【完結】「ラヴェラルタ辺境伯令嬢は病弱」ってことにしておいてください

平田加津実

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第5章 魔王の目

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 青紫色をした一個を選んでフォークを刺してみると、微かな弾力を感じた後にすっと通った。
 とても柔らかく、気をつけないとフォークから抜け落ちてしまいそうだ。
 多分甘いのだろうが、どんな味がするのか見当もつかない。
 期待たっぷりに口に運ぶと、ふわりと溶けて、ブルーベリーの甘酸っぱさが口いっぱいに広がった。

「え? なにこれ? 口の中で消えちゃった? まるで雲を食べてるみたい!」

 初めての食感に感動して、令嬢の武装はあっさりと解除された。
 思わず両頬を手で押さえると、体をくねらせ、きゃあきゃあと身悶えする。
 すぐさまもう一つ頬張ると、こちらは上品な桃の味がする。

「まぁ、こっちは桃だわ! もしかして、色によって全部味が違うの? あぁ、どれも美味しーい! この紫色は葡萄かしら? きっとそうよね!」

 ついさっきまで、どうしようもなく荒んだ気分だったのに、一気に楽しくなった。
 次はどの色を食べようかと、うきうき迷っていると、正面から「可愛いな」という声が聞こえた。

「え?」

 さっきの装飾だらけのポエムのような賛辞とは違う、真っ直ぐな褒め言葉に、思わず体がびくりと反応する。
 顔を上げると、頬杖をついたヴィルジールがじっとこちらを見つめていた。

 美しい形の唇が微かな音も立てずに、ゆっくりと言葉を紡ぎ出す。

「あのっ…………ぁ……うぅ」

 「か・わ・い・い」と言った口に見えたが、声のない言葉にどう反応すれば良いのか。
 万一、全然別の言葉を言っていたとしたら、勘違いが恥ずかしすぎる。
 かといって、聞き返すのも絶対無理。

 もぅ、どうしたらいいのよぉ。

 困った末に、正面の男からぱっと視線をそらせると、彼はそれすら面白いようだ。
 くすくす笑いながら、自分の皿の上のピンクのギモーヴにフォークを刺した。

「王都の令嬢方の間で一番人気なのはこのピンク……いちごミルク味だそうだよ。ほら」

 テーブルに身を乗り出し、淡いピンクの立方体をマルティーヌの口元に差し出す。

 自分の皿には同じ色のギモーヴは一個もない。
 彼の方には、目の前のフォークに刺さったこの一個だけだ。

 彼がさっき、コラリーに何かを耳打ちしていたのは、そういうことだったの?

 きっと、一番人気の味をヴィルジールの皿だけに乗せさせたのだ。
 指でつまんで食べた方が良さそうな形状のお菓子だったのに、わざわざフォークを用意させたのも作戦だったに違いない。

 裏切ったわね、コラリー。

 さっき天使に見えた侍女は、実は悪魔の手下だった。
 腹立たしくてにらんでやりたかったが、彼女はジョエルと共に、蔓薔薇のアーチの前まで追いやられていた。

 目の前にいるのは、にっくきヴィルジールだけ。

「食べないのかい? ほぉら、落ちちゃうよ」

 彼がにやにやしながら、フォークを軽く上下に揺すった。
 その尖った先から、貴重な一個が落ちてしまうのではないかと気が気でない。

 彼との初めてのお茶会の時、二つにちぎったアップルパイを手掴みで差し出され、「早く食べないと、中の林檎が落ちてしまうよ」と迫られた。
 その時は、何が正解なのか分からず、大混乱の末に彼の指先のパイにかじりついた。

 あれは、大失敗だったと思う。
 とはいえ、同じ状況に追い込まれた今も、正解は全く分からない。

 きっと彼は、自分のフォークで食べさせたいと思っているはず。
 恋人同士のような振る舞いで、わたしを恥ずかしがらせたいんだわ。
 でも、唯一のいちごミルク味は絶対に今食べたい!
 だったら。

「その手には乗らないわ」

 マルティーヌはにやりと笑って、素早く右手を伸ばした。
 フォークの先からお菓子を奪い取ると、そのまま口の中に放り込む。

「ふ……わぁぁっ!」

 今は秋だというのに、口の中がふわりと春めいた。
 ミルクのまろやかさが、いちごの甘酸っぱさを引き立てており、儚い食感とあいまって夢心地になる。
 王都の令嬢たちを夢中にさせるのも納得だ。

「本当に美味しゅうございますわ」

 口元を両手で隠して気取って言うと、ヴィルジールは爆笑する。

「あははは。いいね、斬新だ!」
「……楽しんでいただけたようで、なによりですわ」

 本当は彼の期待を裏切ってがっかりさせたかったのだが、今回も失敗だったようだ。
 けれど、このお茶会の目的が『王子殿下を楽しませる』なら、正解の一つではあったかもしれない。
 彼に味方になってもらうため、機嫌を損ねさえしなければそれでいい。
 そう無理やり納得する。

「じゃあ、次はどうする?」

 ヴィルジールが楽しげに、淡い朱色のギモーヴにフォークを刺した。

 ええっ? まだやるの?

「ほら、早く」

 うんざりしていると、目の前で赤い四角が上下に揺れる。

 同じ手をあえて使うのもアリ?
 彼の期待通り、そのままフォークから食べるべき?
 同じ色はこっちの皿にもあるから無視する? 

 そんな風に悩んでいると、一瞬、周囲が陰った。

 鳥が羽ばたくような大きな音と、強い風と凄まじい魔力が空から降ってくる。
 ぱたりと、赤い飛沫が白いテーブルクロスに落ちた。
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