5 / 24
第4話 ごめんなさい
屋敷に飛んで帰る、と言ってもまた片道1日半。ようやく屋敷に到着すると、出迎えた使用人たちが私の姿に驚いた。
「奥様! どういたしましたか! そんな泥だらけで」
「ワンピースと靴をこんなにしてごめんなさい。ところで、厨房を借りられるかしら。アステリが手に入ったの。パイを焼かなくちゃ」
「その前にお着替えを!」
有無を言わさず、着替えだけでなく入浴まですることになり、厨房に入れたのは夜になってからだった。リゼルにパイをリクエストされてから、作り方はコックに習って練習していた。
アステリを瓶から取り出すと、まぶした砂糖がキラキラと輝いていた。
小さなアステリだから、これだけではパイにならない。そこで以前買ったジャムを生地の上に塗って、その上にアステリを三等分して乗せた。焼き上がると甘い香りが漂ってくる。
夕食にも間に合わず、それでもなんとかリゼルが寝る前には間に合った。部屋から出てきたリゼルに、私は晴れ晴れと報告した。
「リゼル、やっとアステリが手に入ったからパイを焼いたわ。でももう寝るところよね。明日にする?」
「今食べたい」
確かにリゼルは出来立てが食べたいと言っていた。
給仕係が「すぐご用意します」と耳打ちしてくれたので、お言葉に甘えることにした。
食堂に移動して運ばれてきたアステリのパイが、リゼルの前に置かれた。リゼルは顔がくっつくくらいパイを覗き込む。
「本当にアステリだ。よく見つかったな」
「ええ、アステリを栽培している村があってね」
私が弾むように話すと、リゼルは「へえ」と言って一瞬口の端を吊り上げた。そして、紫の瞳が鈍く光った瞬間、リゼルが大きく腕を振った。
ガシャーン!
一瞬何が起きたのかわからなかった。
数秒後、ハッと我に返るとリゼルがパイの乗った皿をはたき落としたのだと理解した。床の上は、無残にもアステリのパイがひっくり返っている。
呆気に取られている私の前で、給仕係が急いで拾おうとしたが、それより前にリゼルがパイを踏みつけた。そして、ふふんと私に勝ち誇った顔を向ける。
「本当に用意するとはな。わざわざ遠くの村までご苦労なことだ。これで俺のご機嫌取りができると思ったら大間違いだぞ」
ぐちゃぐちゃと、リゼルは靴でパイを踏みつけている。
頭の中で、ぷつんと何かが切れた。
私は立ち上がると、リゼルの元へ行き彼の腕を取った。それでもリゼルは、また眉間に皺を寄せ私を睨み上げてくる。
「触るな」
「謝りなさい」
「は? 誰がお前なんかに」
「私じゃない。これを育てた農家さんたち、そして譲ってくれた村の人に謝りなさい」
「意味不明だな。なんで俺が農民に謝らなきゃならない」
「これは農家さんたちが丹精込めて作ってくれたものなの。そして大切に保管してくれたお婆さんが譲ってくれたものなのよ。あなたにおいしく食べてほしいと言ってくれたの」
「このパイは俺のものだ。どうしようと俺の勝手だろ」
「勝手じゃないわ!」
腕を掴んだまま、私は膝を突きリゼルの目をまっすぐと見た。リゼルは顔を背けようとしたが、両肩を掴んでこちらを向かせる。
「最初からあなたは、こうするつもりでアステリが食べたいと言ったの? 私に何を言っても何をやっても構わないけれど、こんなことは許しません。食べ物を粗末にすることは、1番やってはいけないことです」
何か言い返そうとしていたリゼルだったが、言葉が出ないのか私の目を見たり逸らしたりしながら黙り込んでいた。
「きちんとごめんなさいと言いなさい」
「……っ」
リゼルの瞳が滲んだ。泣いている……?と思った瞬間、隙を突かれて手を解かれた。
「リゼル!」
そのままリゼルは部屋へと駆け込み、何度呼んでも返事はなかった。しばらく部屋の前にいたが、メイドに促されて自室に戻った。
何もかも嫌になってベッドに身を投げる。何日もかけてアステリを探しに行き、ノンストップでパイを作って息を吐く暇もなかった。今になってどっと疲れが襲ってくる。
「何やってるんだろうなぁ……」
リゼルが私に嫌がらせをしたいことはわかっていたはずだ。それで私が1番傷つく方法を考えて、思い付いたのが無理難題を吹っ掛けることだったんだろう。用意できなければバカにされるだけで終わっていたかもしれない。用意できてしまったからこそ、最悪な嫌がらせを実行させてしまった。
確かに私は傷ついた。でも、それ以上に協力してくれた村の人たちに申し訳がない。大切な息子のためにと力を貸してくれたのに。リゼルが私にお願いをしてくれたことが嬉しくて、舞い上がってしまった。
「大切な息子なんでしょう」「これを息子さんに」
そう掛けてくれた言葉が耳にこだまする。私はエルナさんやあのお婆さんのように、立派な母親にはなれない。
「馬鹿みたいだなあ」
腕で覆った目に込み上がってくるものを感じる。でもリゼルはこの何倍もつらい思いをしてきたはずだ。私のせいで……
その時、ノックの音が聞こえた。メアリーだろうか。
「ごめんなさい。ちょっと1人にして」
そう言ったのに、構わずドアが開けられる音がする。慌てて起き上がると、そこには
「リゼル……」
無言で近づいてきた彼は、紫の目が真っ赤になっていた。唇を噛み締めて、下を向いている。さっきは言い過ぎたと言うべきだろうか。私が言い淀んでいると
「……ごめんなさい」
小さな声でそう呟く声が聞こえた。
「えっ、あっ、ああ、ちゃ、ちゃんと謝れたのね」
どっしり構えてなければいけないところだが、驚きすぎてみっともない態度を取ってしまった。
「……悪かった。せっかく貰ってきたアステリ、作ってくれたのにぐちゃぐちゃにして」
「わかってくれればいいのよ。反省できたのね、偉いわ。リゼル」
あのリゼルが! 謝っている!
原作でも謝ったら死ぬとまで言われていた彼が、こうしてきちんと反省している。これは大きな一歩だ。
リゼルは顔を上げると、その目には今にも溢れそうな涙を溜めていた。こんな顔は、夫の葬儀でも見たことがない。
「俺のこと、嫌いでしょ?」
「そんなことないわ! 私はリゼルが大好きよ」
「本当に? 悪いことしたのに?」
「間違いは誰にでもあるわ。でも心から反省することが大切なの。それにリゼルは私の息子だもの。何があったって、私があなたを嫌いになることはないわ」
今にも涙が零れそうなリゼルをそっと抱きしめる。柔らかく、あたたかい。小さな肩が震えている。しゃくり上げるリゼルの銀の髪を何度も撫でた。
突然現れた継母に無視され続け、唯一の拠り所だった父親も亡くしてリゼルは小さな身体でずっと頑張っていた。私が甘えさせてあげられるような母親ではなかったからだ。謝らなければならないのは、私の方だ。
「ごめんなさいね、リゼル」
「……ごめんなさい、母上」
私の胸に顔を押し付けるリゼルの小さな呼びかけが、しっかりと耳に届いた。
あなたにおすすめの小説
転生先がヒロインに恋する悪役令息のモブ婚約者だったので、推しの為に身を引こうと思います
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【だって、私はただのモブですから】
10歳になったある日のこと。「婚約者」として現れた少年を見て思い出した。彼はヒロインに恋するも報われない悪役令息で、私の推しだった。そして私は名も無いモブ婚約者。ゲームのストーリー通りに進めば、彼と共に私も破滅まっしぐら。それを防ぐにはヒロインと彼が結ばれるしか無い。そこで私はゲームの知識を利用して、彼とヒロインとの仲を取り持つことにした――
※他サイトでも投稿中
大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!
古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。
その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。
『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』
昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。
領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。
一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――
婚約破棄された公爵令嬢は冤罪で地下牢へ、前世の記憶を思い出したので、スキル引きこもりを使って王子たちに復讐します!
山田 バルス
ファンタジー
王宮大広間は春の祝宴で黄金色に輝き、各地の貴族たちの笑い声と音楽で満ちていた。しかしその中心で、空気を切り裂くように響いたのは、第1王子アルベルトの声だった。
「ローゼ・フォン・エルンスト! おまえとの婚約は、今日をもって破棄する!」
周囲の視線が一斉にローゼに注がれ、彼女は凍りついた。「……は?」唇からもれる言葉は震え、理解できないまま広間のざわめきが広がっていく。幼い頃から王子の隣で育ち、未来の王妃として教育を受けてきたローゼ――その誇り高き公爵令嬢が、今まさに公開の場で突き放されたのだ。
アルベルトは勝ち誇る笑みを浮かべ、隣に立つ淡いピンク髪の少女ミーアを差し置き、「おれはこの天使を選ぶ」と宣言した。ミーアは目を潤ませ、か細い声で応じる。取り巻きの貴族たちも次々にローゼの罪を指摘し、アーサーやマッスルといった証人が証言を加えることで、非難の声は広間を震わせた。
ローゼは必死に抗う。「わたしは何もしていない……」だが、王子の視線と群衆の圧力の前に言葉は届かない。アルベルトは公然と彼女を罪人扱いし、地下牢への収監を命じる。近衛兵に両腕を拘束され、引きずられるローゼ。広間には王子を讃える喝采と、哀れむ視線だけが残った。
その孤立無援の絶望の中で、ローゼの胸にかすかな光がともる。それは前世の記憶――ブラック企業で心身をすり減らし、引きこもりとなった過去の記憶だった。地下牢という絶望的な空間が、彼女の心に小さな希望を芽生えさせる。
そして――スキル《引きこもり》が発動する兆しを見せた。絶望の牢獄は、ローゼにとって新たな力を得る場となる。《マイルーム》が呼び出され、誰にも侵入されない自分だけの聖域が生まれる。泣き崩れる心に、未来への決意が灯る。ここから、ローゼの再起と逆転の物語が始まるのだった。
お言葉ですが今さらです
MIRICO
ファンタジー
アンリエットは祖父であるスファルツ国王に呼び出されると、いきなり用無しになったから出て行けと言われた。
次の王となるはずだった伯父が行方不明となり後継者がいなくなってしまったため、隣国に嫁いだ母親の反対を押し切りアンリエットに後継者となるべく多くを押し付けてきたのに、今更用無しだとは。
しかも、幼い頃に婚約者となったエダンとの婚約破棄も決まっていた。呆然としたアンリエットの後ろで、エダンが女性をエスコートしてやってきた。
アンリエットに継承権がなくなり用無しになれば、エダンに利などない。あれだけ早く結婚したいと言っていたのに、本物の王女が見つかれば、アンリエットとの婚約など簡単に解消してしまうのだ。
失意の中、アンリエットは一人両親のいる国に戻り、アンリエットは新しい生活を過ごすことになる。
そんな中、悪漢に襲われそうになったアンリエットを助ける男がいた。その男がこの国の王子だとは。その上、王子のもとで働くことになり。
お気に入り、ご感想等ありがとうございます。ネタバレ等ありますので、返信控えさせていただく場合があります。
内容が恋愛よりファンタジー多めになったので、ファンタジーに変更しました。
他社サイト様投稿済み。
一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫
むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。
「宮廷魔術師の娘の癖に無能すぎる」と婚約破棄され親には出来損ないと言われたが、厄介払いと嫁に出された家はいいところだった
今川幸乃
ファンタジー
魔術の名門オールストン公爵家に生まれたレイラは、武門の名門と呼ばれたオーガスト公爵家の跡取りブランドと婚約させられた。
しかしレイラは魔法をうまく使うことも出来ず、ブランドに一方的に婚約破棄されてしまう。
それを聞いた宮廷魔術師の父はブランドではなくレイラに「出来損ないめ」と激怒し、まるで厄介払いのようにレイノルズ侯爵家という微妙な家に嫁に出されてしまう。夫のロルスは魔術には何の興味もなく、最初は仲も微妙だった。
一方ブランドはベラという魔法がうまい令嬢と婚約し、やはり婚約破棄して良かったと思うのだった。
しかしレイラが魔法を全然使えないのはオールストン家で毎日飲まされていた魔力増加薬が体質に合わず、魔力が暴走してしまうせいだった。
加えて毎日毎晩ずっと勉強や訓練をさせられて常に体調が悪かったことも原因だった。
レイノルズ家でのんびり過ごしていたレイラはやがて自分の真の力に気づいていく。
侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました
下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。
ご都合主義のSS。
お父様、キャラチェンジが激しくないですか。
小説家になろう様でも投稿しています。
突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!
【完結】断罪された悪役令嬢は、本気で生きることにした
きゅちゃん
ファンタジー
帝国随一の名門、ロゼンクロイツ家の令嬢ベルティア・フォン・ロゼンクロイツは、突如として公の場で婚約者であるクレイン王太子から一方的に婚約破棄を宣告される。その理由は、彼女が平民出身の少女エリーゼをいじめていたという濡れ衣。真実はエリーゼこそが王太子の心を奪うために画策した罠だったにも関わらず、ベルティアは悪役令嬢として断罪され、社交界からの追放と学院退学の処分を受ける。
全てを失ったベルティアだが、彼女は諦めない。これまで家の期待に応えるため「完璧な令嬢」として生きてきた彼女だが、今度は自分自身のために生きると決意する。軍事貴族の嫡男ヴァルター・フォン・クリムゾンをはじめとする協力者たちと共に、彼女は自らの名誉回復と真実の解明に挑む。
その過程で、ベルティアは王太子の裏の顔や、エリーゼの正体、そして帝国に忍び寄る陰謀に気づいていく。かつては社交界のスキルだけを磨いてきた彼女だが、今度は魔法や剣術など実戦的な力も身につけながら、自らの道を切り開いていく。
失われた名誉、隠された真実、そして予期せぬ恋。断罪された「悪役令嬢」が、自分の物語を自らの手で紡いでいく、爽快復讐ファンタジー。