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77 グステルとヴィム
しおりを挟む「あのー……そちらの馬車に乗ると、どうにも……せっせと世話を焼かれすぎで困ると申しますか……居た堪れないと申しますか……」
グステルは怒っているヴィムに、母の邸にたどり着くまでのハンナバルト家の馬車の車内の状況を説明することにした。
この青年従者は、グステルが彼らの馬車に同乗するときは、外の御者台に座っていて、車内の様子をほとんど知らない。つまり、その時のグステルの窮状を何も知らぬのだ。
「あのときヘルムート様はですね……」
世話焼きで情に脆い彼は、あのときはとにかくグステルが心配で心配でならなかった。
母に再会する直前で彼女はずっと緊張した様子で、彼の心配も天井知らず。
ヘルムートは、自分が人の世話をせっせと焼くような身分でも立場でもないことも、相手が妹ラーラとは違ってそういった姫扱いを喜ぶような女性ではないこともすっかり忘れ、とにかく狭いキャビンのなかでグステルに尽くしまくった。
揺れるキャビンのなかで彼女が窮屈な思いをしていないか、気分を悪くしてはいないか、空腹ではないか、退屈してはいないかなどなど。
それはそれは細やかに気にしてくれて、まさに、上げ膳据え膳。
グステルも当初は、緊張もあったし、彼の心情もなんとなく察したしでそれを受け入れたが……。
それがなんともつらかったのだと訴えると、ヴィムは分からないという顔をする。
「え……な、なんでですか? どこら辺がつらいんですか? ヘルムート様はだいたいいつもそんな感じなんですけど……」
共にいるのが好きな相手なら、当然そういうものなのではないか? と、心底不可解そうな青年は……どうやら永くヘルムートのそばにいすぎて世間一般の男性は皆、女性に甲斐甲斐しくて当たり前だと思い込んでいるらしい。(※おそらく見境なく女性に優しいエドガーの影響もある)
いやいやとグステル。
「ヴィムさん、そのヘルムート様の“いつも”のお相手は、妹君のラーラ様とか弟君とかでしょう?」
「え……はい、そうですけど……」
指摘に戸惑うヴィムに、グステルはやっぱりなと思った。
「いえね、ヴィムさんがそれを当然として、想い人に優しくされるのはとってもいいことだと思いますよ?」
それは素晴らしいです、と、母親のような顔で褒められたヴィムは微妙そうな顔をしている。しかし、グステルの話はそこで終わらなかった。でも、と娘はげっそりした顔。
「あのですね、ヘルムート様のはやりすぎです。あんなに狭い空間で絶えずこちらを見つめて、茶だ、膝掛けだ、菓子は十種類用意しました、て、多すぎです!」
「……え、えっと……」
「日差しは眩しくないか? 具合は悪くないか? 退屈しているなら小話でも……て、いえ、戦術の話……意外に面白かったですけど!」
ヴィムの困惑の眼差しの前で歪められた娘の顔にはくっきりと苦悩が滲む。
でもそのグステルの“面白い”は、半分くらいはそんな話を一生懸命話してくれるヘルムートのいじらしさに対するものである。ヘルムートはかわいいが、そんな話で内心悶えている自分は滑稽だ。
グステルは吐き出すように言ってから、地面の上でうなだれ両手で顔面を覆った。
「ずっと気にかけてくださることは本当にありがたいんですが……こちらもずっと緊張し通しになってしまうんです!」
そう、ヘルムートは常にグステルを見ていた。
“構いたい”“構ってもらいたい”と、うずうずした目で延々熱心に見つめ続けられる、その恥ずかしさ。思い出すと、グステルは今でも顔から火が出そうである。
もちろんそれは不快とは違う。そうではないが……。
目の前で青年が終始自分を意識してソワソワしているのが分かるだけに、グステルもそれに翻弄される。まるで、彼の視線で全身をくすぐられているかのように、どうしても落ち着けないのである。
そんな状態で、逃げ場のない馬車の長距離移動……。
これは、なかなかにつらい。
「あれではヘルムート様がちょっと動くたびにこっちも過剰にギョッとしてしまって……本当に……心臓が保たないんです……」
そう身を斜めにしながら訴えるグステルの顔は赤い。
その切実な様子に、ヴィムはちょっと驚いて沈黙。
青年の戸惑いを感じながら、グステルはなんだかとても謎の心地。
(……私……なんで親しくもないヴィムさんにこんな恥ずかしいことを告白しているんだろう……)
行きがかり上仕方がなかったとはいえ本当に謎である。
とはいえ、グステルにとって本当に恥ずかしいのはそこではない。
彼女は彼が怒るように、彼が『とんでもない女好き』と軽蔑したように話すエドガーの馬車に小一時間ほど二人きりだった。
が、グステルはどうってことなかったのだ。
確かに何か思惑のありそうなエドガーからは、何度も甘い誘い文句を向けられた。が、彼の色恋にふよふよ浮くような軽口なんてああ若いなぁと生温かくたやすく聞き流せた──のに。
馬車のキャビンで二人きりになる相手がヘルムートだったらと思うと、想像だけでも身がこそばゆくなってしまう。
こんなあからさまな自分が信じられない。
(……自分が青すぎて……不甲斐なさすぎる……)
けれども、しっかりしようと思えば思うほど、グステルは逆にヘルムートを意識してしまってどうにもならなかった。
行きの馬車での、自分を見つめるヘルムートの目を思い出すだけで羞恥心が煽られ自責の念がチクチクと刺されるよう。とてもではないが、あの空間には戻れないと思った。
グステルはヴィムにごめんなさいと深々と謝罪。
「ヴィムさんには迷惑をかけてしまい申し訳ないと思っています。でも……この先もいろいろと立ち向かわねばならぬ困難が予想されますし、私も一度冷静に考える時間が欲しいです」
実家についてから先のこと、父のこと、ラーラのこと、偽物のこと……グステルには考えておくべきことが山ほどある。
それに、母に父への仲介の手紙を書いてもらった以上、自分がもし何か失態を犯せば、それは母にまで迷惑をかける事態になりかねない。
母は、ただでさえ公爵である父と不仲で、貴族の社会の中ではきっと肩身の狭い思いもしているはず。
永年自分の家出のせいで心労をかけた彼女に、これ以上歯がゆい思いはさせたくなかった。
だから、今は若者の瞳の熱に揺らされている場合ではない……
(……のに……っ)
グステルは正座のまま、うおぉと頭を抱える。
そう自分を戒めて尚、どうしてもヘルムートを気にしてしまう自分がいる。
大事なことを考えている最中にも、その思考から彼を追い出せないということが、もうすでに自分の中で何かが芽吹いているようで。それがまた、恥ずかしい。
人生を重ね、死すら味わったものとして老成し、こういった精神をかき乱すものとは決別したつもりだっただけに、余計だ。
(ろ、六十年以上生きておいて……私はまだ、こんなに未熟なのね……)
グステルはがっくりきた。
そしてうなだれながら、ヴィムによろよろと両手を合わせる。
「……密室でヘルムート様に見つめられたままでは、考えがまとまるどころか千々に砕け散るんです……! まだまだ公爵邸までは時間がかかりますし……もうちょっとだけ……もうちょっとだけでいいのでエドガー様の平和で平穏な馬車にいさせていただけませんか……!」
「へ、平穏……?」
赤い顔で懇願されたヴィムは唖然とする。彼自身が危険人物と目するエドガーと二人きりの馬車を、“平穏”だなんて。どんな猛者だと思った。
が、怖々と見る彼の目の前で、グステルはあまりに必死。
ヴィムは、ふと「あの、つまり……」とつぶやくように言った。
「つまり……あなたは……ヘルムート様のことがお好きなんですか?」
その率直な問いには、グステルの顔が即座にピシッとこわばった。
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