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【第三章】おいしいお菓子を食べたいな
18. 王子妃教育
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あの悪夢を見た日から二年が経った。多分、アタシは今十歳ぐらい。背も伸びた。充実した日々に、アタシはすっかり安心しきっていた。結婚しなくても生きていける未来が見えてきた。本当にどうしようもなくなったら、アッフェン男爵家の養子になる道もある。号外は青い鳥になって飛んで行ったし、恐ろしい未来にはならない。これでもう大丈夫、そう思っていたとき、王宮から知らせが来た。
「アタシが王子妃候補ですって? そんなまさか。何かの間違いです。アタシはただの平民ですよ」
「だけどな、サブリナや。立派な服を着た遣いの人が、サブリナを王子妃候補向けの勉強会に招待すると言ったのだよ。ほら、紙もある」
分厚い紙に、美しい手跡で確かにそんなことが書かれている。どうして? どうして馬糞拾いの孤児を? 王族ってば、何考えてるの?
「あの未来は回避できたと思ったのに。そもそも、あれが始まるのは五年後、学園に入学してからのはず」
「なんのことだい、サブリナや」
「アタシ、王子様とは結婚したくないのです。どうしましょう」
ピエールさんに訴える。ポロリと涙がひと粒落ちてしまった。王子様と結婚して、いいことなんて何もない。夢で見た未来は、どれもひどかった。
「サブリナなら、王子様とだってうまくやっていけると思うがね。何度か聞いたけれど、本当に養女になる気はないかい? 今のアッフェン男爵家なら、サブリナを十分守ってあげられると思うのだよ。そりゃあ、王家から言われたら断れないが」
「ピエールさん、まだ養女にはなれないです。ごめんなさい。貴族になったら、王子様と結婚しなくてはいけなくなるかも。まだ平民のままの方が安全だと思うんです。でも、王子妃候補って、どうしよう」
誰もが嫌がるゴミ処理や馬糞拾いを率先してやってきた意味はなんだったのか。仕事に貴賤はないって、そんなのきれいごとだもん。貴族や王族は、そういうバッチイ仕事は嫌いだもん。汚れ仕事をやってる孤児なんて、養子にも嫁にもお断りなはず。そう思ってたのに。もう、もうっ。
「いや、もしかして、これってあれでは。王族が平民だって、孤児だって、馬糞拾いだって、気にしてないフリをするためでは? 王子妃候補にだって選んじゃう、器の大きい王族って、世の中に見せるための茶番?」
ピーンときてアタシが高らかに言うと、ピエールさんが震える。
「サブリナ、いくらここが孤児院だからって、思ったことを全部口から出しちゃいかん。不敬だよ。オレが青ざめるぐらい、切れ味が鋭すぎる不敬。聞かなかったことにする」
ピエールさんは耳を抑えて遠くを見ている。
間違いない。ピエールさんのこの反応。やっぱりそうなんだ。ズバリご名答だ。
「ということは、なーんにも気にしなくていいってことじゃない? 王宮に、アタシたちができそうな汚れ仕事がないか調べてもいいしー。王族御用達のおいしいお茶菓子も食べられるかもしれない」
「そうかもしれないね。まあ、サブリナが楽しんでくれれば、オレはそれが一番だと思うよ」
「全力で、王族がしかけてくる茶番にのってるフリをしながら、アタシが王子妃には向いてないことを証明してきますね」
アタシが拳を上げると、ピエールさんは「思いっきりやってきなさい。骨は拾ってやる」なんて不吉なことを言う。
「転んでもタダでは起きません」
「うん、知ってる。ほどほどにな」
ピエールさんに心配されながら、アタシは前向きな気持ちで王宮にやってきた。
通された王宮の一室で、他の参加者を観察する。
ロザムンド・パイソン公爵令嬢はサラサラの水色の髪に、冬の湖みたいな銀色の瞳。スラッとしてて、ツンとしてるように見える。未来では氷の女王と呼ばれていた。とても頭がよくて、おバカなアタシのことが大っ嫌いだったんだ。あのときはごめんね。もう思いつきで国政をかき乱したりしないからね。
ミシェル・ティガーン子爵令嬢は、太陽みたいなオレンジ色の髪に朝日みたいな明るい茶色の瞳。大人っぽくて強そう。未来では、亡き兄の代わりに商会を盛り立てようとがんばってたっけ。
アタシの「パンがないならパスタを食べればいいじゃない」発言にブチ切れてたな。あのときはごめんね。無知だったんだ。お兄さんが船旅に出なくて済むようになってるはず。堆肥のおかげで、小麦も野菜もたっぷり育ってるからね。
クリスティーネ・フェルデ伯爵令嬢はスミレ色の髪に、淡い水色の瞳。花の妖精みたいに可憐。未来ではおばあちゃんのドレスで夜会デビューして、笑われたんだよね。笑ったのがアタシの取り巻きだったんだよね。あのときはごめんね。貴族の友だちを止めることができなくて。でも、もう誰もおばあちゃんのドレスを笑ったりしないよ。だって、素敵なドレスだもん。古いものを大事にするのは素晴らしいことって、共通認識ができたもん。
「三人とも、本当に最高。これなら、ぶっちぎりでアタシが最下位ね」
本物の貴族令嬢と、馬糞拾いの孤児。比べるまでもない。確かにアタシはかわいいけど、この美少女たちに比べれば普通だ。芋だ。大丈夫、間違いない。ちゃんと、踏み台になれるわ。完璧な引き立て役になれるわ。任せて。
「よかった、この人たちが没落しないようにがんばってきて」
夢に見た未来で、三人は不幸な状況に陥っていた。そのせいで、アタシが王子と結婚したり、逆ハーレムになったり、追放されたのだ。でも、ピエールさんがアタシの頼みを聞いて色々動いてくれたおかげで、三人はこうして王子妃候補まで残れた。平民のアタシが入り込む余地なんて、全然なくなった。はず。
「ピエールさん、アタシたちがんばったよね。自分のこと、褒めていいよね」
壁際で気配を消し、独り言をつぶやいてたら、令嬢たちに見つめられたのでピタッと口を閉じた。平民は貴族に話しかけてはいけない。未来では、そのことでよくロザムンド・パイソン公爵令嬢に怒られていたっけ。
***
ロザムンド・パイソン公爵令嬢は、じっくりとサブリナに話しかける機会をうかがっている。ずっと気になっていた少女。平民で孤児という不遇な状況ながら、アッフェン男爵家を盛り立てた、影の功労者。父の部屋にあった報告書を、こっそり読んで知った。そのときから、不思議な少女と話したいと願っていた。
どうしてそんなことを思いついたの? なぜアッフェン男爵家の養女にならないの? パイソン公爵家の養女になってくれないかしら? そしたら姉として思いっきりかわいがれるわ。だって、春の精霊みたいなんだもの。ピンクの髪に若葉のような瞳。華奢で小さいから、抱きしめたらわたくしの鎖骨辺りに頭がくるのではないかしら。
どうやって仲良くなろうかしら。わたくしは見た目が怖いから、怯えられてしまうかもしれない。怖がりの猫に近づくように、少しずつ距離を縮めましょう。
王子妃の地位など興味はないけれど、サブリナが参加すると聞いていそいそとやってきたのだ。もしも、サブリナが王子妃に選ばれたら、全力で支えるわ。サブリナは平民ですもの、知らないことがたくさんあるはずだわ。こっそり教えてあげるわ。
妙な王子妃教育だって、わたくしがついているから大丈夫ですわよ。すかさず隣に座りましたから、どんな発言も聞き漏らさなくってよ。ほら、早速おもしろいことを言っているわ。
「利き茶ですか? 利き酒ではなく?」
「皆さんはまだ、お酒をたしなむ年齢ではございませんでしょう」
「そうでした。お茶なんて、お得な大容量、お値打ち価格しか飲んだことありませんわあ」
教育係に言われて、小さくこぼすサブリナの隣で、ロザムンドは腹筋に力を入れた。気をつけていないと、吹き出してしまいそう。
貴族令嬢たるもの、お茶には詳しくないといけませんの。お茶会は重要な社交であり、情報収集の場。どの貴族がなんのお茶を好むか、ロザムンドは熟知している。サブリナは、お茶には興味がないようだ。
目の前に置かれた五つのカップを見て、サブリナはげんなりした表情をしている。
そんな顔、王宮で見せてはなりませんわ、サブリナ。でも、かわいらしいから許しますわ、ええ、わたくしは許しますわ。教育係はどうかしら。彼女は表情がピクリとも変わらないから、何を考えているかわかりませんね。さて、お茶に注目いたしましょう。
白磁の繊細なカップに、薫り高い紅茶が注がれた。茶葉の種類を当てるという、貴族のお遊び。ロザムンドにとっては、それこそお茶の子さいさい。
サブリナにお手本を見せるつもりで、ロザムンドは大きめの動作でカップを持ち上げる。少し揺らし色を観察。カップを口元に近づけ、さりげなく香りを確認。最後にひと口含み、飲み込むまでのわずかな間で味を分析。紙に茶葉の名前を書き込む。大きな文字で、サブリナが見やすいように。
サブリナはロザムンドの紙をチラリとも見ず、苦難の表情でゆっくり文字をつづっている。ああ、それは、間違っていましてよー。ロザムンドは叫びたかったが、こらえた。
最後のお茶が終わり、教育係に言われてロザムンドはサブリナと紙を交換する。サブリナの文字は小さく、自信なさげでたどたどしい。隣でサブリナが感嘆の声を上げた。
「ロザムンド様は絶世の美女である上に、字まで美しいのですね」
「まあ、ありがとうございます。サブリナさんの手跡は、お姿と同じで小さくかわいらしいですわね」
「ありがとうございます」
ロザムンドは精一杯、優しく見える笑顔を浮かべた。サブリナは子どものように無邪気な微笑みを返してくれる。
答え合わせが始まると、サブリナは真剣な目でロザムンドの紙を見ている。
「それでは答えを申し上げます。一番目、デーリンの夏摘みです。みずみずしく華やかな香りと強い渋み、鮮やかなオレンジ色が特徴ですね」
教育係が答えを言うと、サブリナが目を輝かせた。
「ロザムンド様、すごいですわ。夏摘みまで的中なさるなんて」
「デーリンの夏摘みは、王妃殿下のお気に入りですから」
「そうなんですね。知りませんでした」
王妃殿下のお気に入りを知らない貴族令嬢はいない。でもサブリナは気にしていないようだった。平民ですもの、仕方ありませんわ。もし、サブリナが王子妃になったとしても、茶葉のことは侍女が知っていれば問題ありませんわよ。
その後も、ロザムンドは順調に正解し、サブリナは不正解が続く。
「ロザムンドさんが全問正解、ミシェルさんとクリスティーネさんが四問正解、サブリナさんは──」
「アタシは全滅です」
教育係に向かってあっけらかんと言うサブリナ。
「大丈夫です、サブリナさん。茶葉の知識がなくてもなんとでもなりますわ。お茶会までに出席者の情報を覚えればいいですし。いざとなれば、茶葉に詳しい侍女が耳打ちなどで対応すればいいことですわ。不肖ながら、わたくしが務めさせていただきます」
ロザムンドが力説すると、サブリナの顔が引きつっている。
あら、怖がられてしまったでしょうか。気をつけなければいけませんわ。ロザムンドは急いで穏やかな笑みを作った。
「アタシが王子妃候補ですって? そんなまさか。何かの間違いです。アタシはただの平民ですよ」
「だけどな、サブリナや。立派な服を着た遣いの人が、サブリナを王子妃候補向けの勉強会に招待すると言ったのだよ。ほら、紙もある」
分厚い紙に、美しい手跡で確かにそんなことが書かれている。どうして? どうして馬糞拾いの孤児を? 王族ってば、何考えてるの?
「あの未来は回避できたと思ったのに。そもそも、あれが始まるのは五年後、学園に入学してからのはず」
「なんのことだい、サブリナや」
「アタシ、王子様とは結婚したくないのです。どうしましょう」
ピエールさんに訴える。ポロリと涙がひと粒落ちてしまった。王子様と結婚して、いいことなんて何もない。夢で見た未来は、どれもひどかった。
「サブリナなら、王子様とだってうまくやっていけると思うがね。何度か聞いたけれど、本当に養女になる気はないかい? 今のアッフェン男爵家なら、サブリナを十分守ってあげられると思うのだよ。そりゃあ、王家から言われたら断れないが」
「ピエールさん、まだ養女にはなれないです。ごめんなさい。貴族になったら、王子様と結婚しなくてはいけなくなるかも。まだ平民のままの方が安全だと思うんです。でも、王子妃候補って、どうしよう」
誰もが嫌がるゴミ処理や馬糞拾いを率先してやってきた意味はなんだったのか。仕事に貴賤はないって、そんなのきれいごとだもん。貴族や王族は、そういうバッチイ仕事は嫌いだもん。汚れ仕事をやってる孤児なんて、養子にも嫁にもお断りなはず。そう思ってたのに。もう、もうっ。
「いや、もしかして、これってあれでは。王族が平民だって、孤児だって、馬糞拾いだって、気にしてないフリをするためでは? 王子妃候補にだって選んじゃう、器の大きい王族って、世の中に見せるための茶番?」
ピーンときてアタシが高らかに言うと、ピエールさんが震える。
「サブリナ、いくらここが孤児院だからって、思ったことを全部口から出しちゃいかん。不敬だよ。オレが青ざめるぐらい、切れ味が鋭すぎる不敬。聞かなかったことにする」
ピエールさんは耳を抑えて遠くを見ている。
間違いない。ピエールさんのこの反応。やっぱりそうなんだ。ズバリご名答だ。
「ということは、なーんにも気にしなくていいってことじゃない? 王宮に、アタシたちができそうな汚れ仕事がないか調べてもいいしー。王族御用達のおいしいお茶菓子も食べられるかもしれない」
「そうかもしれないね。まあ、サブリナが楽しんでくれれば、オレはそれが一番だと思うよ」
「全力で、王族がしかけてくる茶番にのってるフリをしながら、アタシが王子妃には向いてないことを証明してきますね」
アタシが拳を上げると、ピエールさんは「思いっきりやってきなさい。骨は拾ってやる」なんて不吉なことを言う。
「転んでもタダでは起きません」
「うん、知ってる。ほどほどにな」
ピエールさんに心配されながら、アタシは前向きな気持ちで王宮にやってきた。
通された王宮の一室で、他の参加者を観察する。
ロザムンド・パイソン公爵令嬢はサラサラの水色の髪に、冬の湖みたいな銀色の瞳。スラッとしてて、ツンとしてるように見える。未来では氷の女王と呼ばれていた。とても頭がよくて、おバカなアタシのことが大っ嫌いだったんだ。あのときはごめんね。もう思いつきで国政をかき乱したりしないからね。
ミシェル・ティガーン子爵令嬢は、太陽みたいなオレンジ色の髪に朝日みたいな明るい茶色の瞳。大人っぽくて強そう。未来では、亡き兄の代わりに商会を盛り立てようとがんばってたっけ。
アタシの「パンがないならパスタを食べればいいじゃない」発言にブチ切れてたな。あのときはごめんね。無知だったんだ。お兄さんが船旅に出なくて済むようになってるはず。堆肥のおかげで、小麦も野菜もたっぷり育ってるからね。
クリスティーネ・フェルデ伯爵令嬢はスミレ色の髪に、淡い水色の瞳。花の妖精みたいに可憐。未来ではおばあちゃんのドレスで夜会デビューして、笑われたんだよね。笑ったのがアタシの取り巻きだったんだよね。あのときはごめんね。貴族の友だちを止めることができなくて。でも、もう誰もおばあちゃんのドレスを笑ったりしないよ。だって、素敵なドレスだもん。古いものを大事にするのは素晴らしいことって、共通認識ができたもん。
「三人とも、本当に最高。これなら、ぶっちぎりでアタシが最下位ね」
本物の貴族令嬢と、馬糞拾いの孤児。比べるまでもない。確かにアタシはかわいいけど、この美少女たちに比べれば普通だ。芋だ。大丈夫、間違いない。ちゃんと、踏み台になれるわ。完璧な引き立て役になれるわ。任せて。
「よかった、この人たちが没落しないようにがんばってきて」
夢に見た未来で、三人は不幸な状況に陥っていた。そのせいで、アタシが王子と結婚したり、逆ハーレムになったり、追放されたのだ。でも、ピエールさんがアタシの頼みを聞いて色々動いてくれたおかげで、三人はこうして王子妃候補まで残れた。平民のアタシが入り込む余地なんて、全然なくなった。はず。
「ピエールさん、アタシたちがんばったよね。自分のこと、褒めていいよね」
壁際で気配を消し、独り言をつぶやいてたら、令嬢たちに見つめられたのでピタッと口を閉じた。平民は貴族に話しかけてはいけない。未来では、そのことでよくロザムンド・パイソン公爵令嬢に怒られていたっけ。
***
ロザムンド・パイソン公爵令嬢は、じっくりとサブリナに話しかける機会をうかがっている。ずっと気になっていた少女。平民で孤児という不遇な状況ながら、アッフェン男爵家を盛り立てた、影の功労者。父の部屋にあった報告書を、こっそり読んで知った。そのときから、不思議な少女と話したいと願っていた。
どうしてそんなことを思いついたの? なぜアッフェン男爵家の養女にならないの? パイソン公爵家の養女になってくれないかしら? そしたら姉として思いっきりかわいがれるわ。だって、春の精霊みたいなんだもの。ピンクの髪に若葉のような瞳。華奢で小さいから、抱きしめたらわたくしの鎖骨辺りに頭がくるのではないかしら。
どうやって仲良くなろうかしら。わたくしは見た目が怖いから、怯えられてしまうかもしれない。怖がりの猫に近づくように、少しずつ距離を縮めましょう。
王子妃の地位など興味はないけれど、サブリナが参加すると聞いていそいそとやってきたのだ。もしも、サブリナが王子妃に選ばれたら、全力で支えるわ。サブリナは平民ですもの、知らないことがたくさんあるはずだわ。こっそり教えてあげるわ。
妙な王子妃教育だって、わたくしがついているから大丈夫ですわよ。すかさず隣に座りましたから、どんな発言も聞き漏らさなくってよ。ほら、早速おもしろいことを言っているわ。
「利き茶ですか? 利き酒ではなく?」
「皆さんはまだ、お酒をたしなむ年齢ではございませんでしょう」
「そうでした。お茶なんて、お得な大容量、お値打ち価格しか飲んだことありませんわあ」
教育係に言われて、小さくこぼすサブリナの隣で、ロザムンドは腹筋に力を入れた。気をつけていないと、吹き出してしまいそう。
貴族令嬢たるもの、お茶には詳しくないといけませんの。お茶会は重要な社交であり、情報収集の場。どの貴族がなんのお茶を好むか、ロザムンドは熟知している。サブリナは、お茶には興味がないようだ。
目の前に置かれた五つのカップを見て、サブリナはげんなりした表情をしている。
そんな顔、王宮で見せてはなりませんわ、サブリナ。でも、かわいらしいから許しますわ、ええ、わたくしは許しますわ。教育係はどうかしら。彼女は表情がピクリとも変わらないから、何を考えているかわかりませんね。さて、お茶に注目いたしましょう。
白磁の繊細なカップに、薫り高い紅茶が注がれた。茶葉の種類を当てるという、貴族のお遊び。ロザムンドにとっては、それこそお茶の子さいさい。
サブリナにお手本を見せるつもりで、ロザムンドは大きめの動作でカップを持ち上げる。少し揺らし色を観察。カップを口元に近づけ、さりげなく香りを確認。最後にひと口含み、飲み込むまでのわずかな間で味を分析。紙に茶葉の名前を書き込む。大きな文字で、サブリナが見やすいように。
サブリナはロザムンドの紙をチラリとも見ず、苦難の表情でゆっくり文字をつづっている。ああ、それは、間違っていましてよー。ロザムンドは叫びたかったが、こらえた。
最後のお茶が終わり、教育係に言われてロザムンドはサブリナと紙を交換する。サブリナの文字は小さく、自信なさげでたどたどしい。隣でサブリナが感嘆の声を上げた。
「ロザムンド様は絶世の美女である上に、字まで美しいのですね」
「まあ、ありがとうございます。サブリナさんの手跡は、お姿と同じで小さくかわいらしいですわね」
「ありがとうございます」
ロザムンドは精一杯、優しく見える笑顔を浮かべた。サブリナは子どものように無邪気な微笑みを返してくれる。
答え合わせが始まると、サブリナは真剣な目でロザムンドの紙を見ている。
「それでは答えを申し上げます。一番目、デーリンの夏摘みです。みずみずしく華やかな香りと強い渋み、鮮やかなオレンジ色が特徴ですね」
教育係が答えを言うと、サブリナが目を輝かせた。
「ロザムンド様、すごいですわ。夏摘みまで的中なさるなんて」
「デーリンの夏摘みは、王妃殿下のお気に入りですから」
「そうなんですね。知りませんでした」
王妃殿下のお気に入りを知らない貴族令嬢はいない。でもサブリナは気にしていないようだった。平民ですもの、仕方ありませんわ。もし、サブリナが王子妃になったとしても、茶葉のことは侍女が知っていれば問題ありませんわよ。
その後も、ロザムンドは順調に正解し、サブリナは不正解が続く。
「ロザムンドさんが全問正解、ミシェルさんとクリスティーネさんが四問正解、サブリナさんは──」
「アタシは全滅です」
教育係に向かってあっけらかんと言うサブリナ。
「大丈夫です、サブリナさん。茶葉の知識がなくてもなんとでもなりますわ。お茶会までに出席者の情報を覚えればいいですし。いざとなれば、茶葉に詳しい侍女が耳打ちなどで対応すればいいことですわ。不肖ながら、わたくしが務めさせていただきます」
ロザムンドが力説すると、サブリナの顔が引きつっている。
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