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78 グステルとヴィム ②
しおりを挟むその真っ向からの問いには、グステルのうなだれていた肩が驚いたように飛び跳ねた。
こぼれそうに瞳を見開くと、それを見た小心者のヴィムがギョッとして後ろに一歩跳び退く。
今彼から尋ねられた問いは、グステルがずっとあえて考えないようにしていたことである。
ヴィムは知る由もないだろうが……。
この物語世界で、彼の主人ヘルムートは善であり勝者の一派。しかし、片やグステルは悪の張本人。読者に断罪を望まれる敗者である。
その運命に気がついたときから、グステルはずっと罪悪感と敗北感に囚われている。
どうあがいても、きっとラーラには勝てない存在。
そう思っているからこそ、その兄ヘルムートにも大きな引け目を感じているグステルには、ヴィムの何気ないその質問は、まるで『身の程知らずだ』と言われているように聞こえた。
グステルは咄嗟には返事ができず、ただ困惑のまなざしで。
そんな彼女の動揺を見て、ヴィムは怖いもの見たさなのだろうか……。
恐る恐る戻ってきた彼は、彼女に、また、尋ねる。
「ど、どうなんですか? す、好きなんですか?」
言葉は気弱でも、問いを重ねてくるヴィムに圧をかけられたように感じ、グステルはうっと怯む。
さすが若者、容赦ない、と心のなかで唸りながら。
「ど──どうでしょうか……そ、それは……それでは……私はとても困るのですが……」
悪役令嬢という立場上、ヒロイン溺愛の兄は、彼女にとっては鬼門。
今は好意的でも、いつかその運命が正道に戻り、敵対する未来だってあるかもしれない。
けれども、グステルにももうさすがに分かっている。
足掻いても。
気後れしても、怖くても。
すでに自分はヘルムートに好意を持っている。
(っあぁ~……どうしよう……!)
ヴィムの問いで、それを改めて実感したグステルは、複雑で。あまりにも複雑で。
思わず再び返答に詰まり、地面に座った膝の上で拳を握りしめていると……。そんな、はっきりしないグステルにヴィムが不満顔。
彼としては、主人のためにも白黒させて欲しかったのだろう。
青年の気持ちはグステルにもよく分かったが……しかし。
ここで断言できるほど、彼女のなかではヘルムートへの想いは固まっていない。……というか──固められないのだ。
立場と、それと。なんといっても、ヘルムートとの歳の差が気になっていた。
(だって! そもそも……悪役令嬢云々の前に! いくら私が厚かましくても……さすがに……四十も年下(?)の青年に恋するだなんて……図々しいにも程があるのでは……⁉︎)
そこを考えてしまうと、グステルはさらに彼を“好き”とは明言し難く苦悩顔。
転生したゆえ単純には並べて考えられないが──もし自分が今も存命であれば六十五歳。そしてヘルムートは二十四歳……。大いに抵抗があるではないか。
グステルは、ほとほと困ったという顔目を硬く閉じ、歯噛みして唸ってから──ヴィムに答えた。
「す──好きですよ……もちろんあんな親切で素敵な方、好きに決まっています、が……。でも……私とヘルムート様とではそれぞれ(年齢的な)ステージが違いますし……」
グステルが苦悩の末に捻り出した言葉に、ヴィムは、ん? という顔。
「ステージ……ですか……?」
その言葉に、ヴィムは咄嗟にそれを“立場”という意味で受け取る。
ここで、青年はちょっとした勘違いをする。
なにせヴィムは目の前の娘の中身が、まさか還暦越えだとは思いやしない。
彼は十六歳で、そんな彼から見ても、当たり前だが肉体年齢十九のグステルは少ししか年上には見えないわけである。
ゆえに彼はグステルの苦悩の言葉“ステージ”を、“立場”という意味に変換し、それをさらに“ヘルムートとの身分差”という意味で解釈する。それならば、彼にも理解ができたのだ。
彼の主人ヘルムートは侯爵の嫡男。片や、その主人が夢中になっている彼女は、どうやら公爵夫人の娘ではあるようだが……ヴィムからすると、その立場ははっきりしない。
(……夫人の娘ではあっても、ヘルムート様とは立場が違う、ということは、つまり……彼女は貴族ではない……? もしかして……この方は公爵の娘では、ない……?)
そうヴィムが想像したのも仕方がない。
貴族社会では政略結婚が多いゆえに、愛人も、愛人の子も珍しい話ではない。
実際、彼が思いを寄せるラーラも侯爵の庶子である。
ただ、ラーラの場合は、父である侯爵が認知し、ラーラの実母が亡くなったと同時にハンナバルト家の娘として正式に迎え入れられたゆえ彼女は貴族の娘として扱われる。
だが、今彼の前で弱り切ったという顔で、両眉のはじを落としている彼女は、公爵家ではなく、街で一人ただの領民として生活していた。
その点に思い当たって、ヴィム青年はハッとする。
(……そうか……彼女は夫人と愛人の……⁉︎)
ヴィムは愕然としてグステルを見る。
もし本当にそうならば、彼女は侯爵令息の相手としては釣り合わない。
なるほど、彼女が『立場が違う』と訴えるはずである。
彼女にしてみれば、高貴な身分のヘルムートに言い寄られ、気持ちを揺らぶられても、結ばれぬ運命となれば困るだけ。
(そ、そうだったのか……!)
そんな気づきに至った青年は──まあ、勘違いだが──。
これまでヘルムートに対する彼女のはっきりしない態度に感じていた怒りをしょぼしょぼとしぼませた。
彼自身、想い人ラーラとの身分差に苦しむ立場である。思わず自分と重ねてしまい、同情する気持ちが生まれていた。
「そっか……ステラさんも……いろいろ大変なんですね……」
「ん……? あれ……?」
突然そうしんみり言われ、グステルが戸惑う。青年は、明らかに彼女に哀れみの眼差しを向けている。
「ヴィ、ヴィムさん……? な、なぜそんな泣きそうな目で私を見るのですか……?」
いったいどうしたのかと尋ねるが、青年は肩を落として首を振るばかり。
「いえ、大丈夫です……万事理解しました……それなら、僕はもう何も言いません……身分って、本当に罪ですよね……」
「り、理解……? 身分……?」
若者の態度の変化が謎すぎて、グステルは非常に困惑しているが。悲しげなヴィムは、そんな彼女を労るように地面から立ち上がらせ、スカートについた土をはらってくれる……。
もちろんこれは、青年の同情による行動だが……その手のひら返しの甲斐甲斐しさには、グステルが大いに慄いている。
「⁉︎」
「ぁ……でも、これだけは言わせてくださいね……? エドガー様の女好きには本当に注意してください。あの方は一途なヘルムート様とは違って邪で見境なしです。何言われても真に受けちゃいけません。お貴族の遊楽で弄ばれたりしちゃだめですよ……⁉︎ いいですか⁉︎」
「う⁉︎ ぅう、は、はい!」
……なんだかとても彼に勘違いをされたような気がしてならなかったが……。グステルはヴィムの勢いに押され、思わず慌てて頭を縦にブンブン振ってしまう。
と、青年はしょんぼりした様子でため息を吐きながら、くるりと彼女に背を向けてその場から立ち去っていった。
残されたグステルは困惑しきり。
「え……な、なんだったの……ヴィ、ヴィムさん……?」
グステルには、遠ざかっていく若者の背中の哀愁がまったく理解できなかった。
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