絶対無理だから、カギの型取りの練習に切り替えたオレのおかげでもある。ヘヘッ」
「そうだよ、さすがボビー」
何度練習しても、誰の腰からもカギ束をスレなかったんだ。へこみまくってたら、あのときボビーがいい案を考えてくれた。
「オレにスリのやり方教えてくれた先輩がさ、もう孤児院から出て金物屋で働いてるんだけど。カギの複製もやってんだ。ちょっと相談してくるわ」
そう言ってふらっと出て行ったボビー。先輩から魔道具を借りてきてくれた。
「絶対なくすな、絶対壊すな、絶対見つかるなだって」
「そんな高価な魔道具を、アタシが。できるかな」
「簡単らしいぜ。カギに押し当てて、五つ数えるだけだって」
見た目は石鹸そっくり。触ると柔らかくてなんだかネタネタしてる。何度も練習して、院長室に直談判に行ったとき、院長のベルトにぶら下がってるカギを無事に型取りできた。
「直談判で当たって砕けちゃったけど。カギは複製できて、欲しかった裏帳簿も取ってこれた。大成功だね」
みんなで手をパチンと合わせて行く。
「それで、サブリナの方はどうだったんだよ?」
ボビーが心配そうに顔をのぞきこんできた。
「えーっとね。多分、成功。なんだと思うよ。おもしろいおじさんがいてね、アタシの代わりに、幼女趣味の気持ち悪いブタ子爵ってみんなの前で言ってくれたの」
「なにそれ」
「詳しく」
ひとしきり説明すると、ボビーたちはお腹を抱えて大笑いした。
「その人が新しい孤児院長なんだ」
「超楽しみ」
「仮、って言ってたけどね」
「誰だって、あいつよりマシだよ。あー、もうあいつのお説教を聞かなくていいと思うと、せいせいすらあ」
「ざまあ」
「ほんそれ」
ボビーがちょっとしんみりした顔になる。
「アルマ、大丈夫かな。お前らはあんまり覚えてないと思うけど、いいやつだったんだ」
「そうなんだ。きっとパイソン公爵が助けてくれると思う」
「うん、だといいな。サブリナがブタのとこに行かなくてよさそうで、マジで安心した」
「アタシも。近くで見て、絶対無理って思った」
思い出しただけで、おえっとなる。おえってなってたら、ボビーが背中を叩いてくれた。
「臭くて気持ち悪い大人は大っ嫌い」
「わかるわかる」
「あ、かっこよくていい匂いがしそうな大人がくるよ」
「誰?」
見ると、ジョーさんだった。確かに、ブタ子爵を見た後だと、まぶしいぐらいの美男子だ。どこからか黒犬ネイトが現れて、ジョーさんの隣を歩く。
「みんな、記者のジョーさんだよ」
「やあ、こんにちは。おもしろいパーティーだったよ。ありがとう」
「記事になりそう?」
「ああ、なると思うよ。もうちょっと証拠を調べないといけないけどね。目撃情報だけでは弱いから。混乱してる今のうちに、院長室を探してこようかなと思ってる。院長室って本館の上階だよね?」
「一番上だよ。連れて行ってあげる」
ボビーに目くばせして、みんなでぞろぞろ院長室に向かった。途中でパイソン公爵の護衛たちに出会ったけれど、大人のジョーさんが堂々としていてくれたおかげで、止められることはなかった。
ドアの前に立つと、ジョーさんはドアに耳をつけ、そうっとノブを回すとするりと中に入る。続いて入ろうとしたら、止められた。
「俺は記者だから。取材ですよって言うんだけどさ。君たちはまずいんじゃないかな。そこで見張ってて。誰か来たら口笛吹いて」
そう言われても、気になるので、ドアのすきまからみんなで中をのぞく。
「ネイト、アタシたちの代わりに廊下を見ててね」
足元で大人しく伏せをしているネイトに言うと、ネイトはパタリとしっぽで答えた。
ジョーさんはキビキビと動いている。院長の机の引き出しを次々と開け、中を見る。いくつかの手紙はさっと上着の内ポケットに入れた。
「あっ、とった」
思わず言うと、ジョーさんがこちらを見てウィンクする。すごい、全然悪びれない。
次に本棚の前に立つと、しばらく棚を見回している。色んな方角から見て、窓の方に行ってカーテンを開け、また棚を見てる。
「なにしてるんだろ」
「多分、ほこりの量とかじゃね。よく使う本はほこりが少ないんだと思う」
「そういうことかー」
ボビーもジョーさんもすごいなーと感心してたら、ジョーさんは左端の本棚から一冊とった。パラパラッと振ると、紙が一枚落ちて来る。チラッと見て、その紙もポケットにしまう。
そうやって、本棚の色んな場所から本をとって、何かをみつけていく。とても手際がいい。
本を探し終わったみたい。ジョーさんは窓際に立って、部屋全体を見てる。次に窓枠に立って上から色んなところを眺めた。何か見つけたのか、タンッと窓際から飛び降りると、そのまま小走りで部屋の真ん中まで走り、軽く飛び上がる。シャンデリアから何かをとって、音も立てずに着地した。撫で上げていた前髪がはらりと垂れる。
「かっけー」
ボビーがつぶやく。
「あれ、なにとったんだろうね」
「銀色だったよ」
ジョーさんはスタスタと壁まで歩くと、おもむろに一枚の絵に手をかける。
「あっ」
ボビーが手を口で押さえて、小声でささやく。
「金庫の場所。オレたちすっげー苦労してみつけたのに。あんなあっさり」
ボビーの言う通り、絵をはずすと壁の中に金庫があるのが見えた。
ジョーさんはさっきシャンデリアからとったらしい銀色のカギをカギ穴に差し込む。何回か回したけど、カギは開かなかった。ボビーが少しそわそわする。
「なあ、金庫のカギ、わたしてやる方がいいかな」
「ううーん、なんか、もう大丈夫っぽい」
「え?」
ジョーはポケットから細長い棒を二本取り出すと、カギ穴に入れてクルクル動かす。
カチンッと音がする。ジョーさんがあっさり金庫を開けた。
「かっけー」
「くっ、アタシのあの練習の日々はいったい」
「ほんそれ」
「オレもアレできるようになりてえ」
「頼んだら教えてくれるかな」
「くっ、それはアタシも知りたい」
盛り上がっていたら、ボビーにつつかれた。
「なあ、これどうする? あの人に渡す?」
「あ、そうだった。ジョーさんが信頼できそうだったら渡すつもりだったんだ。大丈夫そうだよね?」
「オレはいいと思う。かっこいいもん」
「かっこよさは関係ないんじゃないかな。でも、いいよね。うん、渡そっか」
ボビーがシャツをまくりあげ、紙の束を取り出した。
「ほう。それはなかなか興味深そうな。その数字の並びを見るに、裏帳簿かな」
「ギャー」
急に後ろから声をかけられて、アタシたちは叫んだ。ジョーさんが慌てて飛んでくる。
「すまない、脅かしてしまったね。何、おじさんはこの孤児院を良くしたいと思っているだけだ。それには、実情を知らなければならない。どうだろう、その裏帳簿、あとで私にも見せてくれないかい」
「パイソン公爵」
「ヘビの人だ」
「ラスボスの人?」
思ったことが口から出てしまったけど、パイソン公爵は怒っていないみたい。すごく圧はあるけど。どうしようか迷って、結局ボビーの手から裏帳簿をとって、ジョーさんに渡した。
「いいのかい?」
「ペンは剣よりも強いんでしょう? ジョーさんが見てから、パイソン公爵に見てほしいです」
ジョーさんは真剣な目でアタシたちを見て、何度も頷く。
「必ず真実を突き止め、明らかにすると誓う。閣下もそれでよろしいでしょうか?」
「もちろんだとも。君が見つけた色んな秘密も、合わせて教えてほしいところだが」
パイソン公爵が意味ありげにジョーさんの色んなポケットを見る。ジョーさんは両手を上げた。
「すべてお見通しですか」
「君の調査能力を知っておきたかったからね。調査対象の部屋を監視なしに放置はせぬよ」
パイソン公爵がパチンと指を鳴らすと、窓の外から人が入ってきた。
「ギャー」
アタシたちはもう一度叫んだ。ジョーさんが目を丸くしてネイトと窓の男を見比べる。
「ネイト、気づかなかったのか?」
「くぅーん」
ネイトは恥ずかしそうに頭をアタシの膝の間に入れた。
「ネイト、恥じることはない。パイソン公爵家には動物の察知能力を欺く魔道具があるのだよ」
パイソン公爵が慰めても、ネイトはペタンとしっぽを落とす。かわいそうで、膝の間から出ているネイトの鼻あたりをそっと撫でてあげた。ペロッとネイトがなめ返す。
「降参です。一介の記者が、パイソン公爵閣下を出し抜ける訳がありませんでしたね」
「それでいいのだ。そうでなくては、ウォルフハート王国は崩壊する」
「確かに、その通りですね」
ジョーさんは頭をかくと、少し身をかがめ、アタシたちを見つめた。
「パイソン公爵閣下に俺が見つけたものを報告するよ。君たちに言えることは必ず伝える。大人の事情が色々あるから、全て言うことはできないかもしれない。それでもいいだろうか?」
「うん。お願いします。ネイトがいやがってないから、パイソン公爵はいい人だと思うし」
「くぅーん」
ネイトが足の間から同意する。ジョーさんとパイソン公爵が同時に笑った。
「ウォルフハート王国の財務を預かる財務大臣として、ここに誓おう。院長の悪事を暴き、孤児院を改善する」
パイソン公爵の言葉には重みがあった。そっか、財務大臣なんだ。
「思ったより偉い人だった」
「ざいむだいじんってなに?」
「税金をかきあつめてるラスボス」
アタシの言葉に、ジョーさんが吹き出した。パイソン公爵は涼しい顔をしている。
「税金をかき集めているラスボスとして、君たちに詫びよう。孤児は税金をもらいっぱなしで返せないタダ乗り族。院長の言葉だが、実はそういう意見を言う者は他にもいるのだ。君たちの耳に、入れたくなかった。矢面に立たせ、極限まで苦境に気づけなかったこと、すまなかった」
「うん。アタシたち、好きでタダ乗り族になってるんじゃないのにね」
悔しくて唇をかみしめると、パイソン公爵がアタシの肩に手を置いた。
「私も、もちろん王家も、孤児をタダ乗り族だなどと思っていない。親がいようがいまいが、子どもは国の宝だ。将来の税金の取れ具合で、子どもの価値を測ったりはしない。君たちが、君たちらしく生きられる国を作れるよう、税金を配分するのが私の仕事。精進する」
「ラスボスの言ってること、むずかしすぎてわかんない」
「アホ」
ボビーが本音を漏らしすぎてる男子の頭を叩く。
「うむ、すまないな。君たちにもわかるような言葉で語れるように練習しておこう。それまでは、ジョーに教えてもらいたまえ」
「はい、お任せください。閣下」
ジョーさんがビシッと姿勢を正す。
気持ち悪い大人もいたけど、かっこよくて頼れる大人もいるんだな。和やかな空気の中、ネイトに手を舐められながら、久しぶりに温かい気持ちになった。
「どうだった?」
同時に聞く。ボビーがシャツをまくりあげる。ズボンとお腹の間に、分厚い紙の束。
「見つけたのね?」
「おお、やったぜ。やってやったぜ」
「よ、よかったー。さすがボビー。すごいすごい」
「まあな。でも、ドンくさいサブリナが、あのときちゃんとカギの型取りしてくれたからだぜ」
「ほんっとうに緊張したんだよ。手が震えるし、吐きそうだった」
「よくやったよ、マジで。サブリナにスリは絶対無理だから、カギの型取りの練習に切り替えたオレのおかげでもある。ヘヘッ」
「そうだよ、さすがボビー」
何度練習しても、誰の腰からもカギ束をスレなかったんだ。へこみまくってたら、あのときボビーがいい案を考えてくれた。
「オレにスリのやり方教えてくれた先輩がさ、もう孤児院から出て金物屋で働いてるんだけど。カギの複製もやってんだ。ちょっと相談してくるわ」
そう言ってふらっと出て行ったボビー。先輩から魔道具を借りてきてくれた。
「絶対なくすな、絶対壊すな、絶対見つかるなだって」
「そんな高価な魔道具を、アタシが。できるかな」
「簡単らしいぜ。カギに押し当てて、五つ数えるだけだって」
見た目は石鹸そっくり。触ると柔らかくてなんだかネタネタしてる。何度も練習して、院長室に直談判に行ったとき、院長のベルトにぶら下がってるカギを無事に型取りできた。
「直談判で当たって砕けちゃったけど。カギは複製できて、欲しかった裏帳簿も取ってこれた。大成功だね」
みんなで手をパチンと合わせて行く。
「それで、サブリナの方はどうだったんだよ?」
ボビーが心配そうに顔をのぞきこんできた。
「えーっとね。多分、成功。なんだと思うよ。おもしろいおじさんがいてね、アタシの代わりに、幼女趣味の気持ち悪いブタ子爵ってみんなの前で言ってくれたの」
「なにそれ」
「詳しく」
ひとしきり説明すると、ボビーたちはお腹を抱えて大笑いした。
「その人が新しい孤児院長なんだ」
「超楽しみ」
「仮、って言ってたけどね」
「誰だって、あいつよりマシだよ。あー、もうあいつのお説教を聞かなくていいと思うと、せいせいすらあ」
「ざまあ」
「ほんそれ」
ボビーがちょっとしんみりした顔になる。
「アルマ、大丈夫かな。お前らはあんまり覚えてないと思うけど、いいやつだったんだ」
「そうなんだ。きっとパイソン公爵が助けてくれると思う」
「うん、だといいな。サブリナがブタのとこに行かなくてよさそうで、マジで安心した」
「アタシも。近くで見て、絶対無理って思った」
思い出しただけで、おえっとなる。おえってなってたら、ボビーが背中を叩いてくれた。
「臭くて気持ち悪い大人は大っ嫌い」
「わかるわかる」
「あ、かっこよくていい匂いがしそうな大人がくるよ」
「誰?」
見ると、ジョーさんだった。確かに、ブタ子爵を見た後だと、まぶしいぐらいの美男子だ。どこからか黒犬ネイトが現れて、ジョーさんの隣を歩く。
「みんな、記者のジョーさんだよ」
「やあ、こんにちは。おもしろいパーティーだったよ。ありがとう」
「記事になりそう?」
「ああ、なると思うよ。もうちょっと証拠を調べないといけないけどね。目撃情報だけでは弱いから。混乱してる今のうちに、院長室を探してこようかなと思ってる。院長室って本館の上階だよね?」
「一番上だよ。連れて行ってあげる」
ボビーに目くばせして、みんなでぞろぞろ院長室に向かった。途中でパイソン公爵の護衛たちに出会ったけれど、大人のジョーさんが堂々としていてくれたおかげで、止められることはなかった。
ドアの前に立つと、ジョーさんはドアに耳をつけ、そうっとノブを回すとするりと中に入る。続いて入ろうとしたら、止められた。
「俺は記者だから。取材ですよって言うんだけどさ。君たちはまずいんじゃないかな。そこで見張ってて。誰か来たら口笛吹いて」
そう言われても、気になるので、ドアのすきまからみんなで中をのぞく。
「ネイト、アタシたちの代わりに廊下を見ててね」
足元で大人しく伏せをしているネイトに言うと、ネイトはパタリとしっぽで答えた。
ジョーさんはキビキビと動いている。院長の机の引き出しを次々と開け、中を見る。いくつかの手紙はさっと上着の内ポケットに入れた。
「あっ、とった」
思わず言うと、ジョーさんがこちらを見てウィンクする。すごい、全然悪びれない。
次に本棚の前に立つと、しばらく棚を見回している。色んな方角から見て、窓の方に行ってカーテンを開け、また棚を見てる。
「なにしてるんだろ」
「多分、ほこりの量とかじゃね。よく使う本はほこりが少ないんだと思う」
「そういうことかー」
ボビーもジョーさんもすごいなーと感心してたら、ジョーさんは左端の本棚から一冊とった。パラパラッと振ると、紙が一枚落ちて来る。チラッと見て、その紙もポケットにしまう。
そうやって、本棚の色んな場所から本をとって、何かをみつけていく。とても手際がいい。
本を探し終わったみたい。ジョーさんは窓際に立って、部屋全体を見てる。次に窓枠に立って上から色んなところを眺めた。何か見つけたのか、タンッと窓際から飛び降りると、そのまま小走りで部屋の真ん中まで走り、軽く飛び上がる。シャンデリアから何かをとって、音も立てずに着地した。撫で上げていた前髪がはらりと垂れる。
「かっけー」
ボビーがつぶやく。
「あれ、なにとったんだろうね」
「銀色だったよ」
ジョーさんはスタスタと壁まで歩くと、おもむろに一枚の絵に手をかける。
「あっ」
ボビーが手を口で押さえて、小声でささやく。
「金庫の場所。オレたちすっげー苦労してみつけたのに。あんなあっさり」
ボビーの言う通り、絵をはずすと壁の中に金庫があるのが見えた。
ジョーさんはさっきシャンデリアからとったらしい銀色のカギをカギ穴に差し込む。何回か回したけど、カギは開かなかった。ボビーが少しそわそわする。
「なあ、金庫のカギ、わたしてやる方がいいかな」
「ううーん、なんか、もう大丈夫っぽい」
「え?」
ジョーはポケットから細長い棒を二本取り出すと、カギ穴に入れてクルクル動かす。
カチンッと音がする。ジョーさんがあっさり金庫を開けた。
「かっけー」
「くっ、アタシのあの練習の日々はいったい」
「ほんそれ」
「オレもアレできるようになりてえ」
「頼んだら教えてくれるかな」
「くっ、それはアタシも知りたい」
盛り上がっていたら、ボビーにつつかれた。
「なあ、これどうする? あの人に渡す?」
「あ、そうだった。ジョーさんが信頼できそうだったら渡すつもりだったんだ。大丈夫そうだよね?」
「オレはいいと思う。かっこいいもん」
「かっこよさは関係ないんじゃないかな。でも、いいよね。うん、渡そっか」
ボビーがシャツをまくりあげ、紙の束を取り出した。
「ほう。それはなかなか興味深そうな。その数字の並びを見るに、裏帳簿かな」
「ギャー」
急に後ろから声をかけられて、アタシたちは叫んだ。ジョーさんが慌てて飛んでくる。
「すまない、脅かしてしまったね。何、おじさんはこの孤児院を良くしたいと思っているだけだ。それには、実情を知らなければならない。どうだろう、その裏帳簿、あとで私にも見せてくれないかい」
「パイソン公爵」
「ヘビの人だ」
「ラスボスの人?」
思ったことが口から出てしまったけど、パイソン公爵は怒っていないみたい。すごく圧はあるけど。どうしようか迷って、結局ボビーの手から裏帳簿をとって、ジョーさんに渡した。
「いいのかい?」
「ペンは剣よりも強いんでしょう? ジョーさんが見てから、パイソン公爵に見てほしいです」
ジョーさんは真剣な目でアタシたちを見て、何度も頷く。
「必ず真実を突き止め、明らかにすると誓う。閣下もそれでよろしいでしょうか?」
「もちろんだとも。君が見つけた色んな秘密も、合わせて教えてほしいところだが」
パイソン公爵が意味ありげにジョーさんの色んなポケットを見る。ジョーさんは両手を上げた。
「すべてお見通しですか」
「君の調査能力を知っておきたかったからね。調査対象の部屋を監視なしに放置はせぬよ」
パイソン公爵がパチンと指を鳴らすと、窓の外から人が入ってきた。
「ギャー」
アタシたちはもう一度叫んだ。ジョーさんが目を丸くしてネイトと窓の男を見比べる。
「ネイト、気づかなかったのか?」
「くぅーん」
ネイトは恥ずかしそうに頭をアタシの膝の間に入れた。
「ネイト、恥じることはない。パイソン公爵家には動物の察知能力を欺く魔道具があるのだよ」
パイソン公爵が慰めても、ネイトはペタンとしっぽを落とす。かわいそうで、膝の間から出ているネイトの鼻あたりをそっと撫でてあげた。ペロッとネイトがなめ返す。
「降参です。一介の記者が、パイソン公爵閣下を出し抜ける訳がありませんでしたね」
「それでいいのだ。そうでなくては、ウォルフハート王国は崩壊する」
「確かに、その通りですね」
ジョーさんは頭をかくと、少し身をかがめ、アタシたちを見つめた。
「パイソン公爵閣下に俺が見つけたものを報告するよ。君たちに言えることは必ず伝える。大人の事情が色々あるから、全て言うことはできないかもしれない。それでもいいだろうか?」
「うん。お願いします。ネイトがいやがってないから、パイソン公爵はいい人だと思うし」
「くぅーん」
ネイトが足の間から同意する。ジョーさんとパイソン公爵が同時に笑った。
「ウォルフハート王国の財務を預かる財務大臣として、ここに誓おう。院長の悪事を暴き、孤児院を改善する」
パイソン公爵の言葉には重みがあった。そっか、財務大臣なんだ。
「思ったより偉い人だった」
「ざいむだいじんってなに?」
「税金をかきあつめてるラスボス」
アタシの言葉に、ジョーさんが吹き出した。パイソン公爵は涼しい顔をしている。
「税金をかき集めているラスボスとして、君たちに詫びよう。孤児は税金をもらいっぱなしで返せないタダ乗り族。院長の言葉だが、実はそういう意見を言う者は他にもいるのだ。君たちの耳に、入れたくなかった。矢面に立たせ、極限まで苦境に気づけなかったこと、すまなかった」
「うん。アタシたち、好きでタダ乗り族になってるんじゃないのにね」
悔しくて唇をかみしめると、パイソン公爵がアタシの肩に手を置いた。
「私も、もちろん王家も、孤児をタダ乗り族だなどと思っていない。親がいようがいまいが、子どもは国の宝だ。将来の税金の取れ具合で、子どもの価値を測ったりはしない。君たちが、君たちらしく生きられる国を作れるよう、税金を配分するのが私の仕事。精進する」
「ラスボスの言ってること、むずかしすぎてわかんない」
「アホ」
ボビーが本音を漏らしすぎてる男子の頭を叩く。
「うむ、すまないな。君たちにもわかるような言葉で語れるように練習しておこう。それまでは、ジョーに教えてもらいたまえ」
「はい、お任せください。閣下」
ジョーさんがビシッと姿勢を正す。
気持ち悪い大人もいたけど、かっこよくて頼れる大人もいるんだな。和やかな空気の中、ネイトに手を舐められながら、久しぶりに温かい気持ちになった。
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