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第16話 地下牢 ※リゼル視点
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頭が猛烈に痛い……
具合が悪いときはいつも、母上が温かいベッドに寝かせてくれた。ずっと傍で俺の手を握っていてくれた。
でも、今俺は硬く冷たい床の上に転がされている。
頭痛に堪えながら身体を起こそうとしたが、立ち上がれない。縄で後ろ手に縛られている。
なんだ? 一体何が起こった?
確か社交パーティーでアルフレッドと決闘して……
ああそうだ。母上のことをあいつらにバカにされて腹が立って――
「頑丈なやつだな。もう目を覚ますとは」
聞き覚えのある声に顔を上げると、暗闇にぼんやりと輪郭が見えた。暗いし眼鏡がないからはっきりとは見えないが、それでもその憎たらしい顔はすぐに認識できる。
「サイラス……」
「もう少し眠っていれば、まだ痛い思いをせずに済んだというのに」
バシッと強い痛みがうつ伏せに転がった俺の背中を襲った。サイラスに蹴り飛ばされたらしい。
「安心しろ、すぐには殺さん。積年の恨みを、あの忌々しい兄の分まで受けてもらおう」
「う……ぐ……っ」
体中を何度も叩かれ蹴とばされ、痛みで燃えるように熱い。叫び出しそうになるのを歯を食いしばって耐えると、それが気に入らないのか俺の胸倉を掴み上げて顔を殴った。
殴り返してやりたいが、縄のせいでそれもできない。せめてもの抵抗に睨みつけてやると、近距離でサイラスが顔をしかめるのが見えた。
「その眼……兄上にそっくりだな。あいつも俺をいつもそんな眼で見下していた。ようやく邪魔者を消し去ったというのに。お前さえいなければ」
「……やっぱり、お前が父上を殺したんだな」
はははっ! とサイラスが高く笑う。
サイラスが父上を殺した疑惑が確信に変わった。瞬間、俺の頭にカッと血がのぼる。
身体をムリヤリ奮い立たせ、足を踏ん張って起き上がる。
「よくも父上を……ぐ、は……っ」
サイラスが太い棒のようなもので、思い切り顔を殴ってきた。みっともなく、俺は硬い石畳の床に倒れ込む。
「バカのくせに察しは良いのだな。あの継母の入れ知恵か? あの女、大人しく私に従っていれば良いものを。私とて目障りな甥とはいえ、こんなことまでするつもりはなかったのだよ。だから寄宿舎送りで済ませてやろうとしていたのに、あの女のせいで計画は台無しだ。恨むなら継母を恨むんだな」
違う。母上は俺を守ってくれたんだ。寄宿舎じゃなく、自分の手で育てようとしてくれた。連れ子の俺を、本当の母のように。
父上と再婚したとき、母上は俺のことをまったく見てくれなかった。それは、俺が母上を見ようとしなかったからだ。父上を奪った新しい母を、俺は許せなかった。
でも、母上は歩み寄ってくれた。俺がわがままを言っても泣いても喚いても、母上は根気強く俺に向き合ってくれたんだ。
「――っ?」
何かの気配を感じたのか、サイラスが部屋を出て行った。
今がチャンスだ。
俺は身を捩って、なんとか眼鏡をポケットから出した。完全に割れた眼鏡のガラスを使えば、この縄が切れるかもしれない。
なんとかガラスを縄に擦りつけるが、手が傷つくだけで縄は切れない。少しでも緩めば、力づくで縄を解けるかもしれないのに。
「い゛――ッ」
ガッと手を足で踏みつけられた。
「何をしている? そんなことで縄が切れるとでも? バカはどこまでもバカだな」
いつの間にか戻って来ていたサイラスが、俺の手と共に背中を何度も踏みつけた。
「お前の継母がここを嗅ぎつけたようだ」
母上が!? ダメだ、母上まで危険な目に合わせられない。サイラスが憎んでいるのは俺だ。
「……あの人が、俺を助けに来るわけないだろ。俺はあの人の本当の子供じゃないんだぞ」
「そうかな? あの女は随分お前を気にかけていたようだが。金が目当てか地位が目当てか。まあどちらでもいい」
サイラスは両手を広げて、まるで演説でも聞かせるように語り出した。
「社交パーティーを台無しにし、叔父に手を上げた息子の責任を取って親子共々表舞台から姿を消した。こんなシナリオは如何かな?」
不気味に笑ったサイラスに寒気がする。俺も母上も消すつもりなんだ。
「やめろ! 母上は関係な……かはッ」
サイラスが俺のみぞおちを蹴り飛ばした。
「だったら大人しくしているんだな。お前もあの女も、父親のようになりたくなければな」
「――っ」
俺が抵抗するのをやめたと見ると、サイラスは徹底的に俺を痛めつけてきた。全身の痛みと共に、父上に対する積年の恨み辛みが罵詈雑言として俺に浴びせかかる。
俺はどうなってもいい。俺が死ぬことでサイラスが満足するならそれで構わない。
だから、だからどうか……母上だけは……
「最初から大人しくしていればいいものを」
サイラスは俺の縄を解き、代わりに手足を鎖に繋いだ。
具合が悪いときはいつも、母上が温かいベッドに寝かせてくれた。ずっと傍で俺の手を握っていてくれた。
でも、今俺は硬く冷たい床の上に転がされている。
頭痛に堪えながら身体を起こそうとしたが、立ち上がれない。縄で後ろ手に縛られている。
なんだ? 一体何が起こった?
確か社交パーティーでアルフレッドと決闘して……
ああそうだ。母上のことをあいつらにバカにされて腹が立って――
「頑丈なやつだな。もう目を覚ますとは」
聞き覚えのある声に顔を上げると、暗闇にぼんやりと輪郭が見えた。暗いし眼鏡がないからはっきりとは見えないが、それでもその憎たらしい顔はすぐに認識できる。
「サイラス……」
「もう少し眠っていれば、まだ痛い思いをせずに済んだというのに」
バシッと強い痛みがうつ伏せに転がった俺の背中を襲った。サイラスに蹴り飛ばされたらしい。
「安心しろ、すぐには殺さん。積年の恨みを、あの忌々しい兄の分まで受けてもらおう」
「う……ぐ……っ」
体中を何度も叩かれ蹴とばされ、痛みで燃えるように熱い。叫び出しそうになるのを歯を食いしばって耐えると、それが気に入らないのか俺の胸倉を掴み上げて顔を殴った。
殴り返してやりたいが、縄のせいでそれもできない。せめてもの抵抗に睨みつけてやると、近距離でサイラスが顔をしかめるのが見えた。
「その眼……兄上にそっくりだな。あいつも俺をいつもそんな眼で見下していた。ようやく邪魔者を消し去ったというのに。お前さえいなければ」
「……やっぱり、お前が父上を殺したんだな」
はははっ! とサイラスが高く笑う。
サイラスが父上を殺した疑惑が確信に変わった。瞬間、俺の頭にカッと血がのぼる。
身体をムリヤリ奮い立たせ、足を踏ん張って起き上がる。
「よくも父上を……ぐ、は……っ」
サイラスが太い棒のようなもので、思い切り顔を殴ってきた。みっともなく、俺は硬い石畳の床に倒れ込む。
「バカのくせに察しは良いのだな。あの継母の入れ知恵か? あの女、大人しく私に従っていれば良いものを。私とて目障りな甥とはいえ、こんなことまでするつもりはなかったのだよ。だから寄宿舎送りで済ませてやろうとしていたのに、あの女のせいで計画は台無しだ。恨むなら継母を恨むんだな」
違う。母上は俺を守ってくれたんだ。寄宿舎じゃなく、自分の手で育てようとしてくれた。連れ子の俺を、本当の母のように。
父上と再婚したとき、母上は俺のことをまったく見てくれなかった。それは、俺が母上を見ようとしなかったからだ。父上を奪った新しい母を、俺は許せなかった。
でも、母上は歩み寄ってくれた。俺がわがままを言っても泣いても喚いても、母上は根気強く俺に向き合ってくれたんだ。
「――っ?」
何かの気配を感じたのか、サイラスが部屋を出て行った。
今がチャンスだ。
俺は身を捩って、なんとか眼鏡をポケットから出した。完全に割れた眼鏡のガラスを使えば、この縄が切れるかもしれない。
なんとかガラスを縄に擦りつけるが、手が傷つくだけで縄は切れない。少しでも緩めば、力づくで縄を解けるかもしれないのに。
「い゛――ッ」
ガッと手を足で踏みつけられた。
「何をしている? そんなことで縄が切れるとでも? バカはどこまでもバカだな」
いつの間にか戻って来ていたサイラスが、俺の手と共に背中を何度も踏みつけた。
「お前の継母がここを嗅ぎつけたようだ」
母上が!? ダメだ、母上まで危険な目に合わせられない。サイラスが憎んでいるのは俺だ。
「……あの人が、俺を助けに来るわけないだろ。俺はあの人の本当の子供じゃないんだぞ」
「そうかな? あの女は随分お前を気にかけていたようだが。金が目当てか地位が目当てか。まあどちらでもいい」
サイラスは両手を広げて、まるで演説でも聞かせるように語り出した。
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不気味に笑ったサイラスに寒気がする。俺も母上も消すつもりなんだ。
「やめろ! 母上は関係な……かはッ」
サイラスが俺のみぞおちを蹴り飛ばした。
「だったら大人しくしているんだな。お前もあの女も、父親のようになりたくなければな」
「――っ」
俺が抵抗するのをやめたと見ると、サイラスは徹底的に俺を痛めつけてきた。全身の痛みと共に、父上に対する積年の恨み辛みが罵詈雑言として俺に浴びせかかる。
俺はどうなってもいい。俺が死ぬことでサイラスが満足するならそれで構わない。
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