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第5章 魔王の目
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「えっ?」
二人が同時に空を見上げると、二階建の屋敷のはるか上空を、片方の翼に大きくえぐられたような怪我をした鳥型の魔獣が、通り過ぎるところだった。
翼を広げた大きさは、ちょっとした一軒家ぐらいありそうなほど、巨大な鳥だ。
魔鳥は周囲を警戒しているのか、それとも獲物を探しているのか、首をしきりに動かしあたりを見回していた。
鴉のように全身真っ黒の鳥のようだが、下から見上げたその姿は、太陽の逆光となって黒が際立つシルエットしか分からない。
しかし、その漆黒の影の中、尾羽の中央部分の一筋が、赤く発光しているように見えた。
「『魔王の目』だ!」
マルティーヌとヴィルジールが同時に叫ぶと、慌てて立ち上がった。
テーブルの上の食器が、がちゃがちゃと音を立てた。
嘘っ!
なぜ、あの鳥がいるの——?
ぎこちなく飛ぶ鳥の影を目で追いながら、背筋がぞっとする。
今の時代では見たことはないが、ベレニスの記憶にはっきりと残っている漆黒の魔鳥。
あの鳥が伝承通りの存在なら、今の時代にはいないはず。
決して、いてはならない魔鳥なのに。
どうして……?
「マルティーヌ嬢、こっちへ!」
ヴィルジールがマルティーヌを庇おうと手を伸ばした。
「待って! あれ……」
通り過ぎようとしていた巨大な魔鳥が、尾羽を大きく広げ、両の翼で宙を掻く動作を見せた。
一瞬、空中で静止したかと思うと、くるりと体を反転させる。
そして、大きく何度か何度か羽ばたいて勢いをつけた後、翼を広げて、二人に向かって滑空してきた。
「戻ってきたわ!」
「マルティーヌ嬢、早く屋敷に逃げるんだ!」
魔鳥は負傷した翼のせいでバランスが取りづらいのか、少しふらついているが、一気にスピードを上げて向かってくる。
マルティーヌは、とっさに自分の左腰に右手を置いた。
しかし、清楚なドレス姿の今は、そこに相棒である長剣は下がっていない。
ヴィルジールもほぼ同時に同じような仕草をしたが、彼も丸腰だった。
「お二人とも、伏せてくださいっ!」
その場で唯一帯剣していたジョエルが、剣を抜いて駆け寄ってきた。
「きゃああああ!」
コラリーが悲鳴をあげて逃げ惑う。
あいつの狙いはわたし……?
いや、違う!
正面から迫り来る魔鳥の二つの黒い目は、完全にヴィルジールを捉えていた。
かなりの急角度。
このままでは標的に危害を加えることはできても、そのまま屋敷に衝突してしまう、捨て身の滑空だ。
「うおぉぉぉー!」
主をかばって魔獣の進路に立ちふさがったジョエルが、長剣を頭上に振り上げて構えた。
「だめだ! ジョエル下がれ!」
無理だ!
彼の剣では、あの巨大な魔鳥を仕留めることはできない。
このままでは、二人まとめて、あの鋭い嘴の餌食になってしまう。
「そんなこと、させないっ!」
マルティーヌは、中庭をぐるりと囲む鉄製のフェンスに駆け寄ると、その一つに手をかけ、力づくで引き抜いた。
絡まっていたアイビーの蔓がちぎられ、土に埋まっていた四本の細い鉄柱の足の根元が顔を出す。
その先は、鋭く尖っていた。
マルティーヌ は自分の体重ほどもある重いフェンスを頭上に掲げ、大きく回転させると、切っ先を敵に向けた。
そしてその勢いのまま、石のタイルを蹴った。
「やあぁぁぁぁっ!」
魔鳥の首めがけてフェンスを突き出すと、フェンス中央の二本の鉄柱に、硬いものにぶつかった感触。
すぐさまその切っ先に最大限の強化術を施した。
黒い羽毛に覆われた太い首は、あっさりと二本の鉄柱に貫かれ、横棒にぶつかって止まった。
ぎゃあああ!
魔獣の咆哮を間近で聞きながら、マルティーヌはフェンスをねじるように空中で体を横に捻る。
魔鳥の首は大きく曲がり、それにつられて体も回転する。
そして、蔓薔薇のアーチをなぎ倒しながら腹を上にして地面に叩きつけられた。
ぎゃ、ぎゃぎゃ!
生命力の強い魔物は、喉を貫かれても、すぐには絶命に至らない。
大きな翼をばたつかせ、中庭をめちゃくちゃにしてのたうち回りながらも、何かを血眼になって探している。
標的はきっと、ヴィルジール殿下だ。
マルティーヌは魔鳥の視界から逃れるように身をかわしながら、丸テーブルにかかっていたテーブルクロスを引き抜いた。
そして、暴れまわる頭にすっぽりとかぶせると、フェンスに絡まっていたアイビーの蔓をぐるりと首に巻きつけた。
そこまでほんの十秒ほどだろうか。
間近に迫っていた魔鳥の頭が一瞬で目の前から消え失せ、次の瞬間には腹を上にして地面に打ち付けられている。
首にはフェンスが突き刺さり、頭にはテーブルクロス。
漆黒に映える空色の残像。
宙を舞う金色の——?
ヴィルジールとジョエルは何が起こったのか、理解が追いつかないでいた。
二人とも硬直したように、その場から全く動けない。
「それ、かして!」
マルティーヌはジョエルの手から長剣を奪い取った。
首を貫かれ、視界をふさがれても暴れまわる魔鳥に慎重に歩み寄ると、片手で剣を振り上げた。
「はっ!」という気合いとともに、一刀で首を切り落とす。
テーブルクロスに覆われた頭は、耳をつんざく断末魔を上げて石のタイルに落ちた。
ごろりと転がった白い布地が赤黒く染まり、同じ色が足元に溢れていく。
怪我を負った大きな翼が、最後の足掻きのような暴風を巻き起こして、倒れた蔓薔薇のアーチの上に落ちた。
二人が同時に空を見上げると、二階建の屋敷のはるか上空を、片方の翼に大きくえぐられたような怪我をした鳥型の魔獣が、通り過ぎるところだった。
翼を広げた大きさは、ちょっとした一軒家ぐらいありそうなほど、巨大な鳥だ。
魔鳥は周囲を警戒しているのか、それとも獲物を探しているのか、首をしきりに動かしあたりを見回していた。
鴉のように全身真っ黒の鳥のようだが、下から見上げたその姿は、太陽の逆光となって黒が際立つシルエットしか分からない。
しかし、その漆黒の影の中、尾羽の中央部分の一筋が、赤く発光しているように見えた。
「『魔王の目』だ!」
マルティーヌとヴィルジールが同時に叫ぶと、慌てて立ち上がった。
テーブルの上の食器が、がちゃがちゃと音を立てた。
嘘っ!
なぜ、あの鳥がいるの——?
ぎこちなく飛ぶ鳥の影を目で追いながら、背筋がぞっとする。
今の時代では見たことはないが、ベレニスの記憶にはっきりと残っている漆黒の魔鳥。
あの鳥が伝承通りの存在なら、今の時代にはいないはず。
決して、いてはならない魔鳥なのに。
どうして……?
「マルティーヌ嬢、こっちへ!」
ヴィルジールがマルティーヌを庇おうと手を伸ばした。
「待って! あれ……」
通り過ぎようとしていた巨大な魔鳥が、尾羽を大きく広げ、両の翼で宙を掻く動作を見せた。
一瞬、空中で静止したかと思うと、くるりと体を反転させる。
そして、大きく何度か何度か羽ばたいて勢いをつけた後、翼を広げて、二人に向かって滑空してきた。
「戻ってきたわ!」
「マルティーヌ嬢、早く屋敷に逃げるんだ!」
魔鳥は負傷した翼のせいでバランスが取りづらいのか、少しふらついているが、一気にスピードを上げて向かってくる。
マルティーヌは、とっさに自分の左腰に右手を置いた。
しかし、清楚なドレス姿の今は、そこに相棒である長剣は下がっていない。
ヴィルジールもほぼ同時に同じような仕草をしたが、彼も丸腰だった。
「お二人とも、伏せてくださいっ!」
その場で唯一帯剣していたジョエルが、剣を抜いて駆け寄ってきた。
「きゃああああ!」
コラリーが悲鳴をあげて逃げ惑う。
あいつの狙いはわたし……?
いや、違う!
正面から迫り来る魔鳥の二つの黒い目は、完全にヴィルジールを捉えていた。
かなりの急角度。
このままでは標的に危害を加えることはできても、そのまま屋敷に衝突してしまう、捨て身の滑空だ。
「うおぉぉぉー!」
主をかばって魔獣の進路に立ちふさがったジョエルが、長剣を頭上に振り上げて構えた。
「だめだ! ジョエル下がれ!」
無理だ!
彼の剣では、あの巨大な魔鳥を仕留めることはできない。
このままでは、二人まとめて、あの鋭い嘴の餌食になってしまう。
「そんなこと、させないっ!」
マルティーヌは、中庭をぐるりと囲む鉄製のフェンスに駆け寄ると、その一つに手をかけ、力づくで引き抜いた。
絡まっていたアイビーの蔓がちぎられ、土に埋まっていた四本の細い鉄柱の足の根元が顔を出す。
その先は、鋭く尖っていた。
マルティーヌ は自分の体重ほどもある重いフェンスを頭上に掲げ、大きく回転させると、切っ先を敵に向けた。
そしてその勢いのまま、石のタイルを蹴った。
「やあぁぁぁぁっ!」
魔鳥の首めがけてフェンスを突き出すと、フェンス中央の二本の鉄柱に、硬いものにぶつかった感触。
すぐさまその切っ先に最大限の強化術を施した。
黒い羽毛に覆われた太い首は、あっさりと二本の鉄柱に貫かれ、横棒にぶつかって止まった。
ぎゃあああ!
魔獣の咆哮を間近で聞きながら、マルティーヌはフェンスをねじるように空中で体を横に捻る。
魔鳥の首は大きく曲がり、それにつられて体も回転する。
そして、蔓薔薇のアーチをなぎ倒しながら腹を上にして地面に叩きつけられた。
ぎゃ、ぎゃぎゃ!
生命力の強い魔物は、喉を貫かれても、すぐには絶命に至らない。
大きな翼をばたつかせ、中庭をめちゃくちゃにしてのたうち回りながらも、何かを血眼になって探している。
標的はきっと、ヴィルジール殿下だ。
マルティーヌは魔鳥の視界から逃れるように身をかわしながら、丸テーブルにかかっていたテーブルクロスを引き抜いた。
そして、暴れまわる頭にすっぽりとかぶせると、フェンスに絡まっていたアイビーの蔓をぐるりと首に巻きつけた。
そこまでほんの十秒ほどだろうか。
間近に迫っていた魔鳥の頭が一瞬で目の前から消え失せ、次の瞬間には腹を上にして地面に打ち付けられている。
首にはフェンスが突き刺さり、頭にはテーブルクロス。
漆黒に映える空色の残像。
宙を舞う金色の——?
ヴィルジールとジョエルは何が起こったのか、理解が追いつかないでいた。
二人とも硬直したように、その場から全く動けない。
「それ、かして!」
マルティーヌはジョエルの手から長剣を奪い取った。
首を貫かれ、視界をふさがれても暴れまわる魔鳥に慎重に歩み寄ると、片手で剣を振り上げた。
「はっ!」という気合いとともに、一刀で首を切り落とす。
テーブルクロスに覆われた頭は、耳をつんざく断末魔を上げて石のタイルに落ちた。
ごろりと転がった白い布地が赤黒く染まり、同じ色が足元に溢れていく。
怪我を負った大きな翼が、最後の足掻きのような暴風を巻き起こして、倒れた蔓薔薇のアーチの上に落ちた。
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