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141 再会と、女たちの嫉妬
しおりを挟む「え⁉」
ヘルムートに連れてこられたその邸で、グステルは驚きの声を上げた。
見たものが一瞬信じられなかったのか、チョコレート色の瞳を大きく見開き、その視線はあるものに縫い付けられて固まった。
彼女たちの前に開かれた扉。その向こうには、落ち着いたしつらえの談話室。
暖色の壁紙には小花の模様が品よくあしらわれ、室内に並べられた調度品も飴色の輝き。
部屋の中央にはよく磨かれたテーブルセットがあって、細工の美しい大きな肘掛椅子には、温かそうなブランケットがかけられている。
それらを挟んだ向こうの壁際には、立派な暖炉があって——……。
灯された炎の前に、彼女の瞳をくぎ付けにする生物が。
なにやら非常にぶあつく豪華なクッションの上に、のびのびくつろぐ一匹の白猫。
びよんと四肢をなげだした無防備な姿は、まるで『十年以上前からここの家の子ですけど?』……なんて主張をしているよう。
しかしその首元の毛並みの下にのぞくのは、見覚えのある首飾り。
赤や黄色、緑に染められた羊毛の玉を飾り、もしどこかでひっかけた時は、ユキがもがけば楽に逃れられるように細工した、どうみても、彼女が以前自作したもの。
それを確認したグステルは、とまどいながら、その獣によびかける。
「ま、さか……もしかして……ユキ……?」
けれども、暖炉の前にヘソ天で寝ている白猫は、小憎らしいことに、頭を上げもしない。ひたすらに、白い腹をしどけなく天井に向けたまま。ただ長いしっぽだけが、返事をするように、ぱたり、と一振り。
その無情さが、逆に愛猫らしい気がして、グステルはぽかんとする。
「え……あの……ヘルムート様、これは……いったい、なぜ……」
あのふてぶてしい猫は、間違いなく彼女の愛猫ユキだった。
呆然としながら、この部屋まで彼女をつれてきた隣の青年の顔を見上げる。と、このそっけないにもほどがある再会を、微笑ましそうに見守っていた青年が、部屋の中へ入っていく。
「ユキさん、ご主人さまがいらっしゃいましたよ」
ヘルムートらしき丁寧で堅苦しい呼びかけなのだが……すると驚いたことに。グステルの存在に気が付いているくせに、顔すら彼女に向けなかったユキが、スッと頭をもたげ、「なぁん」と鳴いた。
……『にゃん』ではない。『なぁん』である。
その、明らかに甘えた声に、グステルは戸口で愕然とした。
ヘルムートがユキのそばまでいくと、愛猫はクッションのうえで毛並みの豊かな腹を見せたまま、身体をくねらせてこてんこてんと左右に転がる。
これには、グステルは衝撃。
……なんだ、あのかわいい生き物は……。
気難しく気高い愛猫のあんな様子は、飼い主のグステルだって、めったにお目にかかれないレアモードである。
そもそも、以前ヘルムートが彼女の店に通い詰めていたころ、確か彼はいくどもユキをなでようとしては、噛まれる、という悲しいありさまだったはず……。
それに、彼は『生来、動物にはなぜか嫌われてしまう』という気の毒な性質だといっていて……。
しかし、彼女との久方ぶりの再会を無視した愛猫は、青年が穏やかに「さあ、いらっしゃい」と、声をかけると即座にクッションから立ち上がる。そして長いしっぽをピンッと立て、彼の顔を見上げながら嬉しそうに一緒にトコトコとこちらにやってくるのだ……。
この仲睦まじげな様子には……グステルは無言。
「…………」
青年と猫。……詳しくいえば、彼女の想い人と、愛しき彼女の王子様猫。
並んで歩く姿は、非常に麗しかったが……これは正直、強烈な嫉妬を禁じ得ない事態である。
「グステル様?」
「…………これはちょっと、いろいろ詳しく説明してもらわねばなりませんね……」
グステルが真顔で重くもらす間にも、ユキはねだるようにヘルムートの足にまとわりつき、青年はひょいっとなんなく白猫を抱き上げる。彼のきょとんとした顔(と、抱かれたユキのふてぶてしくこちらを見るドヤ顔)に複雑な思いで言葉を失くしていると。
その次の瞬間、グステルは、誰かに後ろからバンッと突き飛ばされた。
「ぅ……⁉」
「ちょっとあんた! どういうつもり!?」
「へ……?」
衝撃の直後に、わめき声。
目の前ではヘルムートが眉間にしわをよせているが、彼が口を出す前に、声の主がさらにグステルを責めたてる。
「遅すぎるのよ! この私をこんなに待たせるなんて、あんたどういう了見なの⁉」
その言葉を聴いて、グステルの口があんぐりと開く。
「え……この声——」
グステルが目を見開いて振り返えると、そこに仁王立つのは、ここにいるはずのない娘。
彼女はなおもわめくが、その目は、グステルではなく、ユキを抱いたヘルムートを睨んでいた。
「あんたのせいで! あんたのせいで‼ 私はこいつ(※ヘルムート)にユキをとられたんだからね!」
わーん、と、涙しながら、グステルの困惑もものともせず、嫉妬を露わに地団太をふむのは……。
グステルを、自身専属のぬいぐるみ職人といってやまないご令嬢。
——イザベル・アンドリッヒであった。
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