悪役令息の継母に転生したからには、息子を悪役になんてさせません!

水都(みなと)

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第3話 欲しいもの

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 翌朝食堂に行くと、リゼルが座っていた。こんなことは初めてだ。しかも、私の席の目の前にいる。

 細められた紫の目で私をじっと見据えたリゼルは、座れと言っているようだった。面と向かって言いたい不満でもあるのだろうかと、恐る恐る対面の席へと座る。

 黙ったまま、運ばれてきた食事を食べ始める。私もそれに倣ったが、何を言われるのか気が気でなく味なんてしない。

「……俺がやったこと、わかっているんだろう?」

 何のことかと思ったが、恐らくあの嫌がらせの数々だ。どう反応するのが正解かわからず、「ええ」と小さく頷いた。

「なぜ怒らない。咎めない。そんなことをする手間も掛けたくないほど、お前はまた俺を無視するのか」
「違うわ。あなたが私を憎んでいることはわかっています。だから、それで気が済むのならやりたいだけやりなさい」
「嘘だな。俺に構うのが面倒になったんだろう」
「それは違うわ。今まであなたに無関心だったのに、突然寄り添おうとして虫が良すぎると思ったのよ。だから、求めらるまではあなたを見守ろうと決めたの」

 ふん、と納得していない様子のリゼルだったが、フォークを置き何かを考え始めた。それからまた目を細めてじっと私を見据えると

「俺が求めれば、お前はなんでもするのか?」

 予想外の言葉だった。私に頼みごとなんて。無理難題でもなんでも叶えさせてほしい。

「ええ、なんでもするわ。なんでも言ってちょうだい」
「……アステリが食べたい」

 アステリ。一部地域でのみ収穫される果物だ。木に成るリンゴのようなものだと聞いているが、私も結婚式でしか食べたことがない。それほど希少価値があるものだ。

 お金を出して買えるものならばいいが、確かアステリは1年の中でも限られた時期にしか取れないと聞く。手に入るかどうか。

「できないのか?」
「いいえ、必ず食べさせてあげるわ。待っていて」

 ダメだという選択肢などなかった。せっかくリゼルが私に歩み寄ろうとしてくれているのだから。

 リゼルは一瞬また目を細めると、ニッコリと口元で笑った。

「アステリのパイが食べたい。作ってくれる?」
「私が作ったのでいいの?」
「お前が作ったのが食べたい。出来立てのやつ」

 私の手作りをご所望! 母親としてこんなに嬉しいことはない。

「わかったわ。必ずおいしいアステリのパイを作るわね」
「約束だよ」

 リゼルが薄く微笑みを浮かべる。その笑顔だけで、私はなんだってできる。

 初めて和やかな食事を済ますと、メアリーが部屋へとやって来た。

「お聞きしましたが、アステリをお求めになるのですか?」
「ええ、今の時期でも買える市場はあるかしら。どんなに遠くでも構わないわ」
「それは、難しいかと……」

 メアリーが顔を曇らせる。無理難題なのは百も承知だ。それがリゼルの求める愛情であるならば、叶えてあげたい。今まで私はあの子に何もしてあげなかったのだから。

 すぐに厨房に行きコックにも相談したが、やはり今アステリは流通していないという。だからといって、簡単に諦めるわけにはいかない。

「お、奥様、どちらへ?」

 なるべく華美でないワンピースに着替えていると、メアリーが慌てた。

「市場に行ってくるわ。アステリが売っていないとしても、どこかで売っている情報が得られるかもしれない。こういうことは、自分の足で調べなきゃ」
「お一人でですか? どなたかお付きのものを……」
「危ないことはしないから大丈夫よ。メアリーはリゼルをお願い」
「……わかりました。行ってらっしゃいませ」

 不安げなメアリーを置いて、市場へと出掛けた。自ら市場に行くなど初めてだった。

 没落貴族だったころ、私は頑として買い出しに行かなかった。自分は貴族。なぜ自ら買い物をしなければいけないのか、と無駄に高いプライドがあった。我ながら、なぜそこまで貴族に拘っていたのかとアホらしくなる。

 普通の主婦として市場に向かい、八百屋や果物屋、菓子屋を片っ端から訪ね歩く。

「すみません、アステリはございませんか?」
「アステリ? 今の時期にあるわけねえだろ」
「息子がどうしても食べたいと言っていまして、どこかで手に入る場所はありませんか?」
「無理無理。どこ行ってもないね」

 一事が万事この調子だった。代わりにと似たフルーツをススメられることもあったが、それではダメなのだ。アステリでないと絶対にリゼルは納得しない。

 足を延ばし、何日も掛けて方々の街や村で聞いてまわった。馬車を使う距離にまで向かったが、有力な情報は掴めなかった。

 が、ある一軒の菓子屋でそれを見つけた。

「これ!」

 声を上げた私に、出てきたのはふくよかな女将さんだった。

「アステリのジャムよ。うちはアステリ農家から直接仕入れてるからね。味は保証するよ」
「あの、アステリを買える場所はありませんか? ジャムではなく……」
「アステリの実ってこと? 今の時期は無理よ。これだって前シーズンの残りをジャムにして保存していたのだから」
「そうです、よね」

 ジャムでも納得してくれるだろうか。でももし「お前にとって俺はこの程度だったんだな」とか言われたら……原作のリゼルなら言いかねない。

 ジャムを食い入るように見つめる私に何かを思ったのか、女将さんが「それなら」と話してくれた。

「うちが仕入れてるアステリ農家に行ってみる? たまに出荷できなかった小さい実を自分ち用に取っておくことがあるって聞いたよ」
「本当ですか! ぜひ教えてください!」

 ジャムを買わせてもらい、農家の場所を聞いた。そこは屋敷から馬車で往復3日は掛かる場所だった。行くしかない。

「明日から3日間出掛けるけれど、メアリーたちのことをよく聞いていてね」

 早速旅路の準備をしながらリゼルに告げると、ふうんと口の端を吊り上げた。
 
「ずいぶん嬉しそうだな」
「ええ、楽しみに待っていてね」

 馬車に揺られて1日半、ようやくアステリ農家のある村に辿り着いた。

 ここでは多くのアステリの木が栽培され、その時期になると輝くような実が成るという。アステリは輝きを放つ、特別な実なのだ。

 作業をしていた農家の男性を見つけ、声を掛けた。

「お忙しいところ失礼いたします。アステリの実を売っていただくことはできませんか?」
「アステリ? 今の時期に来られても売れるもんはないねぇ」

 ばっさりだった。でも、はいそうですかと諦めるわけにはいかない。

「どんなに小さな実でもいいんです。出荷できないようなものでもありませんか」
「そう言われてもなぁ」

 男性は困ったように首から下げたタオルで顔を拭いた。でも私が余りに必死の形相だったからか、おーいと畑にいた人たちを呼んだ。

「アステリ余ってねえか?」
「今の時期に? ないない」
「どんなんでもいいんだってよ」
「ちょーっと時期が遅かったねぇ」

 農夫や奥さん方がガヤガヤとやってきて話してくれたが、やはりないものはないらしい。ここまで来たのに……と肩を落とす私に、1人の女性が近づいてきた。

「あんた、そんなにアステリが必要なの? あと数ヶ月すれば実ると思うけど、待てない?」
「息子がどうしても今食べたがっていて……」

 私の深刻な様子に、女性は「よし」と胸を叩いた。

「ついてきな。ちょっと聞いてきてあげるから」
「は、はいっ!」

 女性はエルナさんと言った。エルナさんは村の家を一軒一軒訪ね、アステリが余っていないか聞いてまわってくれた。皆、突然現れた自分などに同情的になってくれる。

 しかし村中を訪ね歩いたが、アステリは見つからない。エルナさんは何か手はないかと考え込んでしまった。彼女も仕事があるだろうに、これ以上連れまわすわけにはいかない。

「エルナさん、ありがとうございました。後は自分で探してみます」
「探すったって、どうするんだい?」
「それは……」

 村の人であるエレナさんが頭を悩ませているくらいだ。よそ者の私がどうにかできるとは思えない。それでも……

「あんた、どこぞの貴族さんだろ?」
「え……」

「隠してるつもりなんだろうけど、見ればわかるよ。その服、上質な布を使ってることくらいはね。肌も全然焼けてないし、貴族の奥様なんだろう? それが息子のためにお供も連れずこんな田舎までやって来て、走りまわって」

 足元を見ると、舗装されていない地面を歩き回って靴は泥だらけ、ワンピースの裾にも泥が飛び散っていた。

「よっぽど大切な息子なんだね」
「はい、私の大事な一人息子です」

 はっきりとそう言うと、エルナさんは大きく頷いた。

「わかるよ。うちにも息子が3人いてバカ息子で手を焼かされたけど、でもやっぱり可愛くてね。母ちゃん母ちゃんって言われると、疲れも吹っ飛んじゃう」

 息子を立派に育て上げたエルナさんが逞しく見えた。私も、いつかはリゼルに母と呼んでもらえるだろうか。

「エルナおばさーん!」

 どこからか、数人の子どもたちが駆けてきた。

「おばさん、アステリ探してんの?」
「ああ、このご婦人がね」
「あっちのばあちゃんちにアステリあるよ」
「本当!?」

 私が言うと、男の子が遠くを指差した。

「うん、ついてきて」

 子供たちの後をついていくと、小さな家に着いた。

「ばあちゃーん、この人がアステリ欲しいって」

 腰の曲がった小さなお婆さんが家から出てきた。私はお婆さんに向かって一礼する。

「どうしてもアステリの実を売っていただきたいんです」
「売るようなもんじゃないよ」

 そう言って、お婆さんは家の中に入ってしまった。でもすぐに、ゆっくりとした足取りで外へやって来る。その小さな両手に瓶が握られていた。

「前の時期に取れた実を砂糖漬けにしてあったやつだけどね」

 お婆さんは私の手にそっと瓶を渡してくれた。

「いいのですか!?」

 私が慌てて革袋からお代を渡そうとすると、お婆さんは顔の前で手を振った。

「売りもんじゃないからいらないよ。あたしのおやつにするようなもんだから」
「でも、こんな貴重なもの……」

 お婆さんは庭を見渡した。地面が少し耕されているスペースがあるが、何もない。

 「あたしも昔はお爺さんとアステリを作っていたけど、もう畑仕事はできなくてねぇ。でもアステリはこの村で代々みんなで丹精込めて育ててきた大事な実さ。小さいけど味には違いないよ。おいしく味わってくんな」
「お婆さま……ありがとうございます。大切にいただきます」

 深々と頭を下げると、「よかったよかった」と大勢の声がした。顔を上げると、村の人たちが集まっていた。

「婆さん物持ちいいなー」
「あのアステリはうちの畑で作ったもんだな」
「いや、うちのだろ」
「どこのだっていいじゃないのさ。うちの村で取れたことには変わりないんだから」

 エルナさんの言葉に、みんなそうだそうだと笑った。

「皆さん、本当にありがとうございました。さっそく帰って息子に食べさせます」
「頑張んな」

 エルナさんに背中を叩かれ、私の背筋がしゃんと伸びた。
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