【コミカライズ企画進行中】ヒロインのシスコンお兄様は、悪役令嬢を溺愛してはいけません!

あきのみどり

文字の大きさ
95 / 192

94 グステルの悪巧み ①

しおりを挟む
 
 男は領都で商店を営むロイヒリン。
 年齢は五十代半ばで、四角張った顔にふくふくとした体型の男。暗い色の服を着て、顔を隠すように帽子までかぶっているが……これはきっと、このいわくつきの場所に呼び出されたせいだろう。
 先日の夕暮れ時、グステルがヴィムに偵察に行ってもらった、広場にある立派な店構えのロイヒリン商店が、彼の店である。
 そんな彼に、本日も母から借りた褐色のヴィッグをかぶったグステルは、懇願するような眼差しで語りかける。

「ロイヒリン様、覚えておいででしょうか……九年ほど前、公爵閣下に頼まれて、エラという女性をお助けくださいましたよね?」
「九年前……」

 そう切り出されて、ロイヒリンは警戒感を強めた。
 彼もこの家に呼び出された時点で、その件と関係があるとは思っていたようだが。現れた娘が、意外に若かったことで彼は不審に思ったらしい。
 なぜそのことを知っているのだと探るような目つきの男に、グステルは、自分の胸に手を当てておずおずと申し出る。

「私は、九年前のあの時、ロイヒリン様にご助力いただいた公爵の愛人、エラの娘でございます」

 その告白に、ロイヒリンは目をまるくする。

「娘……? で、ではもしかして君は……公爵閣下の……」
「はい、娘でございます」

 ドーンと騙った(?)グステルに。彼女らの背後に控えるヴィムの顔色は、もはや紙のように白い。
 
(……ステラさん……この作戦……本当に、大丈夫、なんですか⁉︎)

 ヴィムはその大胆さに怯えたが、しかしもう名乗ってしまったからには引き返せない。
 青年はグステルの後ろでハラハラしているより他なかった……。

 グステルは、ロイヒリンが思い出してくれてよかった……! と、安堵の表情で。いや──もちろんこの顔は演技だが──その表情を見て、ロイヒリンは何度も何度もうなずいた。

「そう、確かその名前だ。閣下のお手伝いをして、この家にお妾宛のお手当てを持ち込んだ、そう、そうだった」

 ──つまり。
 何を隠そう彼ロイヒリンは、その昔グステルがこの領地から飛び出した折、『父が愛人“エラ”へ金を送る』という設定で騙し、家出資金の輸送に利用した商人その人である。
 その時に資金の隠し場所として使ったのが、今まさに彼女たちがいるこのあばら家で、架空の愛人“エラ”という名前は、グステルが適当につけた。

 当時、グステルは父の愛人を把握し、誰がその愛人たちへの使いをしているか、父がどういう方法で密命を出しているかも知っていた。
 その使いのうちの一人が、この、公爵家に出入りしていた商人ロイヒリン。
 彼は、当時はまだ公爵家に出入りするようになって日が浅く、他の商人たちを出し抜きたくて躍起だった。
 そこを、グステルにうまく利用された形である。
 当然ロイヒリンはあくまでも公爵の密命に従ったつもりであり、まさか公爵の九つ程度だった娘に騙されたなんてことは思いもしていないだろう。
 けれども彼には申し訳ないが、グステルにはこの男に対する罪悪感はあまりない。
 もし、彼が真っ当な商人ならば騙したことには抵抗があったかもしれないが。
 ロイヒリンは父に命じられ、しょっちゅう愛人用の贈り物の手配をしたり、密会の手引きをしたりしていた。そのせいで彼女は幼い頃から(……といっても中身は五十過ぎだが……)父と母の喧嘩によく巻き込まれた。
 一番ろくでもないのは父だが、欲得ずくで父に協力し、父の愛人ライフを快適にして、実家を刺々しい雰囲気にする手伝いをしたこの男を、グステルは少しくらい恨んでもいいはずだ。

 ──そしてつまり。
 グステルは、こたびもまた彼を利用するつもりなのである。

 壁際で震えるヴィムを放っておいて。グステルはロイヒリンに『どうぞよく見てください』と自分を示す。

「ロイヒリン様は私の腹違いの兄フリードとも面識があると聞きました。私は兄とは会ったことはありませんが……兄と私は顔立ちがよく似ていると聞いています」

 グステルが本当の素性を隠してこの男を再び動かすためには、自分を完全に『公爵と愛人の子供』と信じ込ませる必要があった。
 もし、自分を公爵の本当の娘“グステル・メントライン”だと名乗れば、きっとこの損得勘定に敏感そうな男を動かすことはできただろう、が……。
 それではこの男にグステルの素性が割れて危険。それは避けたかった。

 そこで考えたのが、この『愛人の娘』作戦だ。
 先日の再会時、グステルの母は彼女のことを『フリードにもそっくり』と言っていて、それが今回偽の証にも使えると思った。
 同じ男を父に持つのなら、母が違えど顔つきは似ているはず。
 そしてこの領地に来て年月がそう深くないこの男なら、若い頃は彼女に似ていたという母の、二十年近く前の若かりし頃の顔も、きっと知らない。

 グステルに促されたロイヒリンは、彼女の顔をまじまじと見つめる。

「確かに……フリード様とよく似ておいでですね」

 この領地の嫡男──グステルに似ていて当然の実兄、フリード・アルバン・メントラインは。きつい顔立ちの青年で、グステルには目鼻立ちが生き写し。ダークブラウンの彼女の瞳も、色味は多少違えど家族全員同系色。
 ただ、母のチェリーレッドの髪を受け継いだグステルとは違い、兄の髪は少し赤黒い。しかし、父の髪色は褐色で、今回グステルはこれを母から借りた褐色のウィッグでカバーしている。
 ここまですれば、ロイヒリンの目には、グステルがかなり確かな公爵の血筋の者と映るだろう。……まあ、実の親だから当然だが。

 じろじろと検分するような眼差しのロイヒリンに、グステルはさらに“架空の愛人たる母”から聞いたという話を並べて聞かせる。
 この家を使って父が母(架空)に送金をしてくれたこと、その額と日時。
 それらを記したものを「どうぞお確かめください」と渡すと、ロイヒリンは大体のことを記憶していたらしく、なるほどと大きくうなずいた。

「ええ、確かに。記憶にございます。この閣下の秘密のご要望のことは、閣下と私、そしてお相手の女性しか知らぬこと。……なるほど……どうやらお嬢さんは、確かに閣下のご息女であらせられるようだ」

 そもそもこの受け渡し場所のことも、命じた公爵と自分しか知らない──と、彼は思っている。
 この家は、当時グステルが父の名前で借りていたが、その後は市中でも辺鄙なところにあるとあって、ほとんど借り手がつかず放置されていたようだ。
 今日はエドガーに頼み込み、彼の知人を介して借り受けてある。人を挟んだのは、用心のためだった。
 
 それで……とロイヒリン。

「お嬢さんは、私にいったいなんの御用ですかな……?」
しおりを挟む
感想 25

あなたにおすすめの小説

公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~

谷 優
恋愛
公爵家の末娘として生まれた幼いティアナ。 お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。 お父様やお兄様は私に関心がないみたい。 ただ、愛されたいと願った。 そんな中、夢の中の本を読むと自分の正体が明らかに。 ◆恋愛要素は前半はありませんが、後半になるにつれて発展していきますのでご了承ください。

前世の記憶を取り戻した元クズ令嬢は毎日が楽しくてたまりません

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のソフィーナは、非常に我が儘で傲慢で、どしうようもないクズ令嬢だった。そんなソフィーナだったが、事故の影響で前世の記憶をとり戻す。 前世では体が弱く、やりたい事も何もできずに短い生涯を終えた彼女は、過去の自分の行いを恥、真面目に生きるとともに前世でできなかったと事を目いっぱい楽しもうと、新たな人生を歩み始めた。 外を出て美味しい空気を吸う、綺麗な花々を見る、些細な事でも幸せを感じるソフィーナは、険悪だった兄との関係もあっという間に改善させた。 もちろん、本人にはそんな自覚はない。ただ、今までの行いを詫びただけだ。そう、なぜか彼女には、人を魅了させる力を持っていたのだ。 そんな中、この国の王太子でもあるファラオ殿下の15歳のお誕生日パーティに参加する事になったソフィーナは… どうしようもないクズだった令嬢が、前世の記憶を取り戻し、次々と周りを虜にしながら本当の幸せを掴むまでのお話しです。 カクヨムでも同時連載してます。 よろしくお願いします。

死に戻ったら、私だけ幼児化していた件について

えくれあ
恋愛
セラフィーナは6歳の時に王太子となるアルバートとの婚約が決まって以降、ずっと王家のために身を粉にして努力を続けてきたつもりだった。 しかしながら、いつしか悪女と呼ばれるようになり、18歳の時にアルバートから婚約解消を告げられてしまう。 その後、死を迎えたはずのセラフィーナは、目を覚ますと2年前に戻っていた。だが、周囲の人間はセラフィーナが死ぬ2年前の姿と相違ないのに、セラフィーナだけは同じ年齢だったはずのアルバートより10歳も幼い6歳の姿だった。 死を迎える前と同じこともあれば、年齢が異なるが故に違うこともある。 戸惑いを覚えながらも、死んでしまったためにできなかったことを今度こそ、とセラフィーナは心に誓うのだった。

嫌われ皇后は子供が可愛すぎて皇帝陛下に構っている時間なんてありません。

しあ
恋愛
目が覚めるとお腹が痛い! 声が出せないくらいの激痛。 この痛み、覚えがある…! 「ルビア様、赤ちゃんに酸素を送るためにゆっくり呼吸をしてください!もうすぐですよ!」 やっぱり! 忘れてたけど、お産の痛みだ! だけどどうして…? 私はもう子供が産めないからだだったのに…。 そんなことより、赤ちゃんを無事に産まないと! 指示に従ってやっと生まれた赤ちゃんはすごく可愛い。だけど、どう見ても日本人じゃない。 どうやら私は、わがままで嫌われ者の皇后に憑依転生したようです。だけど、赤ちゃんをお世話するのに忙しいので、構ってもらわなくて結構です。 なのに、どうして私を嫌ってる皇帝が部屋に訪れてくるんですか!?しかも毎回イラッとするとこを言ってくるし…。 本当になんなの!?あなたに構っている時間なんてないんですけど! ※視点がちょくちょく変わります。 ガバガバ設定、なんちゃって知識で書いてます。 エールを送って下さりありがとうございました!

(本編完結)無表情の美形王子に婚約解消され、自由の身になりました! なのに、なんで、近づいてくるんですか?

水無月あん
恋愛
本編は完結してます。8/6より、番外編はじめました。よろしくお願いいたします。 私は、公爵令嬢のアリス。ピンク頭の女性を腕にぶら下げたルイス殿下に、婚約解消を告げられました。美形だけれど、無表情の婚約者が苦手だったので、婚約解消はありがたい! はれて自由の身になれて、うれしい! なのに、なぜ、近づいてくるんですか? 私に興味なかったですよね? 無表情すぎる、美形王子の本心は? こじらせ、ヤンデレ、執着っぽいものをつめた、ゆるゆるっとした設定です。お気軽に楽しんでいただければ、嬉しいです。

悪役令嬢になったようなので、婚約者の為に身を引きます!!!

夕香里
恋愛
王子に婚約破棄され牢屋行き。 挙句の果てには獄中死になることを思い出した悪役令嬢のアタナシアは、家族と王子のために自分の心に蓋をして身を引くことにした。 だが、アタナシアに甦った記憶と少しずつ違う部分が出始めて……? 酷い結末を迎えるくらいなら自分から身を引こうと決めたアタナシアと王子の話。 ※小説家になろうでも投稿しています

婚約破棄された悪役令嬢の心の声が面白かったので求婚してみた

夕景あき
恋愛
人の心の声が聞こえるカイルは、孤独の闇に閉じこもっていた。唯一の救いは、心の声まで真摯で温かい異母兄、第一王子の存在だけだった。 そんなカイルが、外交(婚約者探し)という名目で三国交流会へ向かうと、目の前で隣国の第二王子による公開婚約破棄が発生する。 婚約破棄された令嬢グレースは、表情一つ変えない高潔な令嬢。しかし、カイルがその心の声を聞き取ると、思いも寄らない内容が聞こえてきたのだった。

死に戻りの元王妃なので婚約破棄して穏やかな生活を――って、なぜか帝国の第二王子に求愛されています!?

神崎 ルナ
恋愛
アレクシアはこの一国の王妃である。だが伴侶であるはずの王には執務を全て押し付けられ、王妃としてのパーティ参加もほとんど側妃のオリビアに任されていた。 (私って一体何なの) 朝から食事を摂っていないアレクシアが厨房へ向かおうとした昼下がり、その日の内に起きた革命に巻き込まれ、『王政を傾けた怠け者の王妃』として処刑されてしまう。 そして―― 「ここにいたのか」 目の前には記憶より若い伴侶の姿。 (……もしかして巻き戻った?) 今度こそ間違えません!! 私は王妃にはなりませんからっ!! だが二度目の生では不可思議なことばかりが起きる。 学生時代に戻ったが、そこにはまだ会うはずのないオリビアが生徒として在籍していた。 そして居るはずのない人物がもう一人。 ……帝国の第二王子殿下? 彼とは外交で数回顔を会わせたくらいなのになぜか親し気に話しかけて来る。 一体何が起こっているの!?

処理中です...