【完結】「ラヴェラルタ辺境伯令嬢は病弱」ってことにしておいてください

平田加津実

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第2章 勇者ベレニスの真実

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「わたしは……もう、二度と、権力者に利用されたくないの! わたしの力は人を狂わせる。だからこれまで、自分の力を隠し続けてきたの」

 涙まじりに訴える娘に、母親が隣の席から飛びついてきた。

「あぁ、マティ! な、なんて可哀想にぃぃ……。ううっ」

 母親は娘の首に両腕を巻きつけ、ぎゅうぎゅうと抱きしめながら、涙ながらに言葉を続けた。

「そ、そんなに……うう……辛い、記憶をたった一人で抱えていたの……ね。う……わぁぁぁっ!」
「お母さま、そんなに……泣かないで」
「うわぁぁ……ん。だって、だってあなたが……っ!」

 最後にはとうとう本泣きになってしまい、娘の方は逆に冷静になってくる。

「うううぅ……っ。ごめんねぇ、辛いのはマティなのにね」
「ううん」

 ああ、お母さまはベレニスの悲惨な生涯に同情したのではなく、マルティーヌが苦しんでいたことに泣いてくれるんだ。
 わたしだけを案じてくれるんだ。

 そう思うと、胸の奥があたたかく、体がふわりと軽くなった気がした。

「お母さま、ありがとう。これまで黙っていてごめんなさい。あとそれから、心配かけてごめんなさい」
「いいのよぉ~」

 母親はマルティーヌの肩口に顔を埋めたまま、嗚咽を漏らしながら何度も頷いた。
 父親が灰翼蜥蜴討伐の際に負傷した片足を引きずりながら、母親の反対側に回り込んできた。

「前世が勇者であれ人殺しであれ、そんなことは関係ない。今のおまえは、私達の可愛い娘マルティーヌなのだからね」

 大きく温かい手が、無造作に短く切られた金色の髪の毛先を愛おしそうに撫でてくれる。

「でも、受け継いだのは記憶だけじゃなかったんだもの。灰翼蜥蜴百匹でも一人で討伐できるほどの、化け物じみた魔力も持っているなんて知ったら、みんながどう思うのかって……」
「そうか、怖かったのだね。私達はどんなマティでも愛さずにはいられないのだから、そんな心配しなくても良かったのに。でも、ようやく話してくれたんだね。嬉しいよ」

 そう言いながら父親は妻の腕を解くと、解放された娘に向かって「ほら、おいで」と腕を広げる。

 嵐の夜の『死の森』を走り抜けながら、家族はきっと、自分がベレニスの生まれ変わりであっても受け入れてくれるだろうと思っていた。
 いや、そう信じていなければ、これまでの生活を一変させるような行動はとれなかった。
 それは間違っていなかった。

「お父さま!」

 椅子を立ち父親の腕に飛び込むと、小柄な体はすっぽりと温もりに包み込まれる。
 今の自分はベレニスではなく、この人の娘なのだと実感する。

 父親は幼子にするように、ゆっくりと頭を撫でてくれた。
 向かいの席から兄二人もテーブルを回り込んでくる。
 抱擁の順番を待つように、父親の背後にオリヴィエとセレスタンが並んだ。

「ラヴェラルタ家ではお前の強さは、ただただ凄ぇって賞賛されることだよ。誇りに思っていいぜ。灰翼蜥蜴の山の天辺に立っていたマティは、そりゃかっこよかったんだからな!」

 妹の勇姿を目にしたのは、家族の中では自分一人だけということもあって、オリヴィエが自慢げに言う。
 口下手な彼は『力こそ正義』というラヴェラルタ騎士団の価値観で妹を褒め称えたのだが、母親から「やめて! 脳筋」と一喝されてしゅんとなる。

「だけど、マティがベレニスの生まれ変わりでも、見た目は全然違うだろう? 僕が大好きなマティは、母上と僕にそっくりの可憐な女の子なんだから。広場のベレニス像とは似ても似つかないよ」

 セレスタンはベレニスとの違いを挙げて妹を慰めようとしたようだが、『ベレニス像』という単語に、マルティーヌはぴくりと反応した。

「待って! あの像はわたし……本物のベレニスとは全くの別人なの! 今まで言えなかったけど、本物のベレニスはでかくて筋肉質でもっとゴツかったもん! あんな美人なはずもないし! 誰よ、あんな恥ずかしい像を作ったのは! 今すぐにでも叩き壊したい!」
「え? そうなのか?」

 本人からの説得力のある言葉に、オリヴィエが呆然となった。

 ラヴェラルタ辺境伯領でベレニスといえば、誰もが、中央広場に建つ像の、女神のような美しい顔をしたすらりとした体格の女性をイメージする。
 しかし、実際のベレニスは、体格も顔も何もかも全く違うのだ。
 唯一同じなのは、魔王を倒した当時の髪の長さぐらい。

 ラヴェラルタ騎士団の男たちの多くは、魔獣を狩る偉大な先達としてベレニスを敬愛しているが、特にオリヴィエは「俺の初恋」と言うほど熱狂的だった。
 それは、あの像の見た目の効果も大きかったはずだから、騙されたような気になるのは当然だ。

「うん。ちょうど、リーヴィ兄さまを女にしたような感じだった」
「俺のような……? うわぁぁぁ、勘弁してくれよぉ」

 彼は衝撃の事実に耐えきれず、絨毯の上にがっくりと膝をついて呻いた。
 それを見た弟と妹は笑いが堪えられない。

「良かったな、兄貴。四百年前に生まれていたら、お似合いだったんだな」
「なんか、ごめんね?」

 マルティーヌは、戦に利用され多くの命を奪ったにも関わらず、その事実が隠されたまま、勇者としての神格化を煽る美しい像が大嫌いだった。
 兄の初恋を踏みにじったのは申し訳なかったが、このまま偽のベレニスを信じ続けさせるのも心苦しいから、これでよかったのだ。

「僕は絶対、マティがいい!」

 父親の腕が緩んだ隙に、セレスタンは妹を奪ってぎゅっと抱きしめる。

「おいっ! 俺だってマティの方が大事に決まっている!」
「きゃあ、待って、リーヴィ兄さま! セレス兄さまも痛いって!」

 兄弟で妹を奪い合う辺境伯家お馴染みの光景を、両親はにこにこしながら見ていた。
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