【完結】「ラヴェラルタ辺境伯令嬢は病弱」ってことにしておいてください

平田加津実

文字の大きさ
33 / 216
第2章 勇者ベレニスの真実

(4)

しおりを挟む
 四百年前。
 現在のザウレン皇国の『死の森』に接する一角は、ヴァロフと呼ばれる小国であった。

 『死の森』は魔王が魔獣を生み出す地と言い伝えられ、ヴァロフや周辺の国々は魔獣を仕留めて一攫千金を狙う冒険者たちで賑わっていた。
 しかし、ある時を境に、出現する魔獣の数が急激に増え、『死の森』の外にまで被害が及ぶようになった。
 そこで、各国の王は存在の不確かな魔王の討伐に、多額の報奨金をかけた。
 『死の森』に挑む冒険者を増やし、魔獣の数を減らすことを目論んだのだ。

 多くの冒険者パーティーが魔王討伐に挑んだものの、凶暴な魔獣を前に敗れ去った。

 そして五年後、若き女剣士ベレニスを中心とした冒険者パーティが『死の森』の奥地を踏破し、潜んでいた魔王を討伐した。
 パーティには他に、剣士エドモン、弓師ラウル、魔術師アンナ、魔導師チェスラフがいたが、最終的に生き残ったのはベレニスとチェスラフのわずか二人だった。

 ヴァロフ国はチェスラフを聖者と認定し、中央神殿に迎え入れた。
 彼はやがて、『死の森』周辺諸国で信仰されるチェスラフ聖教の教祖となり、現在、各地の神殿にすべて同じ顔をした共通の聖者像が置かれている。

 一方ベレニスは勇者の称号を与えられた後、ヴァロフ王から軍属になることを要請された。
 彼女は、魔王討伐で命を落とした多くの仲間たちを弔うためにも、生き残った魔獣の討伐を続けることを望んでいた。
 そのためヴァロフ王の要請を断ろうとするのだが、王は冷たく言い放つ。
「其方が余の命令を聞いている限り、コルベ村に住む其方の両親は幸せに暮らせるだろう」と。

 それはつまり、命令に背けば両親の命はないという脅しだった。

 かくしてベレニスは、小国であったヴァロフが周辺諸国を侵略するための手駒となった。

 人々の命と生活を守るために魔王や魔獣と戦ってきた勇者は、両親の二つの命を守るためだけに、多くの人間の命を奪う殺戮者となり果てた。
 これまで凶暴で強靭な体を持つ魔獣を相手にしてきたベレニスにとって、人間の肉体は鎧を纏っていてもあまりにも脆かった。
 長剣を振るう腕にたいした手応えを感じないまま、たくさんの命があっけなく散っていった。
 直接斬り捨てた敵国の兵だけではなく、戦に巻き込まれた罪のない人々や、家族が戦死し生活が成り立たなくなった人々の間接的な死も含めれば、自分のせいでどれほどの死者を出したのか想像がつかない。
 どれほど多くの人々を不幸に陥れたのかも——。

 自分が勇者でなければ。
 自分に人間離れした能力がなければ。
 弱小国だったヴァロフが分不相応な野望を持つことはなく、多くの人々がこれまで通りの平和な生活を送れたはずなのだ。

 自身の存在の罪深さに苦悩しながらも、王命に背く決心がつけられず、罪のない弱き者たちの命を一方的に奪い続ける日々。

 そんな血塗られた生活を二年近く続けた頃、敵の陣営を目前にして合流した自国の兵の中に、見知った顔を見つけた。

「まさか……ベレニス? ベレニスじゃないか! あんたが将軍だったのか」

 駆け寄ってきた幾つか年上の同郷の彼は、ベレニスが魔王を倒した勇者であることを知らないようだった。
 そして、「ご両親のことは残念だったね。お悔やみ申し上げます」と頭を下げた。

「お……悔やみ……?」
「えっ? まさか知らなかったのかい?」 

 彼の話では、ベレニスの両親は、一年以上前に流行病で亡くなったのだという。
 コルベ村は貧しい農村だから、薬を買うお金もなかったのだと——。

「そんな……!」

 ベレニスは地面にがっくりと膝をついた

 王に逆らわなければ、両親の生活は保障されるのではなかったのか。
 魔王討伐の際に得た巨額の報奨金の大部分を両親に送ったはずだったのに、それはどこへ消えたのか。
 なぜ、両親の死を知らせてくれなかったのか。

「わたしは、何のために……」

 同郷の者から聞かされなければ、おそらくずっと知ることがなかった真実。
 けれど、不思議とヴァロフ王に対する怒りは起こらなかった。
 権力者にいいように利用され続けた自分の弱さが、ただただ情けなく、多くの犠牲者への懺悔の念に押しつぶされそうになる。
 今、自分にもたらされた堪え難い悲しみと喪失感を、自分がこの手で、多くの人に味わわせてきたのだから。

 今さら何をしても、この罪は消えない。
 わたしは、どうしたら——。

「ベレニス、大丈夫か?」

 差し出された手を払いのけると、ベレニスはよろよろと立ち上がる。

 弱小国であったヴァロフが、大国相手に優位に戦を進められるのは、勇者一人の力によるものだ。

 わたし一人が抜けるだけで、この戦線は崩壊する。
 ヴァロフ国には消滅する未来しか残らない。
 そのための犠牲者は少なくないだろうが、わたしがこのまま戦い続けるよりは良いはず。

 ベレニスは大きく息を吸い込むと、声帯に最大限の身体強化を施した。

「ヴァロフ国軍は全軍、退却! 即座に退却せよ!」

 目前に迫った敵の陣営にまで響き渡る、耳を疑うような指示に、両軍が騒然となった。
 しかし、将軍である勇者の肉声で、何度も繰り返し告げられる撤退命令に、ヴァロフ国軍はようやく退却を開始した。
 同郷の彼も、追い払うように先に行かせた。

 馬が蹴散らして起きた砂埃が風に流されていく様を、ぼんやりと眺める。
 さっきまで最前線に立っていたベレニスは、今は最後尾となった。

 そして。

「人殺しはこれで最後よ」

 ベレニスはそうつぶやいて短剣を取り出すと、ひと思いに自身の胸を突いた。

 二十一歳の秋だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

神様の忘れ物

mizuno sei
ファンタジー
 仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。  わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。

ヒロインですが、舞台にも上がれなかったので田舎暮らしをします

未羊
ファンタジー
レイチェル・ウィルソンは公爵令嬢 十二歳の時に王都にある魔法学園の入学試験を受けたものの、なんと不合格になってしまう 好きなヒロインとの交流を進める恋愛ゲームのヒロインの一人なのに、なんとその舞台に上がれることもできずに退場となってしまったのだ 傷つきはしたものの、公爵の治める領地へと移り住むことになったことをきっかけに、レイチェルは前世の夢を叶えることを計画する 今日もレイチェルは、公爵領の片隅で畑を耕したり、お店をしたりと気ままに暮らすのだった

悪役顔のモブに転生しました。特に影響が無いようなので好きに生きます

竹桜
ファンタジー
 ある部屋の中で男が画面に向かいながら、ゲームをしていた。  そのゲームは主人公の勇者が魔王を倒し、ヒロインと結ばれるというものだ。  そして、ヒロインは4人いる。  ヒロイン達は聖女、剣士、武闘家、魔法使いだ。  エンドのルートしては六種類ある。  バットエンドを抜かすと、ハッピーエンドが五種類あり、ハッピーエンドの四種類、ヒロインの中の誰か1人と結ばれる。  残りのハッピーエンドはハーレムエンドである。  大好きなゲームの十回目のエンディングを迎えた主人公はお腹が空いたので、ご飯を食べようと思い、台所に行こうとして、足を滑らせ、頭を強く打ってしまった。  そして、主人公は不幸にも死んでしまった。    次に、主人公が目覚めると大好きなゲームの中に転生していた。  だが、主人公はゲームの中で名前しか出てこない悪役顔のモブに転生してしまった。  主人公は大好きなゲームの中に転生したことを心の底から喜んだ。  そして、折角転生したから、この世界を好きに生きようと考えた。  

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる

街風
ファンタジー
「お前を追放する!」 ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。 しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。

不倫されて離婚した社畜OLが幼女転生して聖女になりましたが、王国が揉めてて大事にしてもらえないので好きに生きます

天田れおぽん
ファンタジー
 ブラック企業に勤める社畜OL沙羅(サラ)は、結婚したものの不倫されて離婚した。スッキリした気分で明るい未来に期待を馳せるも、公園から飛び出てきた子どもを助けたことで、弱っていた心臓が止まってしまい死亡。同情した女神が、黒髪黒目中肉中背バツイチの沙羅を、銀髪碧眼3歳児の聖女として異世界へと転生させてくれた。  ところが王国内で聖女の処遇で揉めていて、転生先は草原だった。  サラは女神がくれた山盛りてんこ盛りのスキルを使い、異世界で知り合ったモフモフたちと暮らし始める―――― ※第16話 あつまれ聖獣の森 6 が抜けていましたので2025/07/30に追加しました。

処理中です...