悪役令息の継母に転生したからには、息子を悪役になんてさせません!

水都(みなと)

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第4話 ごめんなさい

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 屋敷に飛んで帰る、と言ってもまた片道1日半。ようやく屋敷に到着すると、出迎えた使用人たちが私の姿に驚いた。

「奥様! どういたしましたか! そんな泥だらけで」
「ワンピースと靴をこんなにしてごめんなさい。ところで、厨房を借りられるかしら。アステリが手に入ったの。パイを焼かなくちゃ」
「その前にお着替えを!」

 有無を言わさず、着替えだけでなく入浴まですることになり、厨房に入れたのは夜になってからだった。リゼルにパイをリクエストされてから、作り方はコックに習って練習していた。

 アステリを瓶から取り出すと、まぶした砂糖がキラキラと輝いていた。

 小さなアステリだから、これだけではパイにならない。そこで以前買ったジャムを生地の上に塗って、その上にアステリを三等分して乗せた。焼き上がると甘い香りが漂ってくる。

 夕食にも間に合わず、それでもなんとかリゼルが寝る前には間に合った。部屋から出てきたリゼルに、私は晴れ晴れと報告した。

「リゼル、やっとアステリが手に入ったからパイを焼いたわ。でももう寝るところよね。明日にする?」
「今食べたい」

 確かにリゼルは出来立てが食べたいと言っていた。
 給仕係が「すぐご用意します」と耳打ちしてくれたので、お言葉に甘えることにした。

 食堂に移動して運ばれてきたアステリのパイが、リゼルの前に置かれた。リゼルは顔がくっつくくらいパイを覗き込む。

「本当にアステリだ。よく見つかったな」
「ええ、アステリを栽培している村があってね」

 私が弾むように話すと、リゼルは「へえ」と言って一瞬口の端を吊り上げた。そして、紫の瞳が鈍く光った瞬間、リゼルが大きく腕を振った。

 ガシャーン!

 一瞬何が起きたのかわからなかった。

 数秒後、ハッと我に返るとリゼルがパイの乗った皿をはたき落としたのだと理解した。床の上は、無残にもアステリのパイがひっくり返っている。

 呆気に取られている私の前で、給仕係が急いで拾おうとしたが、それより前にリゼルがパイを踏みつけた。そして、ふふんと私に勝ち誇った顔を向ける。

「本当に用意するとはな。わざわざ遠くの村までご苦労なことだ。これで俺のご機嫌取りができると思ったら大間違いだぞ」

 ぐちゃぐちゃと、リゼルは靴でパイを踏みつけている。

 頭の中で、ぷつんと何かが切れた。

 私は立ち上がると、リゼルの元へ行き彼の腕を取った。それでもリゼルは、また眉間に皺を寄せ私を睨み上げてくる。

「触るな」
「謝りなさい」
「は? 誰がお前なんかに」
「私じゃない。これを育てた農家さんたち、そして譲ってくれた村の人に謝りなさい」
「意味不明だな。なんで俺が農民に謝らなきゃならない」
「これは農家さんたちが丹精込めて作ってくれたものなの。そして大切に保管してくれたお婆さんが譲ってくれたものなのよ。あなたにおいしく食べてほしいと言ってくれたの」
「このパイは俺のものだ。どうしようと俺の勝手だろ」
「勝手じゃないわ!」

 腕を掴んだまま、私は膝を突きリゼルの目をまっすぐと見た。リゼルは顔を背けようとしたが、両肩を掴んでこちらを向かせる。

「最初からあなたは、こうするつもりでアステリが食べたいと言ったの? 私に何を言っても何をやっても構わないけれど、こんなことは許しません。食べ物を粗末にすることは、1番やってはいけないことです」

 何か言い返そうとしていたリゼルだったが、言葉が出ないのか私の目を見たり逸らしたりしながら黙り込んでいた。

「きちんとごめんなさいと言いなさい」
「……っ」

 リゼルの瞳が滲んだ。泣いている……?と思った瞬間、隙を突かれて手を解かれた。

「リゼル!」

 そのままリゼルは部屋へと駆け込み、何度呼んでも返事はなかった。しばらく部屋の前にいたが、メイドに促されて自室に戻った。

 何もかも嫌になってベッドに身を投げる。何日もかけてアステリを探しに行き、ノンストップでパイを作って息を吐く暇もなかった。今になってどっと疲れが襲ってくる。

「何やってるんだろうなぁ……」

 リゼルが私に嫌がらせをしたいことはわかっていたはずだ。それで私が1番傷つく方法を考えて、思い付いたのが無理難題を吹っ掛けることだったんだろう。用意できなければバカにされるだけで終わっていたかもしれない。用意できてしまったからこそ、最悪な嫌がらせを実行させてしまった。

 確かに私は傷ついた。でも、それ以上に協力してくれた村の人たちに申し訳がない。大切な息子のためにと力を貸してくれたのに。リゼルが私にお願いをしてくれたことが嬉しくて、舞い上がってしまった。

「大切な息子なんでしょう」「これを息子さんに」

 そう掛けてくれた言葉が耳にこだまする。私はエルナさんやあのお婆さんのように、立派な母親にはなれない。

「馬鹿みたいだなあ」

 腕で覆った目に込み上がってくるものを感じる。でもリゼルはこの何倍もつらい思いをしてきたはずだ。私のせいで……

 その時、ノックの音が聞こえた。メアリーだろうか。

「ごめんなさい。ちょっと1人にして」

 そう言ったのに、構わずドアが開けられる音がする。慌てて起き上がると、そこには

「リゼル……」

 無言で近づいてきた彼は、紫の目が真っ赤になっていた。唇を噛み締めて、下を向いている。さっきは言い過ぎたと言うべきだろうか。私が言い淀んでいると

「……ごめんなさい」

 小さな声でそう呟く声が聞こえた。

「えっ、あっ、ああ、ちゃ、ちゃんと謝れたのね」

 どっしり構えてなければいけないところだが、驚きすぎてみっともない態度を取ってしまった。

「……悪かった。せっかく貰ってきたアステリ、作ってくれたのにぐちゃぐちゃにして」
「わかってくれればいいのよ。反省できたのね、偉いわ。リゼル」

 あのリゼルが! 謝っている!
 原作でも謝ったら死ぬとまで言われていた彼が、こうしてきちんと反省している。これは大きな一歩だ。

 リゼルは顔を上げると、その目には今にも溢れそうな涙を溜めていた。こんな顔は、夫の葬儀でも見たことがない。

「俺のこと、嫌いでしょ?」
「そんなことないわ! 私はリゼルが大好きよ」
「本当に? 悪いことしたのに?」
「間違いは誰にでもあるわ。でも心から反省することが大切なの。それにリゼルは私の息子だもの。何があったって、私があなたを嫌いになることはないわ」

 今にも涙が零れそうなリゼルをそっと抱きしめる。柔らかく、あたたかい。小さな肩が震えている。しゃくり上げるリゼルの銀の髪を何度も撫でた。

 突然現れた継母に無視され続け、唯一の拠り所だった父親も亡くしてリゼルは小さな身体でずっと頑張っていた。私が甘えさせてあげられるような母親ではなかったからだ。謝らなければならないのは、私の方だ。

「ごめんなさいね、リゼル」
「……ごめんなさい、母上」

 私の胸に顔を押し付けるリゼルの小さな呼びかけが、しっかりと耳に届いた。

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