35 / 216
第2章 勇者ベレニスの真実
(6)
しおりを挟む
事件の後、父親のグラシアンは怪我の後遺症を理由に、若くして騎士団の第一線を退くことになった。
父親と兄達は口を揃えて「俺たちが未熟だったせいだ。マティに責任はない」と言ってくれたが、マルティーヌはどうしても自分を許せなかった。
もっと早く秘密を明かし、灰翼蜥蜴の討伐法を伝えていれば。
そして自分自身も討伐に参加していれば。
お父さまは、まだ現役で騎士団を引っ張っていたはずなのだから——。
家族や使用人、騎士団の団員達は、これまでと変わりなくラヴェラルタ家の令嬢として大切に扱ってくれる。
だけど、このままでいいの?
あの事件のことも、自分がベレニスの生まれ変わりであることも、何もかもなかったことにして、辺境伯令嬢としてこれまで通り生きていっていいの?
何度も自問を繰り返しては首を横に振る。
わたしは、わたしらしく生きていきたい!
マルティーヌは強い決意を持ってドアの前に立った。
中では父親と、新団長のオリヴィエ、副団長のセレスタンが騎士団の今後について、もう何時間も話し合いをしている。
ノックをした後、中からの返事を待たずにドアを大きく開け放つ。
「お父さま、リーヴィ兄さま、セレス兄さま! お願いがあります!」
そう叫ぶと、振り返った三人の男達は、マルティーヌの姿に目を丸くした。
彼女は今朝までは、右側半分が散切りになった髪に花を差してごまかしていたのだが、今はうなじが刈り上げられ、髪全体が短く切りそろえられていた。
そして、どこから引っ張り出してきたのか、セレスタンが少年時代に着ていた騎士団の制服を身につけている。
「ど、どうしたんだ、その姿は!」
父親と長兄は、何よりもマルティーヌの髪の短さに衝撃を受けた。
ここ数日、長さがバラバラになった髪をどうにかしなければと話してはいたものの、あれほど美しかった髪を、ここまでばっさり切るとは思っていなかったのだ。
けれど、セレスタンだけは様子が違った。
「うわぁ! なんてかわいいっ! 僕の子どもの頃にそっくりじゃないか!」
マルティーヌと彼は顔立ちが似ており、瞳の色と髪色も同じ。
しかも、自分が着ていた男物の制服を身につけているのだから、妹を溺愛し、ナルシスト気質も強い彼にとってはたまらない。
興奮のあまり転げるように椅子から降りると、妹めがけて突進してくる。
「あぁ、マティ、僕のマティ。男の子の姿もいいねぇ。凛々しくて、かわいくて、かわいくてかわいい!」
妹に飛びついてぎゅっと抱きしめると、何度も頬ずりする。
「こらっ! セレス、離れるんだ!」
ようやく、正気に戻ったオリヴィエが駆け寄ると、弟を力ずくで引き剥がし後ろ手に拘束する。
父親が足を引きずりながら近づいてきて、すっかり変わってしまった娘の頬を掌で包み込んだ。
「どうして、こんなことを……」
嘆きの色が見える父親の目を、男装の娘がしっかりと見上げた。
「お父さま……いえ、元団長! わたしをラヴェラルタ騎士団に入れてください!」
「まったく、何を言い出すかと思えば……。私がこんな足になったのは、お前のせいじゃないと何度も言ったはずだ。お前が責任を感じることはないんだよ」
父親は言い聞かせるように、愛娘の頭を撫でた。
手に触れる髪の触り心地が、以前と全く違うことが切なくて、唇を噛む。
「そうじゃない!……ううん、全くそうじゃないとは言い切れないけど……でも、わたし考えたの」
「まぁ、座りなさい」
すすめられた椅子に座ると、父親は隣の椅子に腰を下ろした。
父親と兄達は口を揃えて「俺たちが未熟だったせいだ。マティに責任はない」と言ってくれたが、マルティーヌはどうしても自分を許せなかった。
もっと早く秘密を明かし、灰翼蜥蜴の討伐法を伝えていれば。
そして自分自身も討伐に参加していれば。
お父さまは、まだ現役で騎士団を引っ張っていたはずなのだから——。
家族や使用人、騎士団の団員達は、これまでと変わりなくラヴェラルタ家の令嬢として大切に扱ってくれる。
だけど、このままでいいの?
あの事件のことも、自分がベレニスの生まれ変わりであることも、何もかもなかったことにして、辺境伯令嬢としてこれまで通り生きていっていいの?
何度も自問を繰り返しては首を横に振る。
わたしは、わたしらしく生きていきたい!
マルティーヌは強い決意を持ってドアの前に立った。
中では父親と、新団長のオリヴィエ、副団長のセレスタンが騎士団の今後について、もう何時間も話し合いをしている。
ノックをした後、中からの返事を待たずにドアを大きく開け放つ。
「お父さま、リーヴィ兄さま、セレス兄さま! お願いがあります!」
そう叫ぶと、振り返った三人の男達は、マルティーヌの姿に目を丸くした。
彼女は今朝までは、右側半分が散切りになった髪に花を差してごまかしていたのだが、今はうなじが刈り上げられ、髪全体が短く切りそろえられていた。
そして、どこから引っ張り出してきたのか、セレスタンが少年時代に着ていた騎士団の制服を身につけている。
「ど、どうしたんだ、その姿は!」
父親と長兄は、何よりもマルティーヌの髪の短さに衝撃を受けた。
ここ数日、長さがバラバラになった髪をどうにかしなければと話してはいたものの、あれほど美しかった髪を、ここまでばっさり切るとは思っていなかったのだ。
けれど、セレスタンだけは様子が違った。
「うわぁ! なんてかわいいっ! 僕の子どもの頃にそっくりじゃないか!」
マルティーヌと彼は顔立ちが似ており、瞳の色と髪色も同じ。
しかも、自分が着ていた男物の制服を身につけているのだから、妹を溺愛し、ナルシスト気質も強い彼にとってはたまらない。
興奮のあまり転げるように椅子から降りると、妹めがけて突進してくる。
「あぁ、マティ、僕のマティ。男の子の姿もいいねぇ。凛々しくて、かわいくて、かわいくてかわいい!」
妹に飛びついてぎゅっと抱きしめると、何度も頬ずりする。
「こらっ! セレス、離れるんだ!」
ようやく、正気に戻ったオリヴィエが駆け寄ると、弟を力ずくで引き剥がし後ろ手に拘束する。
父親が足を引きずりながら近づいてきて、すっかり変わってしまった娘の頬を掌で包み込んだ。
「どうして、こんなことを……」
嘆きの色が見える父親の目を、男装の娘がしっかりと見上げた。
「お父さま……いえ、元団長! わたしをラヴェラルタ騎士団に入れてください!」
「まったく、何を言い出すかと思えば……。私がこんな足になったのは、お前のせいじゃないと何度も言ったはずだ。お前が責任を感じることはないんだよ」
父親は言い聞かせるように、愛娘の頭を撫でた。
手に触れる髪の触り心地が、以前と全く違うことが切なくて、唇を噛む。
「そうじゃない!……ううん、全くそうじゃないとは言い切れないけど……でも、わたし考えたの」
「まぁ、座りなさい」
すすめられた椅子に座ると、父親は隣の椅子に腰を下ろした。
11
あなたにおすすめの小説
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
神様の忘れ物
mizuno sei
ファンタジー
仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。
わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
ヒロインですが、舞台にも上がれなかったので田舎暮らしをします
未羊
ファンタジー
レイチェル・ウィルソンは公爵令嬢
十二歳の時に王都にある魔法学園の入学試験を受けたものの、なんと不合格になってしまう
好きなヒロインとの交流を進める恋愛ゲームのヒロインの一人なのに、なんとその舞台に上がれることもできずに退場となってしまったのだ
傷つきはしたものの、公爵の治める領地へと移り住むことになったことをきっかけに、レイチェルは前世の夢を叶えることを計画する
今日もレイチェルは、公爵領の片隅で畑を耕したり、お店をしたりと気ままに暮らすのだった
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる
街風
ファンタジー
「お前を追放する!」
ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。
しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。
令和日本では五十代、異世界では十代、この二つの人生を生きていきます。
越路遼介
ファンタジー
篠永俊樹、五十四歳は三十年以上務めた消防士を早期退職し、日本一周の旅に出た。失敗の人生を振り返っていた彼は東尋坊で不思議な老爺と出会い、歳の離れた友人となる。老爺はその後に他界するも、俊樹に手紙を残してあった。老爺は言った。『儂はセイラシアという世界で魔王で、勇者に討たれたあと魔王の記憶を持ったまま日本に転生した』と。信じがたい思いを秘めつつ俊樹は手紙にあった通り、老爺の自宅物置の扉に合言葉と同時に開けると、そこには見たこともない大草原が広がっていた。
悪役顔のモブに転生しました。特に影響が無いようなので好きに生きます
竹桜
ファンタジー
ある部屋の中で男が画面に向かいながら、ゲームをしていた。
そのゲームは主人公の勇者が魔王を倒し、ヒロインと結ばれるというものだ。
そして、ヒロインは4人いる。
ヒロイン達は聖女、剣士、武闘家、魔法使いだ。
エンドのルートしては六種類ある。
バットエンドを抜かすと、ハッピーエンドが五種類あり、ハッピーエンドの四種類、ヒロインの中の誰か1人と結ばれる。
残りのハッピーエンドはハーレムエンドである。
大好きなゲームの十回目のエンディングを迎えた主人公はお腹が空いたので、ご飯を食べようと思い、台所に行こうとして、足を滑らせ、頭を強く打ってしまった。
そして、主人公は不幸にも死んでしまった。
次に、主人公が目覚めると大好きなゲームの中に転生していた。
だが、主人公はゲームの中で名前しか出てこない悪役顔のモブに転生してしまった。
主人公は大好きなゲームの中に転生したことを心の底から喜んだ。
そして、折角転生したから、この世界を好きに生きようと考えた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる