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第1話 拒絶
しおりを挟む「リゼル」
葬儀の後、屋敷に戻ってそう呼び止めると、リゼルはなんの感情もない瞳で私を見上げた。父親を失った悲しみや、私に対する怒りも見えない。8歳の子供にこんな表情ができるのだろうか。
胸が痛むが、そうしてしまったのは私だ。私は今までリゼルを徹底的に無視していた。居ないもののように扱っていた。継母だからという理由だけでは片づけられない。私の責任だ。
「お父上は天に召されてしまったけれど、きっと貴方のことを見守ってくれていますよ」
途端、リゼルの薄紫の瞳が憎しみに燃えた。鋭い瞳で私を睨み上げてくる。心臓を突きさされたようだが、これも私がさせてしまったことだ。
私は膝を突いてリゼルの目線に合わせ、彼のその瞳をまっすぐ受け止めた。
「私は今まで悪い継母でした。本当にごめんなさい。あなたが私を憎む気持ちはわかります。でも私は今日、レナード様に誓いました。これからは心を入れ替え、必ずリゼルを守る良い母親になると。言葉では信じられないかもしれないけれど、あなたと本当の家族になれるよう努力します」
リゼルの瞳が大きく見開かれた。宝石のような瞳が零れ落ちそうだ。
「何を言っているんだ、お前は」と言いたいのだろうということは、十分伝わってきた。
翌朝、食堂に座って待っているとリゼルが入って来た。リゼルは私を見つけて、昨晩のように目を丸くした。
「おはよう、リゼル」
絶句、と言う言葉がよく似合う反応だった。当然だ。私は今までリゼルと共に食事をしたことがほとんどない。夫と共に仕方なく何度かテーブルに着いた程度だ。夫は多忙で、そんな日も滅多になかったが。
そんな私が食堂で食事もせずに待っている。朝の挨拶をする。彼にとってみれば、何が起こったのかとわけがわからないだろう。
私はメイドたちに合図して、朝食を運んでもらった。オレンジジュースに卵とハムのガレット、カスタードのプティング。メイドに聞いた、リゼルの好物だ。
私の顔を見て踵を返そうとしていたリゼルを、メイドがなんとか引き止めた。諦めたリゼルは大きなテーブルの私から一番遠い席に座った。
「昨日は眠れたかしら?」
リゼルはまったく顔を上げず、ガン無視して朝食に集中していた。さっさと食べ終わると、立ち上がって食堂を出ようとする。
「リゼル!」
私が呼び止めると、銀の髪を揺らして振り返った。影の落ちた瞳でじろりと視線を向けられる。
「なんのつもりだ?」
声変わりもしてない澄んだ少年の声が、闇に沈んでいる。
「父上が死んで遺産も入って計画通りなんだろう? お前の結婚が父上の財産目当てだったことなんて、俺でも知ってる。これ以上俺に媚びを売って、何が狙いだ?」
厳しい言葉だ。しかし、否定はできない。前世の記憶を取り戻すまでの私は、本当にその通りだったのだから。
苦しい反面、嫌悪でも憎しみでも向けてくれることが今の私には嬉しかった。無視され続けているよりも、嫌われている方がまだマシだ。
つかつかと歩み寄るリゼルに私も立ち上がった。リゼルは身長さえ届けば胸倉でも掴みそうな勢いで言った。
「お前が父上を殺したんだろう?」
私は慌てて首を振った。どんな言葉も受け止めようと否定はできないと思っていたが、これだけは違う。
「それは絶対に違うわ。お父上はご病気で亡くなったのよ」
「そんなわけがあるか。父上は誰かに殺された。お前がやったに決まっている」
「お願い信じて。それだけは違うわ。私がレナード様を殺すなんて……」
「だとしても、突然父上が死ぬなんておかしい。たとえお前が殺してなかったとしても、父上の異変に気付かないなんて、やっぱりお前は父上のことを愛してなんていなかったんだな」
突然父親を亡くして、何かの陰謀を信じたくなる気持ちもわかる。財産目当てで、夫のことを心から愛していたとは言い難い。それは事実だが、殺すなんてありえない。
酷い話だが、年が離れていたから夫の方が先になくなると想定はしていた。いずれ遺産は手に入るし、それまでに入る財産のことを考えれば早くに亡くなられた方が損だ。記憶が蘇る前の私は金のことしか頭にない女だったからこそ、殺すなど考えてもいなかった。
だが、そんな言葉をリゼルが信じてくれるはずもない。
リゼルはそれ以上私の言葉を聞く気もないようで、足早にドアへと向かった。そして視線だけで振り返る。
「俺に構うな。気持ちが悪い」
幼い声に似つかわしくない憎しみの言葉が、私に突き立てられた。
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