【完結】「ラヴェラルタ辺境伯令嬢は病弱」ってことにしておいてください

平田加津実

文字の大きさ
170 / 216
第10章 舞踏会の長い夜

(7)

しおりを挟む
 今まで踊っていた曲が終わり、次の曲が始まった。
 周りで踊っていた数組が抜けたがそれ以上の組が加わったせいで、空間が狭くなった。
 アロイスが周囲からかばうように、マルティーヌを引き寄せた。

 彼との距離が近くなった分、視野は狭くなる。
 体の向きが変わっても、もう王族席は見えないし、周囲の様子もほとんど分からなくなった。
 それでも、背の高い彼が目の代わりとなってうまくリードしてくれるから、何の心配もなく踊れる。

「もう、本当にうんざりだわ。王族にも社交界にも一切関わりたくない。ラヴェラルタ領でずっと平和に暮らしたい」

 アロイスを見上げて訴えるように言うと、彼は頷いた。

「うん。君はその方がいい。無理にドレスを着なくてもいいし、ヒールの高い靴も履かなくてもいい。権力から遠いところで自由に生きればいい。だから、私とのことを真剣に考えてみてくれないか」

「え?」

 どういうこと?

 確かにドレスもヒールも嫌だし、権力者も嫌い。
 でもそれとアロイスがどう関係するの?

 問うようにかすかに眉を寄せると、アロイスの真摯な瞳が見下ろしてくる。

「私は君との婚約を仮ではなく、本物にしたいと思っているんだ」
「本物……って?」
「そう。本物の婚約」
「え? わたし、アロイスと本当に結婚するの……?」

 まるで他人事のように聞き返すと、彼はぷっと吹き出した。

「全く考えてもなかったっていう顔をしているな」
「だって、仮っていう話だったじゃない! だからアロイスも引き受けたんでしょ?」

 仮の婚約話がもちかけられたとき、彼は一切迷わなかった。
 辺境伯家の娘との仮の婚約は、彼の実家の子爵家にとって利益になると聞いたから、貴族ならそういうものかと納得したのだが。

「私は、ずっと仮のままでいるつもりはなかった。だから、引き受けたんだよ」

 決意を感じる真剣な眼差しをもうこれ以上見ていられない。
 マルティーヌは視線を逸らすと「でも……」と口ごもった。

「私は子爵家を継ぐことはないし、ラヴェラルタ騎士団の一員だから、私と結婚すれば必然的にラヴェラルタ領に住むことになる。君の秘密は守られるし、権力とも無縁でいられる。君はマルクとして騎士団にい続けてもいいし、別のことを始めてもいい。私という存在が、君を自由にしてあげられる。だから私との未来を考えてみてほしい」

「あの……でも、それじゃ、わたしばかり……」

 辺境伯家と本当に縁つづきになれば、子爵家はさらに喜ぶだろう。

 でも、彼が言っているのは全部わたしのこと……。
 彼自身には何の利益もないのに、本当にそれでいいの?

 罪悪感に近いものを感じて視線を上げると、彼はふっと微笑んだ。
 細められた瞳の奥に、兄とは違う甘やかな熱を感じる。

 それは、今初めて気づいた……けど、昔から知っていた気がする。
 そしてそれが、わたしとの結婚を望む唯一の理由——。

 はっと息を飲むと、その意味を察した彼は満足そうに笑った。

「昔、愚かな男がいてね。彼は、大きな野望を果たしてから想いを伝えようと考えていたんだよ。しかし、彼はそこにたどり着く前に命を散らしてしまった。だから、今後何が起こるか分からない今、私は君に伝えておきたかった。彼のためにも、彼と同じ後悔はしたくなかったんだ」

「ま、待って……。誰のことを言ってるの?」

 アロイスが言う昔……っていつのこと?
 『彼』とは?

 アロイスとは違う男の顔が思い浮かぶ。
 彼の言葉と、幻のような『彼』の存在がないまぜになって、頭の中で処理しきれない。

「答えは急がないよ」

 アロイスはマルティーヌの右手を取って膝を折った。

「だから、ゆっくり考えてみて欲しい。私とのことを。今は……君の心の中の一角をヴィルジール殿下から少しでも奪い取れただけで、それで充分だ」

 白いレースの手の甲越しに見上げてくる彼の瞳は真摯で、そして挑戦的でもあった。

 彼はもう一人の兄なんかじゃなかった。
 こんなアロイスは知らない——。

 思わず一歩後ずさりそうになったところ、立ち上がった彼に抱き寄せられる。

「あ……」

 それは気のせいかと思えるほどの一瞬。

「さあ、戻ろう」

 アロイスは何事もなかったような顔をして、丁寧な手つきでマルティーヌの手を自分の腕に乗せた。

「あ……の……。待って」

 頭の中がごちゃごちゃで、なかなか一歩が踏み出せない。
 彼の腕にかけた右手が緊張する。

「ほら。仮にも婚約者同士なのだから、あと少し頑張って」

 くすりと笑う彼は、いつものアロイスのようでいて、全く違って見えた。

「う……うん」

 ぎくしゃくした笑みを返し、彼のエスコートでなんとかホールの中央から出ようとすると、オリヴィエが満面の笑みで待ち構えていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

神様の忘れ物

mizuno sei
ファンタジー
 仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。  わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

ヒロインですが、舞台にも上がれなかったので田舎暮らしをします

未羊
ファンタジー
レイチェル・ウィルソンは公爵令嬢 十二歳の時に王都にある魔法学園の入学試験を受けたものの、なんと不合格になってしまう 好きなヒロインとの交流を進める恋愛ゲームのヒロインの一人なのに、なんとその舞台に上がれることもできずに退場となってしまったのだ 傷つきはしたものの、公爵の治める領地へと移り住むことになったことをきっかけに、レイチェルは前世の夢を叶えることを計画する 今日もレイチェルは、公爵領の片隅で畑を耕したり、お店をしたりと気ままに暮らすのだった

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる

街風
ファンタジー
「お前を追放する!」 ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。 しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。

令和日本では五十代、異世界では十代、この二つの人生を生きていきます。

越路遼介
ファンタジー
篠永俊樹、五十四歳は三十年以上務めた消防士を早期退職し、日本一周の旅に出た。失敗の人生を振り返っていた彼は東尋坊で不思議な老爺と出会い、歳の離れた友人となる。老爺はその後に他界するも、俊樹に手紙を残してあった。老爺は言った。『儂はセイラシアという世界で魔王で、勇者に討たれたあと魔王の記憶を持ったまま日本に転生した』と。信じがたい思いを秘めつつ俊樹は手紙にあった通り、老爺の自宅物置の扉に合言葉と同時に開けると、そこには見たこともない大草原が広がっていた。

悪役顔のモブに転生しました。特に影響が無いようなので好きに生きます

竹桜
ファンタジー
 ある部屋の中で男が画面に向かいながら、ゲームをしていた。  そのゲームは主人公の勇者が魔王を倒し、ヒロインと結ばれるというものだ。  そして、ヒロインは4人いる。  ヒロイン達は聖女、剣士、武闘家、魔法使いだ。  エンドのルートしては六種類ある。  バットエンドを抜かすと、ハッピーエンドが五種類あり、ハッピーエンドの四種類、ヒロインの中の誰か1人と結ばれる。  残りのハッピーエンドはハーレムエンドである。  大好きなゲームの十回目のエンディングを迎えた主人公はお腹が空いたので、ご飯を食べようと思い、台所に行こうとして、足を滑らせ、頭を強く打ってしまった。  そして、主人公は不幸にも死んでしまった。    次に、主人公が目覚めると大好きなゲームの中に転生していた。  だが、主人公はゲームの中で名前しか出てこない悪役顔のモブに転生してしまった。  主人公は大好きなゲームの中に転生したことを心の底から喜んだ。  そして、折角転生したから、この世界を好きに生きようと考えた。  

処理中です...