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第10章 舞踏会の長い夜
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今まで踊っていた曲が終わり、次の曲が始まった。
周りで踊っていた数組が抜けたがそれ以上の組が加わったせいで、空間が狭くなった。
アロイスが周囲からかばうように、マルティーヌを引き寄せた。
彼との距離が近くなった分、視野は狭くなる。
体の向きが変わっても、もう王族席は見えないし、周囲の様子もほとんど分からなくなった。
それでも、背の高い彼が目の代わりとなってうまくリードしてくれるから、何の心配もなく踊れる。
「もう、本当にうんざりだわ。王族にも社交界にも一切関わりたくない。ラヴェラルタ領でずっと平和に暮らしたい」
アロイスを見上げて訴えるように言うと、彼は頷いた。
「うん。君はその方がいい。無理にドレスを着なくてもいいし、ヒールの高い靴も履かなくてもいい。権力から遠いところで自由に生きればいい。だから、私とのことを真剣に考えてみてくれないか」
「え?」
どういうこと?
確かにドレスもヒールも嫌だし、権力者も嫌い。
でもそれとアロイスがどう関係するの?
問うようにかすかに眉を寄せると、アロイスの真摯な瞳が見下ろしてくる。
「私は君との婚約を仮ではなく、本物にしたいと思っているんだ」
「本物……って?」
「そう。本物の婚約」
「え? わたし、アロイスと本当に結婚するの……?」
まるで他人事のように聞き返すと、彼はぷっと吹き出した。
「全く考えてもなかったっていう顔をしているな」
「だって、仮っていう話だったじゃない! だからアロイスも引き受けたんでしょ?」
仮の婚約話がもちかけられたとき、彼は一切迷わなかった。
辺境伯家の娘との仮の婚約は、彼の実家の子爵家にとって利益になると聞いたから、貴族ならそういうものかと納得したのだが。
「私は、ずっと仮のままでいるつもりはなかった。だから、引き受けたんだよ」
決意を感じる真剣な眼差しをもうこれ以上見ていられない。
マルティーヌは視線を逸らすと「でも……」と口ごもった。
「私は子爵家を継ぐことはないし、ラヴェラルタ騎士団の一員だから、私と結婚すれば必然的にラヴェラルタ領に住むことになる。君の秘密は守られるし、権力とも無縁でいられる。君はマルクとして騎士団にい続けてもいいし、別のことを始めてもいい。私という存在が、君を自由にしてあげられる。だから私との未来を考えてみてほしい」
「あの……でも、それじゃ、わたしばかり……」
辺境伯家と本当に縁つづきになれば、子爵家はさらに喜ぶだろう。
でも、彼が言っているのは全部わたしのこと……。
彼自身には何の利益もないのに、本当にそれでいいの?
罪悪感に近いものを感じて視線を上げると、彼はふっと微笑んだ。
細められた瞳の奥に、兄とは違う甘やかな熱を感じる。
それは、今初めて気づいた……けど、昔から知っていた気がする。
そしてそれが、わたしとの結婚を望む唯一の理由——。
はっと息を飲むと、その意味を察した彼は満足そうに笑った。
「昔、愚かな男がいてね。彼は、大きな野望を果たしてから想いを伝えようと考えていたんだよ。しかし、彼はそこにたどり着く前に命を散らしてしまった。だから、今後何が起こるか分からない今、私は君に伝えておきたかった。彼のためにも、彼と同じ後悔はしたくなかったんだ」
「ま、待って……。誰のことを言ってるの?」
アロイスが言う昔……っていつのこと?
『彼』とは?
アロイスとは違う男の顔が思い浮かぶ。
彼の言葉と、幻のような『彼』の存在がないまぜになって、頭の中で処理しきれない。
「答えは急がないよ」
アロイスはマルティーヌの右手を取って膝を折った。
「だから、ゆっくり考えてみて欲しい。私とのことを。今は……君の心の中の一角をヴィルジール殿下から少しでも奪い取れただけで、それで充分だ」
白いレースの手の甲越しに見上げてくる彼の瞳は真摯で、そして挑戦的でもあった。
彼はもう一人の兄なんかじゃなかった。
こんなアロイスは知らない——。
思わず一歩後ずさりそうになったところ、立ち上がった彼に抱き寄せられる。
「あ……」
それは気のせいかと思えるほどの一瞬。
「さあ、戻ろう」
アロイスは何事もなかったような顔をして、丁寧な手つきでマルティーヌの手を自分の腕に乗せた。
「あ……の……。待って」
頭の中がごちゃごちゃで、なかなか一歩が踏み出せない。
彼の腕にかけた右手が緊張する。
「ほら。仮にも婚約者同士なのだから、あと少し頑張って」
くすりと笑う彼は、いつものアロイスのようでいて、全く違って見えた。
「う……うん」
ぎくしゃくした笑みを返し、彼のエスコートでなんとかホールの中央から出ようとすると、オリヴィエが満面の笑みで待ち構えていた。
周りで踊っていた数組が抜けたがそれ以上の組が加わったせいで、空間が狭くなった。
アロイスが周囲からかばうように、マルティーヌを引き寄せた。
彼との距離が近くなった分、視野は狭くなる。
体の向きが変わっても、もう王族席は見えないし、周囲の様子もほとんど分からなくなった。
それでも、背の高い彼が目の代わりとなってうまくリードしてくれるから、何の心配もなく踊れる。
「もう、本当にうんざりだわ。王族にも社交界にも一切関わりたくない。ラヴェラルタ領でずっと平和に暮らしたい」
アロイスを見上げて訴えるように言うと、彼は頷いた。
「うん。君はその方がいい。無理にドレスを着なくてもいいし、ヒールの高い靴も履かなくてもいい。権力から遠いところで自由に生きればいい。だから、私とのことを真剣に考えてみてくれないか」
「え?」
どういうこと?
確かにドレスもヒールも嫌だし、権力者も嫌い。
でもそれとアロイスがどう関係するの?
問うようにかすかに眉を寄せると、アロイスの真摯な瞳が見下ろしてくる。
「私は君との婚約を仮ではなく、本物にしたいと思っているんだ」
「本物……って?」
「そう。本物の婚約」
「え? わたし、アロイスと本当に結婚するの……?」
まるで他人事のように聞き返すと、彼はぷっと吹き出した。
「全く考えてもなかったっていう顔をしているな」
「だって、仮っていう話だったじゃない! だからアロイスも引き受けたんでしょ?」
仮の婚約話がもちかけられたとき、彼は一切迷わなかった。
辺境伯家の娘との仮の婚約は、彼の実家の子爵家にとって利益になると聞いたから、貴族ならそういうものかと納得したのだが。
「私は、ずっと仮のままでいるつもりはなかった。だから、引き受けたんだよ」
決意を感じる真剣な眼差しをもうこれ以上見ていられない。
マルティーヌは視線を逸らすと「でも……」と口ごもった。
「私は子爵家を継ぐことはないし、ラヴェラルタ騎士団の一員だから、私と結婚すれば必然的にラヴェラルタ領に住むことになる。君の秘密は守られるし、権力とも無縁でいられる。君はマルクとして騎士団にい続けてもいいし、別のことを始めてもいい。私という存在が、君を自由にしてあげられる。だから私との未来を考えてみてほしい」
「あの……でも、それじゃ、わたしばかり……」
辺境伯家と本当に縁つづきになれば、子爵家はさらに喜ぶだろう。
でも、彼が言っているのは全部わたしのこと……。
彼自身には何の利益もないのに、本当にそれでいいの?
罪悪感に近いものを感じて視線を上げると、彼はふっと微笑んだ。
細められた瞳の奥に、兄とは違う甘やかな熱を感じる。
それは、今初めて気づいた……けど、昔から知っていた気がする。
そしてそれが、わたしとの結婚を望む唯一の理由——。
はっと息を飲むと、その意味を察した彼は満足そうに笑った。
「昔、愚かな男がいてね。彼は、大きな野望を果たしてから想いを伝えようと考えていたんだよ。しかし、彼はそこにたどり着く前に命を散らしてしまった。だから、今後何が起こるか分からない今、私は君に伝えておきたかった。彼のためにも、彼と同じ後悔はしたくなかったんだ」
「ま、待って……。誰のことを言ってるの?」
アロイスが言う昔……っていつのこと?
『彼』とは?
アロイスとは違う男の顔が思い浮かぶ。
彼の言葉と、幻のような『彼』の存在がないまぜになって、頭の中で処理しきれない。
「答えは急がないよ」
アロイスはマルティーヌの右手を取って膝を折った。
「だから、ゆっくり考えてみて欲しい。私とのことを。今は……君の心の中の一角をヴィルジール殿下から少しでも奪い取れただけで、それで充分だ」
白いレースの手の甲越しに見上げてくる彼の瞳は真摯で、そして挑戦的でもあった。
彼はもう一人の兄なんかじゃなかった。
こんなアロイスは知らない——。
思わず一歩後ずさりそうになったところ、立ち上がった彼に抱き寄せられる。
「あ……」
それは気のせいかと思えるほどの一瞬。
「さあ、戻ろう」
アロイスは何事もなかったような顔をして、丁寧な手つきでマルティーヌの手を自分の腕に乗せた。
「あ……の……。待って」
頭の中がごちゃごちゃで、なかなか一歩が踏み出せない。
彼の腕にかけた右手が緊張する。
「ほら。仮にも婚約者同士なのだから、あと少し頑張って」
くすりと笑う彼は、いつものアロイスのようでいて、全く違って見えた。
「う……うん」
ぎくしゃくした笑みを返し、彼のエスコートでなんとかホールの中央から出ようとすると、オリヴィエが満面の笑みで待ち構えていた。
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