悪役令息の継母に転生したからには、息子を悪役になんてさせません!

水都(みなと)

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第14-3

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 広い中庭に向かうと、地面は芝生。周りには植木や大きな庭石などがあった。

 サイラスはアルフレッドにサーベルを手渡した。

「アルフレッド、普段の成果を皆に披露目する重要な場だ。とはいえ、リゼルにケガをさせたりしないようにな。強い者は相手に合わせることも重要だ」
「わかっております。父上」

 それから、俺もサイラスからサーベルを受け取った。

「申し訳ない、リゼル。うちのアルフレッドは同年代とは相手にならなくてな、普段は騎士団の者たちと訓練を受けている。ここにいる皆はそれを知っているから、お前が負けたところで気に病むことはない」
「ご安心ください。俺が勝ちますから」
「ははっ、それは頼もしい」

 サイラスは絶対アルフレッドが勝つと思ってる。俺に恥をかかせようとしてるんだ。そうはいくか。

 俺はサーベルを手に、アルフレッドと向き合った。

「いくぞ」
「どこからでも」

 片手を後ろにまわし、剣を握るアルフレッドには真剣にというよりも「気楽にやろう」とゆるりと構えているように見える。先手を譲ろうってことか。余裕ぶりやがって。

 チラリとステラを見ると、胸の前で指を汲んでじっと俺たちを見ている。でも視線が合わない。

「やあっ!」

 サーベルを夢中で振り、アルフレッドと対峙する。アルフレッドは俺のサーベルを流すように軽くかわしていく。俺の出方を探っているのか、防戦一方だ。

「おいっ! 攻撃してこいよ」
「しているさ。防御も大事な攻撃だよ」

 手加減するなと言ったのに!

 ムキになって更に攻撃のスピードを上げると、やっとアルフレッドも俺のサーベルを払い攻撃に転じてきた。そうこなくっちゃ。

 そこからは互角だった。一進一退。そろそろ決着をつけたい。アルフレッドだってそう思っているだろう。俺は一瞬の隙をついて踏み込んだ。

「はあっ――ッ」

 ひらりとアルフレッドにかわされる。よろけつつも何とか背中を取られないように素早く振り返ると、目の前でアルフレッドのサーベルが下から上へ掠めた。

 あ……っ、と思う間もなく俺の視界がボヤける。眼鏡が吹き飛ばされて、眉間の先にアルフレッドのサーベルが突きつけられた。

「そこまで!」

 サイラスの声が上がると、周りから拍手と歓声が響いた。ステラもアルフレッドに向けて手を叩いている。

 負けた? 俺が?

 唖然とする俺に、貴族たちの言葉が流れ込んでくる。

「さすがはマーウッド卿のご子息!」
「見事な腕前でしたな」
「実力の差は歴然だ、可哀想に」

 バカにしやがって!

 俺は掴みかかりたい衝動に駆られたが、奥歯を噛んで耐えた。俺は大人だ。冷静に、スマートに……

「やはり女親に育てられた子供はダメだな。大方、剣術もまともに教えず家で人形遊びでもさせていたんじゃないか?」
「女に教えられることなんて何もないからな。それに、シルヴァリー卿の夫人は後妻だろう。わざと継子を無能にして、遺産も権力も自分のものにする気なのでは?」
「違いない」
 
 ははは、と馬鹿笑いする声に、俺の頭で何かが切れた。

「今言ったのはどこのどいつだ!」

 俺がサーベルを片手に睨みまわすと、ピタリと声が止まった。でも視界が悪くて誰が誰だかわからない。

 俺は目を凝らして、こそこそとまだ囁き合ってる親父たちを見つけた。あいつらか!

「俺のことは我慢してやる。でも母上のことを侮辱するやつは許さない! こそこそ影口なんて卑怯だぞ! 出てきて俺の前ではっきり言ってみろ!」

 しん、と静まり返っている。さっきまであんなに言いたい放題だったくせに、卑怯なやつめ!

「いい加減にしないか!」

 サイラスの怒鳴り声が響いた。

「負けたからといって八つ当たりか、情けない。お前のようなやつが伯爵を継ぐとは、兄上も悲しんでおられるだろう」
「なんだと……!」
「リゼル、落ち着いて」

 アルフレッドが肩を掴んで俺を制止した。しかし、サイラスの方から俺に近づいてくる。

「そもそも、お前のその行いが義姉上の顔に泥を塗っていると何故気づかぬ。だいたいお前は……」

 ガシャッ

 何かの音がする。サイラスが下を見て、足をどけた。目を凝らして見ると……俺の眼鏡だ!

 アルフレッドを振り払い、サイラスの足元にしゃがんで眼鏡を拾った。フレームは折れて、レンズは割れている。

 誕生日に母上が贈ってくれた、新しい眼鏡。

「おっと、お前の眼鏡だったか。このような場へそんなものを掛けてくるからこんな――ッ」
「謝れよ!」

 サイラスの胸倉を掴むと、奴の目が白黒していることがボヤけた視界でもわかった。周りがざわついてるが、知ったことか。

「これは母上から頂いた大事な眼鏡だ! それを踏みつぶしておきながら謝罪もできねえのか!」
「て、手を離さぬか! 叔父に対して何をしているかわかっているのか」
「母上を愚弄するお前なんか叔父でもなんでもねえ!」

 思い切り突き飛ばすと、サイラスはみっともなく倒れ込んだ。ざまあみろ。

「父上!」

 アルフレッドを始め、大人たちがサイラスに駆け寄る。皆が口々に心配する中、サイラスは大げさなくらい痛がって足を押さえた。

「あ、足が……うぅ……」
「大変だ! 早く医者を!」
「マーウッド卿、気を確かに!」

 俺はバカバカしくなって帰ることにした。こんなのが社交界なんて腐ってる。来るんじゃなかった。

 割れた眼鏡をポケットに押し込んで、芝生を蹴散らしながら中庭を突っ切った。一刻も早く帰って母上に話を聞いてもらいたい。

 でも、挑発には乗るなという母上との約束を破ってしまった。怒られるだろうか。眼鏡もこんなにしてしまって……だけど、俺は――

 ガツンッ

 突然、後頭部に強い衝撃が襲った。ぐらりと揺れた視界と共に、床へ倒れ込む。ボヤけた視界が、暗くなっていった……
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