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【第二章】未来でもおなかいっぱいでいたいな
16. 少女に向いているお仕事
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アタシたちは毎日忙しい。仕事と授業はもちろん、孤児院の掃除、洗濯にお皿洗いだってある。孤児院の畑の手入れも大事だ。最近は孤児院でニワトリ、ヤギ、牛を飼い始めたから、家畜のお世話もある。ちょっとした隙間時間には刺繍だ。
「いたっ」
針を突き刺してしまった。左手の人差し指からプックリと赤い血が盛り上がる。指をなめていたら、周りの女の子に気づかれちゃった。
「またー? サブリナって刺繍がホントに苦手だよね」
「ちょっとー、誰よ、サブリナに白い布渡したのー。布に血がついちゃってるじゃん」
「ああー、しまったー。サブリナ、あんたは濃い色の布しか触っちゃダメだって」
「あ、そうだった。これ、どうしよう」
ところどころ、血のあとがついてしまっている。
「もう、貸しなさい。今日は私が洗濯当番だから、ついでに洗ってきてあげる」
「ありがと」
白い布を渡して、紺色の布を手に取る。
「やってもやっても終わらない」
思わずため息が出る。
「私さー、最近夢の中でも刺繍してるよ」
「わかる。夢にサルとヘビとトラが出てきた。思わず叫びながら起きちゃった」
「あー、昨日のあれ、それかー。ビックリしたよー」
「ごめーん」
王宮での仕事着にはサルとヘビの紋章。街での仕事着にはサルとヘビとトラの紋章。最初の頃はシャツの袖部分に刺繍してたんだけど、洗い替えのシャツとか、育っちゃった子の新しいシャツとか、数が多すぎて大変すぎた。
「小さい布に紋章だけ刺繍して、シャツの袖に簡単に縫い留めるだけにしたのは、いい考えだったよね」
「新しいシャツを着るときは、紋章だけ付け替えればいいもんね。いちいち刺繍してらんないもん」
「サブリナ、刺繍は下手だけど、そういうこと考えつくのは天才だと思う」
「ホントだよ」
「えへへ、もっと褒めてー」
調子にのって言ったら、みんなが笑いながら褒めてくれる。
「かわいい」
「それはそう」
「人たらし」
「それな。すっごい大人がホイホイわいてくるよね」
「サブリナのおかげで、おいしいもの食べれるようになったよー。ありがとね」
「お給料で好きなもの買えるなんて、夢みたい」
「将来、飢え死にしなくて大丈夫そうで嬉しい」
ちゃんと食べられるようになったおかげで、みんなあんまり病気にならなくなった。
「ジョーさんが前に言ってたけど、孤児院の十年間の名簿を調べたら、半分が病気で死んじゃってたんだって」
「ヤダ、やめてよ。誰にも死んでほしくないよ」
「うん、みんなで元気に大人になりたいな」
「大人になったら、何したい?」
「私は結婚して子ども生みたいな。家族がほしい」
「わかるー。あたしも家族ほしー」
「家族ってどんなだろうね」
ここにいる誰もが持っていない家族。想像もできない家族。
「まずは結婚しなきゃね」
「お金持ちでかっこよくて優しくて家持ってる人がいいなー」
「夢見すぎ」
「サブリナぐらいかわいかったら、誰とでも結婚できそう。うらやましい」
「いや、アタシは結婚するつもりないから」
「え、そうなの? 結婚しないでどうやって家族作る気?」
「ほんとだ。どうしよう」
結婚はしたくない。でも家族はほしい。困ったな。
「でもでも、結婚よりまずは仕事だと思うんだ。結婚しても浮気されるかもしれないじゃん。ポイ捨てされても、仕事があれば生きていけるもん。家から追い出されても、仕事があれば家を借りれるし」
十六歳になったら孤児院を出なきゃいけないんだけど、まともな仕事なんてないから、孤児は生きていくのもやっとだったんだよね。でも今は仕事があって、お金を稼げる。貯金してれば、孤児院を出た仲間と共同で安い部屋なら借りられるはず。読み書き計算ができるから、いい仕事にもつけるかもしれない。それに、いざとなったら街のゴミ処理の仕事はずっとできる。十六歳になるのが怖くなくなった。
「もっと色んな仕事ができるようになるといいよね」
「例えば?」
「アタシは才能がないから無理だけど。お針子とかできたらいいよね」
アタシが言うと、女の子たちがものすごい勢いで何度も頷く。
「そうだねー。馬糞拾いもいいんだけど、部屋の中で座ってできる仕事があるといいよね」
「わかる。馬糞拾いもそこまでいやじゃないんだけど、真冬は部屋の中で働きたいってのが本音」
みんな、馬糞拾いは本当のこと言うとしたくないんだよねっていう気持ちを、あんまり隠せてない。キツイ仕事だから、その気持ちはわかる。
んんん、刺繍してたときに、何か思い出しそうになったんだよね。なんだっけ、なんだっけ。
「お姫様のドレスとか縫ってみたいわー」
「いいなーそれ。中古じゃなくて新品の服とか着てみたいわー」
「わかるー。でも、それ仕事じゃないじゃん。ただの願望じゃん」
「ばれたか」
「それだ。ありがと、思い出せた。ちょっとピエールさんのところに行ってくるね」
「いってらっしゃーい」
「またサブリナがなんか思い出したか。なんだろ、ワクワクすっぞ」
「サブリナ、がんばって。君の分の刺繍は我々に任せたまえ」
みんなに応援されながら、部屋を出て行く。うまくいくかもしれない。
あの落ちぶれかけている貴族。先代が始めた事業がことごとくうまく行かなかったはず。後を継いだ今の当主夫妻は、家をたて直すのに必死な時期だろう。ピエールさんならうまく心をつかんでくれるに違いない。
***
フェルデ伯爵夫人は深々とため息を吐いた。
「ゴミ男爵が来るだなんて。いったいどういうことかしら。我が家がひっ迫しているのを知って、家宝を買いたたきに来るのかしら」
貴族の末端にかろうじて名を連ねていた男爵が、いつの間にか有力貴族を次々取り込み、勢力を増している。嘆かわしいことだ。由緒正しきフェルデ伯爵家までが、その毒牙にかかるだなんて、ありえないわ、許せないわ。
「フェルデ伯爵家に残っているのは、もはや伝統と家名だけですもの。せめてそれは守らなくてはいけないわ」
それが嫁いだ自分の役目であろう。フェルデ伯爵夫人は断固たる態度で、毅然と対応しようと決意する。縄張りを守る雄鶏のようなたけだけしい気持ちで客間に入った。
「これはこれはフェルデ伯爵夫人。お忙しい中、ありがとうございます」
深々とお辞儀をし、もみ手をせんばかりにへりくだるアッフェン男爵がそこにいた。御用商人よりも腰の低い相手に、夫人はいきなり戦意をそがれた。
「それで、ご用というのは?」
夫人は単刀直入に問いかけた。さっさと聞いて、とっとと追い返そう、そう思った。
「私は別名ゴミ男爵と呼ばれているのですが。最近、不要になったものを有効活用することを喜びと感じるようになりまして。フェルデ伯爵家で埋もれている宝がもったいないなと、本日は提案に参った次第でございます」
「我が家の宝とは具体的には何かしら?」
いざとなったら売ってしまおうかと思っている甲冑、絵画、壺などが宝物庫にはまだ多数ある。
「ドレスです。先代の伯爵夫人は社交界の流行を司る存在でいらっしゃいましたよね」
「いくらなんでも、古すぎますでしょう。大昔の最先端ドレスは、今では化石ですわ」
「物は試しというではありませんか。もう捨ててもいいと思われるドレスをいくつかいただけませんか?」
買わせてくださいとは言わないところが、さすがゴミ男爵だわ。夫人は厚かましいアッフェン男爵に半ば感心した。
パイソン公爵とティガーン子爵が発見したであろう、アッフェン男爵の才能の片りんは、フェルデ伯爵夫人には少しも見つけられなかった。
でも、もしかしたら、本当にやり手なのかもしれない。切り捨てるのはいつでもできますものね。夫人は扇子をパチリと閉じると、軽く頷く。
「わかりました。いくつか処分しようと思っていたドレスを差し上げます」
「ありがとうございます。後日、改めてドレスと共にご提案に伺います」
アッフェン男爵は、古ぼけたドレスを持って嬉しそうに帰っていった。
フェルデ伯爵夫人が古いドレスのことをすっかり忘れた頃、アッフェン男爵がまたやって来た。
「いかがでしょう?」
姑の古臭いドレスが、当時の流行を残しつつ、今風になっている。
「まあ、これは」
夫人は息を呑み、広げられたドレスに近づく。
「あら、小さくなっているのかしら?」
「はい、十代前半の少女向けにいたしました。大人は当時の記憶が残っていて、古臭い、流行おくれという感覚が先にたってしまうでしょう。ところが、当時を知らない少女ならば、新鮮なのではと思いまして」
夫人はすっかり感心した。その通りだ。自分は姑世代のドレスを着たくはないが、娘世代からなら受け入れられる気がする。
「目のつけどころがいいですわね。とても気に入りました」
「ありがとうございます。では、どうでしょう? 手を組ませていただけませんか? 新しい流行をフェルデ伯爵家とアッフェン男爵家共同で作り上げませんか?」
半信半疑で聞いていた夫人は、最終的には了承した。試してみても、何も損はないだろう、そう思ったからだ。
***
フェルデ伯爵家が経営していたつぶれかけの服飾店。今では客の途切れない人気店となった。
「おばあさま、わたくしこのドレスが好きだわ。どうかしら?」
「まあ、懐かしいわねえ。これに似たのを若い頃に着たのよ」
「いらっしゃいませ、奥様、お嬢様。実にお目が高い。こちらは先代のフェルデ伯爵夫人のお気に入りドレスから着想を得ております。元々のドレスも飾られておりますので、どうぞご覧になってくださいませ」
壁際のガラス棚の中には、先代夫人の衣装を着た人型がズラリと並んでいる。
「そうそう、こんなドレスでしたわ。思い出すわねえ、わたくしがまだ結婚する前のことですよ」
「これらを基にしたドレスがたくさんございますので、どうぞお試しになってください」
「おばあさま、わたくしこの青と白の縞模様のドレスと、あちらのピンクの花柄のドレスが好き」
「両方買ってあげますよ。次のお茶会に着るといいわ。さあ、試着してみなさいな」
「お嬢様にピッタリになるように調整し、すぐにお届けさせていただきます」
店員はにこやかに言って、令嬢を奥の部屋に案内する。
祖母と孫が一緒に買い物ができると評判の服飾店。看板にはウマとサルの紋章が入っている。
裁縫が得意な孤児たちが、夢だったドレス作りでお金を稼げるようになった。
「いたっ」
針を突き刺してしまった。左手の人差し指からプックリと赤い血が盛り上がる。指をなめていたら、周りの女の子に気づかれちゃった。
「またー? サブリナって刺繍がホントに苦手だよね」
「ちょっとー、誰よ、サブリナに白い布渡したのー。布に血がついちゃってるじゃん」
「ああー、しまったー。サブリナ、あんたは濃い色の布しか触っちゃダメだって」
「あ、そうだった。これ、どうしよう」
ところどころ、血のあとがついてしまっている。
「もう、貸しなさい。今日は私が洗濯当番だから、ついでに洗ってきてあげる」
「ありがと」
白い布を渡して、紺色の布を手に取る。
「やってもやっても終わらない」
思わずため息が出る。
「私さー、最近夢の中でも刺繍してるよ」
「わかる。夢にサルとヘビとトラが出てきた。思わず叫びながら起きちゃった」
「あー、昨日のあれ、それかー。ビックリしたよー」
「ごめーん」
王宮での仕事着にはサルとヘビの紋章。街での仕事着にはサルとヘビとトラの紋章。最初の頃はシャツの袖部分に刺繍してたんだけど、洗い替えのシャツとか、育っちゃった子の新しいシャツとか、数が多すぎて大変すぎた。
「小さい布に紋章だけ刺繍して、シャツの袖に簡単に縫い留めるだけにしたのは、いい考えだったよね」
「新しいシャツを着るときは、紋章だけ付け替えればいいもんね。いちいち刺繍してらんないもん」
「サブリナ、刺繍は下手だけど、そういうこと考えつくのは天才だと思う」
「ホントだよ」
「えへへ、もっと褒めてー」
調子にのって言ったら、みんなが笑いながら褒めてくれる。
「かわいい」
「それはそう」
「人たらし」
「それな。すっごい大人がホイホイわいてくるよね」
「サブリナのおかげで、おいしいもの食べれるようになったよー。ありがとね」
「お給料で好きなもの買えるなんて、夢みたい」
「将来、飢え死にしなくて大丈夫そうで嬉しい」
ちゃんと食べられるようになったおかげで、みんなあんまり病気にならなくなった。
「ジョーさんが前に言ってたけど、孤児院の十年間の名簿を調べたら、半分が病気で死んじゃってたんだって」
「ヤダ、やめてよ。誰にも死んでほしくないよ」
「うん、みんなで元気に大人になりたいな」
「大人になったら、何したい?」
「私は結婚して子ども生みたいな。家族がほしい」
「わかるー。あたしも家族ほしー」
「家族ってどんなだろうね」
ここにいる誰もが持っていない家族。想像もできない家族。
「まずは結婚しなきゃね」
「お金持ちでかっこよくて優しくて家持ってる人がいいなー」
「夢見すぎ」
「サブリナぐらいかわいかったら、誰とでも結婚できそう。うらやましい」
「いや、アタシは結婚するつもりないから」
「え、そうなの? 結婚しないでどうやって家族作る気?」
「ほんとだ。どうしよう」
結婚はしたくない。でも家族はほしい。困ったな。
「でもでも、結婚よりまずは仕事だと思うんだ。結婚しても浮気されるかもしれないじゃん。ポイ捨てされても、仕事があれば生きていけるもん。家から追い出されても、仕事があれば家を借りれるし」
十六歳になったら孤児院を出なきゃいけないんだけど、まともな仕事なんてないから、孤児は生きていくのもやっとだったんだよね。でも今は仕事があって、お金を稼げる。貯金してれば、孤児院を出た仲間と共同で安い部屋なら借りられるはず。読み書き計算ができるから、いい仕事にもつけるかもしれない。それに、いざとなったら街のゴミ処理の仕事はずっとできる。十六歳になるのが怖くなくなった。
「もっと色んな仕事ができるようになるといいよね」
「例えば?」
「アタシは才能がないから無理だけど。お針子とかできたらいいよね」
アタシが言うと、女の子たちがものすごい勢いで何度も頷く。
「そうだねー。馬糞拾いもいいんだけど、部屋の中で座ってできる仕事があるといいよね」
「わかる。馬糞拾いもそこまでいやじゃないんだけど、真冬は部屋の中で働きたいってのが本音」
みんな、馬糞拾いは本当のこと言うとしたくないんだよねっていう気持ちを、あんまり隠せてない。キツイ仕事だから、その気持ちはわかる。
んんん、刺繍してたときに、何か思い出しそうになったんだよね。なんだっけ、なんだっけ。
「お姫様のドレスとか縫ってみたいわー」
「いいなーそれ。中古じゃなくて新品の服とか着てみたいわー」
「わかるー。でも、それ仕事じゃないじゃん。ただの願望じゃん」
「ばれたか」
「それだ。ありがと、思い出せた。ちょっとピエールさんのところに行ってくるね」
「いってらっしゃーい」
「またサブリナがなんか思い出したか。なんだろ、ワクワクすっぞ」
「サブリナ、がんばって。君の分の刺繍は我々に任せたまえ」
みんなに応援されながら、部屋を出て行く。うまくいくかもしれない。
あの落ちぶれかけている貴族。先代が始めた事業がことごとくうまく行かなかったはず。後を継いだ今の当主夫妻は、家をたて直すのに必死な時期だろう。ピエールさんならうまく心をつかんでくれるに違いない。
***
フェルデ伯爵夫人は深々とため息を吐いた。
「ゴミ男爵が来るだなんて。いったいどういうことかしら。我が家がひっ迫しているのを知って、家宝を買いたたきに来るのかしら」
貴族の末端にかろうじて名を連ねていた男爵が、いつの間にか有力貴族を次々取り込み、勢力を増している。嘆かわしいことだ。由緒正しきフェルデ伯爵家までが、その毒牙にかかるだなんて、ありえないわ、許せないわ。
「フェルデ伯爵家に残っているのは、もはや伝統と家名だけですもの。せめてそれは守らなくてはいけないわ」
それが嫁いだ自分の役目であろう。フェルデ伯爵夫人は断固たる態度で、毅然と対応しようと決意する。縄張りを守る雄鶏のようなたけだけしい気持ちで客間に入った。
「これはこれはフェルデ伯爵夫人。お忙しい中、ありがとうございます」
深々とお辞儀をし、もみ手をせんばかりにへりくだるアッフェン男爵がそこにいた。御用商人よりも腰の低い相手に、夫人はいきなり戦意をそがれた。
「それで、ご用というのは?」
夫人は単刀直入に問いかけた。さっさと聞いて、とっとと追い返そう、そう思った。
「私は別名ゴミ男爵と呼ばれているのですが。最近、不要になったものを有効活用することを喜びと感じるようになりまして。フェルデ伯爵家で埋もれている宝がもったいないなと、本日は提案に参った次第でございます」
「我が家の宝とは具体的には何かしら?」
いざとなったら売ってしまおうかと思っている甲冑、絵画、壺などが宝物庫にはまだ多数ある。
「ドレスです。先代の伯爵夫人は社交界の流行を司る存在でいらっしゃいましたよね」
「いくらなんでも、古すぎますでしょう。大昔の最先端ドレスは、今では化石ですわ」
「物は試しというではありませんか。もう捨ててもいいと思われるドレスをいくつかいただけませんか?」
買わせてくださいとは言わないところが、さすがゴミ男爵だわ。夫人は厚かましいアッフェン男爵に半ば感心した。
パイソン公爵とティガーン子爵が発見したであろう、アッフェン男爵の才能の片りんは、フェルデ伯爵夫人には少しも見つけられなかった。
でも、もしかしたら、本当にやり手なのかもしれない。切り捨てるのはいつでもできますものね。夫人は扇子をパチリと閉じると、軽く頷く。
「わかりました。いくつか処分しようと思っていたドレスを差し上げます」
「ありがとうございます。後日、改めてドレスと共にご提案に伺います」
アッフェン男爵は、古ぼけたドレスを持って嬉しそうに帰っていった。
フェルデ伯爵夫人が古いドレスのことをすっかり忘れた頃、アッフェン男爵がまたやって来た。
「いかがでしょう?」
姑の古臭いドレスが、当時の流行を残しつつ、今風になっている。
「まあ、これは」
夫人は息を呑み、広げられたドレスに近づく。
「あら、小さくなっているのかしら?」
「はい、十代前半の少女向けにいたしました。大人は当時の記憶が残っていて、古臭い、流行おくれという感覚が先にたってしまうでしょう。ところが、当時を知らない少女ならば、新鮮なのではと思いまして」
夫人はすっかり感心した。その通りだ。自分は姑世代のドレスを着たくはないが、娘世代からなら受け入れられる気がする。
「目のつけどころがいいですわね。とても気に入りました」
「ありがとうございます。では、どうでしょう? 手を組ませていただけませんか? 新しい流行をフェルデ伯爵家とアッフェン男爵家共同で作り上げませんか?」
半信半疑で聞いていた夫人は、最終的には了承した。試してみても、何も損はないだろう、そう思ったからだ。
***
フェルデ伯爵家が経営していたつぶれかけの服飾店。今では客の途切れない人気店となった。
「おばあさま、わたくしこのドレスが好きだわ。どうかしら?」
「まあ、懐かしいわねえ。これに似たのを若い頃に着たのよ」
「いらっしゃいませ、奥様、お嬢様。実にお目が高い。こちらは先代のフェルデ伯爵夫人のお気に入りドレスから着想を得ております。元々のドレスも飾られておりますので、どうぞご覧になってくださいませ」
壁際のガラス棚の中には、先代夫人の衣装を着た人型がズラリと並んでいる。
「そうそう、こんなドレスでしたわ。思い出すわねえ、わたくしがまだ結婚する前のことですよ」
「これらを基にしたドレスがたくさんございますので、どうぞお試しになってください」
「おばあさま、わたくしこの青と白の縞模様のドレスと、あちらのピンクの花柄のドレスが好き」
「両方買ってあげますよ。次のお茶会に着るといいわ。さあ、試着してみなさいな」
「お嬢様にピッタリになるように調整し、すぐにお届けさせていただきます」
店員はにこやかに言って、令嬢を奥の部屋に案内する。
祖母と孫が一緒に買い物ができると評判の服飾店。看板にはウマとサルの紋章が入っている。
裁縫が得意な孤児たちが、夢だったドレス作りでお金を稼げるようになった。
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