3 / 24
第2話 料理
しおりを挟むリゼルに私を信じてもらうには、まず親子として信頼関係を築くところからだ。
私はできる限りリゼルを気に掛けるようにした。なるべく声を掛け、傍に寄り添おうとした。
が、リゼルの冷たく分厚い壁が溶けることはなかった。父親が亡くなって間もなく、しかも今まで無関心だった継母が急に近づいて来るのだ。奇妙に思わないわけがない。
幼いとはいえ、リゼルはもう8歳だ。小さな子のように抱っこしたり一緒に寝たりするのは逆効果だろう。散歩やピクニックに誘ってみたが、一瞥もされず無視されてしまった。
けど、どんなに嫌われようが睨まれようが、リゼルはかわいい。私が推していたリゼルはもう少し成長した後からだったから、推しの幼少期を目の前で見られるなんて夢のようだ。本当は抱きしめてしまいたくなる。
何かリゼルが愛情を感じられるようなことをしたい。母親から子への愛情……ベタだが、やはり手料理だろうか。
前世の母は料理上手で、毎食おいしいご飯を作ってくれた。いつか自分が母親になったら、私も子供においしいご飯を作ってあげたいと思っていた。
料理を作りたい、と厨房に入ったところ厨房の使用人に止められた。
「炊事は奥様のなさるお仕事ではございません」
「無理を承知なのはわかっているわ。でも、リゼルを元気づけるための料理を作りたいの。どうか私に料理を教えてください」
深々と頭を下げると、使用人たちに「おやめください!」と大慌てで止められた。しかし、それで覚悟が伝わったのか料理をすることに許可を貰えた。
前世でもある程度料理をしたことはあるが、こちらの世界では炊事場事情も違う。コック長から直々に手ほどきを受け、なんとかリゼルが好む食事を作れるようになった。
しかし、作れればいいというわけじゃない。食べてもらえなければ意味がない。
その日、食堂にやってきたリゼルは私を視界に入れないようにして席に着いた。メイドが「今日のお料理は奥様がお作りになられたんですよ」と言うと、リゼルはガタリと席を立った。
「リゼル、待って。一口でいいから食べてみて」
「俺に毒でも盛るつもりか。そうはいくか」
「そんな……!」
私は自分で先に食べてみせたが、リゼルは馬鹿馬鹿しそうな顔を浮かべるだけだった。
「父上もそうやって殺したのか?」
リゼルは吐き捨てるようにそう言って出て行った。
その後も料理を作り続けたが、一向に食べてくれない。何も食べないわけにはいかないだろうと、コックが作ったものを持って行くようメイドに頼んだが、それも手に付けていないらしい。完全にハンストだ。
それと同時に、奇妙なことが起こり始めた。自室が泥棒に入られたかのようにめちゃくちゃにされたり、ドレスが引き裂かれていたり、アクセサリーが泥まみれになっていた。
「ちょ、ちょっと誰か来て! 泥棒! 不法侵入!?」
と、最初こそ騒いでいたが、使用人たちは顔を見合わせるばかり。それで鈍い私でもいい加減察しがついた。
全部リゼルの仕業だ。ついに私を無視するだけじゃなく、直接嫌がらせをするようになってきた。
嫁入り道具にと無理して父母が持たせてくれた象牙細工の宝石箱が力いっぱい投げつけられてたときと、婚約指輪が傷だらけになっていたときは泣けた。
ダメなことはダメだと叱った方がいいのかもしれないが、これは恐らく試し行動。広い心で受け止めてあげなければいけない。グッと堪えて、笑顔でリゼルに声を掛け続けた。いつか彼の心の氷が溶けてくれるのを信じて。
これ以上ハンストをさせるわけにはいけないと、私が料理を作らなくなってからリゼルは食事を取るようになった。しかし、部屋に料理を運ばせて、食堂に顔を出さなくなった。
そして、リゼルは部屋に引きこもってしまった。最初は良かれと思ってドア越しに「おはよう」「おやすみ」と伝えてきたが、ドンとドアを蹴飛ばされるだけなので逆効果だと気付いてやめた。
リゼルとの関係の修復は不可能なのか。しかし、ここで音を上げたらリゼルは悪役令息一直線だ。なんとか彼に愛されているという実感を持ってもらい、未来を変えなければ。
「奥様、最近お変わりになられましたね」
机に頬杖をついて悩んでいると、メイドのメアリーに声を掛けられた。赤毛を三つ編みにした彼女は使用人たちの中で1番若く、リゼルとも仲良くしていると聞いている。
「ご無礼を承知で正直に申しますと、奥様が旦那様とご結婚されたときは少し……近寄りがたい存在でございました。ですが、今の奥様は私たちにも気さくに声を掛けてくださり、嬉しく思っています。特に厨房の皆さんは、奥様に頭を下げられて冷や汗をかいたと言っていました」
メアリーにもあの顛末は伝わっていたのか。いや、屋敷中の使用人たちには知れ渡っているはずだ。それまで私の変化に訝し気な視線を向けていた使用人たちも、徐々に態度が柔らかくなっているとは思っていた。
「料理を教えてほしいなんて、無理を言ってしまったものね」
「リゼル様のためにお料理をお作りになるなんて、素晴らしいです。近頃の奥様はリゼル様にとても寄り添っておいでだと、使用人たちの間でも話しております」
「ありがとう。でも、むしろあの子を追いつめているんじゃないかって不安なの」
「大丈夫です。きっとリゼル様もいつかは奥様の愛情に気づいてくださいます。今はまだ旦那様のこともあって、落ち込まれているだけです」
「そうだといいのだけれど」
ちらりと目をやったドレッサーには、なんとか泥を落としたアクセサリーが並べてある。
私はどんなに嫌われてもいい。ただリゼルを悪役令息なんかに、処刑される未来にさせたくない。
けどそのためには、リゼルに寄り添う人が必要なのだ。
337
あなたにおすすめの小説
追放令嬢、辺境王国で無双して王宮を揺るがす
yukataka
ファンタジー
王国随一の名門ハーランド公爵家の令嬢エリシアは、第一王子の婚約者でありながら、王宮の陰謀により突然追放される。濡れ衣を着せられ、全てを奪われた彼女は極寒の辺境国家ノルディアへと流される。しかしエリシアには秘密があった――前世の記憶と現代日本の経営知識を持つ転生者だったのだ。荒廃した辺境で、彼女は持ち前の戦略眼と人心掌握術で奇跡の復興を成し遂げる。やがて彼女の手腕は王国全土を震撼させ、自らを追放した者たちに復讐の刃を向ける。だが辺境王ルシアンとの運命的な出会いが、彼女の心に新たな感情を芽生えさせていく。これは、理不尽に奪われた女性が、知略と情熱で世界を変える物語――。
婚約破棄され森に捨てられました。探さないで下さい。
拓海のり
ファンタジー
属性魔法が使えず、役に立たない『自然魔法』だとバカにされていたステラは、婚約者の王太子から婚約破棄された。そして身に覚えのない罪で断罪され、修道院に行く途中で襲われる。他サイトにも投稿しています。
無能だと思われていた日陰少女は、魔法学校のS級パーティの参謀になって可愛がられる
あきゅう
ファンタジー
魔法がほとんど使えないものの、魔物を狩ることが好きでたまらないモネは、魔物ハンターの資格が取れる魔法学校に入学する。
魔法が得意ではなく、さらに人見知りなせいで友達はできないし、クラスでもなんだか浮いているモネ。
しかし、ある日、魔物に襲われていた先輩を助けたことがきっかけで、モネの隠れた才能が周りの学生や先生たちに知られていくことになる。
小説家になろう、カクヨム、エブリスタにも投稿してます。
【完結】婚約者と仕事を失いましたが、すべて隣国でバージョンアップするようです。
鋼雅 暁
ファンタジー
聖女として働いていたアリサ。ある日突然、王子から婚約破棄を告げられる。
さらに、偽聖女と決めつけられる始末。
しかし、これ幸いと王都を出たアリサは辺境の地でのんびり暮らすことに。しかしアリサは自覚のない「魔力の塊」であったらしく、それに気付かずアリサを放り出した王国は傾き、アリサの魔力に気付いた隣国は皇太子を派遣し……捨てる国あれば拾う国あり!?
他サイトにも重複掲載中です。
奪われ系令嬢になるのはごめんなので逃げて幸せになるぞ!
よもぎ
ファンタジー
とある伯爵家の令嬢アリサは転生者である。薄々察していたヤバい未来が現実になる前に逃げおおせ、好き勝手生きる決意をキメていた彼女は家を追放されても想定通りという顔で旅立つのだった。
悪役令嬢ですが、ヒロインの恋を応援していたら婚約者に執着されています
窓辺ミナミ
ファンタジー
悪役令嬢の リディア・メイトランド に転生した私。
シナリオ通りなら、死ぬ運命。
だけど、ヒロインと騎士のストーリーが神エピソード! そのスチルを生で見たい!
騎士エンドを見学するべく、ヒロインの恋を応援します!
というわけで、私、悪役やりません!
来たるその日の為に、シナリオを改変し努力を重ねる日々。
あれれ、婚約者が何故か甘く見つめてきます……!
気付けば婚約者の王太子から溺愛されて……。
悪役令嬢だったはずのリディアと、彼女を愛してやまない執着系王子クリストファーの甘い恋物語。はじまりはじまり!
普段は地味子。でも本当は凄腕の聖女さん〜地味だから、という理由で聖女ギルドを追い出されてしまいました。私がいなくても大丈夫でしょうか?〜
神伊 咲児
ファンタジー
主人公、イルエマ・ジミィーナは16歳。
聖女ギルド【女神の光輝】に属している聖女だった。
イルエマは眼鏡をかけており、黒髪の冴えない見た目。
いわゆる地味子だ。
彼女の能力も地味だった。
使える魔法といえば、聖女なら誰でも使えるものばかり。回復と素材進化と解呪魔法の3つだけ。
唯一のユニークスキルは、ペンが無くても文字を書ける光魔字。
そんな能力も地味な彼女は、ギルド内では裏方作業の雑務をしていた。
ある日、ギルドマスターのキアーラより、地味だからという理由で解雇される。
しかし、彼女は目立たない実力者だった。
素材進化の魔法は独自で改良してパワーアップしており、通常の3倍の威力。
司祭でも見落とすような小さな呪いも見つけてしまう鋭い感覚。
難しい相談でも難なくこなす知識と教養。
全てにおいてハイクオリティ。最強の聖女だったのだ。
彼女は新しいギルドに参加して順風満帆。
彼女をクビにした聖女ギルドは落ちぶれていく。
地味な聖女が大活躍! 痛快ファンタジーストーリー。
全部で5万字。
カクヨムにも投稿しておりますが、アルファポリス用にタイトルも含めて改稿いたしました。
HOTランキング女性向け1位。
日間ファンタジーランキング1位。
日間完結ランキング1位。
応援してくれた、みなさんのおかげです。
ありがとうございます。とても嬉しいです!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる