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【第三章】おいしいお菓子を食べたいな
22. 新しいお菓子
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王子妃教育の休憩時間がお菓子の試食会になった。ロザムンド様がケーキを持ってきてくれた。
「我が家のパティシエが張り切って早速作ってくれましたわ」
「うわー、夢で見たのとそっくりです」
三枚のパイ生地の間にクリームとイチゴがはさまっている芸術品のようなケーキ。
「パティシエはロシェル王国出身なのですが、彼の地元ではお祝いのときに食べるケーキだそうですわ。パイ生地の中に何枚も薄い層ができますでしょう。それが千枚の葉っぱのように見えることから、ミルフィエと呼ばれているのですって」
「ミルフィエ、素敵な名前」
見た目だけじゃなくて、名前までオシャレ。
「そうそう、パティシエが食べ方のコツも教えてくれましたの」
ロザムンド様がナイフとフォークで優雅にミルフィエを切る。一番上のパイ生地からサックリと切り込み、二番目のパイ生地の上でナイフを止める。
「一番下まで切ってしまうとミルフィエが崩れやすくなってしまいます。真ん中で止めて、上半分をまず食べ、次に下半分を食べるといいのだそうですわ」
「やってみます」
夢の中では無残になったミルフィエ。ロザムンド様の手つきを真似してみると、キレイに切れた。そうっと口に運ぶ。サクサクのパイ、甘いクリーム、爽やかなイチゴ。
「これが、ミルフィエ。なんておいしいの」
夢で見て以来、ずっと食べてみたかった。ああ、うれしい。
翌日には、ミシェル様の丸いお菓子。
「偶然、我が家のパティシエもロシェル王国出身でして。サブリナ様の絵を見て驚いておりました。彼の地元でよく作られるお菓子だそうです。キャベツに似ているのでキャベツクリームを意味するシュクレマという名前とのこと」
「シュクレマ、なんてかわいい名前」
食べると口も手もベタベタになっていたお菓子。どんな味だろう。
「彼の地元では手で半分に割って、かじりつくそうです。さすがに私たちにそれは許されないでしょう。フォークとナイフでの食べ方を聞いてきました」
ミシェル様がフォークとナイフを持つと、なんだか騎士みたいでかっこいい。左端を少し切り、生地にクリームをつけて食べる。え、そうやって食べればいいんだ。未来では、どうして誰も教えてくれなかったんだろう。ううん、当たり前、未来では嫌われていたんだもん。みんな、アタシを笑いものにしたかったんだろう。
「さあ、サブリナ様、食べてくださいな。なんなら手で持ってかぶりついてもいいですよ。ここなら誰も見咎めませんよ」
ミシェル様の目は笑っている。本気でそう言ってくれているんだ。アタシのこと、嫌いじゃないんだ。嬉しいな。
「せっかく教えてもらったので、フォークとナイフで食べてみますね」
王宮のナイフは切れ味がいいので、スッと切れる。はみでてくるクリームをナイフですくって、生地にのせる。口に運ぶ。フワッと柔らかい生地と濃厚なクリームが口の中いっぱいに広がる。まるで飲み物みたい。いくらでも食べられそう。
「シュクレマは、こんなに柔らかいのね」
手も口も、ベタベタせずに食べられた。ああ、よかった。
そして、次の日にはクリスティーネ様のグラスに入った宝石のようなデザート。
「我が家のパティシエもロシェル王国出身なのです。彼の地元で女性に人気だそうですわ。完璧なデザートという意味で、パルフェと呼ばれているそうです」
「パルフェ、完璧なデザートなんですね」
その名が大げさとは感じない、豪華な見た目。食べ方も難しくない。
「今回は、クリームとイチゴ、アイスクリーム、底の方に砕いたクッキーが入ったパルフェです。どうぞ、召し上がってくださいませ」
スプーンですくってひと口。ヒヤッと冷たいアイスとなめらかなクリームが混ざり合う。スプーンを下まで入れてクッキーとアイスクリームを一緒に食べると、歯ごたえが楽しい。
「本当に、完璧なデザートです」
三つとも、素晴らしかった。この後に出すのは勇気がいる。アタシがというより、孤児院のスティーヴ料理長が怖気づいている。
「無理だ、やめて、勘弁して。貴族のお嬢さんたちの口に入るものを、このオレなんかが作っていいわけがない」
「料理長、がんばって。アタシも手伝うから」
「サブリナが作ったってことにしてくれないか?」
「名を売るチャンスなのに」
「チャンスなんかいらん。オレは孤児院の料理長として慎ましく生涯をまっとうしたい」
グズグズブチブチ言う料理長をなだめすかし、お願いし倒して、やっと作ってもらった。
「夢で作り方も見たので、孤児院の料理長に作ってもらいました。揚げパンです」
バスケットの中からこんがりキツネ色の揚げパンを出す。ヒモのように長く伸ばした生地を半分に折ってクルクルとねじり、大量の油で揚げたもの。
「素朴でホッとする味ですわ」
「持ち運びしやすいから、屋台で売れそう」
「モチモチしておいしいです」
三人の顔にウソはない。おいしいと思ってくれているんだ。修道院のおばあちゃんが作ってくれた揚げパン。孤児院のみんなで食べたとき嬉しかった。これがおばあちゃんの揚げパンの味って、やっとわかったから。みんながおいしいって言ってくれたから。今、三人の笑顔を見てまた胸が温かくなった。
「自分がおいしいと思うものを、誰かに食べてもらって幸せをおすそ分けできるって、いいですね」
「そうですわね。もっと多くの人におすそ分けしたいですわね」
「カフェで出しましょう」
「素敵ですわ」
地位もお金も持っている貴族令嬢は、話が早い。ポカーンとしている間に、カフェでケーキを売ることが決まってしまった。
***
王都の中心部にあるカフェの前で三人の男が佇んでいる。
パティシエ三人組は、自分たちの幸運がまだ信じられない。ロシェル王国でパッとせず、流れ流れてやってきたウォルフハート王国。ロシェル王国では誰を知っているか、誰に気に入られているかが全てだった。ウォルフハート王国では、実力があればどんどんのし上がってこれた。小さなレストランから働き始めて、力を認められ、貴族のパティシエになれた。それだけでも夢のようなことなのに。
「週替わりとはいえ、カフェの看板に僕の名前が出るなんて、信じられない。ロシェル王国だったら、僕の考案したケーキでも料理長の手柄になったのに」
「料理長の手柄だったらまだいいぜ。オレの場合は、パトロン貴族の手柄になってた」
「母ちゃんに見せてやりたい。異国で成功したって喜んでくれるだろうな」
三人は肩を叩き合った。
「四つのレシピは完璧にできるようになったよな。大丈夫だよな」
「ミルフィエ、シュクレマ、パルフェ、揚げパン。目をつぶってても作れる。いける」
「あああ、緊張するー。そろそろあっちのカフェも見に行こうぜ」
三人はゆっくりと歩き出す。目指すは下町と貧民街の境目。大通りから離れ、込み合った小道に入っていくと、彼らのカフェが現れた。先ほどの華やかな店舗とは違って小さいが、居心地はよさそうだ。
「お嬢さまたちは天才だな」
「ああ、その上、慈悲深い」
「材料の質を落とし、平民にも手に届く価格でケーキを提供できる場所を作ってくださるなんて」
「貴族向けの店と平民向けの店を分けるのは、とてもいい考えだよな。ロシェル王国に比べれば、ウォルフハート王国は平民の立場はいいけど、同じ店ででくわしたくはない」
「二店舗の売れ残りは廃棄じゃなくて孤児院に提供するらしい。孤児たちが喜ぶ顔が目に浮かぶよ」
三人とも、さほど裕福ではない平民出身だ。初めてケーキを食べた時の衝撃は忘れられない。おいしいケーキを貧しい子どもたちにも食べてもらえるのは嬉しい。捨てるなんてもったいないしな。
「そういえば、お嬢さまに言われたんだけどさ。なんかさ、僕たちのケーキ、王族も食べたらしい」
「あ、それってマジだった? 俺もうちのお嬢さまに言われたけど、からかわれてると思って聞き流してた」
「ギャー、まさかと思ってた。もう、吐きそう」
騒いでいるとカフェの扉が開いて、身なりのいい青年が出てきた。
「ああ、君たち、ちょうどよかった」
ふたつのカフェのオーナーであるパウロ・ティガーン子爵令息だ。
「パウロ様」
「オーナー」
「閣下」
三人は貴族であり上司であるパウロの登場にうろたえた。パウロはひとあたりがいい笑顔で三人をカフェの中に招き入れる。
「どう?」
石と木の自然な色を活かした素朴な造りのカフェは、生まれ育った家に似ている。敷居の高さや派手さは一切ない。
「いいですね、落ち着きます」
三人は心から言った。
「よかった、それが狙いだ。街中の店舗は貴族令嬢向けに華美にしたけど、こちらは家の延長線ぐらいの居心地を目指した。その代わり、器は繊細で優美なものにしたよ。日常と、ちょっと背伸びした非日常。両方をお客さまには楽しんでもらいたくてね」
さすがだな。この有能で気さくな貴族が自分たちの上司でよかった。
「これが看板とメニュー」
三人の名前と顔の絵が載せられた看板とメニューが、二店舗分ずつで計六種類もある。
「オレの名前と顔が載ってる。すごい」
「サル、ヘビ、トラ、ウマの紋章がついてる。すごい、なんだかロシェル王国のモニカセレクションみたい」
「ああ、あの金で買える白鳥マークな」
「しっ、他国にいるとはいえ、モニカマークの悪口はやばいぜ」
三人は、自国の美しいが恐ろしいモニカ王女を思い出し、ピタッと口をつぐんだ。
誇らしい気持ちでメニューを見つめる。
「あれ、メニューにロシェル王国で愛されているケーキって書いてある。いいんですか? ロシェル王国の名前出して」
ロシェル王国だったら、たとえ他国の名産品でもロシェル王国のものとして謳うだろう。他国に花をもたせるような国ではないからだ。
「君たちはロシェル王国出身だし、ケーキもロシェル王国で食べられていたものを多少アレンジしたものだ。ウォルフハート王国発祥だと偽るのって、ダサくないか。ロシェル王国にいいものがたくさんあるのは事実だし、我が国にも誇るべきものは負けないぐらいあるんだから。ウソをついてまで自国上げをする必要はないと思う」
「その考え方、僕は好きです。ロシェル王国の貴族とは相いれない意見だと思いますけど」
あらゆる良いものはロシェル王国が起源である。そう信じて疑わないのがロシェル王国流だ。
「国によって文化が違うからね。我が国流をかの国に押し付ける気はないよ」
色んな国に商品を買い付けにいっているパウロは、さらっと流す。そういうところもかっこいいと三人は思った。
「シフトの件も、大丈夫かい? ひとりが街中の店を一週間きりもり、もうひとりが下町の店を一種間、もうひとりは一週間の休暇。それを順番に回していこうと思っているが」
「はい、ありがたいです。日替わりだとせわしないので」
「一週間も休みがもらえるなんて、何をしたらいいのか」
「新しいケーキを考えてくれたらいいんじゃないか。旅行してもいいし。いい仕事をするには、きちんと休みがないとね」
「はい、がんばります」
三人が声をそろえて言うと、パウロが楽しそうに言う。
「さあ、忙しくなるぞー」
間違いない。この二店舗は話題になる。
「我が家のパティシエが張り切って早速作ってくれましたわ」
「うわー、夢で見たのとそっくりです」
三枚のパイ生地の間にクリームとイチゴがはさまっている芸術品のようなケーキ。
「パティシエはロシェル王国出身なのですが、彼の地元ではお祝いのときに食べるケーキだそうですわ。パイ生地の中に何枚も薄い層ができますでしょう。それが千枚の葉っぱのように見えることから、ミルフィエと呼ばれているのですって」
「ミルフィエ、素敵な名前」
見た目だけじゃなくて、名前までオシャレ。
「そうそう、パティシエが食べ方のコツも教えてくれましたの」
ロザムンド様がナイフとフォークで優雅にミルフィエを切る。一番上のパイ生地からサックリと切り込み、二番目のパイ生地の上でナイフを止める。
「一番下まで切ってしまうとミルフィエが崩れやすくなってしまいます。真ん中で止めて、上半分をまず食べ、次に下半分を食べるといいのだそうですわ」
「やってみます」
夢の中では無残になったミルフィエ。ロザムンド様の手つきを真似してみると、キレイに切れた。そうっと口に運ぶ。サクサクのパイ、甘いクリーム、爽やかなイチゴ。
「これが、ミルフィエ。なんておいしいの」
夢で見て以来、ずっと食べてみたかった。ああ、うれしい。
翌日には、ミシェル様の丸いお菓子。
「偶然、我が家のパティシエもロシェル王国出身でして。サブリナ様の絵を見て驚いておりました。彼の地元でよく作られるお菓子だそうです。キャベツに似ているのでキャベツクリームを意味するシュクレマという名前とのこと」
「シュクレマ、なんてかわいい名前」
食べると口も手もベタベタになっていたお菓子。どんな味だろう。
「彼の地元では手で半分に割って、かじりつくそうです。さすがに私たちにそれは許されないでしょう。フォークとナイフでの食べ方を聞いてきました」
ミシェル様がフォークとナイフを持つと、なんだか騎士みたいでかっこいい。左端を少し切り、生地にクリームをつけて食べる。え、そうやって食べればいいんだ。未来では、どうして誰も教えてくれなかったんだろう。ううん、当たり前、未来では嫌われていたんだもん。みんな、アタシを笑いものにしたかったんだろう。
「さあ、サブリナ様、食べてくださいな。なんなら手で持ってかぶりついてもいいですよ。ここなら誰も見咎めませんよ」
ミシェル様の目は笑っている。本気でそう言ってくれているんだ。アタシのこと、嫌いじゃないんだ。嬉しいな。
「せっかく教えてもらったので、フォークとナイフで食べてみますね」
王宮のナイフは切れ味がいいので、スッと切れる。はみでてくるクリームをナイフですくって、生地にのせる。口に運ぶ。フワッと柔らかい生地と濃厚なクリームが口の中いっぱいに広がる。まるで飲み物みたい。いくらでも食べられそう。
「シュクレマは、こんなに柔らかいのね」
手も口も、ベタベタせずに食べられた。ああ、よかった。
そして、次の日にはクリスティーネ様のグラスに入った宝石のようなデザート。
「我が家のパティシエもロシェル王国出身なのです。彼の地元で女性に人気だそうですわ。完璧なデザートという意味で、パルフェと呼ばれているそうです」
「パルフェ、完璧なデザートなんですね」
その名が大げさとは感じない、豪華な見た目。食べ方も難しくない。
「今回は、クリームとイチゴ、アイスクリーム、底の方に砕いたクッキーが入ったパルフェです。どうぞ、召し上がってくださいませ」
スプーンですくってひと口。ヒヤッと冷たいアイスとなめらかなクリームが混ざり合う。スプーンを下まで入れてクッキーとアイスクリームを一緒に食べると、歯ごたえが楽しい。
「本当に、完璧なデザートです」
三つとも、素晴らしかった。この後に出すのは勇気がいる。アタシがというより、孤児院のスティーヴ料理長が怖気づいている。
「無理だ、やめて、勘弁して。貴族のお嬢さんたちの口に入るものを、このオレなんかが作っていいわけがない」
「料理長、がんばって。アタシも手伝うから」
「サブリナが作ったってことにしてくれないか?」
「名を売るチャンスなのに」
「チャンスなんかいらん。オレは孤児院の料理長として慎ましく生涯をまっとうしたい」
グズグズブチブチ言う料理長をなだめすかし、お願いし倒して、やっと作ってもらった。
「夢で作り方も見たので、孤児院の料理長に作ってもらいました。揚げパンです」
バスケットの中からこんがりキツネ色の揚げパンを出す。ヒモのように長く伸ばした生地を半分に折ってクルクルとねじり、大量の油で揚げたもの。
「素朴でホッとする味ですわ」
「持ち運びしやすいから、屋台で売れそう」
「モチモチしておいしいです」
三人の顔にウソはない。おいしいと思ってくれているんだ。修道院のおばあちゃんが作ってくれた揚げパン。孤児院のみんなで食べたとき嬉しかった。これがおばあちゃんの揚げパンの味って、やっとわかったから。みんながおいしいって言ってくれたから。今、三人の笑顔を見てまた胸が温かくなった。
「自分がおいしいと思うものを、誰かに食べてもらって幸せをおすそ分けできるって、いいですね」
「そうですわね。もっと多くの人におすそ分けしたいですわね」
「カフェで出しましょう」
「素敵ですわ」
地位もお金も持っている貴族令嬢は、話が早い。ポカーンとしている間に、カフェでケーキを売ることが決まってしまった。
***
王都の中心部にあるカフェの前で三人の男が佇んでいる。
パティシエ三人組は、自分たちの幸運がまだ信じられない。ロシェル王国でパッとせず、流れ流れてやってきたウォルフハート王国。ロシェル王国では誰を知っているか、誰に気に入られているかが全てだった。ウォルフハート王国では、実力があればどんどんのし上がってこれた。小さなレストランから働き始めて、力を認められ、貴族のパティシエになれた。それだけでも夢のようなことなのに。
「週替わりとはいえ、カフェの看板に僕の名前が出るなんて、信じられない。ロシェル王国だったら、僕の考案したケーキでも料理長の手柄になったのに」
「料理長の手柄だったらまだいいぜ。オレの場合は、パトロン貴族の手柄になってた」
「母ちゃんに見せてやりたい。異国で成功したって喜んでくれるだろうな」
三人は肩を叩き合った。
「四つのレシピは完璧にできるようになったよな。大丈夫だよな」
「ミルフィエ、シュクレマ、パルフェ、揚げパン。目をつぶってても作れる。いける」
「あああ、緊張するー。そろそろあっちのカフェも見に行こうぜ」
三人はゆっくりと歩き出す。目指すは下町と貧民街の境目。大通りから離れ、込み合った小道に入っていくと、彼らのカフェが現れた。先ほどの華やかな店舗とは違って小さいが、居心地はよさそうだ。
「お嬢さまたちは天才だな」
「ああ、その上、慈悲深い」
「材料の質を落とし、平民にも手に届く価格でケーキを提供できる場所を作ってくださるなんて」
「貴族向けの店と平民向けの店を分けるのは、とてもいい考えだよな。ロシェル王国に比べれば、ウォルフハート王国は平民の立場はいいけど、同じ店ででくわしたくはない」
「二店舗の売れ残りは廃棄じゃなくて孤児院に提供するらしい。孤児たちが喜ぶ顔が目に浮かぶよ」
三人とも、さほど裕福ではない平民出身だ。初めてケーキを食べた時の衝撃は忘れられない。おいしいケーキを貧しい子どもたちにも食べてもらえるのは嬉しい。捨てるなんてもったいないしな。
「そういえば、お嬢さまに言われたんだけどさ。なんかさ、僕たちのケーキ、王族も食べたらしい」
「あ、それってマジだった? 俺もうちのお嬢さまに言われたけど、からかわれてると思って聞き流してた」
「ギャー、まさかと思ってた。もう、吐きそう」
騒いでいるとカフェの扉が開いて、身なりのいい青年が出てきた。
「ああ、君たち、ちょうどよかった」
ふたつのカフェのオーナーであるパウロ・ティガーン子爵令息だ。
「パウロ様」
「オーナー」
「閣下」
三人は貴族であり上司であるパウロの登場にうろたえた。パウロはひとあたりがいい笑顔で三人をカフェの中に招き入れる。
「どう?」
石と木の自然な色を活かした素朴な造りのカフェは、生まれ育った家に似ている。敷居の高さや派手さは一切ない。
「いいですね、落ち着きます」
三人は心から言った。
「よかった、それが狙いだ。街中の店舗は貴族令嬢向けに華美にしたけど、こちらは家の延長線ぐらいの居心地を目指した。その代わり、器は繊細で優美なものにしたよ。日常と、ちょっと背伸びした非日常。両方をお客さまには楽しんでもらいたくてね」
さすがだな。この有能で気さくな貴族が自分たちの上司でよかった。
「これが看板とメニュー」
三人の名前と顔の絵が載せられた看板とメニューが、二店舗分ずつで計六種類もある。
「オレの名前と顔が載ってる。すごい」
「サル、ヘビ、トラ、ウマの紋章がついてる。すごい、なんだかロシェル王国のモニカセレクションみたい」
「ああ、あの金で買える白鳥マークな」
「しっ、他国にいるとはいえ、モニカマークの悪口はやばいぜ」
三人は、自国の美しいが恐ろしいモニカ王女を思い出し、ピタッと口をつぐんだ。
誇らしい気持ちでメニューを見つめる。
「あれ、メニューにロシェル王国で愛されているケーキって書いてある。いいんですか? ロシェル王国の名前出して」
ロシェル王国だったら、たとえ他国の名産品でもロシェル王国のものとして謳うだろう。他国に花をもたせるような国ではないからだ。
「君たちはロシェル王国出身だし、ケーキもロシェル王国で食べられていたものを多少アレンジしたものだ。ウォルフハート王国発祥だと偽るのって、ダサくないか。ロシェル王国にいいものがたくさんあるのは事実だし、我が国にも誇るべきものは負けないぐらいあるんだから。ウソをついてまで自国上げをする必要はないと思う」
「その考え方、僕は好きです。ロシェル王国の貴族とは相いれない意見だと思いますけど」
あらゆる良いものはロシェル王国が起源である。そう信じて疑わないのがロシェル王国流だ。
「国によって文化が違うからね。我が国流をかの国に押し付ける気はないよ」
色んな国に商品を買い付けにいっているパウロは、さらっと流す。そういうところもかっこいいと三人は思った。
「シフトの件も、大丈夫かい? ひとりが街中の店を一週間きりもり、もうひとりが下町の店を一種間、もうひとりは一週間の休暇。それを順番に回していこうと思っているが」
「はい、ありがたいです。日替わりだとせわしないので」
「一週間も休みがもらえるなんて、何をしたらいいのか」
「新しいケーキを考えてくれたらいいんじゃないか。旅行してもいいし。いい仕事をするには、きちんと休みがないとね」
「はい、がんばります」
三人が声をそろえて言うと、パウロが楽しそうに言う。
「さあ、忙しくなるぞー」
間違いない。この二店舗は話題になる。
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