そんな未来はお断り! ~未来が見える少女サブリナはこつこつ暗躍で成り上がる~

みねバイヤーン

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【第二章】未来でもおなかいっぱいでいたいな

15. 街もキレイにしよう

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 ゆっくりじっくり考え、夢に出てきた修道院のおばあちゃんの助けを借り、そしてやっぱりなんだかんだ言ってゴミ処理が答えなんだなってわかった。

 ピエールさんに相談して、孤児院に近い通りのゴミ処理を始めることにする。試すのはいつもの五人組。リーダー格のボビー、お調子者のテオ、天真爛漫なコリン、、しっかり者のエラ、そしてアタシ。

「通りのゴミ処理だって?」
「ゴミなんてあったっけ?」
「通りのゴミといえば、あれよ」

 アタシが指さすと、みんなが、ああーと言う。

「またかー」
「もう卒業できたと思ってたー」

 通りに点々と落ちている馬糞を見て、みんな苦笑い。

「王宮とは違って、ここでは馬車がしょっちゅう通るじゃない。すばしっこく、注意深くしないと、ひかれちゃう」
「一番心配なのは、サブリナだけどな」
「うっ」

 反論できない。一番とろい自覚はある。

「オレたちが馬糞をバケツに入れてくる。サブリナとエラは端っこにいて、バケツの中身を荷車に入れてくれよ」
「いいの?」
「馬車にひかれたサブリナを拾うより、馬糞拾う方がいいよー」

 ボビー、テオ、コリンがゲラゲラと笑う。アタシとエラはありがたく、通りのすみっこでバケツを空にすることにした。

 馬車と馬車のすき間を縫って、男子たちがネズミのようにちょこまかと走り回る。戻ってきたら馬糞いっぱいのバケツと空のバケツを交換。男子たちが走り回っている間に、アタシとエラで馬糞を荷車の木箱に入れる。

「あんたたち、馬糞の掃除をしてくれてるのかい? ありがとう。これ、あとで食べて」

 通りに出てきたおばさんが、アタシたちにチーズとりんごをくれた。

「おばさん、ありがとう。そうだ、おばさんのおうちにゴミがあったら、それももらってもいい?」
「うちのゴミをもらってくれるのかい? それは、ありがたいけど」
「孤児院で畑を作るから、生ゴミがあると肥料にできるでしょ」
「ああ、そういうこと。持ってくるよ、ちょっと待っててね」

 おばさんは家に戻って、バケツに入った生ゴミを持ってきてくれた。

「いつもは裏庭の穴に捨ててるんだけどね。匂うからね。もらってくれるならありがたいよ」
「うれしいです。ありがとうございます。もしご近所さんたちからももらえそうなら、それももらいたいです」
「いいよ、聞いてみるよ」

 おばさんは気軽に隣近所に声をかけてくれた。あっという間に荷車の木箱がいっぱいになった。

「悪いねえ、これあとで食べて」
 おばさんたちが果物やパン、キャンディをくれる。夕方になったら、オリーとネイトを連れてジョーさんが来てくれた。

「すごい量だね」
「うん、オレたちがんばった」
「もうヘトヘト」
「髪から生ゴミと馬糞の匂いがする」

 ピンクの髪から、女の子にあるまじき匂いがする。きっと、髪だけじゃないな、全身からだな。もうお嫁にいけない。でもお嫁にいくつもりはないから、いいんだ。

「がんばってる君たちに、ご褒美。焼きたてのピザを買ってきたよ」
「ピザってなに? なんか、すっげーいい匂いがするけど」

 ボビーがお腹を押さえながら目を輝かせる。ジョーさんがバスケットから紙包みをそうっと取り出し、渡してくれる。ホッカホカだ。包みをあけると、三角形の薄いパンが出てきた。

「最近はやり始めたんだ。さあ、食べてみなよ」

 ピザは、未来の夢にも出てこなかった。パン生地は赤いソースが塗られていて、上に丸くて赤茶色のものと、玉ねぎとチーズがのってる。はやくはやくって、口の中が言ってる。ふーふー吹いて、ひと口。香ばしいパン生地は下がサクッと、中の方はフワッとしてる。赤いソースは少しすっぱい、トマトだ。塩気のある赤茶色の丸いのと、甘い玉ねぎ、トロリとしたチーズが、口の中で一体になった。嚙み切ったつもりなのに、チーズが伸びる伸びる。

「めちゃうま」
「こんなおいしいもの、生まれて初めて」
「ソーセージパンよりおいしいものに出会ってしまったーーー」
「生まれてきてよかった」
「ジョーさん、ありがとう」

 いつまでも切れないチーズに苦戦しながら、ジョーさんにお礼を言う。ジョーさんはうれしそう。

「ねえ、これってソーセージじゃないよね?」
「ああ、それはサラミだ。燻製させたソーセージだよ」
「サラミ。サラミってすげー」
「毎日ピザ食べたいー」
「わかった、そうできるように手配するよ」

 冗談だったのに、ジョーさんがサラッと言う。

「ピエールさんとパイソン公爵と話したよ。公共事業にできると思う。王宮での仕事にも昼食つくだろ。街の清掃でも昼食つかなきゃ、やる気でないじゃないか」
「ジョーさんありがとう。ピエールさん、パイソン公爵ありがとう」

 アタシたちは、ピザでベタベタの口で叫んだ。 
 孤児院に戻り、体を洗い、新しい服に着替えてから、ピエールさんと話し合う。

「お疲れさん。よくがんばった。さて、オレがやるべきことを言ってくれるかな。いつもながら、大人のオレが子どものサブリナに指示を仰いでばかりで、なんというか。すまん」

「いいえ、ピエールさん。アタシには知識はあっても、色んなことを調整する力はないんです。アタシのおかしな話をいつも聞いてくれて、ありがとうございます」

 普通の大人は、子どもの突飛な思いつきを聞いてくれたりしない。ピエールさんはアタシが何を言っても、ちゃんと受け止めてくれる。

「最終的には、王都全体のゴミ処理をするんだな?」
「はい。そうしたいです。この孤児院だけじゃ無理です。他の孤児院にも声をかけて、働きたい子を集めたいです」

「なるほど。王都には八つの孤児院があるから。全員集めれば四百人ぐらいの孤児か。途方もないな。他の孤児院長と話してみよう」

「多分、四百人の孤児だけでは足りないです。馬糞をかきあつめるのは、すばしっこい子どもがいいですけど。荷車を引いたりするのは、大人の力がいります。王都でゴミ収集できる人を募集しましょう」

「集まるだろうか?」
「制服を支給すると言えば、集まると思います。制服にはサルとヘビの紋章が入っているから」
「サブリナ、君は天才だな」

 ピエールさんはアタシの両手を取り、ブンブン振る。

 予想通り、人はあっという間に集まった。サルとヘビの紋章入りの制服を着られれば、王都で危ない目に合わないことが約束されるからだ。

 ピエールさんは、アタシがお願いした通り、なるべく他の仕事に就きにくい人を優先して雇ってくれた。短時間しか働けない子持ちの未亡人、体が不自由な人、長時間は働けない老人、素行が悪くて職場を転々としている人。

 素行が悪い人を雇うのは、ピエールさんは反対だったんだけど。

「ピエールさんなら、悪い人たちでもまとめられます。アタシたちの心をつかんだ、そのままのピエールさんでいれば、大丈夫です。ピエールさんは親分としてそこにいて、ワハハと笑っていてくれればいいんです」

 アタシが信じた通り、ピエールさんは大丈夫だった。サルとヘビの紋章入り制服を着たクセの強い平民を前に、ピエールさんは言ってくれた。

「真面目に働けばちゃんと昇給させる。何度も問題を起こしたらクビにする。この制服を着るものは、アッフェン男爵家の一員だ。弱い者にたかるようなダサいことはするなよ」

 王都で最も力を持つパイソン公爵をたらしこんだアッフェン男爵。孤児を雇い未来を与えた貴人。弱きを助け、道を踏み外した者にも手を伸ばそうとする聖人。

 本人が知らない間に、ピエールさんの評判はとんでもないことになっていたんだ。

 ピエールさんから差し出された手に唾吐くことは、王都中から白い目で見られることを意味するんだって。ジョーさんが言ってた。

 荒ぶっていた人たちも、それなりに真面目に働いてくれてる。

 すばしっこい子どもが通りから馬糞を集め、老人が荷車にバケツの中身を空ける。女性たちは家々から生ゴミを集め、男性たちが荷車をひく。それぞれが、できることを黙々とする。

 昼時になると、ピザとソーセージパンが届けられる。

「うまい」
「幸せ」
「生きててよかった」
「長生きはするもんじゃ」

 きつい仕事でも、ごはんが出て、街の人たちから感謝されて、ちゃんと給金をもらえれば、働くのは楽しいんだ。

 街はきれいになり、生ゴミがどんどんたまっていく。
 王都のはずれにあるパイソン公爵の私有地に、生ゴミの入った木箱が並ぶ。ピエールさんは増え続ける木箱にちょっぴり引いているみたい。

「サブリナや、本当にこの生ゴミが宝の山になるのかい?」
「はい、なります。木箱に入った生ゴミに土をかぶせ、ミミズを置きます。そして、緑の木の実、ファグランを天日で干してからすりつぶし、生ゴミにふりかけます。そうすると、なんということでしょう。数週間で肥料になるんです」

 修道院のおばあちゃんが夢に出てきて、教えてくれた。孤児院の庭になっている緑の実が使えるよって。おばあちゃん、ありがとう。
 ピエールさんは感心したようにアタシを見る。

「サブリナはそんなことも知っているのか。君の小さな頭にどれほどの知識が詰まっているのか、オレはたまに恐ろしくなるよ」
「ピエールさん、アタシは、知識をいいことにしか使いませんよ。ご心配なく。堆肥ができたら野菜を作ります。野菜ができたら、ティガーン子爵に会ってください」

「ティガーン子爵といえば、商会がもうかってウハウハなお金持ち?」
「はい。ティガーン子爵はいい人なはずです。今のところは」

 飢餓の未来で長男のパウロさんをなくしたあとは、金儲けだけにまっしぐらになってしまった。今はパウロさんも元気だし、ティガーン子爵は慈善事業にも力を入れていて、八つの孤児院にたくさん寄付しているはずだ。

 商人で色んなところに顔の利く、ティガーン子爵。ピエールさんの人たらしの術で、ティガーン子爵を仲間にしてもらわなくては。

***

 人当たりがよさそう。いい人そう。でも、目が笑ってない。何を考えているのかわからない。そう評されることが多いティガーン子爵。感情の揺らぎが見えない目で、ティガーン子爵はアッフェン男爵を観察する。

 あのパイソン公爵が目をかけているサル。たるんだ腹がベルトの上に乗った、だらしない体の冴えない男だ。目の覚めるような青いシャツに、頭痛がしそうな真っ赤なズボンを着ている。非常識この上ない配色。

 パイソン公爵の庇護下にあること以外、特筆すべきこともなさそうな人相。

 貧民から、聖人と呼ばれていい気になっているのだろうか。いや、そうでもなさそうだな。己の平凡さをよくわかり、どちらかというと地に足のついた男のようだ。

 人を見る目には自信がある。ティガーン子爵は、アッフェン男爵の人となりを見極めようと静かに話を切り出した。

「それで? 私の商売に有用な提案があるとか?」
「王都で回収した生ゴミから堆肥を作っているので、それを商品化できないかと」

 ティガーン子爵はやや失望した。堆肥など、たいした売上にならない。わずかに持っていたアッフェン男爵への興味が霧散していくのを感じる。それでも、どのような人物でも潜在顧客であるとわかっているので、商売人の顔を維持して聞いた。

「価格はどれぐらいでお考えかな?」
「ああ、堆肥そのものに値段をつけるつもりはないのです。ティガーン子爵閣下の商店が農家に野菜を仕入れに行かれますよね? その際のお土産に堆肥を持っていっていただけないでしょうか」

「お土産? 農家に無料で堆肥をあげるということ?」
「はい、その代わり、売り物にならない形の悪い野菜をもらっていただけないでしょうか? 物々交換といった感じで。なにせ、育ち盛りをたくさん抱えておりますから。無料で野菜が手に入ればありがたいんですよ、ええ」

「それなら、勝手にあなたがやればよいことでは? 我が商会が間に入る必要があるとは思えないが」
「いやあ、人を雇って色んな農家に堆肥を持っていくの、大変じゃないですか」

「なにを──」
 言っているのだこいつは。そんなめんどくさいことはできないと、格上の貴族である自分に本気で言ったのか? アホなのか、こいつは? ティガーン子爵はアッフェン男爵を呆れながら見る。それともやはり、パイソン公爵閣下の威を借るただのサルということであろうか。

「私がやってもただの物々交換ですが、ティガーン子爵閣下の商会がやれば、利がありますよ。堆肥をくれるなら、今までの価格でいい野菜をより多く売ってくれるかもしれません」
「なるほど、一理あるが」
「今まで商売をしていなかった農家も、堆肥の評判を聞いて取引きを始めてくれるかもしれません」

 なかなか食い込めていない、良質な小麦を育てる農家が確かにあるが。効果があるだろうか。

 アッフェン男爵が野菜を取り出した。
「この堆肥で作った野菜です。召し上がっていただけますかな?」

 トマト、キュウリ、パプリカ。小ぶりだが、いい色をしている。手に取ると、ずっしりとした重み。匂いが強いな。ふむ。トマトをひと口。

「これは」
 口に広がる濃厚な甘みとうま味。豊かな香り。弾むような食感。

「うまいな。今までのトマトとは段違いだ」
「そうなんです」
 アッフェン男爵の鼻が得意げにうごめいている。

 続けて試したキュウリとパプリカも、王族の食卓に出せる味わいだった。

「堆肥を運ぶ際に、この野菜を農家に味見させたい」
「孤児院の畑で収穫できたものをお渡しします」

 アッフェン男爵が即座に答える。優秀だな。アッフェン男爵への評価が高まっていく。

 アッフェン男爵が身を取り出して、露骨に手もみをする。なんだ、その安っぽい商人の真似は。目を細めるティガーン子爵に、アッフェン男爵が新たな提案を始めた。

「ティガーン子爵閣下の口利きがあれば、他の都市でも同じことができるかもしれません。アッフェン男爵家が孤児院を運営し、都市で生ゴミを集め堆肥を作り、ティガーン子爵家の商会が農家に運べば、三方よしですよね」
「もしかして、私に仕組みを売ろうとしているのか?」
「そういったところです。なにせ、規模が大きすぎて、私だけの力ではできないことですから」

 悪びれることなく笑うアッフェン男爵が、なにやらとてつもなく大きな男に見えてきた。こやつ、底が知れぬ。パイソン公爵閣下を篭絡するだけのことはあるかもしれない。

「おもしろい。お互いの利益の落としどころを詰めようではないか。まずは小さく始め、うまくいけば事業を拡大すればよい」
「ありがとうございます。ああー、よかったー、閣下が乗ってくださって」

 子どものような笑顔を浮かべ、椅子の背もたれにダラッと体を預ける姿から
は、先ほど感じた大物感はまったくない。この男、なかなか興味深いな。ティガーン子爵は、サルの手の平で踊らされるような感覚を持ったが、それでもなぜかイヤな気分にはならなかった。

 その後、サルとトラとヘビの紋章が入った堆肥入り木箱が、王都から農家へと行き来するようになった。
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