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【第二章】未来でもおなかいっぱいでいたいな
14. お買い物
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財務省での働きぶりが認められ、他の部署でもゴミ処理を任されるようになった。孤児院の小さい子以外はほとんど仕事にありついている。
「仕事は週に三回ぐらいでいいだろう。ちゃんと勉強の時間も必要だぞ」
「えー」
「えーって、あのね、若いうちに色んなことを学ぶ方がいいのー」
「だってー、仕事したらお金もらえるもん。勉強してもお金もらえないもん」
「ぐっ」
ピエールさんが言葉に詰まると、たまたま孤児院に来ていたジョーさんが苦笑しながら話してくれる。
「あのな、目先の銀貨一枚と、大人になってからの金貨百枚ぐらいで考えるんだ」
「今もらえる銀貨一枚の方がいいに決まってんじゃん。オレたち、大人になれるかわからないんだから」
「ぐっ」
ボビーの言葉に今度はジョーさんが黙る。頻繁に孤児院にいりびたっている、ピエールさんの奥さまユリアさんが立ち上がる。
「その気持ちはわかるわ。でもね、今は毎日たっぷり食べられるでしょう。冬の薪もきちんと買えるわ。誰かが病気になったらお医者さんだって呼びます。ねえ、長生きできるって思いましょうよ」
涙目で言われると、さすがのボビーもしんみりした。
「長生きできるなら、俺の経験からすると勉強する方がいい。なぜかというと、選択肢が増えるからだ。難しい知識がいる仕事の方が、給料がいい。俺もさ、色んな仕事やってきた。簡単な仕事にはいつだって戻れるだろう。難しい仕事に挑戦できるように、若いうちに勉強して準備するんだ」
「ゴミ処理より、新聞記者の方が儲かる?」
「まあ、ぶっちゃけ、そうだね」
「じゃあ、ちょっとだけ勉強してみよっかなー」
「読み書き計算がスラスラできたら、色んな仕事に就ける可能性が高くなるよ」
「わかったー」
ボビーが納得した様子を見て、ピエールさんが笑顔でユリアさんの肩を抱く。
前の院長の長ったらしいお説教より、ジョーさんの経験談、ユリアさんのまなざし、ピエールさんの笑顔の方が、アタシたちの心に刺さった。みんな、真面目に授業を受けるようになった。
「ちゃんとした先生が見つかるまでは、私が教えるわね。うまくできるかわからないけれど、がんばるわ」
ユリアさんは自信なさげに言った。それがよかったんだと思う。今までの先生は怖かった。近寄りがたかった。わからなくても、わからないって言える雰囲気じゃなかった。でも、ユリアさんになら聞きやすいし、言いやすい。
ユリアさんは怒らない。今までの先生は、厳しくて、間違えるとものさしで手を叩いたの。だから、みんな授業の時間がイヤでしかたなかった。勉強も大っ嫌いだった。
アタシが計算を間違えたとき、手の平を差し出したら、ユリアさんは固まった。
「前の先生はものさしで叩いたよ」
「なんてこと」
ユリアさんはワナワナ震えたあと、ものさしを膝で叩き折っちゃった。
「あ、しまった。ものさし、いるのに」
ユリアさんは笑いながら、うっすら泣いてた。そっか、間違っても叩かれないんだ。その安心感は大きかった。
「勉強はね、間違えることを楽しむぐらいじゃないとダメよ。もっと気楽にやりましょう。遊びの延長ぐらいがいいの」
ユリアさんはちょっと考える。
「新しいものさしを買いに行きましょう。みんなに銅貨を一枚ずつあげるから、好きな物を買いなさい。数字や計算を覚えるには、買い物が一番ですからね」
アタシたちは歓声を上げる。仕事の帰りに、露店で食べ物は買っているけど、ちゃんとしたお店での買い物は、まだ誰もしたことがない。
「孤児はお断りって言われないかな?」
「あら、そんなことないでしょう。お店は物を売って商売しているんだもの。どんなお客さんだって歓迎してくれると思うわよ」
ユリアさんが朗らかに言った。銅貨を握りしめ、みんなで元気いっぱいに歩いて行く。ユリアさんと、今日が仕事休みの孤児十人。
王都の大通りを歩くと、ジロジロと見られる。アタシたちの元気は急速にしぼんでいった。身なりのいい人たちの中で、アタシたちは明らかに浮いている。
「ここにしましょう。なんでも揃っていると聞いたわ。ちょっと待っててね」
ユリアさんはニコニコしながらお店に入っていった。すぐに出てきたユリアさんの顔がくもっている。
「子どもは入店できませんと言われてしまったわ」
やっぱり。誰も口には出さなかったけど、やっぱりって思った。孤児だもん。服は古着だし。場違いだよね。
「もう少し下町の方に行ってみましょう」
ユリアさんが威勢よく歩き出す。アタシたちは、ユリアさんを悲しませたくなくて、何も気にしてないようについていく。
大通りから小さな通りへ。大きなお店から小さなお店へ。断られるたびに、ユリアさんの眉と肩が下がる。もう誰もしゃべらなくなった。
「このお店でダメだったら、今日はもう諦めましょうか」
たどり着いたのは、下町と貧民街の境にある、本当にこぢんまりとしたお店。五人入ったら身動きとれなくなりそう。
ユリアさんがお店に入っている間、アタシたちは疲れ果てて壁にもたれてうつむいた。もう、疲れちゃった。断られ続けるのって、キツイんだ。いらない子って言われ続けるのって、悲しいな。生まれたときからいらない子だったアタシたち。断られるのはとっくに慣れてるつもりだったのにな。最近、王宮で受け入れられることが多くなったから、うっかり忘れてた。アタシたちが不要物だって。アタシたち、ゴミみたいなものなんだって。
ユリアさんが飛び跳ねるようにして出てきた。
「入っていいって。一度に全員は無理だから、ふたりずつね」
「ほんとう?」
「いいの?」
「行儀よくします」
「いつも通りすれば大丈夫よ。私も一緒に入りますからね」
ユリアさんについて、アタシとエラが最初に入る。棚がたくさんあって、色んなものが雑多に詰め込まれてる。近くの棚には布や糸、ボタンに針。向こうには鍋やお皿などまで。
「ね、銅貨一枚で買えそうなものってあるかな?」
「わかんない。どうだろう」
みんなが順番を待っているので、あんまり長くはいられない。ゆっくり見たい気持ちを抑えて、どんどん棚を見て行く。
「あ、これなら銅貨一枚で買えるよ」
エラが小声でアタシを呼んだ。
「訳アリ品だって。どれも安い」
カウンターの前に置いてあるカゴに色んな小物が入っている。底が少し欠けているコップ、銅貨二枚。少しだけ傷のあるガラス玉、銅貨1枚。ふちがほつれたハンカチ、銅貨二枚。色とりどりのボタン、銅貨一枚。はんぱな長さの赤いリボン、銅貨二枚。
「あ、これ」
エラと同時にリボンを持つ。
「このリボン、ふたりで使わない?」
「おそろいね。アタシもそう思ってた」
うれしい。うれしい、うれしい。すごくうれしい。初めてのお買い物。大好きなエラとおそろいのリボン。
「長さ、足りるかな?」
「頭にぐるっと巻くのは難しそうだけど。ほら」
エラが三つ編みおさげの下部分にリボンを当てる。
「これなら短くても使えるから、ふたりでおそろいにできるよ」
「やった」
思わずピョンと跳ねる。エラが笑った。
「これ、お願いします」
「はい、ありがとうございます」
カウンターの向こうから手が伸びる。銅貨を一枚ずつ、ふたりで置いた。
「かわいいお客さんに、こちらサービスです。どうぞ」
オレンジ色の髪に、茶色い目のお兄さん。くせ毛なのか寝癖なのか、鮮やかなオレンジ色の髪が色んな方向にはねている。お兄さんはガラス瓶からキャンディを取り出し、渡してくれた。
「ありがとう」
お礼を言いながら、アタシの胸はドキドキとうるさい。この人、もしかして。
「口に入れちゃう方がいいよ。ずっと持ってると手がベタベタになる」
「あ、はい。ありがとうございました」
キャンディを口に入れる。甘くておいしい。疲れが飛んでいった。
「次のふたりを呼んでね」
ものさしやチョークなんかを見てるユリアさんに言われ、エラと店の外に出た。ワクワクして待ちきれない様子のみんなにリボンを見せ、うらやましがられる。アタシは口の中でキャンディを転がしながら、店の周りを見回した。お店の看板が目に入った。便利雑貨屋と書いてある。右隅に小さくトラの紋章が描いてあった。やっぱりだ。
どうしようかな。考え込んでいるうちに、全員が買い終わった。みんなで戦利品を見せあう。
「あたしはボタンにしたよ。おまけしてもらって、五つも買えた。糸を通してボタンネックレス作るんだ」
「オレはポケットナイフ。刃こぼれしてるけど、研げばなおるって」
「わたしはハンカチにした。これに好きな花を刺繍するんだー」
みんなが口々に報告するのを、ユリアさんが楽しそうに聞いている。
「みんな、今日はごめんなさいね。わたくしが世間知らずだったから、色んなお店に連れまわして、イヤな気持ちにさせてしまったわ」
「あやまっちゃだめ」
「ユリア先生は悪くないよ」
「アタシたちが場違いだっただけだもん」
「いっぱい勉強してえらくなって、あいつらを見返してやろうぜ」
「おー」
ユリアさんはまた笑いながら泣いていた。ユリアさん、とってもいい人。大好き。好きな大人がどんどん増えていくって、素敵だな。
孤児院のみんな、ピエールさん、ユリアさん、ジョーさん、パイソン公爵、カーラさん。そして、さっきの優しい店員さん。みんなを守らなきゃいけない。未来を変えなきゃいけない。
あのトラの紋章はティガーン子爵家のもの。アタシが見た未来で、小麦の不作で飢餓が起こったことがあった。その時、ティガーン子爵家の商会が遠くの国まで小麦を買いつけにいってくれたんだ。大変な船旅で、旅の途中で船員が何人も亡くなってしまった。さっきのお兄さんは、小麦を王都に届けた後、病気で倒れたまま回復しなかった。
「パウロ・ティガーン子爵令息。肖像画より優しい目だったな」
ウォルフハート王国を救った英雄として民から崇められた勇者。肖像画や銅像が色んなところに飾られた。
「未来のアタシは、パンがないならパスタを食べればいいじゃない、なんて言っちゃったのよね」
パンもパスタも小麦からできているって、知らなかった、おバカで無神経な未来のアタシ。国民から悪女とののしられたっけ。
「とにかく、小麦が不作にならなければいいんだよね。どうしたらいいかな」
「サブリナったら、さっきから何ブツブツ言ってるの?」
「ん? エラと早くリボンをおそろいにしたいなーと思って」
「帰ったらやってみようよ」
「うん」
アタシはエラの手を握って元気よく歩き出した。まだ時間はあるはず。ゆっくり考えよう。
「仕事は週に三回ぐらいでいいだろう。ちゃんと勉強の時間も必要だぞ」
「えー」
「えーって、あのね、若いうちに色んなことを学ぶ方がいいのー」
「だってー、仕事したらお金もらえるもん。勉強してもお金もらえないもん」
「ぐっ」
ピエールさんが言葉に詰まると、たまたま孤児院に来ていたジョーさんが苦笑しながら話してくれる。
「あのな、目先の銀貨一枚と、大人になってからの金貨百枚ぐらいで考えるんだ」
「今もらえる銀貨一枚の方がいいに決まってんじゃん。オレたち、大人になれるかわからないんだから」
「ぐっ」
ボビーの言葉に今度はジョーさんが黙る。頻繁に孤児院にいりびたっている、ピエールさんの奥さまユリアさんが立ち上がる。
「その気持ちはわかるわ。でもね、今は毎日たっぷり食べられるでしょう。冬の薪もきちんと買えるわ。誰かが病気になったらお医者さんだって呼びます。ねえ、長生きできるって思いましょうよ」
涙目で言われると、さすがのボビーもしんみりした。
「長生きできるなら、俺の経験からすると勉強する方がいい。なぜかというと、選択肢が増えるからだ。難しい知識がいる仕事の方が、給料がいい。俺もさ、色んな仕事やってきた。簡単な仕事にはいつだって戻れるだろう。難しい仕事に挑戦できるように、若いうちに勉強して準備するんだ」
「ゴミ処理より、新聞記者の方が儲かる?」
「まあ、ぶっちゃけ、そうだね」
「じゃあ、ちょっとだけ勉強してみよっかなー」
「読み書き計算がスラスラできたら、色んな仕事に就ける可能性が高くなるよ」
「わかったー」
ボビーが納得した様子を見て、ピエールさんが笑顔でユリアさんの肩を抱く。
前の院長の長ったらしいお説教より、ジョーさんの経験談、ユリアさんのまなざし、ピエールさんの笑顔の方が、アタシたちの心に刺さった。みんな、真面目に授業を受けるようになった。
「ちゃんとした先生が見つかるまでは、私が教えるわね。うまくできるかわからないけれど、がんばるわ」
ユリアさんは自信なさげに言った。それがよかったんだと思う。今までの先生は怖かった。近寄りがたかった。わからなくても、わからないって言える雰囲気じゃなかった。でも、ユリアさんになら聞きやすいし、言いやすい。
ユリアさんは怒らない。今までの先生は、厳しくて、間違えるとものさしで手を叩いたの。だから、みんな授業の時間がイヤでしかたなかった。勉強も大っ嫌いだった。
アタシが計算を間違えたとき、手の平を差し出したら、ユリアさんは固まった。
「前の先生はものさしで叩いたよ」
「なんてこと」
ユリアさんはワナワナ震えたあと、ものさしを膝で叩き折っちゃった。
「あ、しまった。ものさし、いるのに」
ユリアさんは笑いながら、うっすら泣いてた。そっか、間違っても叩かれないんだ。その安心感は大きかった。
「勉強はね、間違えることを楽しむぐらいじゃないとダメよ。もっと気楽にやりましょう。遊びの延長ぐらいがいいの」
ユリアさんはちょっと考える。
「新しいものさしを買いに行きましょう。みんなに銅貨を一枚ずつあげるから、好きな物を買いなさい。数字や計算を覚えるには、買い物が一番ですからね」
アタシたちは歓声を上げる。仕事の帰りに、露店で食べ物は買っているけど、ちゃんとしたお店での買い物は、まだ誰もしたことがない。
「孤児はお断りって言われないかな?」
「あら、そんなことないでしょう。お店は物を売って商売しているんだもの。どんなお客さんだって歓迎してくれると思うわよ」
ユリアさんが朗らかに言った。銅貨を握りしめ、みんなで元気いっぱいに歩いて行く。ユリアさんと、今日が仕事休みの孤児十人。
王都の大通りを歩くと、ジロジロと見られる。アタシたちの元気は急速にしぼんでいった。身なりのいい人たちの中で、アタシたちは明らかに浮いている。
「ここにしましょう。なんでも揃っていると聞いたわ。ちょっと待っててね」
ユリアさんはニコニコしながらお店に入っていった。すぐに出てきたユリアさんの顔がくもっている。
「子どもは入店できませんと言われてしまったわ」
やっぱり。誰も口には出さなかったけど、やっぱりって思った。孤児だもん。服は古着だし。場違いだよね。
「もう少し下町の方に行ってみましょう」
ユリアさんが威勢よく歩き出す。アタシたちは、ユリアさんを悲しませたくなくて、何も気にしてないようについていく。
大通りから小さな通りへ。大きなお店から小さなお店へ。断られるたびに、ユリアさんの眉と肩が下がる。もう誰もしゃべらなくなった。
「このお店でダメだったら、今日はもう諦めましょうか」
たどり着いたのは、下町と貧民街の境にある、本当にこぢんまりとしたお店。五人入ったら身動きとれなくなりそう。
ユリアさんがお店に入っている間、アタシたちは疲れ果てて壁にもたれてうつむいた。もう、疲れちゃった。断られ続けるのって、キツイんだ。いらない子って言われ続けるのって、悲しいな。生まれたときからいらない子だったアタシたち。断られるのはとっくに慣れてるつもりだったのにな。最近、王宮で受け入れられることが多くなったから、うっかり忘れてた。アタシたちが不要物だって。アタシたち、ゴミみたいなものなんだって。
ユリアさんが飛び跳ねるようにして出てきた。
「入っていいって。一度に全員は無理だから、ふたりずつね」
「ほんとう?」
「いいの?」
「行儀よくします」
「いつも通りすれば大丈夫よ。私も一緒に入りますからね」
ユリアさんについて、アタシとエラが最初に入る。棚がたくさんあって、色んなものが雑多に詰め込まれてる。近くの棚には布や糸、ボタンに針。向こうには鍋やお皿などまで。
「ね、銅貨一枚で買えそうなものってあるかな?」
「わかんない。どうだろう」
みんなが順番を待っているので、あんまり長くはいられない。ゆっくり見たい気持ちを抑えて、どんどん棚を見て行く。
「あ、これなら銅貨一枚で買えるよ」
エラが小声でアタシを呼んだ。
「訳アリ品だって。どれも安い」
カウンターの前に置いてあるカゴに色んな小物が入っている。底が少し欠けているコップ、銅貨二枚。少しだけ傷のあるガラス玉、銅貨1枚。ふちがほつれたハンカチ、銅貨二枚。色とりどりのボタン、銅貨一枚。はんぱな長さの赤いリボン、銅貨二枚。
「あ、これ」
エラと同時にリボンを持つ。
「このリボン、ふたりで使わない?」
「おそろいね。アタシもそう思ってた」
うれしい。うれしい、うれしい。すごくうれしい。初めてのお買い物。大好きなエラとおそろいのリボン。
「長さ、足りるかな?」
「頭にぐるっと巻くのは難しそうだけど。ほら」
エラが三つ編みおさげの下部分にリボンを当てる。
「これなら短くても使えるから、ふたりでおそろいにできるよ」
「やった」
思わずピョンと跳ねる。エラが笑った。
「これ、お願いします」
「はい、ありがとうございます」
カウンターの向こうから手が伸びる。銅貨を一枚ずつ、ふたりで置いた。
「かわいいお客さんに、こちらサービスです。どうぞ」
オレンジ色の髪に、茶色い目のお兄さん。くせ毛なのか寝癖なのか、鮮やかなオレンジ色の髪が色んな方向にはねている。お兄さんはガラス瓶からキャンディを取り出し、渡してくれた。
「ありがとう」
お礼を言いながら、アタシの胸はドキドキとうるさい。この人、もしかして。
「口に入れちゃう方がいいよ。ずっと持ってると手がベタベタになる」
「あ、はい。ありがとうございました」
キャンディを口に入れる。甘くておいしい。疲れが飛んでいった。
「次のふたりを呼んでね」
ものさしやチョークなんかを見てるユリアさんに言われ、エラと店の外に出た。ワクワクして待ちきれない様子のみんなにリボンを見せ、うらやましがられる。アタシは口の中でキャンディを転がしながら、店の周りを見回した。お店の看板が目に入った。便利雑貨屋と書いてある。右隅に小さくトラの紋章が描いてあった。やっぱりだ。
どうしようかな。考え込んでいるうちに、全員が買い終わった。みんなで戦利品を見せあう。
「あたしはボタンにしたよ。おまけしてもらって、五つも買えた。糸を通してボタンネックレス作るんだ」
「オレはポケットナイフ。刃こぼれしてるけど、研げばなおるって」
「わたしはハンカチにした。これに好きな花を刺繍するんだー」
みんなが口々に報告するのを、ユリアさんが楽しそうに聞いている。
「みんな、今日はごめんなさいね。わたくしが世間知らずだったから、色んなお店に連れまわして、イヤな気持ちにさせてしまったわ」
「あやまっちゃだめ」
「ユリア先生は悪くないよ」
「アタシたちが場違いだっただけだもん」
「いっぱい勉強してえらくなって、あいつらを見返してやろうぜ」
「おー」
ユリアさんはまた笑いながら泣いていた。ユリアさん、とってもいい人。大好き。好きな大人がどんどん増えていくって、素敵だな。
孤児院のみんな、ピエールさん、ユリアさん、ジョーさん、パイソン公爵、カーラさん。そして、さっきの優しい店員さん。みんなを守らなきゃいけない。未来を変えなきゃいけない。
あのトラの紋章はティガーン子爵家のもの。アタシが見た未来で、小麦の不作で飢餓が起こったことがあった。その時、ティガーン子爵家の商会が遠くの国まで小麦を買いつけにいってくれたんだ。大変な船旅で、旅の途中で船員が何人も亡くなってしまった。さっきのお兄さんは、小麦を王都に届けた後、病気で倒れたまま回復しなかった。
「パウロ・ティガーン子爵令息。肖像画より優しい目だったな」
ウォルフハート王国を救った英雄として民から崇められた勇者。肖像画や銅像が色んなところに飾られた。
「未来のアタシは、パンがないならパスタを食べればいいじゃない、なんて言っちゃったのよね」
パンもパスタも小麦からできているって、知らなかった、おバカで無神経な未来のアタシ。国民から悪女とののしられたっけ。
「とにかく、小麦が不作にならなければいいんだよね。どうしたらいいかな」
「サブリナったら、さっきから何ブツブツ言ってるの?」
「ん? エラと早くリボンをおそろいにしたいなーと思って」
「帰ったらやってみようよ」
「うん」
アタシはエラの手を握って元気よく歩き出した。まだ時間はあるはず。ゆっくり考えよう。
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